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{{Infobox deity
{{出典の明記|date=2016年10月15日 (土) 13:50 (UTC)}}
| name = ブラフマー
[[ファイル:Brahma sarawati.jpg|right|thumb|250px|ブラフマー神(中央)と神妃[[サラスヴァティー]](右)]]
| type = Hindu
| Image = Brahma on hamsa.jpg
| image_size = 200px
| alt = ブラフマー
| caption = 知識と宇宙の創造者、ブラフマー<ref name=bruce86/>。
| Devanagari = ब्रह्मा
| Sanskrit_Transliteration = Brahma
| Affiliation = [[デーヴァ]]、[[三神一体|トリムルティ]]
| Abode = {{仮リンク|ブラフマプラ|en|Brahmapura}}([[須弥山|メル山]]に位置する)
| Consorts = [[サラスヴァティー]]<ref name=elizabeth204>Elizabeth Dowling and W George Scarlett (2005), Encyclopedia of Religious and Spiritual Development, SAGE Publications, ISBN 978-0761928836 page 204</ref><ref>David Kinsley (1988), Hindu Goddesses: Vision of the Divine Feminine in the Hindu Religious Traditions, University of California Press, ISBN 0-520063392, pages 55-64</ref>
| Mount = [[ハンサ]]([[ハクチョウ]])
|Symbols=[[ヴェーダ]]、[[お玉杓子|杓]]、水の入った器}}
{{Hinduism}}
{{Hinduism}}
'''ブラフマー'''({{lang-hi|ब्रह्मा}} {{IAST|Brahmā}})は[[ヒンドゥー教]]の[[デーヴァ|神]]の1柱、創造神であり[[三神一体|トリムルティ]](最高神の3つの様相)の1つに数えられる。4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる<ref name=bruce86>Bruce Sullivan (1999), Seer of the Fifth Veda: Kr̥ṣṇa Dvaipāyana Vyāsa in the Mahābhārata, Motilal Banarsidass, ISBN 978-8120816763, pages 85-86</ref>。ブラフマーは{{仮リンク|スワヤンブー|en|Svayambhu}}(自ら産まれる者)や<ref>Alf Hiltebeitel (1999), Rethinking India's Oral and Classical Epics, University of Chicago Press, ISBN 978-0226340517, page 292</ref>、バーギーシャ(Vāgīśa、言葉の王)という名でも知られ、4つの口のそれぞれから4つの[[ヴェーダ]]を紡いだとされている<ref name=bruce86/><ref>Barbara Holdrege (2012), Veda and Torah: Transcending the Textuality of Scripture, State University of New York Press, ISBN 978-1438406954, pages 88-89</ref>。ブラフマーは時に[[リグ・ヴェーダ]]に語られる創造神である[[プラジャーパティ]]と同一視され({{仮リンク|リグ・ヴェーダの神々|en|Rigvedic deities}})、また{{仮リンク|カマ (ヒンドゥー教)|en|Kama|label=カマ}}や宇宙の卵である{{仮リンク|ヒラニヤ・ガルバ|en|Hiranyagarbha}}との関連が指摘されることもある<ref name=turner258/><ref name=david183/>。ブラフマーはヴェーダ後の時代になって{{仮リンク|ヒンドゥー叙事詩|en|Hindu epic}}や[[プラーナ文献]]の神話の中で存在感を増した。叙事詩の中で彼は[[プルシャ]]の性格を引き継いでいるさされることもある<ref name=bruce86/>。[[ヴィシュヌ]]、[[シヴァ]]とともにトリムルティの一角を担うが、古代の文献ではブラフマーの含まれない3柱を最高神の3人組に数えている<ref name=davidwhite29>David White (2006), Kiss of the Yogini, University of Chicago Press, ISBN 978-0226894843, pages 4, 29</ref><ref name=gonda212/>{{Refnest|group="注"|{{仮リンク|ヤン・ホンダ |en|Jan Gonda}}<ref>原實『ヤン・ホンダ選集、第六巻』、東洋学報 / The Toyo Gakuho 75(3・4), 01-07(432~438), 1994-03 </ref>はヒンドゥー教のトリムルティというコンセプトは、[[アグニ]]という1柱の神の持つ3つの性格についての古代の宇宙論的な、儀式的な思索から発展したのではないかとしている。[[アグニ]]は3度、あるいは3倍誕生し、3倍の光であり、3つの体と3つの地位を持つとされている<ref>Jan Gonda (1969), [http://www.jstor.org/stable/40457085 The Hindu Trinity], Anthropos, Bd 63/64, H 1/2, pages 218-219</ref>(アグニは火であり光であり日である)。一般的なトリムルティとされるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの他には古代や中世の文献には「[[インドラ]]、ヴィシュヌ、ブラフマナスパティ」や、「アグニ、インドラ、[[スーリヤ]]」、「アグニ、[[ヴァーユ]]、アーディティヤ」、「マハーラクシュミー、マハーサラスヴァティ、マハーカーリー」等といった組み合わせが見られる<ref name=davidwhite29/><ref name=gonda212/>。}}。
'''ブラフマー'''('''Brahmā''', {{lang-sa-short|ब्रह्मा}})は、[[インド神話]]、[[ヒンドゥー教]]の[[神]]。[[仏教]]名は「'''梵天'''」。


