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「パロディ」の版間の差分

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[[File:Touched by His Noodly Appendage HD.jpg|thumb|[[ミケランジェロ]]作『[[アダムの創造]]』のパロディ作品。{{仮リンク|パロディ宗教|en|Parody religion}}の[[空飛ぶスパゲッティ・モンスター教]]を象徴する{{R|FSM-Pic}}。]]
'''パロディ'''({{lang-en|parody}}・{{lang-el|παρωδια}})は、他の[[芸術]]作品を揶揄・[[風刺]]・批判する目的を持って[[模倣]]した作品、或いはその手法の事を指す。
'''パロディ'''({{lang-en|parody}}、{{lang-el|παρωδια}})とは、他者によって創作された[[文学]]や[[音楽]]、[[美術]]、[[演説]]などを[[模倣]]し、意図的に滑稽さや皮肉を付け加えて作り替えられた作品、あるいは作り替える行為そのものを指す{{R|Def-Cambridge|Def-Webster|Def-TFD}}{{Efn2|辞書[[Merriam-Webster]]や{{仮リンク|Cambridge Advanced Learner's Dictionary|label=Cambridge Dictionary|en|Cambridge Advanced Learner's Dictionary}}では滑稽さ・ユーモア (comic, ridicule, humorous) に限定しているが{{R|Def-Cambridge|Def-Webster}}、[[Collins English Dictionary]]ではユーモアないし皮肉さ (humorous or satirical) と定義しており{{R|Def-TFD}}、何をパロディの特徴要素に含めるかは定かではない。}}。このうち、自身や自作をパロディ化した場合は{{仮リンク|セルフパロディ|en|Self-parody}}と呼ばれることがある{{R|Self-Webster|Self-Collins}}。パロディの歴史は紀元前にまで遡り、[[古代ギリシャ]]や[[古代ローマ]]文化にも見受けられるが、当時は必ずしも滑稽さや皮肉、批判などのニュアンスが込められたものばかりではなく、カジュアルな文脈での単純な模倣や類似作品もパロディの定義には含まれていた{{Sfn|Lelièvre|1954|pp=66–67}}。本項では、現代におけるパロディの類語である[[盗作]] (剽窃、[[盗用]]、[[パクり]])、[[引用]]、[[モンタージュ]]、[[オマージュ]]、[[風刺]]、[[もじり]]、[[モンデグリーン]] (空耳)、[[バーレスク]]、[[カリカチュア]]、[[パスティーシュ]]、[[インターネット・ミーム]]などとの定義の相違点についても解説する。


パロディの本質は模倣であることから、現代の[[著作権]]や[[商標権]]上でどこまで法的に許容されるのか、各国で合法性が問われることがある。これは、パロディの元となった[[著作物]]・[[商標]]を無断で盗用・[[翻案]] (改変) していると解されれば、権利侵害に当たる可能性があるためである。一部の国・地域 (特に[[欧州連合]]加盟国) ではパロディを著作権侵害の例外として法律上明記しているものの{{R|Reuters-UK-FR}}{{R|OJ-2001-29-EC}}、具体的にどのような要件を満たせばパロディ作品が合法と認められるのか、司法判断の場ではケースバイケースで線引きされている。本項ではパロディに関連する各国の代表的な[[判例]]も紹介する。
現在では[[冗談]]やリスペクトの意味合いで作られる事が多い。


== 定義および類語との相違点 ==
== 概説 ==
パロディ ({{Lang|en|parody}}) の語源である "''parodia''" は、古くは紀元前4世紀のギリシャ哲学者[[アリストテレス]]『[[詩学 (アリストテレス)|詩学]]』に記されており、これが概念用語としてのパロディの初出とされる{{Sfn|Dentith|2000|p=10}}。以降、パロディの定義は変遷していき複数存在するが、辞書的な意味合いとしては以下の特徴を有する{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|pp=2–3}}。
パロディは[[文学]]や[[音楽]]・[[映画]]などを含めた全ての芸術媒体に存在する。[[替え歌]]や[[本歌取り]]もパロディの一形態である。文化活動もまたパロディの素材となる。軽い冗談半分のパロディはしばしば口語で「'''スプーフ'''({{lang|en|'''spoof'''}})」と呼ばれる。
* パロディの元となった作品が一般的に知られており、何を模倣したのかがあからさまであること
* パロディの元となった作品のスタイルや特徴を残しつつ、改変していること
* パロディ化によって滑稽さや風刺が感じられること


しかし、『パロディの理論』を記した[[カナダ]]の[[文学理論]]研究家{{仮リンク|リンダ・ハッチオン|en|Linda Hutcheon}} (1947年 -) は、元ネタが著名であることをパロディの必須要件としておらず、類似性よりも差異性 (ギャップ) の際立つ模倣であることに重点を置いた定義を用いている{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=2|ps=--リンダ・ハッチオン著、辻麻子訳『パロディの理論』(未来社、1993年) p.16 の孫引き}}。
文芸批評家の[[リンダ・ハッチオン]]は、「パロディとは模倣であり、必ずしもその先行作品を批判してのものではない」と述べている。別の批評家[[サイモン・デンティス]]は、パロディを「他の文化的生産物や活動に対する、相対的な反論の引喩となる模倣作品を生産する、あらゆる文化的活動」として定義している。


また、滑稽さが全くない、ごく真面目で重厚な作風もパロディの範疇に含めることがある。その典型例がドイツ出身でノーベル文学賞受賞者の[[トーマス・マン]] (詳細後述) である{{Sfn|Hutcheon|2000|p=30}}{{R|Ogata1996|page1=657}}。マンは[[教養小説]]の作家に分類されているが{{R|Mann-Kotobank}}、同時に[[ゲーテ]]などを下敷きにしたパロディ作家の側面もある{{Sfn|下程|2010|p=132}}。
古代[[ギリシア文学]]では、パロディアとは他の詩歌の形式を模倣した詩の一形態であった。「parodia」という単語はギリシア語の前置詞“ para(傍らに・脇に)”+名詞“ oide(頌歌)”+接尾辞“ ia”から造られている。これは“元の歌”がありそれに「添えられたもの(の形式)」という意味で必ずしも「模倣歌」ではないが、日本の和歌などにおける「[[本歌取り]]」のような使われ方で、「模倣作品」の意味で使用されたものである。


; 盗作、引用、オマージュとの違い
[[古代ローマ]]の作家たちはユーモラスな効果を狙った他の詩による模倣作としてパロディを解釈した。[[フランス]]の[[新古典主義]]文学でもパロディはユーモラスな効果を狙って他の作品形式を模倣した詩の一形態であった。
: [[盗作]] ([[剽窃]]、[[パクり]]) や[[引用]]とは異なり、元ネタから何らかの改変がなされ、滑稽さや風刺が効いているものを一般的にはパロディと呼んでいる。しかし、改変は全体的に行われている必要はない。たとえば紀元前の[[ホメーロス]]作品の一節と、17世紀フランスで活躍した[[ピエール・コルネイユ]]の代表的悲劇『[[ル・シッド]]』では単語1つ置き換えただけで残りは完全に一致する箇所がある。このようなケースもパロディとみなされている{{R|UMich-Trans}}。一方で、[[ディズニー]]の『[[ライオン・キング]]』は[[手塚治虫]]の『[[ジャングル大帝]]』と類似性が高いことから、パクリだとの批判を受けることも多い{{Sfn|時実|2016|p=11}}{{Efn2|実際に手塚側がディズニーを相手に訴訟を計画するも、断念した経緯がある{{Sfn|時実|2016|p=12}}。}}。これらの例からも分かるように、どこからが盗作になるのか線引きは曖昧である{{Sfn|時実|2016|pp=10–11}}。


: 特に映画業界では[[オマージュ]] ({{Lang-fr-short|homage}}) が盛んに行われているとされるが{{Sfn|時実|2016|p=12}}、オマージュとは元来「尊敬の意を表すること」とされている{{R|Homage-Webster|Homage-Collins}}。そこから転じて、尊敬する作品から影響を受けて別の作品を創作する行為もオマージュと定義される{{R|Homage-Webster|Homage-Collins}}。一例を挙げると、米国の[[西部劇]]映画『[[荒野の七人]]』は[[黒澤明]]監督の映画『[[七人の侍]]』のオマージュだとされている{{R|Nikkei2017|page1=1}}。
現在ではあらゆる分野において、読者や観客などに対して[[メタフィクション]]的に用いることでよりユーモラスな効果を出す手法が一般的になっている。

: したがって、元ネタとの類似性という観点では盗作、オマージュおよびパロディ間で共通し、識別は個々人の感性に委ねられている{{R|Nikkei2017|page1=2}}。しかしあえて相違点を挙げるとするならば、公に発覚することを恐れるのが盗作、公 (または元ネタの作者) に発見してもらいたいと願うのがオマージュ、公に気づいてもらわないと困るのがパロディとも言える{{Sfn|時実|2016|p=116}}。オマージュもパロディも、鑑賞する者が元ネタを知っている (知っていてほしい) 前提で創作されている{{Sfn|時実|2016|p=20}}{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|pp=2–3}}。しかしオマージュと違ってパロディの場合、必ずしも元ネタに対する尊敬の念だけが創作の動機とはならず、元ネタの作者から反感を買う恐れのあるような作風もパロディには包含される{{Sfn|時実|2016|pp=115–116|ps=--盗作、オマージュ、パロディの一般的な相違点の定義ではなく、あくまで筆者・時実の見解として紹介されている。}}。

; 風刺との違い
: 先述のとおり、パロディには皮肉・風刺 ({{Lang|en|satire}}) のニュアンスが付け加えられることがあるが{{R|Def-TFD}}、パロディと風刺の両者を定義上明確に区別することがある{{Sfn|白鳥|2004|pp=224–225}}。[[アメリカ合衆国]]の1994年連邦最高裁判決 (通称: プリティウーマン判決、詳細後述) によると、パロディと風刺では批評する対象が異なると指摘されている。つまり、パロディが元ネタとなった "作品" に対する批評・コメントであるのに対し、風刺が向く矛先は元ネタ作品そのものではなく "社会" である。このような違いから、風刺は必ずしも他の作品に依拠せずに成立しうる。そして、社会を批判する目的で他者の作品を踏み台に利用していることから、パロディと比べて風刺は著作権侵害の判定を受けやすいとも言われている (米国の場合){{Sfn|白鳥|2004|pp=224–225}}。

; モンタージュとの違い
: [[モンタージュ]] ({{Lang-fr-short|montage}}、組み立ての意) とは、映像 (とりわけ映画) の世界では複数の映像カットを組み合わせ、何らかの意味を持たせて一つの作品に仕上げる手法を指す{{R|Montage-Kotobank}}。また、モンタージュ写真 (あるいはフォト・モンタージュ) と言えば、複数の写真の中からそれぞれ一部を切り取って合成する手法であり、事件捜査現場では指名手配犯の合成写真作成のことを指す場合もある{{R|PhotoMontage-Kotobank}}。これに関連して、フォト・モンタージュ技法を用いた作品がパロディなのか著作権侵害なのかが問われた日本の1980年最高裁判決「[[パロディ・モンタージュ写真事件]]」が知られている ([[#日本の著作権法]]で後述)。本件では引用の要件についても法的に検討された{{Sfn|作花|2018|p=876}}{{R|Amano-SC|Amano-SC-PDF}}。

