「レッドブル・ザルツブルク」の版間の差分
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[[FCバイエルン・ミュンヘン|バイエルン・ミュンヘン]]から元ドイツ代表の[[トーマス・リンケ]]と[[アレクサンダー・ツィックラー]]、[[VfLボーフム|ボーフム]]からスロベニア代表の{{仮リンク|アレクサンデル・クナウス|en|Aleksander Knavs}}、チェコ代表の[[ヴラティスラフ・ロクヴェンツ]]などが加入、リーグ戦で準優勝を果たす。しかしシーズン終了後、選手の移籍金問題でフロントと対立したためクルト・ヤーラは監督を解雇される。 |
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[[2006年]]の夏に元イタリア代表監督の[[ジョバンニ・トラパットーニ]]と元ドイツ代表主将の[[ローター・マテウス]]がそれぞれ監督とヘッドコーチに就任。また、[[ニコ・コヴァチ]](元[[バイヤー・レバークーゼン]]、[[ハンブルガーSV]]、バイエルン・ミュンヘン、[[ヘルタ・ベルリン]])、[[ヨハン・フォンランテン]](元[[PSVアイントホーフェン]]、[[NACブレダ]]、[[ブレシア・カルチョ|ブレシア]])、[[ティモ・オクス]](元[[1860ミュンヘン]])、[[レモ・マイヤー]](元[[FCルツェルン]]、1860ミュンヘン)、[[ホルヘ・ヴァルガス]](元[[レッジーナ]]、[[エンポリFC|エンポリ]]、[[ASリヴォルノ・カルチョ|リヴォルノ]])、[[クリスティアン・ティファート]](元[[VfBシュトゥットガルト]])、[[マークス・シュタインヘーファー]](元バイエルン・ミュンヘン・サテライト)などを獲得。[[2006年]][[12月]]に[[ガンバ大阪]]の[[宮本恒靖]]と[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]の[[三都主アレサンドロ]]を獲得。[[オーストリア・カップ]]では準決勝に進出し、リーグ戦は10年ぶりとなる4度目のリーグ優勝を果たした。 |
[[2006年]]の夏に元イタリア代表監督の[[ジョバンニ・トラパットーニ]]と元ドイツ代表主将の[[ローター・マテウス]]がそれぞれ監督とヘッドコーチに就任。また、[[ニコ・コヴァチ]](元[[バイヤー・レバークーゼン]]、[[ハンブルガーSV]]、バイエルン・ミュンヘン、[[ヘルタ・ベルリン]])、[[ヨハン・フォンランテン]](元[[PSVアイントホーフェン]]、[[NACブレダ]]、[[ブレシア・カルチョ|ブレシア]])、[[ティモ・オクス]](元[[1860ミュンヘン]])、[[レモ・マイヤー]](元[[FCルツェルン]]、1860ミュンヘン)、[[ホルヘ・ヴァルガス]](元[[レッジーナ]]、[[エンポリFC|エンポリ]]、[[ASリヴォルノ・カルチョ|リヴォルノ]])、[[クリスティアン・ティファート]](元[[VfBシュトゥットガルト]])、[[マークス・シュタインヘーファー]](元バイエルン・ミュンヘン・サテライト)などを獲得。[[2006年]][[12月]]に[[ガンバ大阪]]の[[宮本恒靖]]と[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]の[[三都主アレサンドロ]]を獲得。[[オーストリア・カップ]]では準決勝に進出し、リーグ戦は10年ぶりとなる4度目のリーグ優勝を果たした。 |
2017年8月29日 (火) 09:48時点における版
レッドブル・ザルツブルク | |||
---|---|---|---|
原語表記 | FC Red Bull Salzburg | ||
愛称 | Die Roten Bullen | ||
クラブカラー | 紫・白 | ||
創設年 | 1933年 | ||
所属リーグ | オーストリア・ブンデスリーガ | ||
所属ディビジョン | 1部 | ||
ホームタウン | ザルツブルク | ||
ホームスタジアム | レッドブル・アレーナ | ||
収容人数 | 30.188 | ||
代表者 | ルドルフ・タイアル | ||
監督 | オスカル・ガルシア | ||
公式サイト | 公式サイト | ||
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■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
FCレッドブル・ザルツブルク(ドイツ語: FC Red Bull Salzburg)は、オーストリアのザルツブルクを本拠地とするサッカークラブである。オーストリア・ブンデスリーガに加盟し、SKラピード・ウィーンやFKアウストリア・ウィーンと共にリーグを代表する強豪である。
