「伊藤剛 (評論家)」の版間の差分
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* [http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/tezuka-is-dead.html 伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』]([[紙屋高雪]]) |
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伊藤 剛(いとう ごう、1967年2月 - )は、愛知県名古屋市出身の日本の漫画評論家、鉱物愛好家。主著に『テヅカ・イズ・デッド』。
学歴・職歴
- 1982年4月 - 名古屋市立向陽高等学校入学[1]。
- 1985年頃 - 同高校を卒業、名古屋大学理学部入学。
- 1989年頃 - 同地球科学科岩石学鉱床学講座卒業。NTTデータに入社。
- 1993~1994年 - 漫画家への志止み難く退社し浦沢直樹のアシスタント。
- 1995年 - 同年から97年まで唐沢なをきのアシスタント[2]。
- 1997年 - 永山薫に請われ泊倫人(とまり りんと)名義でエロマンガの紹介・評論を始める。[3]
- 2001年 - 日本マンガ学会発足。会員となる。
- 2002年 - アミューズメントメディア総合学院マンガ学科非常勤講師
- 2006年 - 武蔵野美術大学芸術文化学科非常勤講師
- 2009年 - 東京工芸大学芸術学部マンガ学科准教授、早稲田大学文化構想学部非常勤講師[4]。
- 2010年 - 当年度後期に限り首都大学東京非常勤講師
- 2012年 - 当年度後期に武蔵大学メディア社会学科非常勤講師[5]
- 2016年 - 4月1日付で東京工芸大学芸術学部マンガ学科教授[6]。
人物
- 初の単著『テヅカ・イズ・デッド』で、「キャラクター」と「キャラ」とを分けて論じる、従来の漫画論にない視点を提示した評論であると、高い評価を得た[7]。
岡田斗司夫・唐沢俊一との紛争
- 1990年代半ば、伊藤剛はなおきの実兄俊一に請われ彼の仕事を請負い初めると共に、ニフティサーブのコメディフォーラム内の岡田斗司夫、唐沢俊一、眠田直の三人が議長を務めるオタクアミーゴス会議室、及びと学会に入会した。伊藤によると周囲からは唐沢とは師弟関係として認識されていたが、1997年7月、唐沢から関係を絶縁するという告知がされて以降、唐沢は伊藤に対する誹謗中傷を繰り返してきたという[8]。伊藤は1998年7月に出版された、岡田斗司夫編『国際おたく大学』(光文社)掲載の記事「サブカルのパンドラの箱〜伊藤(バカ)くん問題」が名誉毀損等であるとして、11月、岡田斗司夫と光文社、及び当該記事の執筆者である唐沢俊一とその妻ソルボンヌK子を、東京地裁に提訴。1999年7月23日、上述の民事訴訟で和解し、岡田及び唐澤夫妻の謝罪文がウェブ上に(削除済み)、光文社による謝罪文が『小説宝石』1999年9月号に掲載される運びとなった[9]。
著書
- 東海鉱物採集ガイドブック(名古屋鉱物同好会編、七賢出版、1996年7月)
- 網状言論F改(東浩紀編、青土社、2003年1月、小谷真理、斎藤環、竹熊健太郎、永山薫との共著)
- テヅカ・イズ・デッド(NTT出版、2005年9月)
- マンガは変わる(青土社、2007年12月)
- マンガを読む。The Manga Reviews(青土社、2008年3月)
- 鉱物コレクション入門(築地書館、2008年10月、高橋秀介との共著)
- マンガを「見る」という体験―フレーム、キャラクター、モダン・アート(鈴木雅雄編、水声社、2014年7月、野田謙介、齊藤哲也、加治屋健司、中田健太郎との共著)
- テヅカ・イズ・デッド(星海社新書、2014年9月、NTT出版版の増補改訂)
参考文献
- 『ユリイカ』2006年1月号「特集・マンガ批評の最前線」(青土社)
出典
- ^ [1]
- ^ [2]
- ^ [3]
- ^ 早稲田の非常勤は2013年度限りで雇い止め
- ^ [4]
- ^ https://www.facebook.com/go.ito.923/posts/1068278006558359?pnref=story
- ^ 竹熊健太郎 「2005年アマゾン売上げBEST20(2)」 2006年1月4日(2008年12月19日閲覧)(日本アマゾンの売上げランキングとは無関係)
- ^ 事件の経緯(99.2.1/00.3.9一部改変)
- ^ "オタク"が終わったあとに(旧・『国際おたく大学』の唐沢俊一の原稿に対する名誉毀損裁判に象徴される、唐沢俊一/岡田斗司夫的オタクの問題についての考察)
外部リンク
- 伊藤 剛さんのプロフィール - はてな
- 伊藤剛プロフィル - 本人のブログ(はてなダイアリー)「伊藤剛のトカトントニズム」
- 伊藤剛 (@goito) - X(旧Twitter)-本人のアカウント
- UNDER RECONSTRUCTIONインターネットアーカイブに残された旧サイト
- 伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を読む (竹熊健太郎)
- 伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』(紙屋高雪)