ブラフマーはしばしば宇宙と様々な生物の創造主であると語られる。しかし一方で、いくつかのプラーナではヴィシュヌの[[臍]]から生える[[蓮]]から生まれたとされている。他にもシヴァから、あるいはシヴァの様相の1つから生まれたとするプラーナもあれば<ref name="Stella Kramrisch 1994 pages 205-206">Stella Kramrisch (1994), The Presence of Siva, Princeton University Press, ISBN 978-0691019307, pages 205-206</ref>、最高神の1柱であると語られる場合もある<ref name=turner258>Charles Coulter and Patricia Turner (2000), Encyclopedia of Ancient Deities, Routledge, ISBN 978-0786403172, page 258, Quote: "When Brahma is acknowledged as the supreme god, it was said that Kama sprang from his heart."</ref>。[[不二一元論]]ではブラフマーはしばしば、他のすべての神々とともに{{仮リンク|サグナ|en|saguna|label=サグナ・ブラフマン}}(形のある[[ブラフマン]])あるいは{{仮リンク|ニルグナ|en|nirguna|label=ニルグナ・ブラフマン}}(形のないブラフマン)であるとみなされる<ref name=gonda212>Jan Gonda (1969), [http://www.jstor.org/stable/40457085 The Hindu Trinity], Anthropos, Bd 63/64, H 1/2, pages 212-226</ref><ref name=david183>David Leeming (2009), Creation Myths of the World, 2nd Edition, ISBN 978-1598841749, page 146;<br>David Leeming (2005), The Oxford Companion to World Mythology, Oxford University Press, ISBN 978-0195156690, page 54, '''Quote:''' "Especially in the Vedanta Hindu philosophy, Brahman is the Absolute. In the Upanishads, Brahman becomes the eternal first cause, present everywhere and nowhere, always and never. Brahman can be incarnated in Brahma, in Vishnu, in Shiva. To put it another way, everything that is, owes its existence to Brahman. In this sense, Hinduism is ultimately monotheistic or monistic, all gods being aspects of Brahman"; Also see pages 183-184, Quote: "Prajapati, himself the source of creator god Brahma – in a sense, a personification of Brahman (...) [[解脱|Moksha]], the connection between the transcendental absolute Brahman and the inner absolute [[アートマン|Atman]]."</ref>。
== 概要 ==
[[三神一体]]論([[トリムルティ]])では、三最高神の一人で、世界の創造と次の破壊の後の再創造とを司っている。
ヒンドゥー教の教典にのっとって苦行を行ったものにはブラフマーが恩恵を与える。


現代のヒンドゥー教ではブラフマーは人気のある神格とは言えず、ヴィシュヌやシヴァと比べトリムルティの中での重要性も低い。ブラフマーは古代の聖典の中では礼賛されているものの、[[インド]]では重要な神として人々の信仰を集めることは稀であった<ref name=morris123>Brian Morris (2005), Religion and Anthropology: A Critical Introduction, Cambridge University Press, ISBN 978-0521852418, page 123</ref>。そのためインドにある[[ヒンドゥー教寺院の一覧|ヒンドゥー寺院]]でブラフマーを奉るものは少ない。最も有名なものとしては[[ラージャスターン]]、[[プシュカル]]の{{仮リンク|ブラフマー寺院 (プシュカル)|en|Brahma Temple, Pushkar}}が挙げられる<ref name=chakravarti15>SS Charkravarti (2001), Hinduism, a Way of Life, Motilal Banarsidass, ISBN 978-8120808997, page 15</ref>。ブラフマー寺院はインド国外にも存在し、[[タイ王国]]の[[エーラーワンの祠]] などが有名である<ref name=ellenlondon74>Ellen London (2008), Thailand Condensed: 2,000 Years of History & Culture, Marshall Cavendish, ISBN 978-9812615206, page 74</ref>。
4つの[[ヴェーダ]]を象徴する4つの顔と4本の腕を持ち、水鳥[[ハンサ]]に乗った赤い肌の男性(多くの場合老人)の姿で表される。手にはそれぞれ「[[数珠]]」、「聖典ヴェーダ」、「小壷」、「[[笏]](しゃく)」を持つ。
配偶神は知恵と学問の女神[[サラスヴァティー]]([[弁才天]])である。


==名前の由来==
[[ブラーフマナ]]文献や[[ウパニシャッド]]に説かれる宇宙の根本原理である[[ブラフマン]]を人格神として神格化したのがブラフマーである。なお、ブラフマーというのは「ブラフマン」の男性・単数・主格形で、非人格的な宇宙の根本原理としての中性名詞「ブラフマン」と人格神ブラフマンを区別したい時に用いられる。
[[ファイル:12th century Chennakesava temple at Somanathapura, Karnataka, India Lord Brahma.jpg|thumb|[[カルナータカ州]][[ソーマナータプラ]]、{{仮リンク|チェナケシェヴァ寺院 (ソーマナータプラ)|en|Chennakesava Temple, Somanathapura|label=チェナケシェヴァ寺院}}のブラフマー像。12世紀のもの。]]
ブラフマーという名前の由来ははっきりしない。ヴェーダ時代(紀元前1500-500年)の文献には「絶対的現実」という[[ヒンドゥー哲学]]上の概念を意味する「[[ブラフマン]]」と、バラモン教の聖職者を意味する「[[ブラフミン]]」がともに登場しており、このことがブラフマーという名前の由来の特定を妨げる一因となっている。ブラフマーという名前の神格はヴェーダ時代の後半に登場している<ref name=brucesullivan>Bruce Sullivan (1999), Seer of the Fifth Veda, Motilal Banarsidass, ISBN 978-8120816763, pages 82-83</ref>。「ブラフマン」は中性で抽象的、[[形而上]]的なヒンドゥー教の概念であり<ref>James Lochtefeld, Brahman, The Illustrated Encyclopedia of Hinduism, Vol. 1: A–M, Rosen Publishing. ISBN 978-0823931798, page 122</ref>、一方の「ブラフマー神」はヒンドゥー神話に多く登場する男性神のなかの1柱である<ref>James Lochtefeld, Brahma, The Illustrated Encyclopedia of Hinduism, Vol. 1: A–M, Rosen Publishing. ISBN 978-0823931798, page 119</ref>。「ブラフマン」というコンセプトはブラフマー神の登場よりもずっと古く、学者の中にはこの「特徴を持たない普遍的な原則」であるブラフマンを擬人化し目に見える象徴としたものとしてブラフマー神が登場したのだと仮定する者もいる<ref name=brucesullivan/>。