歴史
1930年代
1930年代まで存在していたFCラピード・ザルツブルクとFCヘルタ・ザルツブルクの合併により1933年9月13日にSVアウストリア・ザルツブルク(SV Austria Salzburg)として創設された。同じくザルツブルクを本拠地とするSAK 1914ザルツブルクの陰に長年隠れていたが、第二次世界大戦後に徐々に頭角を現すようになり[要出典]、1953年に1部リーグにあたるオーストリア・ブンデスリーガ(当時のリーグ名は「Staatsliga」)に昇格した。
1960年代-1980年代
1971年にはオーストリア・ブンデスリーガ(以下「リーグ戦」と表記)とミトローパ・カップで準優勝した。一方で、1950年代には1度、1960年代には3度、1970年代と1980年代に1度ずつ2部リーグへの降格も経験し、特に1960年代はオーストリアを代表するエレベーターチームの1つであった。[要出典] 財政的な理由から1985年には同じくザルツブルクを本拠地とし、当時はSVアウストリア・ザルツブルクよりも好成績を収めていたライバルのSAK 1914ザルツブルクとの合併を自ら希望するものの、先方に断られるなどクラブの将来性が見えず、クラブの存続自体が長年に渡り危ぶまれていた。[要出典]
FKアウストリア・ウィーン、ラピード・ウィーン、そしてFCヴァッカー・インスブルックの強豪クラブがリーグ優勝やカップ優勝を重ねる中、SVアウストリア・ザルツブルクはオーストリア・ブンデスリーガの弱小クラブの一つであった。[要出典]
ちなみに1973年よりスポンサー名がクラブ名に付くようになり、クラブ名は"SV Gerngroß A. Salzburg"(1973-1976)、"SV Sparkasse Austria Salzburg"(1976-1978)、"SV Casino Austria Salzburg"(1978-1997)、"SV Wüstenrot Salzburg"(1997-2005)と変更された。
1990年代
長年スポンサーであったオーストリア・カジノ社が積極的に投資するようになり、ヴォルフガング・ファイアージンガー、トーマス・ヴィンクルホーファー、ハイモ・プファイフェンベルガー、ヘリベルト・ヴェーバー、オットー・コンラードなど数多くのオーストリア代表選手が所属するようになる。また、オリバー・ビアホフ(後にサッカードイツ代表に選出)が1991年に入団してリーグ得点王になった。1992年および1993年にはオーストリア・ブンデスリーガで準優勝、1994年にオットー・バリッチ監督の下、リーグ優勝を果たした。
UEFAカップ1993-94では決勝に進出し、イタリアのインテルナツィオナーレ・ミラノに敗れたが、準優勝の成績を残した。
1994-1995年のシーズンで2年連続のリーグ優勝。UEFAチャンピオンズリーグ 1994-95にも出場し、グループリーグでオランダのアヤックスにホームとアウェーで引き分け、ギリシャのAEKアテネには勝利するが、イタリアのACミランに敗れて、同勝ち点ながら得失点差でグループリーグで敗退した。
1995-1996年のシーズンはクラブ内の権力争いもありチームがなかなかまとまらずリーグ戦で8位に終わった。
1996年の夏には数多くの主力選手を放出、中心選手であったヴォルフガング・ファイアージンガーがボルシア・ドルトムントへ、ハイモ・プファイフェンベルガーがヴェルダー・ブレーメンへ、そしてオットー・コンラートがレアル・サラゴサへ移籍したが、レネー・アウフハウザー、ロベルト・イベルツベルガー、ゲルノット・プラスネッガーなど若手も育ち、リーグ戦で3度目の優勝を果たした。
1998年以降はリーグ戦、オーストリア・カップ、そしてヨーロッパカップでも結果を残す事が出来ず、オーストリア・ブンデスリーガでは優勝争いに絡むどころか、2部降格の危機もあった。
2000年代
2000年以降もオーストリア・ブンデスリーガで6位、6位、3位、7位、9位と目立った結果を残す事が出来ず、オーストリア・カップでも当時オーストリア2部に属していたFCケルンテンやザンクト・ペルテンに敗北するなど1990年代の黄金時代を知るザルツブルク・サポーターの期待を裏切り続けた。また財政上も非常に厳しい時期が続き、クラブは破産寸前の状態となり、プロサッカーの維持のみならず、クラブの存続自体が危ぶまれていた。
2005年、レッドブルなどを取り扱うオーストリアの飲料メーカーのレッドブル (企業)(以下「レッドブル社」)がクラブを買収。名称が「レッドブル・ザルツブルク」に変更された。
2005-2006年シーズンはFCヴァッカー・インスブルック、ハンブルガーSV、1.FCカイザースラウテルンなどの監督を務めたクルト・ヤーラが監督に就任。