: 文学の世界では、前述のトーマス・マンが自身の執筆手法を「モンタージュ技法」と呼んでいる。過去の様々な文芸作品から一部分を引用 (無断で剽窃) してきて、自作に溶け込ませる手法である{{R|Ogata1996|page1=655}}。マン流のモンタージュ技法は「どこかから取ってきたとは普通読む方は気づかない」ことを特徴としており{{R|Ogata1996|page1=655}}、パロディのようにどこから取ってきたのか意図的に明確にした上で模倣する手法{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|pp=2–3}}とは異なる。

== パロディの種類 ==
=== 音に着目したパロディ ===
文芸における[[もじり]]とは、一つの語句に複数の異なる意味を持たせることで滑稽さを生み出す手法である{{R|Mojiri-Kotobank}}。特に同音または類似音を用いた語呂合わせなどを指し、有名な詩や和歌、歌謡などを元ネタにして笑わせる目的で創作されることから、パロディの一種としての側面がある{{R|Muto1998|page1=ⅰ}}。たとえば[[藤原定家]]が選定した『[[小倉百人一首]]』を元にして、[[江戸時代]]には「もじり百人一首」が登場し、大衆に親しまれた{{R|Muto1998|page1=ⅰ}}。また、[[替え歌]]も原曲の歌詞をもじってパロディ化させたものと定義されている{{Sfn|時実|2016|p=127}}。

[[狂歌]]とは[[和歌]]の一種であり、滑稽で日常卑近の生活などを題材として詠まれたものである。特に『[[万葉集]]』の[[戯笑歌]]、『[[古今集]]』の[[誹諧歌]]や軍記物語中の落首などが狂歌として知られている{{R|Kyoka-Kotobank}}。狂歌には替え歌、もじり歌、パロディが含まれ{{R|Rybin2007|page1=77}}、一般的には卑俗さが特徴とされるものの、 歌麿の『絵本百千鳥狂歌合はせ』などには文学的に洗練度の高いものも存在する{{R|Rybin2007|page1=80}}。

単なる聞き間違い ([[空耳]]) が偶然にも意味や文脈を持ち、ユーモアにつながることもある{{R|Mondegreen-TNY}}。これは[[モンデグリーン]]とも呼ばれ{{R|Mondegreen-Webster}}、1954年が初出と比較的新しい[[造語]]である{{R|Mondegreen-TNY}}。たとえば日本のテレビ番組の一コーナー「[[空耳アワー]]」では長年、英語の歌詞が日本語で全く異なる意味に聞こえるネタを扱っている。一例を挙げると、"{{Lang|en|By reaching inside, reaching inside}}" が「わるいチンゲンサイいいチンゲンサイ」に空耳するといった具合である{{R|Soramimi2015|page1=19}}。このようなモンデグリーンを[[言語学]]の[[弁別素性]]の観点から学術的に解明する研究も行われている{{R|Soramimi2015|page1=19}}。

=== 真面目なパロディ ===
[[ドイツ]]出身で1929年に[[ノーベル文学賞]]を受賞{{R|Mann-Kotobank}}した[[トーマス・マン]]は、パロディと切っても切れぬ関係にあった小説家である{{Sfn|Hutcheon|2000|p=30}}。長編小説『[[魔の山]]』には、[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]の教養小説『[[ヴィルヘルム・マイスターの修業時代]]』(1795年 - 1796年) をパロディ化した要素が含まれている{{Sfn|下程|2010|p=132}}。『[[ファウストゥス博士]]』(1947年) では、小説の登場人物を介してパロディとは何であるかを語らせているが、必ずしも「滑稽な」模倣に限定されるものではないとしている{{Sfn|Hutcheon|2000|p=29}}。また『[[詐欺師フェーリクス・クルルの告白]]』(1954年) も複数の作品を下敷きにしたパロディとみなされているが、これらマンの作品は滑稽さと皮肉さが同居しているとの特徴が指摘されている{{Sfn|Hutcheon|2000|p=30}}。当時は1929年からの[[世界恐慌]]によってドイツ経済も疲弊し{{Sfn|下程|2010|p=131}}、政治的にも[[ナチス]]が台頭して[[国粋主義]]化 (反ユダヤ感情とドイツ至上主義) が進行した{{Sfn|下程|2010|p=132}}。このような閉塞感の中、マンは1932年に[[アメリカ合衆国]]に亡命し{{R|Mann-Kotobank}}、真面目なパロディ作品の創作を通じてユートピア的な世界観を表現したとされる{{Sfn|下程|2010|p=132}}。なお、古代パロディとして挙げられるサチュロス劇のことを「茶番劇」だとマンは語っている{{Sfn|下程|2010|p=134}}。

=== 芸術以外のパロディ ===
{{See also|{{仮リンク|パロディ科学|en|Parody science}}}}
[[ノーベル賞]]のパロディと位置付けられ、独創性に富む研究や発明などに贈られるのが[[イグノーベル賞]]である。物理学や化学、医学といった自然科学のほか、経済学や平和なども受賞部門に設けている{{R|IgNobel-JK}}。イグノーベル賞はユーモア科学雑誌『{{仮リンク|ありそうもない研究年報|en|Annals of Improbable Research}}』が主催している{{R|IgNobel-JK}}。

市販される商品がパロディの対象となったこともある。通称「面白い」恋人事件は、北海道・[[札幌]]名物の洋菓子「[[白い恋人]]」を模して、お笑い芸人を多数擁する[[吉本興業]]が大阪名物「面白い恋人」の商品名で売り出したことから、2011年に訴訟へと発展している。当初からパロディとして商品企画されており、パッケージデザインにも共通性が感じ取られることから、商標権および不正競争防止の観点が法的に問われることとなった{{Sfn|時実|2016|pp=133–135}}。

== パロディの起源 ==
古代ギリシャ語でパロディは {{Lang|grc|ϖαροδια}} と記され、{{Lang|grc|ϖαρα}} と {{Lang|grc|οδος}} に分解できる{{R|UMich-Trans}}。前半部分の {{Lang|grc|ϖαρα}} には「歌うこと」の意味が含まれており、具体的には[[韻文]]の詩を元来は指していた{{Sfn|Lelièvre|1954|p=66}}。その後に[[散文]]もこの用語の範疇として含まれるようになった{{Sfn|Lelièvre|1954|p=66}}。また後半部分の {{Lang|grc|οδος}} には、アイディアに対する共感・類似性、あるいは糾弾、反論や見解の相違を表現するとの意味もあった{{Sfn|Lelièvre|1954|p=66}}。したがってこれらを複合すると当時のパロディは、歌唱あるいは作曲されるものであり、元となった作品と何らかの差異が認められるものを指していたと考えられる{{Sfn|Lelièvre|1954|p=66}}。そして一般庶民は、原作よりもくだけた対象やシチュエーションでこのようなパロディの手法を用いた{{Sfn|Lelièvre|1954|p=66}}。ただし、現代の意味するところのパロディとニュアンスは異なり、古代では必ずしも過去の偉大な作品を嘲笑する目的に限られるものではなかった{{Sfn|Dentith|2000|p=11}}。以下、具体的な作品例を見ていく。

紀元前5世紀に活躍した[[エウリピデス]]はギリシャ三大悲劇詩人の一人と評されるが{{R|Euripides-Kotobank}}、[[喜劇]]も手掛けており、『[[キュクロプス (エウリピデス)|キュクロプス]]』は完全な形で現存する唯一の[[サテュロス劇]]とされる{{R|Satyr-Play}}。[[サテュロス]]とはギリシャ神話に登場する半獣半人であり、陽気で酒飲みの好色キャラクターとして描かれている{{R|Satyr-Kotobank}}。このサテュロスが登場する喜劇がサテュロス劇であり、下品な下ネタなどが使われている{{R|Satyr-Play}}。しかし『キュクロプス』と比較対象となる他者の元作品が物理的に確認不可能なことから、『キュクロプス』を何らかのパロディと呼ぶべきか判定困難だとされている{{Sfn|Dentith|2000|p=39}}。また、紀元前5世紀 - 4世紀のギリシャ喜劇詩人[[アリストパネス]]はパロディ作品を生み出したことで一般的に知られ{{R|Aristophanes-Kotobank}}、先述の[[エウリピデス]] (生誕はアリストパネスより30年ほど前の人物){{R|Euripides-Kotobank}}の作品を下敷きにしていると言われるが、この見解については異論も出ており、アリストパネスをパロディ作家と呼べるか断定できていない{{Sfn|Dentith|2000|pp=10, 39}}。

学説上、パロディ作品だと確認がとれている古典作品としては、『[[蛙鼠合戦]]』("''Batrachomyomachia''"、{{Lang-grc|Βατραχομυομαχία}}) が挙げられる{{Sfn|Dentith|2000|pp=10, 40}}{{R|UMich-Trans}}。『蛙鼠合戦』は長短短の6歩格で構成される韻文であり、[[トロイア戦争]]を扱った[[ホメーロス]]『[[イーリアス]]』を嘲笑するような文体で知られ{{R|Batrachomyomachia-Oxford}}{{Sfn|Dentith|2000|pp=10, 40}}{{Efn2|なお『イーリアス』の作者はホメーロスとするのが通説であるが、ホメーロスは複数の人物であり、また執筆されたのも従前から考えられていた時代よりも1000年ほど前ではないかとの説がある{{R|WhyHomerMatters}}。}}、[[カエル]]と[[ネズミ]]の争いに置き換わっている{{R|UMich-Trans}}。また、主神[[ゼウス]]を始めとする[[オリュンポス十二神]]も、スキャンダラスな逸話がたびたび伝えられていることから、格好のパロディ材料となった{{Sfn|Dentith|2000|p=40}}。他にも紀元前4世紀半ばに活躍した喜劇作家の{{仮リンク|エウブロス|en|Eubulus}}{{R|Eubulus-Oxford}}、紀元前3世紀 - 2世紀の[[古代ローマ]]喜劇作家[[プラウトゥス]]{{Efn2|プラウトゥスは古代ギリシャ劇を一部下敷きにして作品を生み出し、ラテン語で綴った古代ローマ喜劇の時代を象徴した人物とされる{{R|Plautus-Britannica}}。}}などがパロディ作家として知られている{{Sfn|Lelièvre|1954|p=68}}。

格調高い文体で下賤なトピックを扱うパターン、あるいは下賤な文体で高尚なトピックを扱うパターンのどちらも古代のパロディに見られる{{Sfn|Dentith|2000|p=40}}。


== 英文学におけるパロディ ==
== 英文学におけるパロディ ==
{{出典の明記|date=2020年10月|section=1}}
[[オックスフォード英語辞典]]では、パロディという言葉の最初の用例として、[[ベン・ジョンソン (詩人)|ベン・ジョンソン]]の喜劇『十人十色』([[1598年]])の「パロディだ、パロディだ! 元詩をより不条理にすることだ」という一節が引用されている。次の注目すべき用例は、[[1693年]]の[[ジョン・ドライデン]]の著作から引用される。ドライデンが説明を加えていることから、パロディという言葉が一般に使われていなかったことが分かる。"Preface to the Satires"の中で、ドライデンは「パロディ、すなわち偉大な詩から継ぎ合わされ、元詩の著者の意図とは別の意味に変えられた韻文を用いた風刺詩の存在を、我々は見出せるかもしれない」と述べている。
[[オックスフォード英語辞典]]では、パロディという言葉の最初の用例として、[[ベン・ジョンソン (詩人)|ベン・ジョンソン]]の喜劇『十人十色』([[1598年]])の「パロディだ、パロディだ! 元詩をより不条理にすることだ」という一節が引用されている{{要出典|date=2020年10月|title=翻訳元英語版でも無出典}}。次の注目すべき用例は、[[1693年]]の[[ジョン・ドライデン]]の著作から引用される。ドライデンが説明を加えていることから、パロディという言葉が一般に使われていなかったことが分かる。"Preface to the Satires"の中で、ドライデンは「パロディ、すなわち偉大な詩から継ぎ合わされ、元詩の著者の意図とは別の意味に変えられた韻文を用いた風刺詩の存在を、我々は見出せるかもしれない」と述べている。


