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2017年9月4日 (月) 17:22時点における版
TASAKIペルーレFC | |
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原語表記 | TASAKIペルーレFC |
愛称 | TASAKI |
クラブカラー | ロゼ |
創設年 | 1976年 |
解散年 | 2008年 |
ホームタウン | 兵庫県神戸市 |
ホームスタジアム | 加古川運動公園陸上競技場ほか |
収容人数 | 15,275 |
公式サイト | (リンク切れ) 公式サイト |
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
TASAKIペルーレFC(タサキペルーレエフシー)は、かつて存在した女子サッカーチーム。兵庫県神戸市を本拠としていた。
概要
1976年に創立した神戸フットボールクラブ(神戸FC)のレディース部門を母体とし、1991年に田崎真珠へチームを移管した。
所属選手は田崎真珠の社員として午前中は仕事をし、午後は社用地にあるグラウンドで練習をする、日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)では数少ない「企業チーム」であった。最盛期は選手のレベルも高く、日本女子代表や各年代での代表選手や経験者が数多く在籍していた。
女子サッカー選手の就職先という面もあるといえ、実際に下小鶴綾、阪口夢穂が就職を機に加入、川上直子が退職により退部、また柳田美幸、鈴木智子は就職による加入と退職による退部をした。ただし常に社員のみであったわけではなく、2006年以降は大学生も在籍していた。
2008年9月、田崎真珠はかねてからの深刻な経営危機により練習場として利用していた研修センターや寮など社用地売却を発表。2008年10月10日にはなでしこリーグ2008及び第30回全日本女子サッカー選手権大会を最後に休部し、なでしこリーグから退会することが発表された。
これにより、リーグでは10月14日に臨時評議会を開き、ペルーレの退会とそれに付帯する事項等を審議し、退会が承認された。その際、11月23日を期限として移管先が決定した場合は、成績面の条件に関係なく2部に所属(降格)することとなったため、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のヴィッセル神戸などと交渉するも、選手数が不足するなどの問題が浮上したことから休部(退会)が決定。
リーグ最終戦となった11月23日の日テレ・ベレーザ戦(駒沢)、チームとして最後の試合となった全日本女子選手権準決勝のINACレオネッサ戦(西が丘)は、ともに1-4のスコアでの敗戦であった。
2009年1月16日、田崎真珠は5名の引退を発表。1月30日と2月20日には残りの選手の移籍先などが発表された。
歴史
- 1976年
- 神戸FCに女子部「神戸FCレディース」創立
- 1989年
- この年に始まる日本女子サッカーリーグ(JLSL:当時の略称)参加に際し田崎真珠株式会社がスポンサーとなり、チーム名を田崎真珠神戸レディースとする
- 1991年
- 第3回日本女子サッカーリーグから運営も田崎真珠に移管し、チーム名を田崎神戸レディースとする
- 1992年
- 第4回日本女子サッカーリーグで最下位となり、JLSLチャレンジリーグ首位のシロキFCセレーナとの入れ替え戦にも敗退
- 1993年
- JLSLチャレンジリーグに降格。社内公募によりチーム名を田崎ペルーレFCに改称
- 1994年
- JLSLチャレンジリーグで首位となり、JLSL最下位の浦和レディースFCとの入れ替え戦に勝利
- 1995年
- L・リーグ(JLSL改め)復帰
- 1999年
- 第54回国民体育大会成年女子の部優勝 (兵庫県代表として)
- 2000年
- 第21回全日本女子サッカー選手権大会優勝
- 第12回L・リーグ 西日本リーグ1位により上位リーグに参加し3位
- 2001年
- 第22回全日本女子サッカー選手権大会準優勝
- 第13回L・リーグ 西日本リーグ1位により上位リーグに参加し準優勝
- 第56回国民体育大会成年女子の部3位 (兵庫県代表として)
- 2002年
- 第23回全日本女子サッカー選手権大会準優勝
- 第14回L・リーグ 西日本リーグ1位により上位リーグに参加し準優勝
- 第57回国民体育大会成年女子の部優勝 (宝塚バニーズの2選手を含む兵庫県代表として)
- 2003年
- 第24回全日本女子サッカー選手権大会優勝
- 第58回国民体育大会成年女子の部優勝 (宝塚バニーズの4選手含む兵庫県代表として)
- 第15回L・リーグ 西日本リーグ1位により上位リーグに参加し、初優勝
- 2004年
- 第25回全日本女子サッカー選手権大会優勝
- チーム名をTASAKIペルーレFCに改称
- 第59回国民体育大会成年女子の部準優勝 (兵庫県代表として)
- 2004(第16回)L・リーグ1部(L1)3位
- 第26回全日本女子サッカー選手権大会ベスト4
- 2005年
- 第60回国民体育大会成年女子の部準優勝 (兵庫県代表として)
- 2005(第17回)L・リーグ1部(L1)2位
- 2006年
- 第27回全日本女子サッカー選手権大会準優勝
- 第2回なでしこスーパーカップ優勝
- 2006(第18回)なでしこリーグ1部(Div.1)3位
- 2007年
- 第28回全日本女子サッカー選手権大会優勝
- 第3回なでしこスーパーカップ準優勝
- 2007(第19回)なでしこリーグ1部(Div.1)2位
- 2008年
