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=== 初のリーグ優勝 ===
=== 初のリーグ優勝 ===
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2005-06シーズンからの2年間は残留争いに巻き込まれる不本意な成績が続いていたが、2007-08シーズンから[[VfBシュトゥットガルト|シュトゥットガルト]]や[[バイエルン・ミュンヘン]]を率いた[[フェリックス・マガト]]が監督に就任。前半戦こそ30得点30失点の11位と不安定な成績で終えたものの、冬の補強で[[CDナシオナル]]からGKの[[ディエゴ・ベナリオ]]を、[[浦和レッドダイヤモンズ]]からMFの[[長谷部誠]]らを獲得しDF組織のテコ入れを図る。この補強が功を奏して後半戦は28得点16失点と安定した戦いを見せ、クラブ史上最高の5位でシーズンを終了。2008-09シーズンのUEFAカップ出場権を獲得した。
2005-06シーズンからの2年間は残留争いに巻き込まれる不本意な成績が続いていたが、2007-08シーズンから[[VfBシュトゥットガルト|シュトゥットガルト]]や[[FCバイエルン・ミュンヘン|バイエルン・ミュンヘン]]を率いた[[フェリックス・マガト]]が監督に就任。前半戦こそ30得点30失点の11位と不安定な成績で終えたものの、冬の補強で[[CDナシオナル]]からGKの[[ディエゴ・ベナリオ]]を、[[浦和レッドダイヤモンズ]]からMFの[[長谷部誠]]らを獲得しDF組織のテコ入れを図る。この補強が功を奏して後半戦は28得点16失点と安定した戦いを見せ、クラブ史上最高の5位でシーズンを終了。2008-09シーズンのUEFAカップ出場権を獲得した。


2008-09シーズンは序盤戦こそ成績が安定しなかったものの、[[エジナウド・バチスタ・リバノ|グラフィッチ]]や[[エディン・ジェコ]]の大ブレイクなどもあり、徐々に順位を上げていった。[[2009年]][[4月4日]]の[[バイエルン・ミュンヘン]]戦に圧勝して首位に立つと、最終節まで勢いは衰えず、クラブ史上初のリーグ優勝(はもとより、カップ戦を含めドイツの主要国内大会初優勝)を果たした。グラフィッチは28得点で得点王、ジェコは26得点でグラフィッチに次ぐ得点ランク2位となるなど、攻撃力の高さが目立った。なお、同一チームから20得点以上の選手が2人出るのはブンデスリーガ史上初である。また、長谷部誠(と[[大久保嘉人]])は[[奥寺康彦]]以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を経験した日本人となった。
2008-09シーズンは序盤戦こそ成績が安定しなかったものの、[[エジナウド・バチスタ・リバノ|グラフィッチ]]や[[エディン・ジェコ]]の大ブレイクなどもあり、徐々に順位を上げていった。[[2009年]][[4月4日]]の[[FCバイエルン・ミュンヘン|バイエルン・ミュンヘン]]戦に圧勝して首位に立つと、最終節まで勢いは衰えず、クラブ史上初のリーグ優勝(はもとより、カップ戦を含めドイツの主要国内大会初優勝)を果たした。グラフィッチは28得点で得点王、ジェコは26得点でグラフィッチに次ぐ得点ランク2位となるなど、攻撃力の高さが目立った。なお、同一チームから20得点以上の選手が2人出るのはブンデスリーガ史上初である。また、長谷部誠(と[[大久保嘉人]])は[[奥寺康彦]]以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を経験した日本人となった。


=== リーグ優勝達成以降 ===
=== リーグ優勝達成以降 ===
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2014-15シーズンは、[[ケヴィン・デ・ブライネ]]がエースとして躍動し、20アシストを記録した。他にも[[バス・ドスト]]や[[イヴァン・ペリシッチ]]らの活躍もあり、バイエルン・ミュンヘンに次ぐ2位となりCL出場権を獲得。さらに、[[DFBポカール]]では決勝で[[ボルシア・ドルトムント]]を破り初優勝を達成した。
2014-15シーズンは、[[ケヴィン・デ・ブライネ]]がエースとして躍動し、20アシストを記録した。他にも[[バス・ドスト]]や[[イヴァン・ペリシッチ]]らの活躍もあり、バイエルン・ミュンヘンに次ぐ2位となりCL出場権を獲得。さらに、[[DFBポカール]]では決勝で[[ボルシア・ドルトムント]]を破り初優勝を達成した。