その結果として、ドライデンの定義は彼が風刺を意味した先の用例から発展し、さらに、まだ名前を持っていなかった[[擬似英雄詩]](mock-heroic)という近代文学のサブジャンルに、他言語の用語「パロディ」を適用した。
その結果として、ドライデンの定義は彼が風刺を意味した先の用例から発展し、さらに、まだ名前を持っていなかった[[擬似英雄詩]](mock-heroic)という近代文学のサブジャンルに、他言語の用語「パロディ」を適用した。
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パロディの評判が元作品のそれより長く続く場合がある。小説における有名な例に[[ヘンリー・フィールディング]]の[[小説]]『[[ジョセフ・アンドリュース]]』([[1742年]])がある。これは[[サミュエル・リチャードソン]]の陰鬱な[[書簡体小説]]『[[パミラ]]』([[1740年]])のパロディである。また、『[[不思議の国のアリス|いい年なのに、ウィル親父]]』などに代表される[[ルイス・キャロル]]の多数のパロディは、いずれも元作品より広く知られている。
パロディの評判が元作品のそれより長く続く場合がある。小説における有名な例に[[ヘンリー・フィールディング]]の[[小説]]『[[ジョセフ・アンドリュース]]』([[1742年]])がある。これは[[サミュエル・リチャードソン]]の陰鬱な[[書簡体小説]]『[[パミラ]]』([[1740年]])のパロディである。また、『[[不思議の国のアリス|いい年なのに、ウィル親父]]』などに代表される[[ルイス・キャロル]]の多数のパロディは、いずれも元作品より広く知られている。

きわめて稀な例として、作家が自作のパロディを書くことがある。これらはセルフパロディと呼ばれる。[[シャーロック・ホームズシリーズ]]において作者の[[アーサー・コナン・ドイル]]は、シリーズ中断期に[[ジョン・H・ワトスン|ワトスン博士]]を揶揄した作品を執筆している。

音楽のパロディの幾つかは、"[[w:en:Mondegreen|Mondegreen]]"(en)として知られている聞き間違いによるものである。


== 日本文学におけるパロディ ==
== 日本文学におけるパロディ ==
{{出典の明記|date=2020年10月|section=1}}
[[日本]]の[[和歌]]では、過去の有名な本歌の存在を踏まえた上で新たな歌を詠み上げる[[本歌取り]]の技法がある。有名な例を挙げれば、『[[新古今和歌集]]』の[[藤原定家]]の歌「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」は、『[[万葉集]]』にある「苦しくも降りくる雨か神の崎狭野の渡りに家もあらなくに」を本歌として取り込んでいる。この本歌取りでは、本歌の雨が雪に置き換えられるのと同時に、突然の雨に困惑している旅人の心境が、一面の雪景色という幻想的な情景に置換されている。

誹諧歌では古典や時事風俗に対する諧謔を詠み込んだ[[狂歌]]があり、[[江戸時代]][[天明]]期に大きく流行した。[[宿屋飯盛]]の「歌よみは下手こそよけれあめつちの動き出してたまるものかは」は、『[[古今和歌集]]』の仮名序「ちからをもいれずして、あめつちをうごかし」のくだりを茶化した狂歌である。天明期を代表する狂歌師として、他に[[大田南畝]](蜀山人)が知られている。
誹諧歌では古典や時事風俗に対する諧謔を詠み込んだ[[狂歌]]があり、[[江戸時代]][[天明]]期に大きく流行した。[[宿屋飯盛]]の「歌よみは下手こそよけれあめつちの動き出してたまるものかは」は、『[[古今和歌集]]』の仮名序「ちからをもいれずして、あめつちをうごかし」のくだりを茶化した狂歌である。天明期を代表する狂歌師として、他に[[大田南畝]](蜀山人)が知られている。


== 日本漫画におけるパロディ ==
== 日本漫画におけるパロディ ==
{{独自研究|date=2014年3月31日 (月) 20:54 (UTC)}}
{{独自研究|date=2014年3月31日 (月) 20:54 (UTC)}}
日本においても古くから文芸や音楽、美術の分野でパロディ創作は行われていたが、日本の漫画業界に商業的にパロディ要素が出始めたのは1960年代に入ってからである。1960年代初頭に米国のパロディコミック雑誌『[[MAD (雑誌)|MAD]]』が日本でも紹介されるようになり、続いて1968年には『漫画アクション』誌にダディ・グース (後の[[矢作俊彦]]) のパロディ作品が、同年に『[[COM (雑誌)|COM]]』誌上に[[永井豪]]のパロディ作品が登場している。部分的なパロディ要素ではなく、作品全体がパロディと呼べる日本の漫画は、これらが初出と考えられている{{Sfn|飯塚|2015|p=75}}。
日本の漫画におけるパロディは、[[1969年]]に[[赤塚不二夫#フジオ・プロダクション|フジオ・プロ]]の[[長谷邦夫]]が『[[COM (雑誌)|COM]]』([[虫プロダクション#虫プロ商事|虫プロ商事]])に連載した『[[バカ式]]』([[曙出版]])が先駆的作品と考えられる。長谷は[[つげ義春]]の『[[ねじ式]]』をはじめとする有名無名の同時代の漫画、文学・芸術作品の徹底的な引用(長谷は引用を敢えて「[[盗作]]」「盗用」と表現)により類例のないパロディ漫画を発表した。長谷により発表されたパロディ漫画の原稿量は1000頁を越している。長谷による一連のパロディ漫画は、当時流行っていた漫画評論における[[ギャグ漫画]]軽視や過剰解釈に対する強烈なメッセージであった。

日本の漫画におけるパロディは、[[1969年]]に[[赤塚不二夫#フジオ・プロダクション|フジオ・プロ]]の[[長谷邦夫]]が『COM』([[虫プロダクション#虫プロ商事|虫プロ商事]])に連載した『[[バカ式]]』([[曙出版]])が先駆的作品と考えられる{{疑問点|title=飯塚 P76に『バカ式』は言及されているがそれ以前にもパロディはあり、先駆的と言えない|date=2020年10月}}。長谷は[[つげ義春]]の『[[ねじ式]]』をはじめとする有名無名の同時代の漫画、文学・芸術作品の徹底的な引用(長谷は引用を敢えて「[[盗作]]」「盗用」と表現)により類例のないパロディ漫画を発表した。長谷により発表されたパロディ漫画の原稿量は1000頁を越している。長谷による一連のパロディ漫画は、当時流行っていた漫画評論における[[ギャグ漫画]]軽視や過剰解釈に対する強烈なメッセージであった。


ほぼ同時期の[[1970年]]からは雑誌『[[朝日ジャーナル]]』([[朝日新聞社]])に[[赤瀬川原平]]による『[[櫻画報]]』が連載された。本作が描かれた時代背景に当時の学生闘争でこれといった思想もなく暴動へ参加する野次馬学生へ向けていたもので、人気を博した。この作品には多くのパロディーや言葉遊びが含まれていて、現代のパロディーの原点も見受けられる。
ほぼ同時期の[[1970年]]からは雑誌『[[朝日ジャーナル]]』([[朝日新聞社]])に[[赤瀬川原平]]による『[[櫻画報]]』が連載された。本作が描かれた時代背景に当時の学生闘争でこれといった思想もなく暴動へ参加する野次馬学生へ向けていたもので、人気を博した。この作品には多くのパロディーや言葉遊びが含まれていて、現代のパロディーの原点も見受けられる。
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かつてはパロディ漫画を専門に扱う漫画雑誌として『[[アニパロコミックス]]』([[みのり書房]])が[[1982年]]から[[1993年]]まで刊行されていた。本誌のパロディ漫画は、その“元ネタ”となっている作品とは完全に独立しているとし、ライセンス許諾を得ないスタイルを取っていた。現在ではパロディというよりは[[二次創作物]]として取り扱われる様な内容のものが多くを占めていた。本誌は1993年3月号をもって休刊した。最終号に掲載された作品すべてが最終回の体裁を取っておらず、当該号での休刊が急遽決定した状況が窺われるものであった。本雑誌が急遽休刊した背景には、パロディを元ネタとした作品の氾濫をきっかけに大手のアニメ制作プロダクションが著作権の管理を強化したことから制作継続が困難になったという説が存在するが、仮説の域を出ない。
かつてはパロディ漫画を専門に扱う漫画雑誌として『[[アニパロコミックス]]』([[みのり書房]])が[[1982年]]から[[1993年]]まで刊行されていた。本誌のパロディ漫画は、その“元ネタ”となっている作品とは完全に独立しているとし、ライセンス許諾を得ないスタイルを取っていた。現在ではパロディというよりは[[二次創作物]]として取り扱われる様な内容のものが多くを占めていた。本誌は1993年3月号をもって休刊した。最終号に掲載された作品すべてが最終回の体裁を取っておらず、当該号での休刊が急遽決定した状況が窺われるものであった。本雑誌が急遽休刊した背景には、パロディを元ネタとした作品の氾濫をきっかけに大手のアニメ制作プロダクションが著作権の管理を強化したことから制作継続が困難になったという説が存在するが、仮説の域を出ない。

パロディが原著作物の二次的著作物になると判断されず、日本では裁判沙汰になるケースも存在する。


== パロディに対する法的取り扱い ==
== パロディに対する法的取り扱い ==
パロディが原著作物の[[二次的著作物]]になると判断される場合、原著作物の著作権者の許諾なしに創作することが法的に許容されるかについては法域により異なる。
パロディが原著作物の[[二次的著作物]]になると判断される場合、原著作物の著作権者の許諾なしに創作することが法的に許容されるかについては法域により異なる。


=== アメリカ合衆国の著作権法 ===
[[アメリカ合衆国]]におけるパロディの創作行為は、[[著作権法 (アメリカ合衆国)|米国著作権法]]を収録した[[合衆国法典]]第17編の第107条において、[[フェアユース]]の抗弁に基づき許容される場合があると解されている。[[2001年]]に、第11巡回区[[合衆国控訴裁判所|連邦控訴裁判所]]は、サントラスト銀行対ホートン・ミフリン社の裁判において、『[[風と共に去りぬ]]』と同じ物語を、[[スカーレット・オハラ]]から解放された奴隷女の視点から描いたパロディ、“[[w:The Wind Done Gone|The Wind Done Gone]]”(en)を出版した[[アリス・ランドール]]の権利を支持した。『[[オー・プリティ・ウーマン]]』の替え歌に関するキャンベル対アカフ・ローズ・ミュージック裁判では、[[アメリカ連邦最高裁判所|合衆国最高裁判所]]は、元の作品を違う視点で捉え直しているものとして、替え歌が適法であるものと判断した。
[[アメリカ合衆国]]におけるパロディの創作行為は、[[著作権法 (アメリカ合衆国)|米国著作権法]]を収録した[[合衆国法典]]第17編の第107条において、[[フェアユース]] (公正利用の法理) の抗弁に基づき許容される場合がある{{Sfn|山本|2008|pp=113–115}}。