{{仮リンク|サンスクリット語の文法|en|Sanskrit grammar}}では[[名詞]]の[[語根]]である「ブラフマン」は2つの違った名詞に変化しうる。1つは中性名詞「ブラフマン」であり、このブラフマンの主格単数形は「ブラフマ<!--伸ばさない-->」({{Lang|sa|ब्रह्म}})であり、一般化された抽象的な意味を持つ<ref>{{Cite book|title=India through the ages|last=Gopal|first=Madan|year= 1990| page= 79|editor=K.S. Gautam|publisher=Publication Division, Ministry of Information and Broadcasting, Government of India}}</ref>。一方の男性名詞が「ブラフマン」であり、このブラフマンの主格単数形が「ブラフマー」({{Lang|sa|ब्रह्मा}})となる。
[[インド]]北部のアブー山に暮らしていたとされ、ここにはブラフマーを祭る大きな寺院がある。そのため、一部にはアブー山に実在していた人物をモデルにしているという説を唱える者もある。


==歴史==
[[ファイル:Brahma Halebid.jpg|thumb|left|170px|ブラフマー]]
===ヴェーダ時代===
ヴェーダの時代(仏教以前:紀元前5世紀以前)、すなわち[[バラモン教]](ブラフマー教?)の時代は大きな力を持っていた。紀元前15世紀から紀元前10世紀に、ブラフマンの神格として現われ、バラモン教では神々の上に立つ最高神とされ、「自らを創造したもの(スヴァヤンブー)」「生類の王(プラジャーパティ)」と呼ばれた。宇宙に何もない時代、姿を現す前の彼は水を創り、その中に一つの種子・「黄金の卵(ヒラニヤガルバ)」を置いた。その中に一年間留まって成長したブラフマーは卵を半分に割り、両半分から天地を初めとするあらゆる物を創造した。
ブラフマーがヴィシュヌもシヴァとともに描写されている最も早い段階の記述は、紀元前10世紀の後半に編纂されたと考えられる[[マイトリー・ウパニシャッド]]の5章に見られる。クツァヤーナ賛歌(Kutsayana)と呼ばれる5章1節にこれら3神が触れられ、その後の5章2節で説明が展開されている<ref name=hume51>{{Citation|first=Robert Ernest|last=Hume|title=The Thirteen Principal Upanishads |url=https://archive.org/stream/thirteenprincipa028442mbp#page/n443/mode/2up|publisher=Oxford University Press|year=1921|pages=422–424}}</ref><ref name=cowell51>[https://www.shemtaia.com/SKT/PDF/Upanishads/cowellmaitriskt.pdf Maitri Upanishad - Sanskrit Text with English Translation] EB Cowell (Translator), Cambridge University, Bibliotheca Indica, page 255-256</ref>。


汎神論をテーマとするクツァヤーナ賛歌は人の魂をブラフマンであると主張し、その絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている。[[アートマン]](魂、我)はブラフマーであることと同等であり、ブラフマンの様々な顕現であることと同等であると展開する。いわく、「汝はブラフマーである。汝はヴィシュヌである。汝は[[ルドラ]](シヴァ)である、汝は[[アグニ]]、[[ヴァルナ]]、[[ヴァーユ]]、[[インドラ]]であり、汝は全てである」<ref name=hume51/><ref name=maxmuller51/>。
ヒンドゥー教の時代(5世紀から10世紀以降)になり、[[シヴァ]]や[[ヴィシュヌ]]が力を持って来るにつれて、ブラフマーはこれら二神いずれかの下請けで世界を作ったに過ぎないとされ、注目度が低くなって行った。


マイトリー・ウパニシャッドの5章2節ではブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァはそれぞれが3つの{{仮リンク|グナ|en|Guṇa}}と関連づけられている。グナとはすべての生物に見いだすことのできる性質、精神、生来の傾向であるとされ<ref name=maxmuller51>Max Muller, The Upanishads, Part 2, [https://archive.org/stream/upanishads02ml#page/302/mode/2up Maitrayana-Brahmana Upanishad], Oxford University Press, pages 303-304</ref><ref>Jan Gonda (1968), The Hindu Trinity, Anthropos, Vol. 63, pages 215-219</ref>、世界は暗質(タマス)から生じたと語られている。その後世界はそれ自体の作用により活動し激質(ラジャス)となり、そして精錬、純化され純質(サットヴァ)となった<ref name=hume51/><ref name=maxmuller51/>。これら3つのグナのうち、ブラフマーにはラジャスが関係づけられており、ルドラ、ヴィシュヌがそれぞれタマス、サットヴァを受け持つ<ref>Paul Deussen, Sixty Upanishads of the Veda, Volume 1, Motilal Banarsidass, ISBN 978-8120814684, pages 344-346</ref>。
叙事詩や[[プラーナ文献]]の中では、ブラフマーの物語も数多く記されている。しかし、他の神の様に、自分を中心とした独自の神話もなく、観念的なために一般大衆の人気が得られなかった。現在ブラフマーを祭っている寺院は少ない。[[タイ王国|タイ]]の[[バンコク]]にはこの神を祀る[[エーラーワンの祠]]が建てられ信仰を集めているが、これは悪霊を鎮めるというわかりやすい現世利益によるものである。


マイトリー・ウパニシャッドはブラフマーをトリグナ理論の1要素に当てはめてはいるものの、後のプラーナ文献に見られるようなトリムルティの1要素としては描写していない<ref>GM Bailey (1979), [http://www.jstor.org/stable/3269716 Trifunctional Elements in the Mythology of the Hindu Trimūrti], Numen, Vol. 26, Fasc. 2, pages 152-163</ref>。
もともとブラフマーにまつわる話が、いくつかヴィシュヌの話として語られる物もある。これはブラフマー信仰がヴィシュヌ信仰に取り込まれて行った結果だと思われる。