2015-16年シーズンは[[マンチェスター・シティ]]に移籍したデブライネの穴を埋めるべく[[シャルケ04]]から[[ユリアン・ドラクスラー]]を獲得した。他にも[[ボルシア・メンヒェングラートバッハ]]から[[マックス・クルーゼ]]、[[バイエルン・ミュンヘン]]から[[ダンテ・ボンフィム・コスタ・サントス|ダンテ]]らを獲得。[[UEFAチャンピオンズリーグ]]はベスト8まで進んだものの、[[レアル・マドリード]]に敗れた。リーグ戦は8位終えた。
2015-16年シーズンは[[マンチェスター・シティ]]に移籍したデブライネの穴を埋めるべく[[シャルケ04]]から[[ユリアン・ドラクスラー]]を獲得した。他にも[[ボルシア・メンヒェングラートバッハ]]から[[マックス・クルーゼ]]、[[FCバイエルン・ミュンヘン|バイエルン・ミュンヘン]]から[[ダンテ・ボンフィム・コスタ・サントス|ダンテ]]らを獲得。[[UEFAチャンピオンズリーグ]]はベスト8まで進んだものの、[[レアル・マドリード]]に敗れた。リーグ戦は8位終えた。


16-17シーズンは[[ベシクタシュJK]]から[[マリオ・ゴメス]]、[[レアル・マドリード]]から[[ボルハ・マジョラル・モラ|ボルハ・マジョラル]]、[[VfBシュトゥットガルト]]から[[ダニエル・ディダヴィ]]、[[ボルシア・ドルトムント]]から[[ヤクブ・ブワシュチコフスキ]]、[[PSVアイントホーフェン]]から[[ジェフリー・ブルマ]]などを獲得するも、ゴメス以外のプレーヤーの得点が少なく低迷した。冬にはドラクスラーを[[パリ・サンジェルマン]]に放出し、[[1.FSVマインツ05]]から[[ユヌス・マリ]]、[[アヤックス・アムステルダム]]から[[リーシェドリー・バズール]]を獲得した。しかし依然として調子が悪く、16位でシーズンを終えた。しかし[[ブラウンシュヴァイク]]との入れ替え戦に無事勝利し、1部残留を決めた。
16-17シーズンは[[ベシクタシュJK]]から[[マリオ・ゴメス]]、[[レアル・マドリード]]から[[ボルハ・マジョラル・モラ|ボルハ・マジョラル]]、[[VfBシュトゥットガルト]]から[[ダニエル・ディダヴィ]]、[[ボルシア・ドルトムント]]から[[ヤクブ・ブワシュチコフスキ]]、[[PSVアイントホーフェン]]から[[ジェフリー・ブルマ]]などを獲得するも、ゴメス以外のプレーヤーの得点が少なく低迷した。冬にはドラクスラーを[[パリ・サンジェルマン]]に放出し、[[1.FSVマインツ05]]から[[ユヌス・マリ]]、[[アヤックス・アムステルダム]]から[[リーシェドリー・バズール]]を獲得した。しかし依然として調子が悪く、16位でシーズンを終えた。しかし[[ブラウンシュヴァイク]]との入れ替え戦に無事勝利し、1部残留を決めた。

2017年8月29日 (火) 09:39時点における版

VfLヴォルフスブルク
原語表記 Verein für Leibesübungen Wolfsburg Fußball GmbH
愛称 Wolfs
クラブカラー    
創設年 1945年
所属リーグ ブンデスリーガ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン ヴォルフスブルク
ホームスタジアム フォルクスワーゲン・アレーナ
収容人数 30,122
代表者 フランシスコ・ハヴィエル・ガルシア・サンス
監督 オランダの旗 アンドリース・ヨンカー
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