{{External media
[[フランス]]では、著作権法第122条の5(4)項にて、パロディは[[著作権侵害]]でないと明文規定されている(パロディ条項)。
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| video1 = [https://www.youtube.com/watch?v=Ikweq0THs88 Oh, Pretty Woman] - 著作者[[ロイ・オービソン]]の原曲 (本人公式YouTubeより)
| video2 = [https://www.youtube.com/watch?v=BNcwZfZ3Qk4&t=45 Luther Campbell of 2 Live Crew's Historic Supreme Court Parody Case] - パロディ作者・被告キャンベルによる "''Big Hairy Woman''" への変形経緯解説 (ケーブルテレビ局[[VH1]]公式YouTubeより){{R|Video-VH1}}
}}
米国著作権法のパロディに関するリーディングケースとしては「{{仮リンク|キャンベル対エイカフ・ローズ・ミュージック裁判|en|Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc.}}」(1994年の[[アメリカ連邦最高裁判所|連邦最高裁]]判決、{{ussc|510|569}}) が知られている{{Sfn|山本|2008|pp=113–115}}{{Sfn|作花|2018|pp=853–855, 875}}。本件では1990年公開映画『[[プリティ・ウーマン]]』の主題歌 [[オー・プリティ・ウーマン|"''Oh, Pretty Woman''"]] (歌手[[ロイ・オービソン]]、音楽レーベルは[[エイカフ=ローズ・ミュージック]]) を使用して、[[ヒップホップ]]グループの [[ツー・ライヴ・クルー|The 2 Live Crew]] がパロディ曲を製作し、25万枚のセールスを記録した事件である (被告{{仮リンク|ルーサー・キャンベル|en|Luther Campbell}}はこのメンバーの一員である){{R|LAT1993}}。原曲 "''Oh, Pretty Woman''" (あぁ、可愛い女性) がパロディでは "''Big Hairy Woman''" (デカい髪型の女性) に変形されている{{R|Video-VH1}}。一審はフェアユース認定、二審は否定し、最高裁が再び認定した{{R|USSC-510-569}}。パロディとして使用された箇所 (原曲の冒頭部) は有名であり原曲の中核をなすと認定されたものの、パロディはこのような中核を用いることが常であると判断された。そしてフェアユース第1基準の定める「{{仮リンク|変形的利用|en|Transformativeness}}」({{Lang|en|transformative use}}、{{Lang|en|transformativeness}}) が、同じく第1基準で例示される非営利性に勝り、第4基準の市場代替性を損なうことがないと解されている{{Sfn|作花|2018|p=875}}。

[[2001年]]に、第11巡回区[[合衆国控訴裁判所|連邦控訴裁判所]]は、サントラスト銀行対ホートン・ミフリン社の裁判において、『[[風と共に去りぬ]]』と同じ物語を、[[スカーレット・オハラ]]から解放された奴隷女の視点から描いたパロディ、“[[w:The Wind Done Gone|The Wind Done Gone]]”(en)を出版した[[アリス・ランドール]]の権利を支持した。

=== 欧州の著作権法 ===
[[欧州連合]] (EU) では、加盟各国の著作権法の水準を揃えることを目的として、[[著作権法 (欧州連合)|各種の著作権指令]]が出されている。このうちパロディに関しては、2001年可決の[[情報社会指令]] (2001/29/EC) 第5条(3)(k) で[[著作権侵害]]の例外としてパロディ目的が挙げられている{{R|OJ-2001-29-EC}}。しかしながらこの指令の条項を導入 ([[国内法化]]) するかはEU加盟各国に委ねられていることから、国によってパロディの法的取り扱い状況は異なる{{R|Reuters-UK-FR}}。

著作権侵害を事由とした訴訟は、基本的には各国の裁判所で審理されるが、一部の訴訟は[[欧州司法裁判所]] (CJEU) に意見照会されることがある。以下、各国の法整備の状況と代表的なパロディ判例について述べる。

; 欧州司法裁判所 (CJEU)
{{External media
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| image1 = [https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=celex:62013CC0201.ENG.html.ECR_62013CC0201_EN_01_01.tif.jpg 原告ヴァンダースティーンの原画] - 欧州司法裁判所提出資料より{{R|CJEU-2014-EURLex}}
}}
: パロディ関連では{{仮リンク|デックメイン対ヴァンダースティーン裁判|en|Deckmyn v Vandersteen}} (Deckmyn v Vandersteen, Case: C-201/13, 2014年CJEU判決) が知られている{{Sfn|作花|2018|pp=873&ndash;874}}。[[ベルギー]]の[[右派ポピュリズム]]政党[[フラームス・ベランフ]]{{Efn2|欧州司法裁判所の判決文では、フラームス・ベランフは極右政党 ({{Lang|en|Vlaams Belang, a party of the far right}}) であると記されている{{R|CJEU-2014-EURLex}}。}}に所属する政治家{{仮リンク|ヨーハン・デックメイン|nl|Johan Deckmyn}}は2011年、新年の祝賀会でカレンダーを参加者に配布したが、この表紙に使われた絵画がヴァンダースティーンの描いた作品に類似しているとして、著作権侵害でデックメインと政党後援会組織がベルギーの裁判所に提訴された。ヴァンダースティーンの作品は元々、コミック本『{{仮リンク|Suske en Wiske|en|Spike and Suzy|nl|Suske en Wiske}}』に登場するキャラクターの一人を表紙に描いたものであり、白色のチュニックをまとって空中からコインをばら撒いている構図である。この表紙絵は "''De Wilde Weldoener''" (「強制的な恩恵を施す者」の意) と題された{{R|CJEU-2014-EURLex}}{{Sfn|作花|2018|pp=873&ndash;874}}。一方カレンダーの表紙は、キャラクターが[[ヘント|ヘント市]]の市長{{仮リンク|ダニエル・トゥルモント|en|Daniël Termont}} (左派政党の[[社会党・別|フラマン系社会党]]) に差し替えられており、コインを集めようとする周囲の民衆は[[イスラム教]]の女性が肌を隠すために被る[[ブルカ]] (ベール) を身にまとい、有色人種に置き換えられる差別的な内容であった{{R|CJEU-2014-EURLex}}{{Sfn|作花|2018|pp=873&ndash;874}}。{{仮リンク|第一審裁判所 (ベルギー)|label=第一審裁判所|en|Tribunal of first instance (Belgium)}} ({{Lang|nl|Rechtbank van Eerste Aanleg}}) は著作権侵害を認めて5,000[[ユーロ]]の損害賠償を命じたが{{Efn2|2つの絵に共通点が多いことから、カレンダーを受け取った一部の人は、カレンダーがコミック本の出版社から贈呈されたものと勘違いしたと証言している{{R|CJEU-2014-EURLex}}。}}、被告が控訴している。二審の{{仮リンク|控訴裁判所 (ベルギー)|label=控訴裁|en|Court of appeal (Belgium)}} ({{Lang|nl|Hof van beroep}}) もベルギー著作権法で定められたパロディの例外規定の要件を満たさないとして棄却しつつ、CJEUに意見照会を求めた{{R|CJEU-2014-EURLex}}。<!-- ★ここから先は加筆中。 -->

; フランス
: [[フランス著作権法]]では、第122条の5(4)項にて、パロディは[[著作権侵害]]でないと明文規定されている(パロディ条項)。
: "La parodie, le pastiche et la caricature, compte tenu des lois du genre"
: "La parodie, le pastiche et la caricature, compte tenu des lois du genre"
<!--: 「パロディ、模倣作品、および諷刺画は所定の法の責任を負うもとのとみなす」-->
<!--: 「パロディ、模倣作品、および諷刺画は所定の法の責任を負うもとのとみなす」-->
[[2011年]]に漫画[[タンタンの冒険]]シリーズの原作者が、『タンタンチベットをゆく』のパロディ小説『サン・タン絞首台に行く』を海賊版としてパロディ作家{{仮リンク|ゴルドン・ゾーラ|fr|Gordon Zola}}を訴えた事件では、パリ控訴院は「主観的要因([[ユーモア]]の意図)」「客観的要因(混同のおそれの有無)」の要件を満たしており、「当該分野の決まり」を守らなかったという証拠が確立していないことから『サン・タン絞首台に行く』はパロディ小説であると認め、少部数で商業的な影響も少ないことから著作者・出版社の権利を不当に侵害していないと決定した<ref>時実象一『コピペと捏造』 樹村房 2016年、ISBN 9784883672707 pp.122-124.</ref>
: フランスにおけるパロディのリーディングケースが SAS Arconsil v Moulinsart SA (パリ控訴裁 2011年2月18日判決、no 09/19272) である{{R|Reuters-UK-FR}}。[[2011年]]に漫画[[タンタンの冒険]]シリーズの原作者が、『タンタンチベットをゆく』のパロディ小説『サン・タン絞首台に行く』を海賊版としてパロディ作家{{仮リンク|ゴルドン・ゾーラ|fr|Gordon Zola}}を訴えた事件では、パリ控訴院は「主観的要因([[ユーモア]]の意図)」「客観的要因(混同のおそれの有無)」の要件を満たしており、「当該分野の決まり」を守らなかったという証拠が確立していないことから『サン・タン絞首台に行く』はパロディ小説であると認め、少部数で商業的な影響も少ないことから著作者・出版社の権利を不当に侵害していないと決定した{{Sfn|時実|2016|pp=122&ndash;124}}


=== 日本の著作権法 ===
日本でのパロディに対する[[著作権侵害]]が問われた[[判例]]としては、[[パロディ事件]]がある。[[1971年]]、[[写真家]]の[[白川義員]]は、自作の雪山写真を素材として[[自動車]][[公害]]を揶揄するパロディ作品を作り上げた[[マッド・アマノ]]の[[フォトモンタージュ]]を、自作に対する著作権侵害として提訴した。[[日本]]の[[著作権法]]は上記フランスと違い「著作権の制限」の中にパロディを挙げていないので代わりに、マッド・アマノ側は[[引用]]として許容されると主張したが、これを受けた[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]は、引用の[[引用#要件|条件を示した]]([[1980年|昭和55年]]3月28日)。この裁判は2度にわたって最高裁から差し戻され[http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=26442&hanreiKbn=01]、[[1987年]]に白川義員の主張を一部認める形で[[和解]]が成立した。
日本でのパロディに対する[[著作権侵害]]が問われた[[判例]]としては、[[パロディ・モンタージュ写真事件]]がある{{Sfn|作花|2018|p=876}}{{R|Amano-SC|Amano-SC-PDF}}。[[1971年]]、[[写真家]]の[[白川義員]]は、自作の雪山写真を素材として[[自動車]][[公害]]を揶揄するパロディ作品を作り上げた[[マッド・アマノ]]の[[フォトモンタージュ]]を、自作に対する著作権侵害として提訴した。[[日本]]の[[著作権法]]は上記フランスと違い「著作権の制限」の中にパロディを挙げていないので代わりに、マッド・アマノ側は[[引用]]として許容されると主張したが{{要出典|date=2020年10月}}、これを受けた[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]は、引用の[[引用#要件|条件を示した]]([[1980年|昭和55年]]3月28日判決){{R|Amano-SC|Amano-SC-PDF}}{{Sfn|作花|2018|pp=331 (注2), 325}}。この裁判は2度にわたって最高裁から差し戻され{{Sfn|作花|2018|p=876}}、{{要出典|範囲=[[1987年]]に白川義員の主張を一部認める形で|date=2020年10月}}[[和解]]が成立した{{Sfn|作花|2018|p=876}}。この判決を受け、日本ではパロディ表現の自由が法的に狭められたとされる{{Sfn|時実|2016|p=119}}。