バイエルン・ミュンヘンから元ドイツ代表のトーマス・リンケとアレクサンダー・ツィックラー、ボーフムからスロベニア代表のアレクサンデル・クナウス、チェコ代表のヴラティスラフ・ロクヴェンツなどが加入、リーグ戦で準優勝を果たす。しかしシーズン終了後、選手の移籍金問題でフロントと対立したためクルト・ヤーラは監督を解雇される。
2006年の夏に元イタリア代表監督のジョバンニ・トラパットーニと元ドイツ代表主将のローター・マテウスがそれぞれ監督とヘッドコーチに就任。また、ニコ・コヴァチ(元バイヤー・レバークーゼン、ハンブルガーSV、バイエルン・ミュンヘン、ヘルタ・ベルリン)、ヨハン・フォンランテン(元PSVアイントホーフェン、NACブレダ、ブレシア)、ティモ・オクス(元1860ミュンヘン)、レモ・マイヤー(元FCルツェルン、1860ミュンヘン)、ホルヘ・ヴァルガス(元レッジーナ、エンポリ、リヴォルノ)、クリスティアン・ティファート(元VfBシュトゥットガルト)、マークス・シュタインヘーファー(元バイエルン・ミュンヘン・サテライト)などを獲得。2006年12月にガンバ大阪の宮本恒靖と浦和レッズの三都主アレサンドロを獲得。オーストリア・カップでは準決勝に進出し、リーグ戦は10年ぶりとなる4度目のリーグ優勝を果たした。
UEFAチャンピオンズリーグ 2006-07は予選3回戦でスペインのバレンシアCFに敗れた。
2007-08年度はリーグ戦で準優勝の成績を残した。
UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08は予選3回戦でウクライナのシャフタール・ドネツクに敗れた。
2007年6月12日、様々な見解の違いから(公式ホームページ日本語版)[要出典]、ヘッドコーチのローター・マテウスを解任した。
2008-09年シーズンよりアヤックス・アムステルダム、FCポルト、AZアルクマールなどで指揮を執ったオランダ出身のコー・アドリアーンセが監督に就任した。
バイエルン・ミュンヘンとの提携関係
2005年よりドイツ・ブンデスリーガの名門FCバイエルン・ミュンヘンと提携関係を結んでいる。多くの元FCバイエルン・ミュンヘンの選手・スタッフがレッドブル・ザルツブルクに所属しており、いかに関係が深いものであるかを伺わせる。また、当時のクラブスポンサーもFCバイエルン・ミュンヘンと同じアディダスとアウディである。 また、「皇帝」として知られるフランツ・ベッケンバウアーのネットワークもあり、数多くの元2006 FIFAワールドカップの実行委員会のメンバーがクラブマネジメントに携わっている。
元FCバイエルン・ミュンヘンのクラブ関係者
- 特別顧問:フランツ・ベッケンバウアー
- スポーツディレクター:オリヴァー・クロイツァー(2006年12月~2007年9月)
- 監督:ジョバンニ・トラパットーニ(2006年6月~2008年5月)
- ヘッドコーチ:ローター・マテウス(2006年6月~2007年6月)
- ヘッドコーチ:トルステン・フィンク(2007年6月~2008年1月)
- アシスタントコーチ;ハンス=ディーター・フリック(2006年6月~2006年8月)
元2006 FIFAワールドカップ実行委員会のクラブ関係者
- ジェネラルマネージャー:ヘルムート・ザンドロック
- サッカー部門取締役:マークス・ヘーフレ
- チームマネージャー:マーク・ラング
さらにトーマス・リンケ、アレクサンダー・ツィックラー、ニコ・コバチ、マークス・シュタインヘーファーと往年のバイエルン・ミュンヘンの選手がレッドブル・ザルツブルクに所属していた。またトップチームで活躍しているルイス・ヌワト・マホップはバイエルン・ミュンヘンのサテライトチームから移籍してきた選手である。
2006-2007年シーズンには元バイエルン・ミュンヘンの名選手ローター・マテウスがヘッドコーチを務めていたが、2007年6月12日に解任された。後任のトルステン・フィンクも元バイエルン・ミュンヘンの選手であった。
また、日本人選手獲得の原動力となり、2007年9月12日に解任されたスポーツディレクターオリヴァー・クロイツァーも元バイエルン・ミュンヘンのDFとしてドイツ・ブンデスリーガ優勝やUEFAカップ優勝などの実績を残している。
レッドブル社のサッカークラブへの投資
レッドブル社は以前から、モータースポーツやエクストリームスポーツに対して資本提供する事が多かったが、SVアウストリア・ザルツブルクを買収した以外にも、2006年にメジャーリーグサッカーのメトロスターズを買収、クラブ名をレッドブル・ニューヨークに変更している。
また、2007年10月にはガーナにレッドブル・サッカー・アカデミーが設立され、現在ではブラジルに新たなサッカー・アカデミーを建設中である。[要出典]
レッドブル社と一部のサポーターの対立
タイトル
国内タイトル
- オーストリア・ブンデスリーガ(オーストリア1部リーグ)優勝 11回(1994, 1995, 1997, 2007, 2009, 2010, 2012, 2014, 2015, 2016, 2017)
