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植民地時代に金剛山の観光開発が進められ、これに伴って山麓の温井里の温泉開発や[[東海北部線]]の建設が行われた。また、近海が「朝鮮三大漁場」の一つとされて大規模なイワシ漁が行われていた。天然の良港・長箭湾を擁する長箭は19世紀にロシアの捕鯨業者の進出により捕鯨基地となり、同時に日本人漁民も移り住んできた。以後水産業・水産加工業の拠点として、また金剛山観光の拠点として発展、郡内でいち早く邑に昇格した。 |
植民地時代に金剛山の観光開発が進められ、これに伴って山麓の温井里の温泉開発や[[東海北部線]]の建設が行われた。また、近海が「朝鮮三大漁場」の一つとされて大規模なイワシ漁が行われていた。天然の良港・長箭湾を擁する長箭は19世紀にロシアの捕鯨業者の進出により捕鯨基地となり、同時に日本人漁民も移り住んできた。以後水産業・水産加工業の拠点として、また金剛山観光の拠点として発展、郡内でいち早く邑に昇格した。 |
2020年8月11日 (火) 04:39時点における版
高城郡(コソンぐん/こうじょうぐん)は、朝鮮半島の中東部、江原道沿海部に位置する郡である。朝鮮半島を横断する軍事境界線の最東部で、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の双方に同名の行政区域がある。
地理
日本海沿岸に存在し、郡の西には1000mを越える太白山脈の急峻な山々が南北に連なっている。わけても北部(北朝鮮側)の山塊・金剛山(1638m)は有名であり、郡内には外金剛・内金剛・海金剛と呼ばれる朝鮮屈指の景勝地がある。南部(韓国側)には香炉峰(1296m)がある。
金剛山から東に流れる新渓川と、香炉峰から北に流れる南江が合流する沖積平野に、かつての郡の中心地・(旧)高城邑があった。また、郡南部には南江が杆城の平野を形作っている。また、三日浦(北朝鮮側)・花津浦・松浦(以上韓国側)などの潟湖が見られる。
この周辺では韓国側が軍事境界線を北に押し上げる形になっており、大韓民国統治領域の最北端となっている。
歴史
古代には濊・高句麗の領域であった。統一新羅時代以来、北に高城・南に杆城(守城)の2つの地方官が置かれており、おおむね韓国政府統治範囲の居住区域が杆城郡、北朝鮮政府統治範囲が高城郡であった。1914年の郡の統廃合によって一つの行政単位となった。
植民地時代に金剛山の観光開発が進められ、これに伴って山麓の温井里の温泉開発や東海北部線の建設が行われた。また、近海が「朝鮮三大漁場」の一つとされて大規模なイワシ漁が行われていた。天然の良港・長箭湾を擁する長箭は19世紀にロシアの捕鯨業者の進出により捕鯨基地となり、同時に日本人漁民も移り住んできた。以後水産業・水産加工業の拠点として、また金剛山観光の拠点として発展、郡内でいち早く邑に昇格した。
日本が敗戦を迎えると、38度線以北にあったこの郡は全域が北側の統治体制の下に置かれた。
年表
- 統一新羅時代 - 溟州に属す。高城郡・守城郡。
- 995年 - 朔方道に編入される(高麗の十道制)。高城郡・守城郡。
- 1018年 - 東界に所属する(高麗の五道両界制)。高城県・杆城県。
- 朝鮮王朝時代 - 江原道に所属する。高城郡・杆城郡。
- 1895年旧暦閏5月1日 - 江陵府高城郡・杆城郡(二十三府制)。[1]
- 1896年8月4日 - 再び江原道高城郡・杆城郡となる。[2]
- 1914年3月1日 - 郡面併合により、高城郡が杆城郡に編入。杆城郡に以下の面が成立。[3](9面)
- 郡内面・梧垈面・県内面・竹旺面・土城面・高城面・西面・新北面・水洞面
- 1919年5月15日 - 杆城郡が高城郡に改称。[4](7面)
- 郡内面が杆城面に改称。
- 竹旺面・土城面を襄陽郡に移管。
- 1935年 - 梧垈面が巨津面に改称。(7面)
- 1937年 - 新北面の一部(長箭里・城北里)を長箭邑として分離。(1邑7面)
- 1939年 - 新北面が外金剛面に改称。(1邑7面)
- 1941年10月1日 - 高城面が高城邑に昇格。[5](2邑6面)
