「統合失調症の原因」の版間の差分
m 仮説の域を超えて、原因と成り得ることが分かっているものもある |
m 曖昧さ回避ページマウスへのリンクを解消、リンク先をハツカネズミに変更(DisamAssist使用) |
||
(38人の利用者による、間の83版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
{{Pathnav|統合失調症|frame=1}} |
{{Pathnav|統合失調症|frame=1}} |
||
[[File:Schizophrenia fMRI working memory.jpg|thumb|[[fMRI]]やその他の[[脳機能イメージング]]技術は統合失調症患者の脳活動のイメージを表すことができる。このイメージは[[fMRI]]によって[[ワーキングメモリ]]の脳活動の様子を表している。]] |
[[File:Schizophrenia fMRI working memory.jpg|thumb|[[fMRI]]やその他の[[脳機能イメージング]]技術は統合失調症患者の脳活動のイメージを表すことができる。このイメージは[[fMRI]]によって[[ワーキングメモリ]]の脳活動の様子を表している。]] |
||
'''統合失調症の原因'''(とうごうしっちょうしょうのげんいん)では、[[統合失調症]]の発病因子と考えられる要素について述べる。 |
'''統合失調症の原因'''(とうごうしっちょうしょうのげんいん)では、[[統合失調症]]の発病因子と考えられる仮説・要素について述べる。なお、様々な要素が提言されているが、いずれも[[仮説]]の域を出ていない{{Sfn|世界保健機関|1998|loc=Chapt.1}}。 |
||
[[遺伝]]と環境の両方が関係しているが、遺伝要因の影響が大きいと考えられている<ref name="Sullivan2003"/>。脳に器質的な障害が発生することによるかどうかは両論ある。病因については、[[神経伝達物質]]の一つである[[ドーパミン]]作動性神経の不具合によるという仮説をはじめ、様々な仮説が提唱されている。 |
|||
⚫ | |||
統合失調症の発病について、[[遺伝]]と環境の両方が関係しており、遺伝の影響は約60%とされている{{Sfn|世界保健機関|1998|loc=Chapt.3.3}}。この値は[[高血圧]]や[[糖尿病]]に近いものであり、頻度の多い慢性的な病気に共通する値の様である<ref name="厚労統detail_into">[http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_into.html 統合失調症](厚生労働省)</ref>。 |
|||
しかし、明確な原因は未だに確立されておらず、'''発病メカニズムは不明'''である。仮説は何百という多岐な数に及ぶため、特定的な原因の究明が非常に煩わしく困難であるのが、今日の精神医学・[[脳科学]]の発達上の限界・壁である。 |
|||
== リスク因子 == |
|||
[[一卵性双生児]]研究において一致率が高い (30 - 50%) が100%ではないことなどから、遺伝的要因と環境要因両方が発症に関与していると考えられている。遺伝形式も不明で、信頼できる原因遺伝子の同定もされていないが、約60%が遺伝によるとの報告<ref>Moldin SO, Gottesman II. At issue: genes, experience, and chance in schizophrenia ? positioning for the 21st century. Schizophr Bull. 1997;23(4):547-61.</ref>がある。 |
|||
[[一卵性双生児]]双子研究において、一致率が約50%と高いが100%ではないことなどから、遺伝的要因と環境要因の両方が発症に関与していると考えられている<ref name="厚労統detail_into">[http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_into.html 統合失調症](厚生労働省)</ref>。遺伝形式も不明で、信頼できる原因遺伝子の同定もされていない。双子研究の[[メタアナリシス|メタ分析]]によると、統合失調症の[[遺伝率]]は約80%とかなり高い<ref name="Sullivan2003">{{cite journal |author=Sullivan et al |date=2003 |title=Schizophrenia as a complex trait: evidence from a meta-analysis of twin studies |url=http://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/208134 |journal=Archives of general psychiatry |publisher= |volume=60 |issue=12 |pages=1187 |doi= |accessdate= }}</ref><ref group="注釈">これは集団における個体間の差異について遺伝要因で説明できる割合であり、ある個人における遺伝要因の重要性ではない。また親から子へ遺伝する確率でもない。</ref>。遺伝率は研究によってばらくつが、1990年以降の論文では80%以上の高い値を示すものが多い<ref name="Sullivan2003"/>。 |