- オーストリア・ブンデスリーガ準優勝 7回(1971, 1992, 1993, 2006, 2008, 2011, 2013)
- エルステリーガ(オーストリア2部リーグ)優勝 2回(1978, 1989)
- オーストリア・カップ優勝 5回(2012, 2014, 2015, 2016, 2017)
- オーストリア・カップ準優勝 4回(1974, 1980, 1981, 2000)
- オーストリア・スーパーカップ優勝 3回(1994, 1995, 1997)
- オーストリア・室内サッカーカップ優勝 1回(1999)
国際タイトル
過去の成績
シーズン | リーグ | 順位 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1993-94 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 21 | 9 | 6 | 56 | 18 | 51 |
1994-95 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 15 | 17 | 4 | 48 | 24 | 47 |
1995-96 | オーストリア・ブンデスリーガ | 8位 | 10 | 14 | 12 | 53 | 51 | 44 |
1996-97 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 19 | 12 | 5 | 54 | 25 | 69 |
1997-98 | オーストリア・ブンデスリーガ | 4位 | 16 | 8 | 12 | 48 | 33 | 56 |
1998-99 | オーストリア・ブンデスリーガ | 4位 | 15 | 12 | 9 | 55 | 40 | 57 |
1999-00 | オーストリア・ブンデスリーガ | 6位 | 12 | 10 | 14 | 39 | 45 | 46 |
2000-01 | オーストリア・ブンデスリーガ | 6位 | 13 | 10 | 13 | 49 | 45 | 49 |
2001-02 | オーストリア・ブンデスリーガ | 6位 | 13 | 10 | 13 | 42 | 40 | 49 |
2002-03 | オーストリア・ブンデスリーガ | 3位 | 15 | 11 | 10 | 51 | 46 | 56 |
2003-04 | オーストリア・ブンデスリーガ | 7位 | 11 | 5 | 20 | 44 | 48 | 38 |
2004-05 | オーストリア・ブンデスリーガ | 9位 | 9 | 9 | 18 | 37 | 51 | 36 |
2005-06 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2位 | 20 | 3 | 13 | 62 | 42 | 63 |
2006-07 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 22 | 9 | 5 | 70 | 23 | 75 |
2007-08 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2位 | 18 | 9 | 9 | 63 | 42 | 63 |
2008-09 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 23 | 5 | 8 | 86 | 50 | 74 |
2009-10 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 22 | 10 | 4 | 68 | 27 | 76 |
2010-11 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2位 | 17 | 12 | 7 | 53 | 31 | 63 |
2011-12 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 19 | 11 | 6 | 60 | 30 | 68 |
2012-13 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2位 | 22 | 11 | 3 | 91 | 39 | 77 |
2013-14 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 25 | 5 | 6 | 110 | 35 | 80 |
2014-15 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 22 | 7 | 7 | 99 | 42 | 73 |
