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「外国人枠 (日本プロ野球)」の版間の差分

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2020年7月24日 (金) 07:52時点における版

日本プロ野球日本野球機構内)における外国人枠(がいこくじんわく)は、外国人選手日本国国籍を有しない選手)に対する出場枠の事を指す。俗に「助っ人」と呼ぶことが多い。

規定

外国人枠については日本プロフェッショナル野球協約(以下「協約」)に定めがある。

現在は、各球団は任意の数の外国人選手を支配下選手登録できる。ただし、出場選手登録(一軍登録)は4人まで、かつ投手または野手として同時に登録申請できるのはそれぞれ3人まで(協約第82条の2)。即ち、出場枠を最大まで使う場合、出場選手登録申請は「投手2人に野手2人」「投手1人に野手3人」「投手3人に野手1人」の3通りに限定される。

外国人選手と育成選手として契約を行うことも可能。ただし26歳以上の外国人選手と新たに育成選手契約を結んだ場合、支配下登録選手への移行が行えるのは3月末日までとなる(日本プロ野球育成選手に関する規約・第9条3項)。

支配下選手登録できる人数と出場選手登録できる人数は、以下のように変遷している。

外国人枠の登録人数(最大)
年度 支配下登録 出場選手登録
1952年 - 1965年 3人 3人
1966年 - 1980年 2人[1][2] 2人[2]
1981年 - 1993年 3人[3]
1994年 - 1995年 3人(投手か野手を1人は含む)
1996年 - 1997年 制限なし
1998年 - 2001年 投手2人、野手2人の4人
2002年 - (現行) 投手・野手を合わせて合計4人
(※双方2・2、あるいはどちらか3・1)

外国人枠を外れる外国人選手

野球協約の規定に該当した選手

ここでいう「外国人選手」とは、日本国籍を有しない選手のことであるが、例外として、次の項目に該当する選手は外国人選手とはみなされず、日本国籍を有する選手と同等の扱いを受けることができる(野球協約第82条)。反面、選手契約に当たってはドラフト会議での指名を受ける必要がある(4.は除く)。

  1. 選手契約締結以前に、日本の中学校高等学校短期大学専門学校を含む)などに通算3年以上在学していた者
  2. 選手契約締結以前に、日本の大学に継続して4年以上在学した者
    • 2003年度までは、1.および2.の規定は日本に5年以上居住することも条件とされていた。
  3. 選手契約締結以前に、日本に5年以上居住したうえで、社会人野球チームに通算3年以上在籍した者
  4. 選手契約締結後、日本プロ野球でフリーエージェント(FA)の資格を得た者(ただし適用はFA資格取得の翌年から。国内FAでも同様で、行使する・しないに関わらず適用される)
  5. 1.および2.の項目で必要年数に達しなかった選手で、プロ野球ドラフト会議の指名を経て選手契約を締結し、それらの学校における在学期間と日本のプロ野球の在籍年数の合計が5年以上経過した者
1.に該当する選手
選手名 出身国 出身学校 所属球団(NPB)
ケネス・ハワード・ライト オーストラリアの旗 オーストラリア 岡山県立岡山東商業高等学校 阪急
林威助 中華民国の旗 台湾 柳川高等学校近畿大学 阪神
瀬間仲ノルベルト ブラジルの旗 ブラジル 日章学園高等学校 中日
陽岱鋼 中華民国の旗 台湾 福岡第一高等学校 日本ハム巨人
李杜軒 中華民国の旗 台湾 岡山県共生高等学校 ソフトバンクロッテ
朱大衛 中華人民共和国の旗 中国 中部大学第一高等学校 西武
金無英 大韓民国の旗 韓国 早鞆高等学校福岡経済大学 ソフトバンク → 楽天
蕭一傑 中華民国の旗 台湾 日南学園高等学校奈良産業大学 阪神
申成鉉 大韓民国の旗 韓国 京都国際高等学校 広島
金伏ウーゴ ブラジルの旗 ブラジル 佐野日本大学高等学校白鷗大学 ヤクルト → 巨人
ルシアノ・フェルナンド ブラジルの旗 ブラジル 桐生第一高等学校 → 白鴎大学 楽天
呉念庭 中華民国の旗 台湾 岡山県共生高等学校 → 第一工業大学 西武
廖任磊 中華民国の旗 台湾 岡山県共生高等学校 巨人 → 西武
張奕 中華民国の旗 台湾 福岡第一高等学校 → 日本経済大学 オリックス
  • 瀬間仲は2002年のドラフト会議で指名された時点では外国人枠扱いであり、2004年までの2年間プロ野球に在籍すれば5.の規定により日本人扱いとなる予定であったが、2004年2月24日のプロ野球実行委員会で1.および2.の規定から「日本居住」の条件がなくなり、瀬間仲にも遡って適用されたため外国人枠から外れている。
  • なお、瀬間仲と同じ2002年のドラフト会議で指名された片山文男ブラジルの旗 ブラジル出身、日章学園高等学校→ヤクルト)と櫻井嘉実ブラジルの旗 ブラジル出身、富山県立砺波工業高等学校→中日)は、いずれも指名時点で日本国籍を取得していた。
2.に該当する選手
選手名 出身国 出身大学 所属球団
大豊泰昭 中華民国の旗 台湾 名古屋商科大学 中日阪神 → 中日
大順将弘 中華民国の旗 台湾 名古屋商科大学 ロッテ
ラファエル・フェルナンデス ブラジルの旗 ブラジル 白鷗大学 ヤクルト
仲尾次オスカル ブラジルの旗 ブラジル 白鴎大学 広島
  • 大豊は大学卒業後に1年間中日の球団職員として浪人することで日本居住が5年間となり、ドラフトでは2.の規定により日本人扱いとして指名された。
3.に該当する選手
4.に該当する選手
選手名 出身国 NPB所属球団 FA権取得年
郭泰源 中華民国の旗 台湾 西武 1996年
タフィ・ローズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 近鉄巨人オリックス 2004年(巨人所属時)
アレックス・ラミレス ベネズエラの旗 ベネズエラ ヤクルト → 巨人 → DeNA 2008年(巨人所属時)
アレックス・カブレラ ベネズエラの旗 ベネズエラ 西武 → オリックス → ソフトバンク 2009年(オリックス所属時)
ブライアン・シコースキー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ロッテ → 巨人 → ヤクルト → ロッテ → 西武 2010年(西武所属時)
許銘傑 中華民国の旗 台湾 西武 → オリックス 2011年(西武所属時)
ホセ・フェルナンデス ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国 ロッテ → 西武 → 楽天 → オリックス → 西武 → 楽天 → オリックス 2011年(西武所属時)※2度目
ジェイソン・スタンリッジ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ソフトバンク → 阪神 → ソフトバンク → ロッテ 2017年(ロッテ所属時)
ランディ・メッセンジャー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 阪神 2018年
ウラディミール・バレンティン オランダの旗 オランダキュラソーの旗 キュラソー ヤクルト → ソフトバンク 2019年
  • 許銘傑はFA権取得後、FA権を行使して移籍。スタンリッジはFA権を獲得したものの、その翌年で退団し、外国人枠を外れた状態ではプレーしなかった。
5.に該当する選手