===ヴェーダ後===
ヒンドゥーの三つの重要な神は、他に[[シヴァ]]と[[ヴィシュヌ]]であり、ブラフマーは宇宙の創造を、ヴィシュヌは宇宙の保持を、シヴァは宇宙の破壊をそれぞれ担当するが、同じ存在の三つの現われであるとされる。
[[ファイル:Sheshashayi Vishnu.jpg|thumb|プラーナの神話ではブラフマーは{{仮リンク|シェーシャ|en|Shesha}}(ヘビ)の上で眠るヴィシュヌの臍から生えた蓮から生まれ出る。]]ヴェーダ後のヒンドゥー教では様々な宇宙進化論(創造神話)が語られ、その多くにブラフマーが関わっている。インドの宇宙進化論にはサルガ(最初の創造)とヴィサルガ(第二の創造)という考え方が存在する。これはインド哲学の持つ2つの現実、すなわち普遍的、形而上的な現実と常に変化する認識可能な現実というコンセプトに関係している。そして後者は際限なく循環を繰り返しているとされ、すなわち我々の認識する宇宙、生命は継続的に創造され、進化し、霧消してそしてまた創造される<ref name=tpinchman125>Tracy Pintchman (1994), The Rise of the Goddess in the Hindu Tradition, State University of New York Press, ISBN 978-0791421123, pages 122-138</ref>。ブラフマンなのか、[[プルシャ]]なのか[[デーヴィー (インド神話)|デーヴィ]]なのか、ヴェーダの中でも最初の創造者に関して様々な議論が見られる<ref name=tpinchman125/><ref>Jan Gonda (1969), [http://www.jstor.org/stable/40457085 The Hindu Trinity], Anthropos, Bd 63/64, H 1/2, pages 213-214</ref>。一方でヴェーダ、あるいはヴェーダ後の文献では第二の創造者に関する議論も展開されており{{Refn|group="注"|ブラフマー神は主にヴェーダ後の文献に登場する。}}、場合によってはそれぞれの宇宙のサイクル([[劫|カルパ]])ごとに違う神や女神が第二の創造者となるのだと語られる<ref name="Stella Kramrisch 1994 pages 205-206"/><ref name=tpinchman125/>。


マハーバーラタやプラーナ文献に語られるように、また多くの研究がそう結論しているようにブラフマーは第二の創造者であると考えられている<ref>{{Cite book|last1=Bryant|first1=ed. by Edwin F.|title=Krishna : a sourcebook|date=2007|publisher=Oxford University Press|location=New York|isbn=978-0-19-514891-6|page=7}}</ref><ref>{{Cite book|last1=Sutton|first1=Nicholas|title=Religious doctrines in the Mahābhārata|date=2000|publisher=Motilal Banarsidass Publishers|location=Delhi|isbn=81-208-1700-1|pages=182|edition=1st}}</ref><ref>Asian Mythologies by Yves Bonnefoy & Wendy Doniger. Page 46</ref>。ブラフマーは全ての形ある物を創造したが、しかし原初の宇宙は創造しなかった<ref>{{Cite book|last1=Bryant|first1=ed. by Edwin F.|title=Krishna : a sourcebook|date=2007|publisher=Oxford University Press|location=New York|isbn=978-0-19-514891-6|page=18}}</ref>。
ヴィシュヌ派によると、ブラフマーは、ヴィシュヌのへそから生えた蓮の花の中から生まれたとされ、ブラフマーの額からシヴァが生まれたとされる。


{{仮リンク|バーガヴァタ・プラーナ|en|Bhagavata Purana}}([[ヴィシュヌ派]]のプラーナ)にはブラフマー神は原初の海から生まれたという言及が複数見られる<ref name=richard>Richard Anderson (1967),[http://www.jstor.org/stable/1769398 Hindu Myths in Mallarmé: Un Coup de Dés], Comparative Literature, Vol. 19, No. 1, pages 28-35</ref>。このプラーナによれば、ブラフマーは時間と宇宙が生まれた瞬間にハリ(ヴィシュヌのこと)の臍から生える蓮の中に出現する。この時ブラフマーは寝ぼけており、宇宙をひとつにまとめるだけの力を発揮できる状態ではなかった<ref name=richard/>。混乱の中で彼は修行者となって瞑想にはいる。すると自分の心の中にいるハリ(ヴィシュヌ)の存在に気が付き、宇宙の始まりと終わりを見る。するとブラフマーは世界を創造する力を取り戻す。ブラフマーはその後[[プラクリティ]]と[[プルシャ]]をつなぎ合わせて、めまいのするほど多くの生物と、複雑極まりない因果関係を作り上げた<ref name=richard/>。したがってバーガヴァタ・プラーナは[[マーヤー]](真実を覆い隠す目に見える物)を作り出す能力をブラフマーに認めている。ブラフマーは天地創造のため全てに善と悪を吹き込み、物質と魂を作り、始まりと終わりを作った<ref>Richard Anderson (1967),[http://www.jstor.org/stable/1769398 Hindu Myths in Mallarmé: Un Coup de Dés], Comparative Literature, Vol. 19, No. 1, page 31-33</ref>。<!--ヴィシュヌ派視点だけ詳しすぎないかな-->
シヴァ派の神話では、カルパ期の終わりヴィシュヌ神とブラフマー神がどちらが宇宙の中枢であり創造主であるか争っている時、巨大な[[リンガ (シンボル)|リンガ]]が出現した。ヴィシュヌとブラフマーはこのリンガ(シヴァ神の男性器)の果てを見定めようとしたが見届けられなかったとされる。


対照的にシヴァ派のプラーナではブラフマーとヴィシュヌは[[アルダナーリーシュヴァラ]](シヴァとパールヴァティの融合した神)から誕生したと語られている。あるいは、ルドラ(シヴァの前身)がブラフマーを創造したり、またはカルパごとにヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーが持ち回りでお互いを創造するとされる<ref name="Stella Kramrisch 1994 pages 205-206"/>。従ってほとんどのプラーナ文献ではブラフマーに与えられた創造の力はより高次の神の力や存在に依存している<ref name="Continuum">{{Cite book|last1=Frazier|first1=Jessica|title=The Continuum companion to Hindu studies | date=2011|publisher=Continuum|location=London|isbn=978-0-8264-9966-0|pages=72}}</ref>。
ブラフマーは元々5つの顔であったが、無礼な話し方をしたという理由でシヴァを怒らせ、彼に1つ切り落とされて4つになったという説がある。


プラーナ文献はブラフマーを時間を創造する者としている。プラーナでは人間の時間とブラフマーの時間が関連づけられており、たとえばマハーカルパ([[劫|大劫]]、宇宙の寿命)はブラフマーにとっての1昼夜であるとする<ref>Richard Anderson (1967),[http://www.jstor.org/stable/1769398 Hindu Myths in Mallarmé: Un Coup de Dés], Comparative Literature, Vol. 19, No. 1, page 31-33</ref>。
ブラフマーストラ(ब्रह्‍मास्‍त्र [brahmaastra])という、どんな敵をも必ず滅ぼす投擲武器を持つとされる。