- 1945年9月2日 - ソ連軍管理下に置かれる。
下位行政区画
1945年8月15日の時点では、以下の2邑6面が置かれていた。
- 高城邑・長箭邑
- 杆城面・巨津面・水洞面・外金剛面・西面・県内面
大韓民国政府統治範囲
位置 | |
---|---|
各種表記 | |
ハングル: | 고성군 |
漢字: | 高城郡 |
日本語読み仮名: | こうじょうぐん |
片仮名転写: | コソングン |
ローマ字転写 (RR): | Goseong-gun |
統計 | |
面積: | 664.34 km2 |
総人口: | 29,011(2017年8月) 人 |
行政 | |
国: | 大韓民国 |
上位自治体: | 江原道 (南) |
下位行政区画: | 2邑4面 |
行政区域分類コード: | ? |
高城郡の木: | イチョウ |
高城郡の花: | ハマナス |
高城郡の鳥: | カモメ |
自治体公式サイト: | 高城郡 |
西南に麟蹄郡、南に束草市と接する。韓国統治領域内で最も北に位置する統一展望台(1983年開設)があるほか、美しい自然に恵まれており観光客も多い。海水浴場やスキー場なども開発されている。
歴史
- 1953年7月27日 - 朝鮮戦争休戦に伴い、38度線以北を韓国が収復。
- 1954年11月27日 - 収復地区臨時行政措置法により、韓国統治領域内の高城郡に対する施政権が回復。以下の4面で再出発。[6]
- 杆城面・巨津面・県内面(高城邑の韓国政府統治区域を編入)・水洞面(一部)
- 1963年1月1日 - 襄陽郡から竹旺面・土城面を返還。[7](6面)
- 1973年7月1日(1邑5面)[8]
- 巨津面が巨津邑に昇格。
- 土城面の一部(永郎洞、章沙洞)が束草市に編入。
- 1979年5月1日 - 杆城面が杆城邑に昇格。[9](2邑4面)
行政
下位行政区画
2邑4面からなる。郡庁は杆城邑下里にある。
邑・面 | 法定里 |
---|---|
巨津邑 | 巨津里、花浦里、源塘里、松亭里、龍下里、山北里、松江里、石門里、草渓里、大垈里、松竹里、盤岩里、松浦里、蓬坪里、冷川里、梧亭里、慈山里 |
杆城邑 | 下里、新安里、東湖里、蓬壺里、上里、澗村里、校洞里、海上里、広山里、魚川里、長新里、陳富里、塔洞里、仙遊室里、金水里、塔峴里、屹里 |
県内面 | 大津里、鉄桶里、草島里、竹亭里、山鶴里、禾谷里、馬達里、麻次津里、明波里、培峰里、剣蔵里、蛇川里、猪津里、松峴里、明湖里、松島津里、大康里 |
竹旺面 | 加津里、公峴津里、九城里、馬坐里、文岩津里、三浦里、松岩里、野村里、五峰里、五湖里、仁亭里、香木里 |
土城面 | 橋岩里、錦花亭里、桃院里、栢村里、鳳浦里、城垈里、星川里、新坪里、我也津里、龍岩里、龍村里、雲峰里、元岩里、仁興里、天津里、清澗里、鶴也里 |
水洞面 | 新垈里、外沔里、徳山里、沙飛里、姑味城里、新炭里、沙泉里、上院里 |
- 水洞面は全域が民間人出入統制区域となっているため、定住人口はない。なお、戸籍などに関する業務は杆城邑で取り扱っている。
警察
消防
産業
漁業が盛んであり、「郡の魚」としてスケトウダラを指定している。
姉妹都市
- 韓国国内
- 韓国国外
交通
観光
- 高城統一展望台
- DMZ博物館
- 統一安保公園
- 花津浦湖
- 松池湖
- 海洋博物館
- 金剛山自然史博物館
- 金日成別荘
- 李承晩大統領花津浦記念館
- 失郷民歴史史料館
外部リンク
このテンプレート {{江原道の行政区画}} は廃止されました。大韓民国江原特別自治道の行政区画には、代わりに {{江原特別自治道の行政区画}} を使用してください。また、朝鮮民主主義人民共和国江原道の行政区画には、 {{北朝鮮江原道の行政区画}} を使用してください。 |
朝鮮民主主義人民共和国政府統治範囲
位置 | |
---|---|
外金剛・三日浦 | |
各種表記 | |
チョソングル: | 고성군 |
漢字: | 高城郡 |
日本語読み仮名: | こうじょうぐん |
片仮名転写: | コソングン |
ローマ字転写 (MR): | Kosŏng kun |
統計(2008年) | |
面積: | 858.657 km2 |