|||
社会的下層階級{{Sfn|世界保健機関|1998|loc=Chapt.3.3}}、出生時の[[合併症]]<ref>{{cite journal |author=Cannon M, Jones PB, Murray RM |title=Obstetric complications and schizophrenia: historical and meta-analytic review |journal=Am J Psychiatry |volume=159 |issue=7 |pages=1080–92 |year=2002 |pmid=12091183 |doi= |url=}}</ref>や父親の高齢 |
社会的下層階級{{Sfn|世界保健機関|1998|loc=Chapt.3.3}}、出生時の[[合併症]]<ref>{{cite journal |author=Cannon M, Jones PB, Murray RM |title=Obstetric complications and schizophrenia: historical and meta-analytic review |journal=Am J Psychiatry |volume=159 |issue=7 |pages=1080–92 |year=2002 |pmid=12091183 |doi= |url=}}</ref>や父親の高齢{{refnest|group="注釈"|父親の年齢が10歳増すごとに統合失調症になるリスクは有意に1.47倍増加する<ref name="Sipos2004"/>。}}<ref name="Sipos2004">{{cite journal|last1=Sipos|first1=A.|title=Paternal age and schizophrenia: a population based cohort study|journal=BMJ|volume=329|issue=7474|year=2004|pages=1070–0|issn=0959-8138|doi=10.1136/bmj.38243.672396.55}}</ref>、冬生まれ<ref>{{cite journal |author=Davies G, Welham J, Chant D, Torrey EF, McGrath J |title=A systematic review and meta-analysis of Northern Hemisphere season of birth studies in schizophrenia |journal=Schizophr Bull |volume=29 |issue=3 |pages=587–93 |year=2003 |pmid=14609251 |doi= |url=}}</ref>、[[妊娠]]中の大きなストレス<ref>{{cite journal |author=Weinstock M |title=Alterations induced by gestational stress in brain morphology and behaviour of the offspring |journal=Prog. Neurobiol. |volume=65 |issue=5 |pages=427–51 |year=2001 |pmid=11689280 |doi= |url=}}</ref>や幼年期に於ける[[飢餓]]<ref>{{cite journal |author=Susser E, Neugebauer R, Hoek HW, Brown AS, Lin S, Labovitz D, Gorman JM |title=Schizophrenia after prenatal famine. Further evidence |journal=Arch. Gen. Psychiatry |volume=53 |issue=1 |pages=25–31 |year=1996 |pmid=8540774 |doi= |url=}}</ref>、[[毒素]]への曝露<ref>{{cite journal |author=Bresnahan M, Schaefer CA, Brown AS, Susser ES |title=Prenatal determinants of schizophrenia: what we have learned thus far? |journal=Epidemiol Psichiatr Soc |volume=14 |issue=4 |pages=194–7 |year=2005 |pmid=16396427 |doi= |url=}}</ref>、[[薬物乱用]]<ref>{{cite journal |author=Bühler B, Hambrecht M, Löffler W, an der Heiden W, Häfner H |title=Precipitation and determination of the onset and course of schizophrenia by substance abuse--a retrospective and