様々なプラーナに語られるブラフマーの描写は多岐にわたり、一貫性に乏しい。例えば{{仮リンク|スカンダ・プラーナ|en|Skanda Purana}}では女神であるパールヴァティが「宇宙の母」と呼ばれており、彼女がブラフマーを含む神々と3つの世界を創造したと語られている。そしてスカンダ・プラーナではパールヴァティが3つのグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス)をプラクリティ(物質)と結び付けて認識可能な世界を作り上げたことになっている<ref>Nicholas Gier (1997), The Yogi and the Goddess, International Journal of Hindu Studies, Vol. 1, No. 2, pages 279-280</ref>。
== 仏教に於ける位置 ==
経典の説くところでは、[[釈迦|釈迦牟尼仏]]が悟りを開いた時に、その[[悟り]]を人々に語るように説得したのが'''[[梵天]]'''であり、この事を[[梵天勧請]]と呼ぶ。後に梵天は釈迦牟尼に帰依し仏法の守護神となる。


ブラフマーがラジャスに対応する神であるというヴェーダ時代の議論はプラーナ文献や、タントラの中でも展開されている。これらの文献では[[サラスヴァティ]](ブラフマーの配偶神)がサットヴァ(純質。調和や善、平和的な性質)であるとされ、それによりブラフマーのラジャス(激質。良くも悪くもなく、動的な性質)が補完されると語られる<ref>H Woodward (1989), The Lakṣmaṇa Temple, Khajuraho and Its Meanings, Ars Orientalis, Vol. 19, pages 30-34</ref><ref>Alban Widgery (1930), The principles of Hindu Ethics, International Journal of Ethics, Vol. 40, No. 2, pages 234-237</ref><ref>Joseph Alter (2004), Yoga in modern India, Princeton University Press, page 55</ref>。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist}}
{{節スタブ|1=脚注形式での参照ページ番号の明記|date=2016年10月15日 (土) 13:50 (UTC)}}


==偶像に見られる特徴==
== 参考文献 ==
[[ファイル:A roundel of Brahma.jpg|thumb|ブラフマーの描かれた19世紀の[[ラウンデル]]。4つの頭と4本の腕、赤ら顔の老人がヴェーダ、杓、蓮を手に持っている。]]
<!--この節には、記事本文の編集時に実際に参考にした書籍等のみを記載して下さい。
ブラフマーは通常4つの顔に4本の腕を持った姿で描かれる<ref name=kenmorgan>Kenneth Morgan (1996), The Religion of the Hindus, Motilal Banarsidass, ISBN 978-8120803879, page 74</ref>。4つの顔はそれぞれ東西南北を向いているとされる。武器ではなく、知識や創造を象徴するものを手に持つ。例えばヴェーダ、時間を象徴する[[数珠]]、{{仮リンク|ヤジナ|en|Yajna}}(火の儀式)に使われる杓、全ての生命の象徴である水の入った器である。ブラフマーの4つの口からはそれぞれ1つずつ、計4つのヴェーダが紡がれたとされている<ref name=bruce86/>。しばしば白いひげを蓄えた姿で描写され、これはリシ(聖仙)たちのような経験と知識を備えていることを象徴する。蓮の上に座り、白い服(あるいは赤か桃色の服)をまとい、彼のヴァーハナ(乗り物とされる動物)である白鳥のハンサが描かれる<ref name=kenmorgan/><ref>Philip Wilkinson and Neil Philip (2009), Mythology, Penguin, ISBN 978-0756642211, page 156</ref>。
書籍の宣伝目的の掲載はおやめ下さい。-->

{{節スタブ|date=2016年10月15日 (土) 13:50 (UTC)}}
寺院や{{仮リンク|ムルティ|en|Murti}}(偶像)のデザインに関する古代の文献、マナサラ・シルパシャーストラ({{仮リンク|シルパシャーストラ|en|Shilpa Shastras}})の51章では、ブラフマー像は金色に仕上げられるべきであると言及される<ref name=pkacharya50>PK Acharya, A summary of the Mānsāra, a treatise on architecture and cognate subjects, PhD Thesis awarded by Rijksuniversiteit te Leiden, published by BRILL, {{OCLC|898773783}}, page 50</ref>。さらには4つの顔に4本の腕、ジャタ・ムクタ・マンディータ(修行者に特徴的なもつれた髪)、そして{{仮リンク|ディアデム|en|diadem}}(王冠)という特徴を取り入れることを進めている<ref name=pkacharya50/>。2つの手には救いを与える[[印相|ムドラー]](手の形)と願いを与えるムドラーをとらせ、それぞれの手には水の器、数珠、杓(ヤジナの儀式で用いるもの)を持たせるとしている<ref name=pkacharya50/>。この文献にはブラフマー像の体の比率や装飾品まで細かく説明されており、下半身にはチラ(chira、木の皮)をまとわせるように提案している。ブラフマー単独でもいいが、配偶神を並べるときはブラフマーの右にサラスヴァティ、左に[[サヴィトリ]]を配置することを進めている<ref name=pkacharya50/>。

ブラフマーの配偶神はサラスヴァティであるとされる。彼女はブラフマーの力の源であり、創造の手段であり、ブラフマーの行動を促すエネルギーであると考えられている<ref>Charles Phillips et al (2011), Ancient India's Myths and Beliefs, World Mythologies Series, Rosen Publishing, ISBN 978-1448859900, page 95</ref>。<!--シャクティズム視点?-->

==寺院==
[[ファイル:Lord Bramma.jpg|thumb|upright|{{仮リンク|ミーナークシ寺院 |en|Meenakshi Amman Temple}}のブラフマー像。[[タミル・ナードゥ州]]。]]
===インド===
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===東南アジア===
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[[インドネシア]]、[[ジャワ島]]中部の[[ジョグジャカルタ市]]に位置する[[プランバナン寺院群]](9世紀)にもブラフマーを奉る寺院があり、寺院群の中でも最大級の3つの寺院のうちの1つである。ちなみに3つの内最大の物はシヴァに捧げられた物で、残りの1つはヴィシュヌ寺院である<ref>Trudy Ring et al (1996), International Dictionary of Historic Places: Asia and Oceania, Routledge, ISBN 978-1884964046, page 692</ref>。ブラフマー寺院はシヴァ寺院の南に位置している。