- 第29回全日本女子サッカー選手権大会準優勝
- 2008(第20回)なでしこリーグ1部(Div.1)4位
- 第30回全日本女子サッカー選手権大会ベスト4
成績
回 | 年度 | チーム名 | リーグ | チーム数 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | 監督 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1989 | 田崎真珠神戸レディース | JLSL | 6 | 10 | 8 | 3 | 2 | 5 | 3位 | 田嶋昭策 |
2 | 1990 | 6 | 15 | 5 | 2 | 1 | 12 | 6位 | |||
3 | 1991 | 田崎神戸レディース | 10 | 18 | 17 | 7 | 3 | 8 | 6位 | 高田泰樹 | |
4 | 1992 | 10 | 18 | 4 | 0 | 4 | 14 | 10位 | 天野泰男 | ||
C | 1993 | 田崎ペルーレFC | JLSLチャレンジリーグ | 4 | 6 | 8 | 4 | 0 | 2 | 2位 | - |
C | 1994 | 3 | 8 | 15 | 7 | 1 | 0 | 優勝 | |||
7 | 1995 | L・リーグ | 10 | 18 | -- | 8 | -- | 10 | 8位 | 山根誠 | |
8 | 1996 | 10 | 18 | -- | 7 | -- | 11 | 7位 | |||
9 | 1997 | 10 | 18 | -- | 9 | -- | 9 | 5位 | 仲井昇 | ||
10 | 1998 | 10 | 18 | -- | 5 | -- | 13 | 7位 | |||
11 | 1999 | 8 | 14 | 32 | 10 | 2 | 2 | 3位 | |||
12 | 2000 | 9 | 14 | 26 | 7 | 4 | 3 | 3位 | |||
13 | 2001 | 10 | 14 | 35 | 11 | 2 | 1 | 2位 | |||
14 | 2002 | 11 | 10 | 25 | 8 | 1 | 1 | 2位 | |||
15 | 2003 | 13 | 20 | 55 | 18 | 1 | 1 | 優勝 | |||
(16) | 2004 | TASAKIペルーレFC | L・リーグ1部(L1) | 8 | 14 | 28 | 9 | 1 | 4 | 3位 | |
(17) | 2005 | 8 | 21 | 51 | 16 | 3 | 2 | 2位 | |||
(18) | 2006 | なでしこリーグディビジョン1 | 8 | 17 | 33 | 10 | 3 | 4 | 3位 | ||
(19) | 2007 | 8 | 21 | 52 | 17 | 1 | 3 | 2位 | |||
(20) | 2008 | 8 | 21 | 34 | 11 | 1 | 9 | 4位 |
- 1991年まで「勝ち点制」(勝ち2、引き分け1、負け0)を採用
- 1992年と1993年は入替戦(別項参照)によりチャレンジリーグ所属
- 前後期制を採用した1994年から1999年までの成績は年間順位
- 予選(地区)リーグと決勝リーグを採用した2000年から2003年までの成績は年間順位、チーム数は両地区の合計チーム数
- 1999年から「勝ち点制」(勝ち3、引き分け1、負け0)を採用
- 2004年から二部制に移行。チーム数は所属リーグのみ
- 2003年まではシーズン名に「第○回」と表記されていたが、2004年からは西暦年で表記
- 2006年は8チーム2回戦総当たりの「レギュラーリーグ」(RL)後、その順位に基づき上位と下位の各4チームによる1回戦総当たりの「プレーオフ」(PO)を実施、試合数はRLとPOの合計で、成績は年間順位
タイトル
- 日本女子サッカーリーグ:1回
- 国体:4回
- 1999年, 2002年, 2003年, 2007年
チーム名変遷
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- 1976年(創部)- 1988年 神戸FCレディース
- 1989年 - 1990年 田崎真珠神戸レディース
- 1991年 - 1992年 田崎神戸レディース
- 1993年 - 2003年 田崎ペルーレFC
- 2004年 - 2008年 TASAKIペルーレFC
チームカラー
選手
最終年に所属していた選手
数字は背番号。カッコ内は休部後の動向。
MF
*1 シカゴ・レッド・イレブン(アメリカ・USL Wリーグ)
*2 FCインディアナ(アメリカ・USL Wリーグ)
*3 神村学園高等部教員
かつて所属していた選手
- 秋山智美 (バニーズ京都SCGK兼コーチ)
- 柿川文 (引退・神戸フットボールクラブレディース監督)
- 加地眞弓 (JFAナショナルトレセン女子U-15関西ブロックコーチ、ポルト神戸FC監督兼選手)
- 川上直子 (引退・解説者)
- 坂田恵 (引退・元大分トリニータレディース監督)
- 櫻田有幾子 (ASエルフェン狭山FC)
- 鈴木智子 (INACレオネッサ)
- 鈴木理紗 (スペランツァFC大阪高槻)
- 高嶋美奈子 (引退)
- 土橋優貴 (浦和レッドダイヤモンズ・レディース)
- 新甫まどか(ジュ ブリーレ 鹿児島)
- 松下貴子 (現姓森田、グリュック鹿児島監督兼選手[4])
- 柳田美幸 (浦和レッドダイヤモンズ・レディース)
- 山口小百合 (引退・JFAナショナルトレセン女子U-15東海ブロックコーチ)
脚注
外部リンク
- TASAKI PERULE FC - 閉鎖。(2009年3月27日時点のアーカイブ)