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大衆雑誌『[[朝日 (雑誌)|朝日]]』([[博文館]])に、[[1929年]](昭和4年)1月から翌[[1930年]](昭和5年)2月まで連載され、のち改造社から単行本として刊行された。 |
大衆雑誌『[[朝日 (雑誌)|朝日]]』([[博文館]])に、[[1929年]](昭和4年)1月から翌[[1930年]](昭和5年)2月まで連載され、のち改造社から単行本として刊行された。 |
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乱歩は、博文館の編集部長だった[[森下雨村]]から、同社が創刊する雑誌『朝日』の創刊号に、『新青年』誌に掲載した「陰獣」のような小説を執筆するよう依頼された。乱歩は、執筆と避寒を兼ねて三重県鳥羽の漁村に滞在し、当時、[[同性愛]]関連の資料蒐集をともにしていた旧友の[[岩田準一]]を宿に呼び出した。そのとき岩田が持参していた『鴎外全集』のなかの[[森 |
乱歩は、博文館の編集部長だった[[森下雨村]]から、同社が創刊する雑誌『朝日』の創刊号に、『新青年』誌に掲載した「陰獣」のような小説を執筆するよう依頼された。乱歩は、執筆と避寒を兼ねて三重県鳥羽の漁村に滞在し、当時、[[同性愛]]関連の資料蒐集をともにしていた旧友の[[岩田準一]]を宿に呼び出した。そのとき岩田が持参していた『鴎外全集』のなかの[[森鷗外]]の随筆に着想を得たのが、「孤島の鬼」であった。その鴎外の随筆では、中国で見世物のために人間の身体を改造する話が描かれていた。帰京した乱歩は古本屋で見世物用人体改造の資料を漁り、「見世物にするために嬰児を小さな箱に詰めた」という中国の『虞初新誌』内の説話を本書着想の柱とした。 |
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「主人公たちが恐怖で総白髪となる」、「暗闇の洞窟で生死を彷徨う」といった描写設定には、乱歩が子供のころに「身も心も震撼するような感銘を受けた」という、[[黒岩涙香]]の『[[白髪鬼]]』が影響している。また、本作では「[[同性愛]]」がストーリー展開の推進力となっており、これは乱歩自身も認めながらも、作品を振り返って「筋を運ぶ上の邪魔ものにさえなった」と述懐している<ref>『探偵小説四十年』江戸川乱歩</ref>。 |
「主人公たちが恐怖で総白髪となる」、「暗闇の洞窟で生死を彷徨う」といった描写設定には、乱歩が子供のころに「身も心も震撼するような感銘を受けた」という、[[黒岩涙香]]の『[[白髪鬼]]』が影響している。また、本作では「[[同性愛]]」がストーリー展開の推進力となっており、これは乱歩自身も認めながらも、作品を振り返って「筋を運ぶ上の邪魔ものにさえなった」と述懐している<ref>『探偵小説四十年』江戸川乱歩</ref>。 |
2020年6月18日 (木) 10:34時点における版
『孤島の鬼』(ことうのおに)は、江戸川乱歩の著した長編探偵小説。
あらすじ
この節にあるあらすじは作品内容に比して不十分です。 |
主人公の蓑浦はまだ30歳にもならない青年であるが、髪は見事な白髪である。彼の体験したある恐ろしい出来事の、そのあまりの恐怖のために、黒かった髪が真っ白に変わってしまったのだ。彼の妻の左腿の上には大きな傷跡があり、また恋人と友人とを立て続けに亡くした経験をも持つが、それらもまた同じ出来事によるものであった。 以下、蓑浦の回想という形で物語は綴られていく。
25歳で貿易会社に勤める蓑浦は、同僚の木崎初代と恋に落ち結婚を決意する。初代は3歳の時に実の親に捨てられ、今は養母と二人で暮らしていた。初代が捨てられた時に持たされていた系譜図は肝心なところが破れていて、やはり身元はわからないのだが、初代はお守りがわりのように肌身離さず持ち歩いている。結婚指輪を贈る蓑浦に初代は「私はお返しできるような値打ちのあるものは何も持っていないから、命の次に大事なこれを」と系譜図を贈るのだった。
そんな折、初代に猛烈な求婚運動をする者が現れる。家柄も収入も学歴も蓑浦より格段に上のその男は諸戸道雄といい、蓑浦の知り合いだった。蓑浦と諸戸は学生時代に知り合い、蓑浦は6歳年上の諸戸を尊敬できる先輩として慕っていた。諸戸は快活で頭のよい美男子だが実は同性愛者であり、蓑浦に恋情を寄せていた。蓑浦は同性愛者ではなかったが、立派な男性として尊敬できる相手である諸戸にそういった感情をむけられることで少しばかり自尊心がくすぐられる向きもあり、諸戸の気持ちをわずかに悟りながらも友人関係を続けていた。酒の勢いで諸戸の恋情が露見した後は気まずくなり会うことも少なくなったが、今でも熱烈な手紙をよこす諸戸と、つい最近出かけたこともあった。蓑浦は、諸戸が初代に求婚したのは、自分と初代の仲を引き裂くためではないかと疑う。