[[タイ王国]]、[[バンコク]]の[[エーラーワンの祠]]にはブラフマー像があり、今日でも信仰を集めている<ref name="ellenlondon74"/>。タイの政庁([[:en:Government House of Thailand]])の金色のドームにも{{仮リンク|プラ・プロム|en|Phra Phrom}}(タイでのブラフマーの呼び名)の像が存在する。{{仮リンク|ペッチャブリー県|en|Phetchaburi}}の寺院、ワット・ヤイ スワンナーラームにある18世紀はじめの絵画にはブラフマーが描かれている<ref>Chami Jotisalikorn et al (2002), Classic Thai: Design, Interiors, Architecture., Tuttle, ISBN 978-9625938493, pages 164-165</ref>。

[[ビルマ]]の国名の由来はブラフマーであり、中世の文献には「ブラフマー・デサ」(Brahma-desa)という表記も見られる<ref>Arthur P. Phayre (2013), History of Burma, Routledge, ISBN 978-0415865920, pages 2-5</ref><ref>Gustaaf Houtman (1999), Mental Culture in Burmese Crisis Politics, Tokyo University of Foreign Studies, ISBN 978-4872977486, page 352</ref>。「デサ」はサンスクリット語で「国」を意味する。

===東アジア===
ブラフマーは[[中国の民俗宗教]]においては一般的な神であり、[[中国]]、[[台湾]]には多くの寺院がある。中国語圏では「{{仮リンク|四面神|en|Simianshen}}」、[[チベット]]では「ツァンパ」(Tshangs pa)、[[日本]]では「[[梵天]]」という名で知られる<ref name=buswelllopez141>{{Cite book|author1=Robert E. Buswell Jr.|author2=Donald S. Lopez Jr.|title=The Princeton Dictionary of Buddhism|url=https://books.google.com/books?id=DXN2AAAAQBAJ |year=2013|publisher=Princeton University Press |isbn=978-1-4008-4805-8 |pages=141-142 }}</ref>。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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* [[シヴァ]]
* [[シヴァ]]
* [[ヴィシュヌ]]
* [[ヴィシュヌ]]
<!-- * [[仏の一覧]] -->
* [[梵天]]
* {{仮リンク|ブラフマー・サンヒター|en|Brahma Samhita}}
* {{仮リンク|ブラフマーストラ|en|Brahmastra}} - ブラフマーが持つとされる投擲武器。
* [[創造神]]


==注釈==
{{Hinduism2}}
{{Reflist|group="注"}}
{{Authority control}}


==参考文献==
{{Reflist|40em}}

==外部リンク==
{{Commonscat|Brahma}}
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* [http://www.oldandsold.com/articles25/hindu-23.shtml Hinduism - Brahma And The Trimurti]
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2017年1月19日 (木) 13:22時点における版

ブラフマー
ブラフマー
知識と宇宙の創造者、ブラフマー[1]
デーヴァナーガリー ब्रह्मा
サンスクリット Brahma
位置づけ デーヴァトリムルティ
住処 ブラフマプラ英語版メル山に位置する)
シンボル ヴェーダ、水の入った器
配偶神 サラスヴァティー[2][3]
ヴァーハナ ハンサハクチョウ
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ブラフマーヒンディー語: ब्रह्मा Brahmā)はヒンドゥー教の1柱、創造神でありトリムルティ(最高神の3つの様相)の1つに数えられる。4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる[1]。ブラフマーはスワヤンブー英語版(自ら産まれる者)や[4]、バーギーシャ(Vāgīśa、言葉の王)という名でも知られ、4つの口のそれぞれから4つのヴェーダを紡いだとされている[1][5]。ブラフマーは時にリグ・ヴェーダに語られる創造神であるプラジャーパティと同一視され(リグ・ヴェーダの神々英語版)、またカマや宇宙の卵であるヒラニヤ・ガルバ英語版との関連が指摘されることもある[6][7]。ブラフマーはヴェーダ後の時代になってヒンドゥー叙事詩英語版プラーナ文献の神話の中で存在感を増した。叙事詩の中で彼はプルシャの性格を引き継いでいるさされることもある[1]ヴィシュヌシヴァとともにトリムルティの一角を担うが、古代の文献ではブラフマーの含まれない3柱を最高神の3人組に数えている[8][9][注 1]

ブラフマーはしばしば宇宙と様々な生物の創造主であると語られる。しかし一方で、いくつかのプラーナではヴィシュヌのから生えるから生まれたとされている。他にもシヴァから、あるいはシヴァの様相の1つから生まれたとするプラーナもあれば[12]、最高神の1柱であると語られる場合もある[6]不二一元論ではブラフマーはしばしば、他のすべての神々とともにサグナ・ブラフマン英語版(形のあるブラフマン)あるいはニルグナ・ブラフマン英語版(形のないブラフマン)であるとみなされる[9][7]

現代のヒンドゥー教ではブラフマーは人気のある神格とは言えず、ヴィシュヌやシヴァと比べトリムルティの中での重要性も低い。ブラフマーは古代の聖典の中では礼賛されているものの、インドでは重要な神として人々の信仰を集めることは稀であった[13]。そのためインドにあるヒンドゥー寺院でブラフマーを奉るものは少ない。最も有名なものとしてはラージャスターンプシュカルブラフマー寺院 (プシュカル)英語版が挙げられる[14]。ブラフマー寺院はインド国外にも存在し、タイ王国エーラーワンの祠 などが有名である[15]