VfLヴォルフスブルク・フースバルドイツ語: VfL Wolfsburg-Fußball GmbH)は、ドイツニーダーザクセン州ヴォルフスブルクに本拠地を置くサッカークラブ。ヴォルフスブルクに本社を置く自動車メーカーのフォルクスワーゲンがスポンサーの一つである。

歴史

1945年に創設された。1990年代後半よりクラブの強化が進み、1995年にはブンデスリーガ2部のクラブでありながら、カップ戦で準優勝を果たした。1996-97シーズンにおいて、最終戦でヘルタ・ベルリンを得失点差で逆転、ブンデスリーガ1部へ昇格を果たした。

初のリーグ優勝

ヴォルフスブルクの選手たち (2004年)

2005-06シーズンからの2年間は残留争いに巻き込まれる不本意な成績が続いていたが、2007-08シーズンからシュトゥットガルトバイエルン・ミュンヘンを率いたフェリックス・マガトが監督に就任。前半戦こそ30得点30失点の11位と不安定な成績で終えたものの、冬の補強でCDナシオナルからGKのディエゴ・ベナリオを、浦和レッドダイヤモンズからMFの長谷部誠らを獲得しDF組織のテコ入れを図る。この補強が功を奏して後半戦は28得点16失点と安定した戦いを見せ、クラブ史上最高の5位でシーズンを終了。2008-09シーズンのUEFAカップ出場権を獲得した。

2008-09シーズンは序盤戦こそ成績が安定しなかったものの、グラフィッチエディン・ジェコの大ブレイクなどもあり、徐々に順位を上げていった。2009年4月4日バイエルン・ミュンヘン戦に圧勝して首位に立つと、最終節まで勢いは衰えず、クラブ史上初のリーグ優勝(はもとより、カップ戦を含めドイツの主要国内大会初優勝)を果たした。グラフィッチは28得点で得点王、ジェコは26得点でグラフィッチに次ぐ得点ランク2位となるなど、攻撃力の高さが目立った。なお、同一チームから20得点以上の選手が2人出るのはブンデスリーガ史上初である。また、長谷部誠(と大久保嘉人)は奥寺康彦以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を経験した日本人となった。

リーグ優勝達成以降

ドイツ王者として出場した2009-10シーズンのUEFAチャンピオンズリーグではマンチェスター・ユナイテッドCSKAモスクワ等と同組となり、最終節まで決勝トーナメント進出を争ったものの、マイケル・オーウェンにハットトリックを決められて、1-3でマンチェスター・ユナイテッドに敗れ、グループリーグにて敗退している。リーグも中位に低迷し、 アルミン・フェーは解任された。

2009-10シーズン以降、クラブの予算や戦力に見合わない低迷した成績が続いている(2010-11シーズンはあわやブンデスリーガ2部降格という危機にまで陥った)。

2011年3月、2008-09シーズン優勝時の監督フェリックス・マガトを呼び戻し、彼の主導の下、ここ暫く続いた低迷を打破しようと試みている(その他、2010年にヘルタ・ベルリンのフロントで手腕を振るっていたディーター・ヘーネスゼネラルマネージャーに招聘するなど、クラブは次のビジョンを見据えている)。

その後、クラブの立ち位置としては、優勝もしくは優勝争いをするレベルまでの戦力および予算を保持していないが、チャンピオンズリーグ出場権(2011-12シーズンからは4位以内)もしくはヨーロッパリーグ出場権(国内カップ戦優勝、リーグ戦5位6位)を狙える、上位グループに位置する戦力を有している。

2014-15シーズンは、ケヴィン・デ・ブライネがエースとして躍動し、20アシストを記録した。他にもバス・ドストイヴァン・ペリシッチらの活躍もあり、バイエルン・ミュンヘンに次ぐ2位となりCL出場権を獲得。さらに、DFBポカールでは決勝でボルシア・ドルトムントを破り初優勝を達成した。

2015-16年シーズンはマンチェスター・シティに移籍したデブライネの穴を埋めるべくシャルケ04からユリアン・ドラクスラーを獲得した。他にもボルシア・メンヒェングラートバッハからマックス・クルーゼバイエルン・ミュンヘンからダンテらを獲得。UEFAチャンピオンズリーグはベスト8まで進んだものの、レアル・マドリードに敗れた。リーグ戦は8位終えた。