ある日初代が自宅で殺され、いつも系譜図を入れていた手提袋と、なぜかチョコレートの缶が盗まれる。自宅の鍵はすべてかけられており、侵入の痕跡は見当たらない。蓑浦はひそかに初代の復讐を誓い、探偵業を営む友人の深山木幸吉に初代の系譜図を預けて捜査を依頼する。しかし、深山木もまた犯人からと思われる脅迫状を受け取った直後、混雑した海水浴場で蓑浦の見守る中、何者かによって殺されてしまう。現場検証を見守る群衆の中に諸戸の姿を発見し、また諸戸が初代の自宅や隣接した骨董品屋を訪ねたという話を聞き、蓑浦はいよいよ諸戸に対する疑いを深める。
蓑浦が諸戸の家を訪れて問い詰めると、諸戸は自身も事件の捜査をしていること、しかも犯人を突き止め、今この家に呼び出していることを告げる。2つの殺人事件の実行犯は曲芸一座の子供であった。チョコレートを餌に犯行を自白させることに成功するが、背後にいる黒幕の正体を聞きだそうとした瞬間、子供は窓の外から拳銃で射殺されてしまう。
深山木は殺される直前、蓑浦に初代の系譜図と共に何者かの手記を郵送していた。系譜図の表紙の内側には「神と仏がおうたなら 巽の鬼をうちやぶり 弥陀の利益をさぐるべし 六道の辻に迷うなよ」という暗号らしき文章が記されていた。また手記に書かれた風景が、諸戸が育った紀伊半島の沖の孤島にある諸戸屋敷であるらしいこと、さらにそれが、亡き初代が子供の頃に住んでいた場所であることに気づき、二人は驚く。
二人は事件の真相を解く為に諸戸屋敷を訪れることになる。そして島ではおぞましく不幸に呪われた、残酷な「鬼」の所業ともいえる恐ろしい出来事に巻き込まれてゆく…。
解説
大衆雑誌『朝日』(博文館)に、1929年(昭和4年)1月から翌1930年(昭和5年)2月まで連載され、のち改造社から単行本として刊行された。
乱歩は、博文館の編集部長だった森下雨村から、同社が創刊する雑誌『朝日』の創刊号に、『新青年』誌に掲載した「陰獣」のような小説を執筆するよう依頼された。乱歩は、執筆と避寒を兼ねて三重県鳥羽の漁村に滞在し、当時、同性愛関連の資料蒐集をともにしていた旧友の岩田準一を宿に呼び出した。そのとき岩田が持参していた『鴎外全集』のなかの森鷗外の随筆に着想を得たのが、「孤島の鬼」であった。その鴎外の随筆では、中国で見世物のために人間の身体を改造する話が描かれていた。帰京した乱歩は古本屋で見世物用人体改造の資料を漁り、「見世物にするために嬰児を小さな箱に詰めた」という中国の『虞初新誌』内の説話を本書着想の柱とした。
「主人公たちが恐怖で総白髪となる」、「暗闇の洞窟で生死を彷徨う」といった描写設定には、乱歩が子供のころに「身も心も震撼するような感銘を受けた」という、黒岩涙香の『白髪鬼』が影響している。また、本作では「同性愛」がストーリー展開の推進力となっており、これは乱歩自身も認めながらも、作品を振り返って「筋を運ぶ上の邪魔ものにさえなった」と述懐している[1]。
本作で乱歩は「密室の殺人」、「衆人環視の中での殺人」という推理トリックに挑戦している。筒井康隆、深谷忠記、皆川博子、中井英夫ら、乱歩の最高傑作として挙げる人も少なくない[2]。明智小五郎が登場しない作品であるが、高木彬光によれば乱歩自身もまた、長編では本作が一番出来が良いと考えていたようである。
収録
- 『孤島の鬼』(改造社) 1930年
- 『江戸川乱歩全集 5』(平凡社) 1936年
- 『江戸川乱歩選集 9』(新潮社) 1939年
- 『江戸川乱歩全集 1』(春陽堂) 1955年
- 『江戸川乱歩全集 2 陰獣・孤島の鬼』(桃源社) 1961年
- 『昭和国民文学全集 13』(筑摩書房) 1973年
- 『昭和国民文学全集 増補新版 18』(筑摩書房) 1977年
- 『江戸川乱歩全集 4』(講談社) 1978年
- 『現代日本推理小説叢書 江戸川乱歩 1 孤島の鬼』(創元推理文庫) 1987年
- 『孤島の鬼』(角川ホラー文庫) 2000年
- 『江戸川乱歩全集 4 孤島の鬼』(光文社文庫) 2003年
- 『江戸川乱歩ベストセレクション 7 孤島の鬼』(角川ホラー文庫) 2009年
- 『江戸川乱歩傑作集 1 孤島の鬼』(リブレ出版) 2015年
- 『江戸川乱歩作品集 1 人でなしの恋・孤島の鬼 他』(岩波文庫) 2017年
映像化とコミカライズ
- 『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969年、東映京都)
- 『孤島の鬼』(2015年)
- 『孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―』(2017年)
- 『江戸川乱歩傑作集 孤島の鬼』全1巻(ぶんか社コミックス 2017年)長田ノオト
参考文献
- 『江戸川乱歩ベストセレクション 7 孤島の鬼』(角川ホラー文庫)郷原宏による解説