=== 関連著===
== パロディ品の例 ==
* [[パロディ映画#パロディ映画の例]]
いわゆるパロディ事件最高裁判決に関して当時研究者などが当該判決に賛同するなか痛烈な批判がなされている。
* [[パロディ音楽]]
* 著作権とは何か 文化と創造のゆくえ(福井健策、集英社新書、2005年、ISBN 4-08-720294-1)
* {{仮リンク|パロディ広告|en|Parody advertisement}} -- 実在しない商品を対象とした広告。
** P140 - 176 第四章 既存作品を自由に利用できる場合 3 パロディとアプロプリエーションの地平を探る
* {{仮リンク|パロディ宗教|en|Parody religion}} -- [[空飛ぶスパゲッティ・モンスター教]]など。
* 著作権法の解説(千野直邦・尾中普子、一橋出版、六訂版 第1刷 2005年11月10日、ISBN 4-8348-3620-7)
* {{仮リンク|パロディ科学|en|Parody science}}
** P15 - 18 第2章 著作物 6 写真の著作物
* 佐藤薫「著作権法第20条第2項第4号の解釈と表現の自由権――パロディを中心として――」(著作権研究17号、[[有斐閣]]、1990年)


== 注 ==
== 注 ==
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== 出典 ==
{{脚注ヘルプ}}
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{{Reflist}}
{{Reflist|2|refs=

<ref name=Def-Webster>{{Cite web |url=https://www.merriam-webster.com/dictionary/parody |title=parody |publisher=[[Merriam-Webster]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Def-Cambridge>{{Cite web |url=https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/parody |title=parody |publisher=[[ケンブリッジ大学出版会]] |work=Cambridge Dictionary |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Def-TFD>{{Cite web |url=https://www.thefreedictionary.com/Parody |title=parody |work=[[Collins English Dictionary]] – Complete and Unabridged, 12th Edition 2014 (HarperCollins Publishers) |publisher=The Free Dictonary |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Self-Webster>{{Cite web |url=https://www.merriam-webster.com/dictionary/self-parody |title=self-parody |publisher=[[Merriam-Webster]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Self-Collins>{{Cite web |url=https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/self-parody |title=self-parody |work=[[Collins English Dictionary]] |publisher=[[ハーパーコリンズ]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Aristophanes-Kotobank>{{Cite web |url=https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8D%E3%82%B9-28037 |title=アリストファネス |publisher=[[コトバンク]] |work=ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 |accessdate=2020-10-04 |quote=喜劇を通じて反戦論を唱え...(中略)...個人風刺とパロディ―風な表現を自由に行った。}}</ref>

<ref name=Satyr-Play>{{Cite web |url=https://ci.nii.ac.jp/naid/110006615993 |title=4番目の劇--エウリピデス『アルケスティス』考 |author=丹下和彦 (関西外国語大学外国語学部) |publisher=[[CiNii]] |accessdate=2020-10-04 |quote=サテュロス劇とは、山野の精サテュロスが合唱隊に扮して幾分品の悪い下ネタで笑いを取る短い笑劇}}</ref>

<ref name=Satyr-Kotobank>{{Cite web |url=https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%AD%E3%82%B9-173305 |title=サテュロス |publisher=[[コトバンク]] |work=平凡社世界大百科事典 第2版 |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Euripides-Kotobank>{{Cite web |url=https://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%87%E3%82%B9-36091 |title=エウリピデス |publisher=[[コトバンク]] |work=ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Batrachomyomachia-Oxford>{{Cite web |url=https://oxfordre.com/classics/view/10.1093/acrefore/9780199381135.001.0001/acrefore-9780199381135-e-8023 |title=Batrachomyomachia |work=Oxford Classical Dictionary |publisher=[[オックスフォード大学出版会]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=WhyHomerMatters>{{Cite web |url=https://www.nationalgeographic.com/news/2015/1/150104-homer-iliad-odyssey-greece-book-talk-travel-world/ |title=Author Says a Whole Culture — Not a Single 'Homer' — Wrote 'Iliad,' 'Odyssey' {{!}} "It's a mistake to think of Homer as a person," says the author of Why Homer Matters.|trans-title=『Why Homer Matters』の著者が語る、『イーリアス』を執筆したホメーロスは一人の人物ではないとの説 |publisher=[[ナショナルジオグラフィック]] |date=2015-01-03 |first=Simon |last=Worral |work=Book Talk (著者インタビュー) シリーズ |accessdate=2020-10-04 |language=en}}</ref>

<ref name=Eubulus-Oxford>{{Cite web |url=https://oxfordre.com/classics/view/10.1093/acrefore/9780199381135.001.0001/acrefore-9780199381135-e-2520 |title=Eubulus (2), Middle Comedy poet |first=Richard |last=Hunter |work=Oxford Classical Dictionary |publisher=[[オックスフォード大学出版会]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=Plautus-Britannica>{{Cite web |url=https://www.britannica.com/biography/Plautus |title=Plautus {{!}} Roman dramatist |trans-title=プラウトゥス {{!}} ローマの劇作家 |publisher=[[ブリタニカ百科事典]] |accessdate=2020-10-04 |language=en}}</ref>

<ref name=Mann-Kotobank>{{Cite web |url=https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%20%E3%83%9E%E3%83%B3-1633339 |title=トーマス マン |work=日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)|publisher=[[コトバンク]] |accessdate=2020-10-04}}</ref>

<ref name=OJ-2001-29-EC>{{Cite web |title=Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of copyright and related rights in the information society |trans-title=2001年5月22日に成立した情報化社会における著作権ならびに著作隣接権の調和に関する欧州議会および欧州連合理事会の指令 |url=https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2001/29/oj |work=[[欧州連合官報]] (Document 32001L0029) |publisher=[[EUR-Lex]] |date=2001-06-22 |accessdate=2020-10-04 |language=en |quote=Article 5 Exceptions and limitations {{!}} 3. Member States may provide for exceptions or limitations to the rights provided for in Articles 2 and 3 in the following cases: {{!}} (k) use for the purpose of caricature, parody or pastiche; (抄訳: 第5条 - 例外・制限規定、第3項 - EU加盟国は第2条および第3条に則って以下に該当する利用は著作権者に認められる排他的権利が排除ないし制限されることとする... (中略) 第(k) 号 - [[カリカチュア]] (風刺画)、パロディないし[[パスティーシュ]] (模倣)。)}}</ref>

<ref name=USSC-510-569>{{ussc|510|569|1994|name=Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc.}}</ref>

<ref name=Video-VH1>{{Cite video |title=Luther Campbell of 2 Live Crew's Historic Supreme Court Parody Case {{!}} Hip Hop Honors |publisher=[[VH1]] |trans_title=2 Live Crewのルーサー・キャンベルが最高裁の歴史的パロディ判決を解説 {{!}} ヒップホップ称賛シリーズ |people=[[:en: Luther Campbell|Luther Campbell]] (声、本人解説、別名: Luke Skyywalker); Jim Fitzgerald (クリエイティブ・ディレクター); Adam Vohlidka (クリエイティブ・ディレクター); Scott Padden (脚本); Orlando Lima (エグゼクティブ・プロデューサー) |date=2016-07-07 |accessdate=2020-10-03 |medium=ケーブルテレビ番組のYouTubeへの転載 |time=0分45秒以降 |language=en}}</ref>

<ref name=LAT1993>{{Cite web |url=https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1993-11-09-mn-54834-story.html |title=Parody a 'Big Hairy' Mess for Courts : When 2 Live Crew redid 'Oh, Pretty Woman,' it raised hackles. But judges have had a tough time drawing the line between humor, piracy. |trans-title=「デカい髪形」のパロディ惨事訴訟: 2 Live Crewによる 'Oh, Pretty Woman' のリメイクが怒りを呼ぶ。判事らはユーモアと海賊版の線引きに苦悩す |first=David G. |last=Savage |date=1993-11-09 |publisher=[[Los Angeles Times]] |accessdate=2020-10-03 |language=en |quote=...the pretty woman turns out to be "a big hairy woman."...sold 248,000 copies by early 1990 (抄訳: プリティーウーマンが「ビッグヘアリーウーマン」(デカい髪形の女性)に。パロディ曲を収録したアルバムは1990年初旬には24万8000枚のセールスを記録した)}}</ref>

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<ref name=CJEU-2014-EURLex>{{Cite web |url=https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX:62013CC0201 |title=Opinion of Mr Advocate General Cruz Villalón delivered on 22 May 2014. Johan Deckmyn and Vrijheidsfonds VZW v Helena Vandersteen and Others. |trans-title=Cruz Villalón判事による2014年5月22日判決。Johan Deckmyn および Vrijheidsfonds VZW 対 Helena Vandersteen 他裁判 |publisher=[[EUR-Lex]] |work=Court Reports - general (裁判所関連資料全般) |date=2014-05-22 |accessdate=2020-10-04 |language=en}}</ref>

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; 引用文献
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* {{Cite book |和書|author=[[下程息]] |title=『ファウストゥス博士』研究 : ドイツ市民文化の「神々の黄昏」とトーマス・マン |edition=増補版 |year=2010 |url=http://hdl.handle.net/10236/6005 |ref={{SfnRef|下程|2010}}}}<!--苗字の読みはシタホド (50音順箇条書き並び替え用情報) --><!-- 1996年に三修社から発行した書籍を2010年に増補し、全300頁以上がPDFで無料公開 -->

* {{Cite book |和書 |author=時実象一 (INFOSTA会長、東京大学非常勤講師) |others=一般社団法人 [[情報科学技術協会]] (INFOSTA) 監修 |title=コピペと捏造 |publisher=[[樹村房]] |date=2016-11-07 |isbn=9784883672707 |url=http://www.jusonbo.co.jp/books/156_index_detail.php |ref={{SfnRef|時実|2016}}}}<!--苗字の読みはトキサダ (50音順箇条書き並び替え用情報) -->

* {{Cite report |和書 |url=https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hosei/parody/pdf/h25_03_parody_hokokusho.pdf |title=パロディワーキングチーム 報告書 |author=文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 パロディワーキングチーム |publisher=[[文化庁]] |date=2013-03 |ref={{SfnRef|文化庁パロディ報告書|2013}}}}

* {{Cite book |和書|title=アメリカ著作権法の基礎知識 |edition=第2版 |author=山本隆司 |publisher=太田出版 |year=2008 |url=http://www.ohtabooks.com/publish/2008/10/14201410.html |isbn=978-4-7783-1112-4 |ref={{SfnRef|山本|2008}}}}

* {{Cite book |last=Dentith |first=Simon ([[レディング大学]]教授) |title=Parody |url=https://books.google.com/books?id=iNGYiKPaM8gC |year=2000 |publisher=Routledge |isbn=978-0-415-18221-8 |ref={{SfnRef|Dentith|2000}}}} <!-- 略歴は https://archive.reading.ac.uk/staff-news/spsn-616683.html#:~:text=He%20studied%20English%20at%20Churchill,the%20Novel%20in%20the%201850s. 参照のこと -->

* {{Cite book |last=Hutcheon |first=Linda |title=A Theory of Parody: The Teachings of Twentieth-century Art Forms |url=https://books.google.com/books?id=FoHXjEauvKIC |year=2000 |edition=reprinted from the 1985 edition |publisher=University of Illinois Press |isbn=978-0-252-06938-3 |ref={{SfnRef|Hutcheon|2000}}}}</ref>