2015-16 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 21 | 11 | 4 | 71 | 33 | 74 |
2016-17 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1位 | 25 | 6 | 5 | 74 | 24 | 81 |
2017-18 | オーストリア・ブンデスリーガ | 位 |
欧州での成績
年度 | 大会 | ラウンド | 国 | 相手 | ホーム | アウェー | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2006-07 | UEFAチャンピオンズリーグ | 2回戦 | チューリッヒ | 2-0 | 1-2 | 3-2 | ||
3回戦 | バレンシア | 1-0 | 0-3 | 1-3 | ||||
2006-07 | UEFAカップ | 1回戦 | ブラックバーン・ローヴァーズ | 2-2 | 0-2 | 2-4 | ||
2007-08 | UEFAチャンピオンズリーグ | 2回戦 | ヴェンツピルス | 4-0 | 3-0 | 7-0 | ||
3回戦 | シャフタール・ドネツク | 1-0 | 1-3 | 2-3 | ||||
2007-08 | UEFAカップ | 1回戦 | AEKアテネ | 1-0 | 0-3 | 1-3 | ||
2008-09 | UEFAカップ | 予選1回戦 | バナンツ・エレバン | 7-0 | 3-0 | 10-0 | ||
予選2回戦 | スドゥバ | 0-1 | 4-1 | 4-2 | ||||
1回戦 | セビージャ | 0-2 | 0-2 | 0-4 | ||||
2009-10 | UEFAチャンピオンズリーグ | 2回戦 | ボヘミアン | 1-1 | 1-0 | 2-1 | ||
3回戦 | ディナモ・ザグレブ | 1-1 | 2-1 | 3-2 | ||||
プレーオフ | マッカビ・ハイファ | 1-2 | 0-3 | 1-5 | ||||
2009-10 | UEFAヨーロッパリーグ | グループG | ラツィオ | 2-1 | 2-1 | 1位通過 | ||
ビジャレアル | 2-0 | 1-0 | ||||||
レフスキ・ソフィア | 1-0 | 1-0 | ||||||
ラウンド32 | スタンダール・リエージュ | 0-0 | 2-3 | 2-3 | ||||
2010-11 | UEFAチャンピオンズリーグ | 2回戦 | HBトースハウン | 5-0 | 0-1 | 5-1 | ||
3回戦 | オモニア | 4-1 | 1-1 | 5-2 | ||||
プレーオフ | ハポエル・テルアビブ | 2-3 | 1-1 | 3-4 | ||||
2010-11 | UEFAヨーロッパリーグ | グループA | マンチェスター・シティ | 0-2 | 0-3 | 4位敗退 | ||
レフ・ポズナン | 0-1 | 0-2 | ||||||
ユヴェントス | 1-1 | 0-0 | ||||||
2011-12 | UEFAヨーロッパリーグ | 2回戦 | リエパヤス・メタルルグス | 4-1 | 0-0 | 4-1 | ||
3回戦 | セニツァ | 1-0 | 3-0 | 4-0 | ||||
プレーオフ | オモニア | 1-0 | 1-2 | 2-2 (a) | ||||
グループF | パリ・サンジェルマン | 2-0 | 1-3 | 2位通過 | ||||
スロヴァン・ブラチスラヴァ | 3-0 | 3-2 | ||||||
アスレティック・ビルバオ | 0-1 | 2-2 | ||||||
ラウンド32 | メタリスト・ハルキウ | 0-4 | 1-4 | 1-8 | ||||
2012-13 | UEFAチャンピオンズリーグ | 2回戦 | F91デュドランジュ | 4-3 | 0-1 | 4-4 (a) | ||
2013-14 | UEFAチャンピオンズリーグ | 3回戦 | フェネルバフチェSK | 1-1 | 1-3 | 2-4 | ||
2013-14 | UEFAヨーロッパリーグ | プレーオフ | ジャルギリス・ヴィリニュス | 5-0 | 2-0 | 7-0 | ||
グループC | エルフスボリ | 4-0 | 1-0 | 1位通過 | ||||
エスビャウ | 3-0 | 2-1 | ||||||
スタンダール・リエージュ | 2-1 | 3-1 | ||||||
ラウンド32 | アヤックス | 3-1 | 3-0 | 6-1 | ||||
ラウンド16 | バーゼル | 0–0 | 1–2 | 1–2 | ||||
2014-15 | UEFAチャンピオンズリーグ | 予選3回戦 | カラバフ | 2–0 | 1–2 | 3–2 | ||