名前の由来

カルナータカ州ソーマナータプラチェナケシェヴァ寺院英語版のブラフマー像。12世紀のもの。

ブラフマーという名前の由来ははっきりしない。ヴェーダ時代(紀元前1500-500年)の文献には「絶対的現実」というヒンドゥー哲学上の概念を意味する「ブラフマン」と、バラモン教の聖職者を意味する「ブラフミン」がともに登場しており、このことがブラフマーという名前の由来の特定を妨げる一因となっている。ブラフマーという名前の神格はヴェーダ時代の後半に登場している[16]。「ブラフマン」は中性で抽象的、形而上的なヒンドゥー教の概念であり[17]、一方の「ブラフマー神」はヒンドゥー神話に多く登場する男性神のなかの1柱である[18]。「ブラフマン」というコンセプトはブラフマー神の登場よりもずっと古く、学者の中にはこの「特徴を持たない普遍的な原則」であるブラフマンを擬人化し目に見える象徴としたものとしてブラフマー神が登場したのだと仮定する者もいる[16]

サンスクリット語の文法英語版では名詞語根である「ブラフマン」は2つの違った名詞に変化しうる。1つは中性名詞「ブラフマン」であり、このブラフマンの主格単数形は「ブラフマ」(ब्रह्म)であり、一般化された抽象的な意味を持つ[19]。一方の男性名詞が「ブラフマン」であり、このブラフマンの主格単数形が「ブラフマー」(ब्रह्मा)となる。

歴史

ヴェーダ時代

ブラフマーがヴィシュヌもシヴァとともに描写されている最も早い段階の記述は、紀元前10世紀の後半に編纂されたと考えられるマイトリー・ウパニシャッドの5章に見られる。クツァヤーナ賛歌(Kutsayana)と呼ばれる5章1節にこれら3神が触れられ、その後の5章2節で説明が展開されている[20][21]

汎神論をテーマとするクツァヤーナ賛歌は人の魂をブラフマンであると主張し、その絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている。アートマン(魂、我)はブラフマーであることと同等であり、ブラフマンの様々な顕現であることと同等であると展開する。いわく、「汝はブラフマーである。汝はヴィシュヌである。汝はルドラ(シヴァ)である、汝はアグニヴァルナヴァーユインドラであり、汝は全てである」[20][22]

マイトリー・ウパニシャッドの5章2節ではブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァはそれぞれが3つのグナと関連づけられている。グナとはすべての生物に見いだすことのできる性質、精神、生来の傾向であるとされ[22][23]、世界は暗質(タマス)から生じたと語られている。その後世界はそれ自体の作用により活動し激質(ラジャス)となり、そして精錬、純化され純質(サットヴァ)となった[20][22]。これら3つのグナのうち、ブラフマーにはラジャスが関係づけられており、ルドラ、ヴィシュヌがそれぞれタマス、サットヴァを受け持つ[24]

マイトリー・ウパニシャッドはブラフマーをトリグナ理論の1要素に当てはめてはいるものの、後のプラーナ文献に見られるようなトリムルティの1要素としては描写していない[25]

ヴェーダ後

ファイル:Sheshashayi Vishnu.jpg
プラーナの神話ではブラフマーはシェーシャ(ヘビ)の上で眠るヴィシュヌの臍から生えた蓮から生まれ出る。

ヴェーダ後のヒンドゥー教では様々な宇宙進化論(創造神話)が語られ、その多くにブラフマーが関わっている。インドの宇宙進化論にはサルガ(最初の創造)とヴィサルガ(第二の創造)という考え方が存在する。これはインド哲学の持つ2つの現実、すなわち普遍的、形而上的な現実と常に変化する認識可能な現実というコンセプトに関係している。そして後者は際限なく循環を繰り返しているとされ、すなわち我々の認識する宇宙、生命は継続的に創造され、進化し、霧消してそしてまた創造される[26]。ブラフマンなのか、プルシャなのかデーヴィなのか、ヴェーダの中でも最初の創造者に関して様々な議論が見られる[26][27]。一方でヴェーダ、あるいはヴェーダ後の文献では第二の創造者に関する議論も展開されており[注 2]、場合によってはそれぞれの宇宙のサイクル(カルパ)ごとに違う神や女神が第二の創造者となるのだと語られる[12][26]

マハーバーラタやプラーナ文献に語られるように、また多くの研究がそう結論しているようにブラフマーは第二の創造者であると考えられている[28][29][30]。ブラフマーは全ての形ある物を創造したが、しかし原初の宇宙は創造しなかった[31]

バーガヴァタ・プラーナ英語版ヴィシュヌ派のプラーナ)にはブラフマー神は原初の海から生まれたという言及が複数見られる[32]。このプラーナによれば、ブラフマーは時間と宇宙が生まれた瞬間にハリ(ヴィシュヌのこと)の臍から生える蓮の中に出現する。この時ブラフマーは寝ぼけており、宇宙をひとつにまとめるだけの力を発揮できる状態ではなかった[32]。混乱の中で彼は修行者となって瞑想にはいる。すると自分の心の中にいるハリ(ヴィシュヌ)の存在に気が付き、宇宙の始まりと終わりを見る。するとブラフマーは世界を創造する力を取り戻す。ブラフマーはその後プラクリティプルシャをつなぎ合わせて、めまいのするほど多くの生物と、複雑極まりない因果関係を作り上げた[32]。したがってバーガヴァタ・プラーナはマーヤー(真実を覆い隠す目に見える物)を作り出す能力をブラフマーに認めている。ブラフマーは天地創造のため全てに善と悪を吹き込み、物質と魂を作り、始まりと終わりを作った[33]

対照的にシヴァ派のプラーナではブラフマーとヴィシュヌはアルダナーリーシュヴァラ(シヴァとパールヴァティの融合した神)から誕生したと語られている。あるいは、ルドラ(シヴァの前身)がブラフマーを創造したり、またはカルパごとにヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーが持ち回りでお互いを創造するとされる[12]。従ってほとんどのプラーナ文献ではブラフマーに与えられた創造の力はより高次の神の力や存在に依存している[34]

プラーナ文献はブラフマーを時間を創造する者としている。プラーナでは人間の時間とブラフマーの時間が関連づけられており、たとえばマハーカルパ(大劫、宇宙の寿命)はブラフマーにとっての1昼夜であるとする[35]