* {{Cite journal |last=Lelièvre |first=F. J. |url=https://www.jstor.org/stable/641056 |title=The Basis of Ancient Parody |journal=Greece & Rome |volume=1 |issue=2 |year=1954 |pages=66–81 |publisher={{仮リンク|The Classical Association|en|Classical Association}} ([[ケンブリッジ大学出版会]]経由の発行) |ref={{SfnRef|Lelièvre|1954}}}}

== 関連文献 ==
本項の解説の出典として直接用いていないものの、一層の理解を深めるのに寄与する文献。
; 法律とパロディの関係
* {{Cite book |和書 |author=[[福井健策]] |title=著作権とは何か ― 文化と創造のゆくえ |publisher=[[集英社]] |series=集英社新書 |date=2005-05-17 |isbn=4-08-720294-1 |url=https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0294-a/ |chapter=第四章 既存作品を自由に利用できる場合 {{!}} 3 パロディとアプロプリエーションの地平を探る |pages=140&ndash;176}}
* {{Cite book |和書 |author1=[[千野直邦]] |author2=[[尾中普子]] |title=著作権法の解説 |publisher=[[一橋出版]] |edition=六訂版 第1刷 |date=2005-11-10 |isbn=4-8348-3620-7 |chapter=第2章 著作物 {{!}} 6 写真の著作物 |pages=15&ndash;18}}
* {{Cite journal |author=[[佐藤薫]] |title=著作権法第20条第2項第4号の解釈と表現の自由権――パロディを中心として―― |publisher=著作権法学会 ([[有斐閣]]経由の発行) |journal=著作権研究 |volume=17 |year=1990 |pages=111-144 |url=https://ci.nii.ac.jp/naid/40002437095}}
* {{Cite web|url=http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201304/jpaapatent201304_004-017.pdf|title=具体的事例から見る日本におけるパロディ問題|work=伊藤真|date=2013-04|accessdate=2017-01-16}}
* {{Cite web|url=http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/h24_chosakuken_toriatsukai.pdf|title=海外における著作物のパロディの取扱いに関する調査研究|work=三菱UFJリサーチ&コンサルティング|publisher=文化庁|date=2012-03|accessdate=2017-01-16}}

; パロディ作品紹介
* {{Cite web|url=http://natalie.mu/comic/news/216404|title=70年代の「パロディ」扱う企画展、赤瀬川原平や長谷邦夫のマンガ原稿も|publisher=コミックナタリー|date=2017-01-11|accessdate=2017-01-16}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
91行目: 264行目:
* [[MADムービー]]
* [[MADムービー]]
* [[ぱくり]]
* [[ぱくり]]

== 外部リンク ==
* {{Cite web|url=http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201304/jpaapatent201304_004-017.pdf|title=具体的事例から見る日本におけるパロディ問題|work=伊藤真|date=2013-04|accessdate=2017-01-16}}
* {{Cite web|url=http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/h24_chosakuken_toriatsukai.pdf|title=海外における著作物のパロディの取扱いに関する調査研究|work=三菱UFJリサーチ&コンサルティング|publisher=文化庁|date=2012-03|accessdate=2017-01-16}}
* {{Cite web|url=http://natalie.mu/comic/news/216404|title=70年代の「パロディ」扱う企画展、赤瀬川原平や長谷邦夫のマンガ原稿も|publisher=コミックナタリー|date=2017-01-11|accessdate=2017-01-16}}


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2020年10月13日 (火) 01:13時点における版

ミケランジェロ作『アダムの創造』のパロディ作品。パロディ宗教英語版空飛ぶスパゲッティ・モンスター教を象徴する[1]

パロディ英語: parodyギリシア語: παρωδια)とは、他者によって創作された文学音楽美術演説などを模倣し、意図的に滑稽さや皮肉を付け加えて作り替えられた作品、あるいは作り替える行為そのものを指す[2][3][4][注 1]。このうち、自身や自作をパロディ化した場合はセルフパロディと呼ばれることがある[5][6]。パロディの歴史は紀元前にまで遡り、古代ギリシャ古代ローマ文化にも見受けられるが、当時は必ずしも滑稽さや皮肉、批判などのニュアンスが込められたものばかりではなく、カジュアルな文脈での単純な模倣や類似作品もパロディの定義には含まれていた[7]。本項では、現代におけるパロディの類語である盗作 (剽窃、盗用パクり)、引用モンタージュオマージュ風刺もじりモンデグリーン (空耳)、バーレスクカリカチュアパスティーシュインターネット・ミームなどとの定義の相違点についても解説する。

パロディの本質は模倣であることから、現代の著作権商標権上でどこまで法的に許容されるのか、各国で合法性が問われることがある。これは、パロディの元となった著作物商標を無断で盗用・翻案 (改変) していると解されれば、権利侵害に当たる可能性があるためである。一部の国・地域 (特に欧州連合加盟国) ではパロディを著作権侵害の例外として法律上明記しているものの[8][9]、具体的にどのような要件を満たせばパロディ作品が合法と認められるのか、司法判断の場ではケースバイケースで線引きされている。本項ではパロディに関連する各国の代表的な判例も紹介する。

定義および類語との相違点

パロディ (parody) の語源である "parodia" は、古くは紀元前4世紀のギリシャ哲学者アリストテレス詩学』に記されており、これが概念用語としてのパロディの初出とされる[10]。以降、パロディの定義は変遷していき複数存在するが、辞書的な意味合いとしては以下の特徴を有する[11]

  • パロディの元となった作品が一般的に知られており、何を模倣したのかがあからさまであること
  • パロディの元となった作品のスタイルや特徴を残しつつ、改変していること
  • パロディ化によって滑稽さや風刺が感じられること

しかし、『パロディの理論』を記したカナダ文学理論研究家リンダ・ハッチオン英語版 (1947年 -) は、元ネタが著名であることをパロディの必須要件としておらず、類似性よりも差異性 (ギャップ) の際立つ模倣であることに重点を置いた定義を用いている[12]

また、滑稽さが全くない、ごく真面目で重厚な作風もパロディの範疇に含めることがある。その典型例がドイツ出身でノーベル文学賞受賞者のトーマス・マン (詳細後述) である[13][14]:657。マンは教養小説の作家に分類されているが[15]、同時にゲーテなどを下敷きにしたパロディ作家の側面もある[16]

盗作、引用、オマージュとの違い
盗作 (剽窃パクり) や引用とは異なり、元ネタから何らかの改変がなされ、滑稽さや風刺が効いているものを一般的にはパロディと呼んでいる。しかし、改変は全体的に行われている必要はない。たとえば紀元前のホメーロス作品の一節と、17世紀フランスで活躍したピエール・コルネイユの代表的悲劇『ル・シッド』では単語1つ置き換えただけで残りは完全に一致する箇所がある。このようなケースもパロディとみなされている[17]。一方で、ディズニーの『ライオン・キング』は手塚治虫の『ジャングル大帝』と類似性が高いことから、パクリだとの批判を受けることも多い[18][注 2]。これらの例からも分かるように、どこからが盗作になるのか線引きは曖昧である[20]
特に映画業界ではオマージュ (: homage) が盛んに行われているとされるが[19]、オマージュとは元来「尊敬の意を表すること」とされている[21][22]。そこから転じて、尊敬する作品から影響を受けて別の作品を創作する行為もオマージュと定義される[21][22]。一例を挙げると、米国の西部劇映画『荒野の七人』は黒澤明監督の映画『七人の侍』のオマージュだとされている[23]:1
したがって、元ネタとの類似性という観点では盗作、オマージュおよびパロディ間で共通し、識別は個々人の感性に委ねられている[23]:2。しかしあえて相違点を挙げるとするならば、公に発覚することを恐れるのが盗作、公 (または元ネタの作者) に発見してもらいたいと願うのがオマージュ、公に気づいてもらわないと困るのがパロディとも言える[24]。オマージュもパロディも、鑑賞する者が元ネタを知っている (知っていてほしい) 前提で創作されている[25][11]。しかしオマージュと違ってパロディの場合、必ずしも元ネタに対する尊敬の念だけが創作の動機とはならず、元ネタの作者から反感を買う恐れのあるような作風もパロディには包含される[26]
風刺との違い
先述のとおり、パロディには皮肉・風刺 (satire) のニュアンスが付け加えられることがあるが[4]、パロディと風刺の両者を定義上明確に区別することがある[27]アメリカ合衆国の1994年連邦最高裁判決 (通称: プリティウーマン判決、詳細後述) によると、パロディと風刺では批評する対象が異なると指摘されている。つまり、パロディが元ネタとなった "作品" に対する批評・コメントであるのに対し、風刺が向く矛先は元ネタ作品そのものではなく "社会" である。このような違いから、風刺は必ずしも他の作品に依拠せずに成立しうる。そして、社会を批判する目的で他者の作品を踏み台に利用していることから、パロディと比べて風刺は著作権侵害の判定を受けやすいとも言われている (米国の場合)[27]
モンタージュとの違い
モンタージュ (: montage、組み立ての意) とは、映像 (とりわけ映画) の世界では複数の映像カットを組み合わせ、何らかの意味を持たせて一つの作品に仕上げる手法を指す[28]。また、モンタージュ写真 (あるいはフォト・モンタージュ) と言えば、複数の写真の中からそれぞれ一部を切り取って合成する手法であり、事件捜査現場では指名手配犯の合成写真作成のことを指す場合もある[29]。これに関連して、フォト・モンタージュ技法を用いた作品がパロディなのか著作権侵害なのかが問われた日本の1980年最高裁判決「パロディ・モンタージュ写真事件」が知られている (#日本の著作権法で後述)。本件では引用の要件についても法的に検討された[30][31][32]
文学の世界では、前述のトーマス・マンが自身の執筆手法を「モンタージュ技法」と呼んでいる。過去の様々な文芸作品から一部分を引用 (無断で剽窃) してきて、自作に溶け込ませる手法である[14]:655。マン流のモンタージュ技法は「どこかから取ってきたとは普通読む方は気づかない」ことを特徴としており[14]:655、パロディのようにどこから取ってきたのか意図的に明確にした上で模倣する手法[11]とは異なる。

パロディの種類

音に着目したパロディ

文芸におけるもじりとは、一つの語句に複数の異なる意味を持たせることで滑稽さを生み出す手法である[33]。特に同音または類似音を用いた語呂合わせなどを指し、有名な詩や和歌、歌謡などを元ネタにして笑わせる目的で創作されることから、パロディの一種としての側面がある[34]:ⅰ。たとえば藤原定家が選定した『小倉百人一首』を元にして、江戸時代には「もじり百人一首」が登場し、大衆に親しまれた[34]:ⅰ。また、替え歌も原曲の歌詞をもじってパロディ化させたものと定義されている[35]

狂歌とは和歌の一種であり、滑稽で日常卑近の生活などを題材として詠まれたものである。特に『万葉集』の戯笑歌、『古今集』の誹諧歌や軍記物語中の落首などが狂歌として知られている[36]。狂歌には替え歌、もじり歌、パロディが含まれ[37]:77、一般的には卑俗さが特徴とされるものの、 歌麿の『絵本百千鳥狂歌合はせ』などには文学的に洗練度の高いものも存在する[37]:80