16-17シーズンはベシクタシュJKからマリオ・ゴメスレアル・マドリードからボルハ・マジョラルVfBシュトゥットガルトからダニエル・ディダヴィボルシア・ドルトムントからヤクブ・ブワシュチコフスキPSVアイントホーフェンからジェフリー・ブルマなどを獲得するも、ゴメス以外のプレーヤーの得点が少なく低迷した。冬にはドラクスラーをパリ・サンジェルマンに放出し、1.FSVマインツ05からユヌス・マリアヤックス・アムステルダムからリーシェドリー・バズールを獲得した。しかし依然として調子が悪く、16位でシーズンを終えた。しかしブラウンシュヴァイクとの入れ替え戦に無事勝利し、1部残留を決めた。

2017-18シーズンはACミランリカルド・ロドリゲスオリンピック・マルセイユルイス・グスタヴォASモナコディエゴ・ベナリオを放出した。

タイトル

国内タイトル

国際タイトル

なし

過去の成績

シーズン ディビジョン DFBポカール
リーグ 順位
1992-93 ブンデスリーガ2部 14位 46 16 13 17 65 69 −4 45
1993-94 05位 38 15 10 13 47 45 +2 40 2回戦敗退
1994-95 04位 34 15 13 6 51 40 +11 43 準優勝
1995-96 12位 34 10 14 10 41 46 −5 44 1回戦敗退
1996-97 2位 34 14 16 4 52 29 +23 58 2回戦敗退
1997-98 ブンデスリーガ1部 14位 34 11 6 17 38 54 −16 39 2回戦敗退
1998-99 06位 34 15 10 9 54 49 +5 55 準決勝敗退
1999-2000 07位 34 12 13 9 51 58 −7 49 ベスト16
2000-01 09位 34 12 11 11 60 45 +15 47 ベスト16
2001-02 10位 34 13 7 14 57 49 +8 46 ベスト16
2002-03 08位 34 13 7 14 39 42 −3 46 2回戦敗退
2003-04 10位 34 13 3 18 56 61 −5 42 2回戦敗退
2004-05 09位 34 15 3 16 49 51 −2 48 1回戦敗退
2005-06 15位 34 7 13 14 33 55 −22 34 2回戦敗退
2006-07 15位 34 8 13 13 37 45 −8 37 準決勝敗退
2007-08 05位 34 15 9 10 58 46 +12 54 準決勝敗退
2008-09 01位 34 21 6 7 80 41 +39 69 準々決勝敗退
2009-10 08位 34 14 8 12 64 58 +6 50 2回戦敗退
2010-11 15位 34 9 11 14 43 48 −5 38 3回戦敗退
2011-12 08位 34 13 5 16 47 60 −13 44 1回戦敗退
2012-13 11位 34 10 13 11 47 52 −5 43 準決勝敗退
2013-14 05位 34 18 6 10 63 50 +13 60 準決勝敗退
2014-15 02位 34 20 9 5 72 38 +34 69 優勝
2015-16 08位 34 12 9 13 47 49 −2 45 2回戦敗退
2016-17 16位 34 10 7 17 34 52 −18 37 ベスト16
2017-18 0