様々なプラーナに語られるブラフマーの描写は多岐にわたり、一貫性に乏しい。例えばスカンダ・プラーナ英語版では女神であるパールヴァティが「宇宙の母」と呼ばれており、彼女がブラフマーを含む神々と3つの世界を創造したと語られている。そしてスカンダ・プラーナではパールヴァティが3つのグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス)をプラクリティ(物質)と結び付けて認識可能な世界を作り上げたことになっている[36]

ブラフマーがラジャスに対応する神であるというヴェーダ時代の議論はプラーナ文献や、タントラの中でも展開されている。これらの文献ではサラスヴァティ(ブラフマーの配偶神)がサットヴァ(純質。調和や善、平和的な性質)であるとされ、それによりブラフマーのラジャス(激質。良くも悪くもなく、動的な性質)が補完されると語られる[37][38][39]

偶像に見られる特徴

ブラフマーの描かれた19世紀のラウンデル。4つの頭と4本の腕、赤ら顔の老人がヴェーダ、杓、蓮を手に持っている。

ブラフマーは通常4つの顔に4本の腕を持った姿で描かれる[40]。4つの顔はそれぞれ東西南北を向いているとされる。武器ではなく、知識や創造を象徴するものを手に持つ。例えばヴェーダ、時間を象徴する数珠ヤジナ英語版(火の儀式)に使われる杓、全ての生命の象徴である水の入った器である。ブラフマーの4つの口からはそれぞれ1つずつ、計4つのヴェーダが紡がれたとされている[1]。しばしば白いひげを蓄えた姿で描写され、これはリシ(聖仙)たちのような経験と知識を備えていることを象徴する。蓮の上に座り、白い服(あるいは赤か桃色の服)をまとい、彼のヴァーハナ(乗り物とされる動物)である白鳥のハンサが描かれる[40][41]

寺院やムルティ英語版(偶像)のデザインに関する古代の文献、マナサラ・シルパシャーストラ(シルパシャーストラ英語版)の51章では、ブラフマー像は金色に仕上げられるべきであると言及される[42]。さらには4つの顔に4本の腕、ジャタ・ムクタ・マンディータ(修行者に特徴的なもつれた髪)、そしてディアデム英語版(王冠)という特徴を取り入れることを進めている[42]。2つの手には救いを与えるムドラー(手の形)と願いを与えるムドラーをとらせ、それぞれの手には水の器、数珠、杓(ヤジナの儀式で用いるもの)を持たせるとしている[42]。この文献にはブラフマー像の体の比率や装飾品まで細かく説明されており、下半身にはチラ(chira、木の皮)をまとわせるように提案している。ブラフマー単独でもいいが、配偶神を並べるときはブラフマーの右にサラスヴァティ、左にサヴィトリを配置することを進めている[42]

ブラフマーの配偶神はサラスヴァティであるとされる。彼女はブラフマーの力の源であり、創造の手段であり、ブラフマーの行動を促すエネルギーであると考えられている[43]

寺院

ミーナークシ寺院 英語版のブラフマー像。タミル・ナードゥ州

インド

インドでブラフマーを主として奉る寺院は多くない[13]。そんな中でも最も有名なものはプシュカルブラフマー寺院 (プシュカル)英語版である[14]

東南アジア

タイ王国のブラフマー像。タイでは(プラ・プロム英語版)と呼ばれている。

インドネシアジャワ島中部のジョグジャカルタ市に位置するプランバナン寺院群(9世紀)にもブラフマーを奉る寺院があり、寺院群の中でも最大級の3つの寺院のうちの1つである。ちなみに3つの内最大の物はシヴァに捧げられた物で、残りの1つはヴィシュヌ寺院である[44]。ブラフマー寺院はシヴァ寺院の南に位置している。

タイ王国バンコクエーラーワンの祠にはブラフマー像があり、今日でも信仰を集めている[15]。タイの政庁(en:Government House of Thailand)の金色のドームにもプラ・プロム英語版(タイでのブラフマーの呼び名)の像が存在する。ペッチャブリー県の寺院、ワット・ヤイ スワンナーラームにある18世紀はじめの絵画にはブラフマーが描かれている[45]

ビルマの国名の由来はブラフマーであり、中世の文献には「ブラフマー・デサ」(Brahma-desa)という表記も見られる[46][47]。「デサ」はサンスクリット語で「国」を意味する。

東アジア

ブラフマーは中国の民俗宗教においては一般的な神であり、中国台湾には多くの寺院がある。中国語圏では「四面神英語版」、チベットでは「ツァンパ」(Tshangs pa)、日本では「梵天」という名で知られる[48]

関連項目

注釈

  1. ^ ヤン・ホンダ [10]はヒンドゥー教のトリムルティというコンセプトは、アグニという1柱の神の持つ3つの性格についての古代の宇宙論的な、儀式的な思索から発展したのではないかとしている。アグニは3度、あるいは3倍誕生し、3倍の光であり、3つの体と3つの地位を持つとされている[11](アグニは火であり光であり日である)。一般的なトリムルティとされるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの他には古代や中世の文献には「インドラ、ヴィシュヌ、ブラフマナスパティ」や、「アグニ、インドラ、スーリヤ」、「アグニ、ヴァーユ、アーディティヤ」、「マハーラクシュミー、マハーサラスヴァティ、マハーカーリー」等といった組み合わせが見られる[8][9]
  2. ^ ブラフマー神は主にヴェーダ後の文献に登場する。

参考文献

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    David Leeming (2005), The Oxford Companion to World Mythology, Oxford University Press, ISBN 978-0195156690, page 54, Quote: "Especially in the Vedanta Hindu philosophy, Brahman is the Absolute. In the Upanishads, Brahman becomes the eternal first cause, present everywhere and nowhere, always and never. Brahman can be incarnated in Brahma, in Vishnu, in Shiva. To put it another way, everything that is, owes its existence to Brahman. In this sense, Hinduism is ultimately monotheistic or monistic, all gods being aspects of Brahman"; Also see pages 183-184, Quote: "Prajapati, himself the source of creator god Brahma – in a sense, a personification of Brahman (...) Moksha, the connection between the transcendental absolute Brahman and the inner absolute Atman."
  8. ^ a b David White (2006), Kiss of the Yogini, University of Chicago Press, ISBN 978-0226894843, pages 4, 29
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外部リンク