単なる聞き間違い (空耳) が偶然にも意味や文脈を持ち、ユーモアにつながることもある[38]。これはモンデグリーンとも呼ばれ[39]、1954年が初出と比較的新しい造語である[38]。たとえば日本のテレビ番組の一コーナー「空耳アワー」では長年、英語の歌詞が日本語で全く異なる意味に聞こえるネタを扱っている。一例を挙げると、"By reaching inside, reaching inside" が「わるいチンゲンサイいいチンゲンサイ」に空耳するといった具合である[40]:19。このようなモンデグリーンを言語学弁別素性の観点から学術的に解明する研究も行われている[40]:19

真面目なパロディ

ドイツ出身で1929年にノーベル文学賞を受賞[15]したトーマス・マンは、パロディと切っても切れぬ関係にあった小説家である[13]。長編小説『魔の山』には、ゲーテの教養小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1795年 - 1796年) をパロディ化した要素が含まれている[16]。『ファウストゥス博士』(1947年) では、小説の登場人物を介してパロディとは何であるかを語らせているが、必ずしも「滑稽な」模倣に限定されるものではないとしている[41]。また『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』(1954年) も複数の作品を下敷きにしたパロディとみなされているが、これらマンの作品は滑稽さと皮肉さが同居しているとの特徴が指摘されている[13]。当時は1929年からの世界恐慌によってドイツ経済も疲弊し[42]、政治的にもナチスが台頭して国粋主義化 (反ユダヤ感情とドイツ至上主義) が進行した[16]。このような閉塞感の中、マンは1932年にアメリカ合衆国に亡命し[15]、真面目なパロディ作品の創作を通じてユートピア的な世界観を表現したとされる[16]。なお、古代パロディとして挙げられるサチュロス劇のことを「茶番劇」だとマンは語っている[43]

芸術以外のパロディ

ノーベル賞のパロディと位置付けられ、独創性に富む研究や発明などに贈られるのがイグノーベル賞である。物理学や化学、医学といった自然科学のほか、経済学や平和なども受賞部門に設けている[44]。イグノーベル賞はユーモア科学雑誌『ありそうもない研究年報英語版』が主催している[44]

市販される商品がパロディの対象となったこともある。通称「面白い」恋人事件は、北海道・札幌名物の洋菓子「白い恋人」を模して、お笑い芸人を多数擁する吉本興業が大阪名物「面白い恋人」の商品名で売り出したことから、2011年に訴訟へと発展している。当初からパロディとして商品企画されており、パッケージデザインにも共通性が感じ取られることから、商標権および不正競争防止の観点が法的に問われることとなった[45]

パロディの起源

古代ギリシャ語でパロディは ϖαροδια と記され、ϖαραοδος に分解できる[17]。前半部分の ϖαρα には「歌うこと」の意味が含まれており、具体的には韻文の詩を元来は指していた[46]。その後に散文もこの用語の範疇として含まれるようになった[46]。また後半部分の οδος には、アイディアに対する共感・類似性、あるいは糾弾、反論や見解の相違を表現するとの意味もあった[46]。したがってこれらを複合すると当時のパロディは、歌唱あるいは作曲されるものであり、元となった作品と何らかの差異が認められるものを指していたと考えられる[46]。そして一般庶民は、原作よりもくだけた対象やシチュエーションでこのようなパロディの手法を用いた[46]。ただし、現代の意味するところのパロディとニュアンスは異なり、古代では必ずしも過去の偉大な作品を嘲笑する目的に限られるものではなかった[47]。以下、具体的な作品例を見ていく。

紀元前5世紀に活躍したエウリピデスはギリシャ三大悲劇詩人の一人と評されるが[48]喜劇も手掛けており、『キュクロプス』は完全な形で現存する唯一のサテュロス劇とされる[49]サテュロスとはギリシャ神話に登場する半獣半人であり、陽気で酒飲みの好色キャラクターとして描かれている[50]。このサテュロスが登場する喜劇がサテュロス劇であり、下品な下ネタなどが使われている[49]。しかし『キュクロプス』と比較対象となる他者の元作品が物理的に確認不可能なことから、『キュクロプス』を何らかのパロディと呼ぶべきか判定困難だとされている[51]。また、紀元前5世紀 - 4世紀のギリシャ喜劇詩人アリストパネスはパロディ作品を生み出したことで一般的に知られ[52]、先述のエウリピデス (生誕はアリストパネスより30年ほど前の人物)[48]の作品を下敷きにしていると言われるが、この見解については異論も出ており、アリストパネスをパロディ作家と呼べるか断定できていない[53]

学説上、パロディ作品だと確認がとれている古典作品としては、『蛙鼠合戦』("Batrachomyomachia"、古代ギリシア語: Βατραχομυομαχία) が挙げられる[54][17]。『蛙鼠合戦』は長短短の6歩格で構成される韻文であり、トロイア戦争を扱ったホメーロスイーリアス』を嘲笑するような文体で知られ[55][54][注 3]カエルネズミの争いに置き換わっている[17]。また、主神ゼウスを始めとするオリュンポス十二神も、スキャンダラスな逸話がたびたび伝えられていることから、格好のパロディ材料となった[57]。他にも紀元前4世紀半ばに活躍した喜劇作家のエウブロス英語版[58]、紀元前3世紀 - 2世紀の古代ローマ喜劇作家プラウトゥス[注 4]などがパロディ作家として知られている[60]

格調高い文体で下賤なトピックを扱うパターン、あるいは下賤な文体で高尚なトピックを扱うパターンのどちらも古代のパロディに見られる[57]

英文学におけるパロディ

オックスフォード英語辞典では、パロディという言葉の最初の用例として、ベン・ジョンソンの喜劇『十人十色』(1598年)の「パロディだ、パロディだ! 元詩をより不条理にすることだ」という一節が引用されている[要出典]。次の注目すべき用例は、1693年ジョン・ドライデンの著作から引用される。ドライデンが説明を加えていることから、パロディという言葉が一般に使われていなかったことが分かる。"Preface to the Satires"の中で、ドライデンは「パロディ、すなわち偉大な詩から継ぎ合わされ、元詩の著者の意図とは別の意味に変えられた韻文を用いた風刺詩の存在を、我々は見出せるかもしれない」と述べている。

その結果として、ドライデンの定義は彼が風刺を意味した先の用例から発展し、さらに、まだ名前を持っていなかった擬似英雄詩(mock-heroic)という近代文学のサブジャンルに、他言語の用語「パロディ」を適用した。

18世紀に先立つパロディは、音楽における「引用」(例えばモーツァルトが鳥の声を模している一方で、メンデルスゾーンはモーツァルトを模していた)と概ね同じような、表現上の効果、あるいは装飾とされていたが、『マクフレクノー』でドライデンは完全にパロディによる嘲笑を意図した詩を創作した。『マクフレクノー』はウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』を模したパロディ詩であるが、二流の戯曲家トマス・シャドウェルについての詩でもある。ウェルギリウスの英雄詩の形式と、英雄とは程遠いシャドウェルの暗黙の対照が、シャドウェルをより悪し様に見せている。アイネイアスの着物を身に纏う場面では、シャドウェルは全く馬鹿のように見える。

王政復古期から18世紀前半のその他のパロディは、低級あるいは愚劣な人物や慣習を笑いのめすために、真摯かつ崇高な作品の模倣を使用していた点で、ドライデンのパロディと似通っていた。この概ねサミュエル・バトラーと彼の詩『ヒューディブラス』に代表されるジャンルは、一般に擬似英雄詩と呼ばれていた。意識して組み合わせた場合は、非常に真摯あるいは高尚な形式と、非常に軽薄あるいは無益な主題の対照がパロディとなる。この組み合わせが意識されない場合は、ベイソス(bathos)(偽ロンギヌスアレクサンダー・ポープによるパロディ、『ペリ・ベイサス』に由来)となる。

ジョナサン・スウィフトは物語体の散文にパロディという言葉を用いた最初のイギリス人作家である。パロディという用語があらゆる軽侮の意図による文体模写を示すための用語であると見なされるようになったのは、おそらくはスウィフトによるパロディの定義への誤解による。『桶物語』の1705年の版に追加された序文「その他の弁解」において、パロディとはある著者の本質を暴露するための模倣行為であると、スウィフトは述べた。この発言の本質は、パロディを茶番(バーレスク)や嘲弄とほとんど差異のないものであると見なすことにあった。そしてスウィフトの言語に対する注意力に鑑みるに、スウィフトがこの意味を承知していた可能性は充分にある。実際は、スウィフトによるパロディの定義は、説明や言葉の借用という、ドライデンにより想定されたパロディの定義と同一のものかもしれない。

ジョナサン・スウィフト以降、パロディという用語は専ら嘲笑的な言及、特に物語による言及に使用された。

より古い語義では、ある作品の要素をその作品の文脈から取り出し、別の作品に再使用する場合も、パロディと見做すことができる。そのような意味ではパスティーシュは、ある作品に属するキャラクターや設定をユーモラスな手法で他の作品に使用する、パロディの一形式である。

例えばフラン・オブライエンの小説『スウィム・トゥ・バーズにて』では、狂王スウィーニーフィン・マックール、妖精プーカカウボーイ達といった面々が、ダブリンの宿屋で一堂に会する。日常的な設定と、神話の登場人物やジャンル小説のキャラクターの混交から得られたユーモアは、いかなる元作品のキャラクターや原作者から演出されたものではない。この確立かつ確認されたキャラクター達を新しい設定で組み合わせるというパスティーシュの手法は、ポストモダンにおける、架空の歴史的キャラクターをその文脈から取り出し、隠喩的要素の提供のために用いる慣習と同じものではない。しかしながらブランク・パロディ(無表情なパロディ)は、作家が他の芸術作品から骨格形式を採用し、新たな内容を備えた新たな文脈の中に配置するという手法において、ポスト・モダンと共通するものを持っている。

幾人かのジャンル映画理論家達は、任意の(特に映画作品の)作品ジャンルにおける発展過程の産物としてパロディを認識している。例えば、古典演劇では慣習的なジャンルと定義されている西部劇の舞台設定は、同じく慣習的に風刺文学と定義されているパロディ作品の舞台にも応用された。古典的な西部劇を経験してきた多くの観客は、西部劇ジャンルに対する固定観念を抱いており、パロディ西部劇はそれらの固定観念を裏切ることによって、観客の笑いを誘ったのである。

パロディの評判が元作品のそれより長く続く場合がある。小説における有名な例にヘンリー・フィールディング小説ジョセフ・アンドリュース』(1742年)がある。これはサミュエル・リチャードソンの陰鬱な書簡体小説パミラ』(1740年)のパロディである。また、『いい年なのに、ウィル親父』などに代表されるルイス・キャロルの多数のパロディは、いずれも元作品より広く知られている。

日本文学におけるパロディ

誹諧歌では古典や時事風俗に対する諧謔を詠み込んだ狂歌があり、江戸時代天明期に大きく流行した。宿屋飯盛の「歌よみは下手こそよけれあめつちの動き出してたまるものかは」は、『古今和歌集』の仮名序「ちからをもいれずして、あめつちをうごかし」のくだりを茶化した狂歌である。天明期を代表する狂歌師として、他に大田南畝(蜀山人)が知られている。

日本漫画におけるパロディ

日本においても古くから文芸や音楽、美術の分野でパロディ創作は行われていたが、日本の漫画業界に商業的にパロディ要素が出始めたのは1960年代に入ってからである。1960年代初頭に米国のパロディコミック雑誌『MAD』が日本でも紹介されるようになり、続いて1968年には『漫画アクション』誌にダディ・グース (後の矢作俊彦) のパロディ作品が、同年に『COM』誌上に永井豪のパロディ作品が登場している。部分的なパロディ要素ではなく、作品全体がパロディと呼べる日本の漫画は、これらが初出と考えられている[61]