prospective study of 232 population-based first illness episodes |journal=Schizophr. Res. |volume=54 |issue=3 |pages=243–51 |year=2002 |pmid=11950549 |doi= |url=}}</ref>などによる[[トキソプラズマ]]の感染<ref>{{cite journal |author=Mortensen PB, Nørgaard-Pedersen B, Waltoft BL, Sørensen TL, Hougaard D, Yolken RH |title=Early infections of Toxoplasma gondii and the later development of schizophrenia |journal=Schizophr Bull |volume=33 |issue=3 |pages=741–4 |year=2007 |pmid=17329231 |pmc=2526131 |doi=10.1093/schbul/sbm009 |url=}}</ref>などは有意に統合失調症発症リスクを増加させるものとしている。 |
||
アメリカで行われた調査では[[日照量]]の多い地域と土壌中の[[セレン]]濃度の多い地域では極めて珍しく、そうでない地域では有病率の比較で相対リスクが高いとの結果が報告されている<ref>統合失調症 |
アメリカで行われた調査では[[日照量]]の多い地域と土壌中の[[セレン]]濃度の多い地域では極めて珍しく、そうでない地域では有病率の比較で相対リスクが高いとの結果が報告されている<ref>『統合失調症 本当の理由』P78。</ref>。 |
||
== 仮説一覧 == |
== 仮説一覧 == |
||
2008年の『統合失調症治療ガイドライン』では、ストレス脆弱性モデルと、生物学的モデル(薬物療法)に基づいている<ref name="">{{Cite book|和書|author=精神医学講座担当者会議(監修)|coauthors=佐藤光源、丹羽真一、井上新平(編集)|title=統合失調症治療ガイドライン|edition=第2版|publisher=医学書院|date=2008|isbn=978-4-260-00646-0}}</ref>。 |
|||
⚫ | |||
⚫ | |||
⚫ | [[ストレス (生体)|ストレス]]が小さくても、統合失調症にかかりやすい素因(あいまいに耐える力が弱い)、脆弱性が大きければ発病してしまうと考える。また、脆弱性はあまりなくてもストレスが大きければ発病すると考える。内因を素因、心因をストレスとする、原因を内因と心因の両方にもとめる学説である。統合失調症に関しては、個体の抗病的閾値が低下し、これにストレスが脆弱性の閾値(しきいち)を超えると発症されるとされるがその詳細は論じられていない。ストレスとは精神的な[[緊張]]・[[不安]]・[[恐怖]]・[[興奮]]・[[飢餓]]・[[感染]]・[[過労]]・[[睡眠]]不足・[[フィジカルトレーニング|運動]]不足といった、ごく普通の社会的な生活で起こる諸情である。さらには、寒暑・[[騒音]]・[[化学物質]]などの要素も含む。 |
||
⚫ | |||
=== かつての心因説 === |
|||
かつては[[精神分析]]が盛んであり、幼少期に原因があるという仮説が語られた。 |
|||
[[ダブルバインド]]の理論は、親から2つの互いに矛盾するメッセージを受け取った[[子供]]が、それをうまく処理することができず、しかしそれに応えようとして発病するという仮説である。 high EE(Expressed Emotio)の説では、否定的なメッセージを送りやすい家庭で育つことと再発率が関係しているとする。 |
|||
このような心因説が、統合失調症の原因として唱えられ、患者の家族が不当に苦しんだ時代があったが、その後の研究で旧来の心因説は否定され、発病後の症状悪化の要因ではあっても決定原因ではない。また抗精神病薬が登場すると、生物学的な仮説へと注目が集まっていった。 |
|||
=== ドーパミン仮説 === |
=== ドーパミン仮説 === |
||
[[中脳辺縁系]]におけるドーパミンの過剰が、[[幻覚]]や[[妄想]]といった陽性症状に関与しているという仮説。実際に[[ドーパミン受容体|ドーパミンD<sub>2</sub>受容体]]遮断作用をもつ[[抗精神病薬]]の[[クロルプロマジン]]が、陽性症状に有効であるため提唱された。しかし、ドーパミン遮断剤投与後、効果が現れるのが長期修正を暗示させる7日から10日後であること、ドーパミン受容体は後方細胞だけでなく前方細胞にも存在すること、またドーパミンD2ファミリーに異型が発見されたこと |
[[中脳辺縁系]]におけるドーパミンの過剰が、[[幻覚]]や[[妄想]]といった陽性症状に関与しているという仮説<ref name=jsbp.20.347>尾関祐二、藤井久彌子、[https://doi.org/10.11249/jsbp.20.347 統合失調症の分子病態研究] 脳と精神の医学 2009年 20巻 4号 p.347-353, {{doi|10.11249/jsbp.20.347}}</ref>。実際に[[ドーパミン受容体|ドーパミンD<sub>2</sub>受容体]]遮断作用をもつ[[抗精神病薬]]の[[クロルプロマジン]]が、陽性症状に有効であるため提唱された。しかし、ドーパミン遮断剤投与後、効果が現れるのが長期修正を暗示させる7日から10日後であること、ドーパミン受容体は後方細胞だけでなく前方細胞にも存在すること、またドーパミンD2ファミリーに異型が発見されたことにより、[[臨床医]]や[[神経生物学者]]からは批判も多い。 |