日本に帰化した選手

日本に帰化することで外国人枠から外れた選手もいる。

日本に帰化し、外国人枠を外れた選手
選手名 出身 所属 帰化年
三宅宗源 中華民国の旗 台湾 ロッテ→巨人 1981年(ロッテ所属時)
郭源治 中華民国の旗 台湾 中日 1989年
荘勝雄 中華民国の旗 台湾 ロッテ 1991年
松元ユウイチ ブラジルの旗 ブラジル ヤクルト 2004年

外国人枠導入前に入団した選手

外国人枠がなかった1951年以前に入団した外国出身の選手は外国人枠の適用後も外国人枠には入っていない。ヴィクトル・スタルヒンロシアの旗ロシア帝国出身)や与那嶺要アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国出身)などはこの規定に則って選手生活で外国人枠には一切入らなかった。

日本統治時代に出生した旧日本領出身選手の扱い

1962年に東映に入団した白仁天大韓民国の旗 韓国出身)は、朝鮮半島の日本統治時代に出生したため、入団時に外国籍であっても出生時に日本国籍を保持していた選手を外国人枠から除外する当時の野球協約に該当し、外国人枠の適用を受けなかった。

日本統治時代の台湾・朝鮮半島から入団した選手は「日本人選手」と看做される場合があるためか(関口清治岡村俊昭今久留主淳今久留主功兄弟など日本から移住した家系の人物も含む)、呉昌征中華民国の旗 台湾出身)、呉新亨中華民国の旗 台湾出身)、劉瀬章中華人民共和国の旗 中国出身)、朴賢明朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮出身)は外国人選手を特集した雑誌・書籍でも扱われないことが多い。

日本生まれの外国人選手の扱い

過去にドラフト外入団が認められていた頃は、前項1または2の除外規定に当てはまっても、外国人枠が空いていた場合にはドラフト外獲得した在日韓国・朝鮮人などの定住外国人選手を形式的に外国人枠で登録することがあったが(特に、純血主義を方針とした一時期の巨人や広島など)、当時は日本式の通名を使用した選手が多く、さらに自身が外国籍であることを公表していなかった選手もいたため、(特に通名使用の場合は)対外的には日本人選手と同様に扱われ、外国人枠であることが公表されない場合もあった。

また、2009年シーズン途中に横浜に入団したスティーブン・ランドルフ沖縄県出身のアメリカ人だが、幼少期に帰国しており、日本の学校に通っていないため、日本出身ながら外国人として登録された。

脚注

  1. ^ 石井恒男『プロ野球の事典』三省堂、1986年、106頁より
  2. ^ a b 1965年に3人登録していた球団がそのまま契約を続ける場合は除く。西鉄ライオンズはこれを活用してトニー・ロイジム・バーマフランシス・アグウィリーの3人を残留させている。
  3. ^ 石井恒男『プロ野球の事典』三省堂、1986年、166頁より

関連項目