総人口: | 61,277[10] 人 |
人口密度: | 71.3 人/km2 |
行政 | |
国: | 朝鮮民主主義人民共和国 |
金剛山を隔てて西に金剛郡、北西に通川郡が隣接する。現在、北朝鮮で「高城邑」と呼ぶ郡人民委員会所在地は日本統治時代は長箭邑であった。かつての高城邑の集落は現在「旧邑里」と呼ばれている。
郡内の外金剛・海金剛には金剛山観光地区が設定されている。
1邑23里。
- 高城邑(고성읍、コソンウプ)
- 温井里(온정리、オンジョンニ)
- 金川里(금천리、クムチョンニ)
- 駐屯里(주둔리、チュドゥンニ)
- 順鶴里(순학리、スンハンニ)
- 月飛山里(월비산리、ウォルピサンニ)
- 烽下里(봉하리、ポンハリ)
- 旧邑里(구읍리、クウムニ)
- 三日浦里(삼일포리、サミルポリ)
- 長浦里(장포리、チャンポリ)
- 解放里(해방리、ヘバンニ)
- 雲谷里(운곡리、ウンゴンニ)
- 種谷里(종곡리、チョンゴンニ)
- 城北里(성북리、ソンブンニ)
- 南涯里(남애리、ナメリ)
- 雲田里(운전리、ウンジョンニ)
- 豆浦里(두포리、トゥポリ)
- 福松里(복송리、ポクソンニ)
- 濂城里(렴성리、リョムソンニ)
- 陵洞里(릉동리、ルンドンニ)
- 新峯里(신봉리、シンボンニ)
- 海金剛里(해금강리、ヘグムガンニ)
- 高峯里(고봉리、コボンニ)
- 草邱里(초구리、チョグリ)
歴史
この節の出典[11]
- 1945年8月15日 - 高城郡がソ連軍管理下に置かれる。(2邑6面)
- 1947年 (8面)
- 高城邑が高城面に降格。
- 長箭邑が長箭面に降格。
- 1952年12月 - 郡面里統廃合により、江原道高城郡長箭面・外金剛面・西面および高城面・水洞面の各一部、通川郡臨南面をもって、高城郡を設置。高城郡に以下の邑・里が成立。(1邑25里)
- 大康里・鑑月里・浦外津里が草邱里に編入。
- 高城邑・長箭里・種谷里・烽火里・解放里・長浦里・三日浦里・駐屯里・金川里・順学里・月飛山里・遊撃里・旧邑里・海金剛里・濂城里・雲田里・陵洞里・豆浦里・福松里・新峯里・注験里・高峯里・草邱里・城北里・雲谷里・南涯里
- 1953年7月 - 停戦協定の発効により、軍事境界線の民間人統制区域に指定された江原道高城郡水洞面の一部を編入。編入された部分は以下の里に当たる。(1邑38里)
- 新垈里・徳山里・外沔里・仏堂里・沙飛里・遠田里・姑味城里・院垈里・沙泉里・新炭里・下炭里・内沔里・黒淵里(下線部は一部)
- 1953年12月 (1邑25里)
- 高城邑(旧)が温井里に降格。
- 長箭里および注験里の一部をもって高城邑(新)に改称・昇格。
- 金川里の一部が駐屯里に編入。
- 徳山里が月飛山里に編入。
- 黒淵里・下炭里・姑味城里・院垈里・沙飛里・遠田里・新垈里・内沔里・新炭里・沙泉里・外沔里・仏堂里および月飛山里の一部が遊撃里に編入。
- 1961年3月 - 遊撃里が月飛山里に編入。(1邑24里)
- 1967年10月 - 注験里が高城邑に編入。(1邑23里)
交通
外部リンク
脚注
- ^ 勅令98号 地方制度改正件(1895年旧暦5月26日)
- ^ 勅令第36号 地方制度官制改正件(1896年8月4日)
- ^ 朝鮮総督府令第111号(1913年12月29日)
- ^ 朝鮮総督府令第88号(1919年5月9日)(朝鮮総督府官報2022号)
- ^ 朝鮮総督府令第253号 읍면및읍면장에관한규정(1941年9月29日)
- ^ 法律第350号 수복지구임시행정조치법(1954年10月21日)
- ^ 法律第1178号 수복지구와동인접지구의행정구역에관한임시조치법(1962年11月21日)
- ^ 大統領令第6543号 邑設置に関する規定(1973年3月12日)
- ^ 大統領令第9409号 渼金邑等53個邑設置に関する規定(1979年4月7日)
- ^ “North Korea: administrative units, extended”. geohive.com. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月7日閲覧。
- ^ 강원도 고성군 역사