||
[[生物学]]研究では、皮質下のDA受容体密度の増加による受容体感受性の高まり(ドーパミンの過剰ではない)を暗示する研究も存在するが、むしろ[[前頭葉]]や[[前部帯状回]]などで、ドーパミン受容体結合能の低下を示唆する研究の方が多い{{refnest|group="注釈"|研究者の中にはドーパミン仮説は許認可の為の[[製薬会社]]のマーケティングにすぎないし破綻しているという者もいる<ref>http://www.akita-u.ac.jp/hkc/eventa/item.cgi?pro2&10</ref>。}}。 |
|||
近年、ドーパミンをコントロールする抗精神病薬の副作用で、脳が萎縮するという研究結果が開示された<ref>{{cite journal |author=Ho BC, Andreasen NC, Ziebell S, Pierson R, Magnotta V |title=Long-term antipsychotic treatment and brain volumes: a longitudinal study of first-episode schizophrenia |journal=Arch. Gen. Psychiatry |volume=68 |issue=2 |pages=128–37 |year=2011 |pmid=21300943 |pmc=3476840 |doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.199 |url=}}</ref><ref>[http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/40604888.html 抗精神病薬による脳への負の影響。その1 灰白質への影響] 場末P科病院の精神科医のblog 2022年9月27日閲覧。</ref><ref>[http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/40616823.html 抗精神病薬による脳への負の影響。その2 白質への影響] 場末P科病院の精神科医のblog 2022年9月27日閲覧。</ref>。 |
|||
ドーパミン作動性の薬剤は、統合失調症の陽性症状を誘発することが分かっている。[[覚醒剤]]は、統合失調症の陽性症状に類似した症状を誘発させる。これは薬物誘発性の[[覚醒剤精神病]]であり、統合失調症ではない。 |
|||
⚫ | |||
⚫ | |||
=== グルタミン酸仮説 === |
=== グルタミン酸仮説 === |
||
アメリカで薬物の[[フェンサイクリジン]](PCP)の乱用が流行した際、一時的に統合失調症に似た症状を誘発させ、後にNMDA受容体アンタゴニスト作用によるものと考えられた<ref name=jsbp.20.347 />。薬物誘発性の精神病であり、統合失調症ではない。後にPCPに代わり[[MK-801]]を用いた基礎研究が行われている。 |
|||
⚫ | [[麻酔薬]]として開発され、のちに |
||
[[2012年]]、神経伝達物質受容体サブユニットの[[タンパク質]]を変化させる[[遺伝子変異]]が発症に関与することが[[理化学研究所]]において発見された<ref name="TakataIwayama2013">{{cite journal|last1=Takata|first1=Atsushi|last2=Iwayama|first2=Yoshimi|last3=Fukuo|first3=Yasuhisa|last4=Ikeda|first4=Masashi|last5=Okochi|first5=Tomo|last6=Maekawa|first6=Motoko|last7=Toyota|first7=Tomoko|last8=Yamada|first8=Kazuo|last9=Hattori|first9=Eiji|last10=Ohnishi|first10=Tetsuo|last11=Toyoshima|first11=Manabu|last12=Ujike|first12=Hiroshi|last13=Inada|first13=Toshiya|last14=Kunugi|first14=Hiroshi|last15=Ozaki|first15=Norio|last16=Nanko|first16=Shinichiro|last17=Nakamura|first17=Kazuhiko|last18=Mori|first18=Norio|last19=Kanba|first19=Shigenobu|last20=Iwata|first20=Nakao|last21=Kato|first21=Tadafumi|last22=Yoshikawa|first22=Takeo|title=A Population-Specific Uncommon Variant in GRIN3A Associated with Schizophrenia|journal=Biological Psychiatry|volume=73|issue=6|year=2013|pages=532?539|issn=00063223|doi=10.1016/j.biopsych.2012.10.024}}</ref> 。