日本の漫画におけるパロディは、1969年フジオ・プロ長谷邦夫が『COM』(虫プロ商事)に連載した『バカ式』(曙出版)が先駆的作品と考えられる[疑問点]。長谷はつげ義春の『ねじ式』をはじめとする有名無名の同時代の漫画、文学・芸術作品の徹底的な引用(長谷は引用を敢えて「盗作」「盗用」と表現)により類例のないパロディ漫画を発表した。長谷により発表されたパロディ漫画の原稿量は1000頁を越している。長谷による一連のパロディ漫画は、当時流行っていた漫画評論におけるギャグ漫画軽視や過剰解釈に対する強烈なメッセージであった。

ほぼ同時期の1970年からは雑誌『朝日ジャーナル』(朝日新聞社)に赤瀬川原平による『櫻画報』が連載された。本作が描かれた時代背景に当時の学生闘争でこれといった思想もなく暴動へ参加する野次馬学生へ向けていたもので、人気を博した。この作品には多くのパロディーや言葉遊びが含まれていて、現代のパロディーの原点も見受けられる。

だが『朝日ジャーナル』1971年3月19日号掲載された当該漫画に「アカイ アカイ アサヒ」という戦前の国定教科書を摸したフレーズと『朝日新聞』の題字と重ね合わせ、さらに「朝日は赤くなければ朝日ではないのだ」とキャプションをそえた描写が、当時「新左翼の機関誌」とも言われた『朝日ジャーナル』の左偏重を朝日新聞上層部が危惧していた状況下で発表されたことから朝日新聞社上層部の逆鱗に触れ、常務会は全員一致で、同誌の自主回収を決定した。回収された打ち切り最終話には「サテ今度は……ドコを乗っ取るかナ?」と新聞雑誌名が300種以上手書きで記載されたのも版元上層部の神経を逆撫でしたとされている。この事件で編集長が更迭された他、連載の打ち切り、朝日新聞出版局では61名の人事異動がなされ、『朝日ジャーナル』自体も2週間にわたって休刊した。この事件は後々「朝日ジャーナル回収事件」として語り継がれることになる。

パロディ漫画家の地位を確立した田中圭一手塚治虫の絵柄で下ネタギャグを展開する作風を確立(手塚プロダクションの公認済)。更に藤子不二雄宮崎駿つげ義春本宮ひろ志永井豪松本零士などの絵柄を織り交ぜ、現在も下ネタ漫画で活躍中。近年はサラリーマン経験を活かした作品も多い。

かつてはパロディ漫画を専門に扱う漫画雑誌として『アニパロコミックス』(みのり書房)が1982年から1993年まで刊行されていた。本誌のパロディ漫画は、その“元ネタ”となっている作品とは完全に独立しているとし、ライセンス許諾を得ないスタイルを取っていた。現在ではパロディというよりは二次創作物として取り扱われる様な内容のものが多くを占めていた。本誌は1993年3月号をもって休刊した。最終号に掲載された作品すべてが最終回の体裁を取っておらず、当該号での休刊が急遽決定した状況が窺われるものであった。本雑誌が急遽休刊した背景には、パロディを元ネタとした作品の氾濫をきっかけに大手のアニメ制作プロダクションが著作権の管理を強化したことから制作継続が困難になったという説が存在するが、仮説の域を出ない。

パロディに対する法的取り扱い

パロディが原著作物の二次的著作物になると判断される場合、原著作物の著作権者の許諾なしに創作することが法的に許容されるかについては法域により異なる。

アメリカ合衆国の著作権法

アメリカ合衆国におけるパロディの創作行為は、米国著作権法を収録した合衆国法典第17編の第107条において、フェアユース (公正利用の法理) の抗弁に基づき許容される場合がある[62]

映像外部リンク
Oh, Pretty Woman - 著作者ロイ・オービソンの原曲 (本人公式YouTubeより)
Luther Campbell of 2 Live Crew's Historic Supreme Court Parody Case - パロディ作者・被告キャンベルによる "Big Hairy Woman" への変形経緯解説 (ケーブルテレビ局VH1公式YouTubeより)[63]

米国著作権法のパロディに関するリーディングケースとしては「キャンベル対エイカフ・ローズ・ミュージック裁判英語版」(1994年の連邦最高裁判決、510 U.S. 569) が知られている[62][64]。本件では1990年公開映画『プリティ・ウーマン』の主題歌 "Oh, Pretty Woman" (歌手ロイ・オービソン、音楽レーベルはエイカフ=ローズ・ミュージック) を使用して、ヒップホップグループの The 2 Live Crew がパロディ曲を製作し、25万枚のセールスを記録した事件である (被告ルーサー・キャンベル英語版はこのメンバーの一員である)[65]。原曲 "Oh, Pretty Woman" (あぁ、可愛い女性) がパロディでは "Big Hairy Woman" (デカい髪型の女性) に変形されている[63]。一審はフェアユース認定、二審は否定し、最高裁が再び認定した[66]。パロディとして使用された箇所 (原曲の冒頭部) は有名であり原曲の中核をなすと認定されたものの、パロディはこのような中核を用いることが常であると判断された。そしてフェアユース第1基準の定める「変形的利用英語版」(transformative usetransformativeness) が、同じく第1基準で例示される非営利性に勝り、第4基準の市場代替性を損なうことがないと解されている[67]

2001年に、第11巡回区連邦控訴裁判所は、サントラスト銀行対ホートン・ミフリン社の裁判において、『風と共に去りぬ』と同じ物語を、スカーレット・オハラから解放された奴隷女の視点から描いたパロディ、“The Wind Done Gone”(en)を出版したアリス・ランドールの権利を支持した。

欧州の著作権法

欧州連合 (EU) では、加盟各国の著作権法の水準を揃えることを目的として、各種の著作権指令が出されている。このうちパロディに関しては、2001年可決の情報社会指令 (2001/29/EC) 第5条(3)(k) で著作権侵害の例外としてパロディ目的が挙げられている[9]。しかしながらこの指令の条項を導入 (国内法化) するかはEU加盟各国に委ねられていることから、国によってパロディの法的取り扱い状況は異なる[8]

著作権侵害を事由とした訴訟は、基本的には各国の裁判所で審理されるが、一部の訴訟は欧州司法裁判所 (CJEU) に意見照会されることがある。以下、各国の法整備の状況と代表的なパロディ判例について述べる。

欧州司法裁判所 (CJEU)
画像外部リンク
原告ヴァンダースティーンの原画 - 欧州司法裁判所提出資料より[68]
パロディ関連ではデックメイン対ヴァンダースティーン裁判英語版 (Deckmyn v Vandersteen, Case: C-201/13, 2014年CJEU判決) が知られている[69]ベルギー右派ポピュリズム政党フラームス・ベランフ[注 5]に所属する政治家ヨーハン・デックメインオランダ語版は2011年、新年の祝賀会でカレンダーを参加者に配布したが、この表紙に使われた絵画がヴァンダースティーンの描いた作品に類似しているとして、著作権侵害でデックメインと政党後援会組織がベルギーの裁判所に提訴された。ヴァンダースティーンの作品は元々、コミック本『Suske en Wiske英語版オランダ語版』に登場するキャラクターの一人を表紙に描いたものであり、白色のチュニックをまとって空中からコインをばら撒いている構図である。この表紙絵は "De Wilde Weldoener" (「強制的な恩恵を施す者」の意) と題された[68][69]。一方カレンダーの表紙は、キャラクターがヘント市の市長ダニエル・トゥルモント英語版 (左派政党のフラマン系社会党) に差し替えられており、コインを集めようとする周囲の民衆はイスラム教の女性が肌を隠すために被るブルカ (ベール) を身にまとい、有色人種に置き換えられる差別的な内容であった[68][69]第一審裁判所英語版 (Rechtbank van Eerste Aanleg) は著作権侵害を認めて5,000ユーロの損害賠償を命じたが[注 6]、被告が控訴している。二審の控訴裁英語版 (Hof van beroep) もベルギー著作権法で定められたパロディの例外規定の要件を満たさないとして棄却しつつ、CJEUに意見照会を求めた[68]
フランス
フランス著作権法では、第122条の5(4)項にて、パロディは著作権侵害でないと明文規定されている(パロディ条項)。
"La parodie, le pastiche et la caricature, compte tenu des lois du genre"
フランスにおけるパロディのリーディングケースが SAS Arconsil v Moulinsart SA (パリ控訴裁 2011年2月18日判決、no 09/19272) である[8]2011年に漫画タンタンの冒険シリーズの原作者が、『タンタンチベットをゆく』のパロディ小説『サン・タン絞首台に行く』を海賊版としてパロディ作家ゴルドン・ゾーラフランス語版を訴えた事件では、パリ控訴院は「主観的要因(ユーモアの意図)」「客観的要因(混同のおそれの有無)」の要件を満たしており、「当該分野の決まり」を守らなかったという証拠が確立していないことから『サン・タン絞首台に行く』はパロディ小説であると認め、少部数で商業的な影響も少ないことから著作者・出版社の権利を不当に侵害していないと決定した[70]

日本の著作権法

日本でのパロディに対する著作権侵害が問われた判例としては、パロディ・モンタージュ写真事件がある[30][31][32]1971年写真家白川義員は、自作の雪山写真を素材として自動車公害を揶揄するパロディ作品を作り上げたマッド・アマノフォトモンタージュを、自作に対する著作権侵害として提訴した。日本著作権法は上記フランスと違い「著作権の制限」の中にパロディを挙げていないので代わりに、マッド・アマノ側は引用として許容されると主張したが[要出典]、これを受けた最高裁判所は、引用の条件を示した昭和55年3月28日判決)[31][32][71]。この裁判は2度にわたって最高裁から差し戻され[30]1987年に白川義員の主張を一部認める形で[要出典]和解が成立した[30]。この判決を受け、日本ではパロディ表現の自由が法的に狭められたとされる[72]

パロディ作品の例

注釈

  1. ^ 辞書Merriam-WebsterCambridge Dictionary英語版では滑稽さ・ユーモア (comic, ridicule, humorous) に限定しているが[2][3]Collins English Dictionaryではユーモアないし皮肉さ (humorous or satirical) と定義しており[4]、何をパロディの特徴要素に含めるかは定かではない。
  2. ^ 実際に手塚側がディズニーを相手に訴訟を計画するも、断念した経緯がある[19]
  3. ^ なお『イーリアス』の作者はホメーロスとするのが通説であるが、ホメーロスは複数の人物であり、また執筆されたのも従前から考えられていた時代よりも1000年ほど前ではないかとの説がある[56]
  4. ^ プラウトゥスは古代ギリシャ劇を一部下敷きにして作品を生み出し、ラテン語で綴った古代ローマ喜劇の時代を象徴した人物とされる[59]
  5. ^ 欧州司法裁判所の判決文では、フラームス・ベランフは極右政党 (Vlaams Belang, a party of the far right) であると記されている[68]
  6. ^ 2つの絵に共通点が多いことから、カレンダーを受け取った一部の人は、カレンダーがコミック本の出版社から贈呈されたものと勘違いしたと証言している[68]

出典

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引用文献

関連文献

本項の解説の出典として直接用いていないものの、一層の理解を深めるのに寄与する文献。

法律とパロディの関係
パロディ作品紹介

関連項目