欧州の成績

シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1999-2000 UEFAカップ 1回戦 ハンガリーの旗 デブレツェニ 2–0 1–2 3–2
2回戦 オランダの旗 ローダ 1–0 0–0 1–0
3回戦 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 2–3 1–2 4–5
2008-09 UEFAカップ 1回戦 ルーマニアの旗 ラピド・ブカレスト 1–0 1–1 3–2
グループE イタリアの旗 ミラン - 2-2 1位通過
ポルトガルの旗 ブラガ - 2-3
イングランドの旗 ポーツマス 3-2 -
オランダの旗 ヘーレンフェーン 5–1 -
ラウンド32 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 1–3 0–2 1–5
2009-10 UEFAチャンピオンズリーグ グループB イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 1–3 1–2 3位敗退
ロシアの旗 CSKAモスクワ 3–1 1–2
トルコの旗 ベシクタシュ 0–0 3–0
2009-10 UEFAヨーロッパリーグ ラウンド32 スペインの旗 ビジャレアル 4–1 2–2 6–3
ラウンド16 ロシアの旗 ルビン・カザン 2–1 1–1 3–2
準々決勝 イングランドの旗 フラム 0–1 1–2 1–3
2014-15 UEFAヨーロッパリーグ グループH イングランドの旗 エヴァートン 0–2 1–4 2位通過
フランスの旗 リール 1–1 3–0
ロシアの旗 クラスノダール 5–1 4–2
ラウンド32 ポルトガルの旗 スポルティングCP 2–0 0–0 2–0
ラウンド16 イタリアの旗 インテル 3–1 2–1 5–2
準々決勝 イタリアの旗 ナポリ 1–4 2–2 3–5
2015-16 UEFAチャンピオンズリーグ グループB イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 1–2 3–2 1位通過
オランダの旗 PSV 2–0 0–2
ロシアの旗 CSKAモスクワ 1–0 2–0
ラウンド16 ベルギーの旗 ヘント 3–2 1–0 4–2
準々決勝 スペインの旗 レアル・マドリード 2–0 0–3 2–3

現所属メンバー

2016-17シーズン 基本フォーメーション
2017年8月22日現在[1]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK ベルギー クーン・カステールス
2 DF ブラジル ウィリアム
3 DF オランダ パウル・フェルハーフ
4 MF スペイン イグナシオ・カマーチョ
5 DF オランダ ジェフリー・ブルマ ()
6 MF オランダ リーシェドリー・バズール ()
7 MF フランス ポール=ジョルジュ・エンテプ ()
8 MF ポルトガル ヴィエリーニャ
9 FW ベルギー ナニー・ランドリー・ディマタ ()
10 MF トルコ ユヌス・マリ ()
11 MF ドイツ ダニエル・ディダヴィ ()
13 DF ドイツ ヤニック・ゲルハルト
15 DF ドイツ クリスティアン・トレーシュ
16 MF ポーランド ヤクブ・ブワシュチコフスキ (第3主将)
17 DF ドイツ オヒス・フェリックス・ウドゥオカイ
18 FW ナイジェリア ヴィクター・オシムヘン
No. Pos. 選手名
20 GK ドイツ マックス・グリュン
23 MF フランス ジョシュア・ギラヴォギ ()
24 DF ドイツ セバスティアン・ユング
25 DF アメリカ合衆国 ジョン・アンソニー・ブルックス ()
26 MF ドイツ ジャスティン・モービアス
27 MF ドイツ マクシミリアン・アルノルト
29 DF コンゴ民主共和国 マルセル・ティセラン ()
30 MF ドイツ パウル・セギン
31 DF ドイツ ロビン・クノッヘ
32 FW イングランド カイルン・ハインズ
33 FW ドイツ マリオ・ゴメス ()
34 MF ドイツ マルヴィン・シュテファニアク
35 DF ドイツ ジャン・ルカ・イッター
36 GK ドイツ フィリップ・メンツェル
37 MF ドイツ エルヴィス・レジュベツァイ

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍選手

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
29 DF コンゴ民主共和国 マルセル・ティセラン (FCインゴルシュタット04)
No. Pos. 選手名
out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
-- GK ドイツ パトリック・ドレヴェス (SCプロイセン・ミュンスター)
-- DF ドイツ モリッツ・シュプレンガー (1.FCマクデブルク)
-- DF ドイツ カルロス・アスクエス (FBCメルガル)
No. Pos. 選手名
-- FW ドイツ レアンドロ・プタロ (アルミニア・ビーレフェルト)
-- FW クロアチア ヨシプ・ブレカロ (VfBシュトゥットガルト)

2017-18シーズン移籍

歴代監督

出典[2]

歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

関連項目

脚注

  1. ^ Kader”. VfL Wolfsburg. 2017年8月22日閲覧。
  2. ^ VfL Wolfsburg - Trainerhistorie”. kicker.de. 2014年12月18日閲覧。

外部リンク