プレーオフ | マルメFF | 2–1 | 0–3 | 2–4 | ||||
2014-15 | UEFAヨーロッパリーグ | グループD | セルティック | 2–2 | 3–1 | 1位通過 | ||
アストラ・ジュルジュ | 5–1 | 2–1 | ||||||
ディナモ・ザグレブ | 4–2 | 5–1 | ||||||
ラウンド32 | ビジャレアル | 1–3 | 1–2 | 2–5 | ||||
2015-16 | UEFAチャンピオンズリーグ | 予選3回戦 | マルメFF | 2–0 | 0–3 | 2–3 | ||
2015-16 | UEFAヨーロッパリーグ | プレーオフ | ディナモ・ミンスク | 2–0 | 0–2 | 2–2 (2–3 p.) | ||
2016-17 | UEFAチャンピオンズリーグ | 予選2回戦 | リエパーヤ | 1–0 | 2–0 | 3–0 | ||
予選3回戦 | パルティザニ・ティラナ | 2–0 | 1–0 | 3–0 | ||||
プレーオフ | ディナモ・ザグレブ | 1–2 (aet) | 1–1 | 2–3 | ||||
2016-17 | UEFAヨーロッパリーグ | グループI | シャルケ04 | 2-0 | 1-3 | 3位敗退 | ||
クラスノダール | 0-1 | 1-1 | ||||||
ニース | 0-1 | 2-0 | ||||||
2017-18 | UEFAチャンピオンズリーグ | 予選2回戦 | ヒバーニアンズ | 3–0 | 3–0 | 6–0 | ||
予選3回戦 | リエカ | 1–1 | 0–0 | 1–1 (a) | ||||
2017-18 | UEFAヨーロッパリーグ | プレーオフ | ヴィトルル・コンスタンツァ | 4–0 | 3–1 | 7–1 | ||
グループI | オリンピック・マルセイユ | |||||||
ヴィトーリア | ||||||||
コンヤスポル |
現所属メンバー
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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ローン移籍
- in
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
|
- out
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
氏名 | 国籍 | 期間 |
---|---|---|
オットー・バリッチ | クロアチア | 1991 - 1995 |
ヘルマン・シュテッスル | オーストリア | 1995 - 1996 |
ヘリベルト・ヴェーバー | オーストリア | 1996 - 1998 |
ハンス・クランクル | オーストリア | 1998 - 2000 |
ミロスラフ・ポラック | オーストリア | 2000 |
ハンス・バッケ | スウェーデン | 2000 - 2001 |
ラース・ゼンデガールド | デンマーク | 2001 - 2003 |
ペーター・アスィオン | ドイツ | 2003 |
ヴァルター・ヘルマン | オーストリア | 2004 |
ペーター・アスィオン | ドイツ | 2004-05 |
ニコラ・ジュルシェヴィッチ | クロアチア | 2005 |
マンフレッド・リンツマイヤー | オーストリア | 2005 |
クルト・ヤーラ | オーストリア | 2005-06 |
ジョバンニ・トラパットーニ | イタリア | 2006/6/2 - 2008/5/31 |
コー・アドリアーンセ | オランダ | 2008/6/1 - 2009 |
フーブ・ステフェンス | オランダ | 2009 - 2011/4/8 |
リカルド・モニス | オランダ | 2011/4/8 - 2012/6/12 |
ロガー・シュミット | ドイツ | 2012/7/24 - 2014/5/31 |
アドルフ・ヒュッター | オーストリア | 2014/6/1 - 2015/6/15 |
ペーター・ツァイドラー | オーストリア | 2015/6/22 - 2015/12/3 |
オスカル・ガルシア | スペイン | 2015/12/28 - |
歴代所属選手 (SVアウストリア・ザルツブルク時代)
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歴代所属選手 (FCレッドブル・ザルツブルク時代)
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脚注
外部リンク
- 公式ウェブサイト
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