[[抗NMDA受容体抗体脳炎]]は[[2007年]]に提唱された比較的新しく発見された疾患であるが、グルタミン酸の受容体である[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]機能低下による統合失調症と共通病態と考えられ、統合失調症様な症状が生じる<ref name="shinkeirinsyou2009">「抗 NMDA 受容体抗体脳炎の臨床と病態」臨床神経,49:774―778, 2009</ref>。 |
|||
⚫ | [[麻酔薬]]として開発され、のちに暴力性の副作用のため使用が断念された[[フェンサイクリジン]]を投与すると、統合失調症様の陽性症状および陰性症状がみられたこと、フェンサイクリジンが[[グルタミン酸受容体]]([[NMDA受容体]])の遮断薬であることがのちに判明し、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の異常が統合失調症の発症に関与しているという仮説がある。実際に欧米を中心に従来の抗精神病薬とグルタミン酸受容体(NMDA受容体)作動薬である[[グリシン]]、D-[[サイクロセリン]]、D-[[セリン]]を併用投与すると抗精神病薬単独投与より陰性症状や認知機能障害の改善度が高くなることが報告されている。将来的に、グルタミン酸受容体に作用する抗精神病薬の開発が期待されている。 |
||
⚫ | 統合失調症の[[モデル生物]]作成に[[MK-801|MK-801(ジゾシルピン)]]やフェンサイクリジンが使用される<ref name="pmid15916843">{{cite journal |author=Rung JP, Carlsson A, Rydén Markinhuhta K, Carlsson ML. |title=(+)-MK-801 induced social withdrawal in rats; a model for negative symptoms of schizophrenia. |journal=Prog. Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry. |volume=29 |issue=5 |pages=827–32 |month=June |year=2005 |pmid=15916843 |doi=10.1016/j.pnpbp.2005.03.004 |url=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0278-5846(05)00092-8}}</ref>。一時的な投与は精神病の模倣を、慢性投与は[[神経病理学]]的な変化をもたらす<ref name="pmid17601703">{{cite journal |author=Braun I, Genius J, Grunze H, Bender A, Möller HJ, Rujescu D. |title=Alterations of hippocampal and prefrontal GABAergic interneurons in an animal model of psychosis induced by NMDA receptor antagonism. |journal=Schizophr. Res. |volume=97 |issue=1–3 |pages=254–63 |month=December |year=2007 |pmid=17601703 |doi=10.1016/j.schres.2007.05.005 |url=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0920-9964(07)00218-6}}</ref> |
||
[[抗NMDA受容体抗体脳炎]]は2007年に提唱された比較的新しく発見された疾患であるが、グルタミン酸の受容体である[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]機能低下による統合失調症と共通病態と考えられ、統合失調症様な症状が生じる<ref name="shinkeirinsyou2009">「抗 NMDA 受容体抗体脳炎の臨床と病態」臨床神経,49:774―778, 2009</ref>。 |
|||
=== カルシニューリン系遺伝子の異常 === |
|||
[[カルシニューリン]]は中枢神経系に多く発現している[[酵素]]で、グルタミン酸やドーパミンによる神経伝達を調整する作用がある。統合失調症には、複数のカルシニューリン系遺伝子の変異が関与している可能性があることが発見された<ref>[http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2007/070220_2/detail.html 統合失調症の発症関連遺伝子群を日本人で発見] 独立行政法人理化学研究所プレスリリース</ref>。 |
|||
⚫ | 統合失調症の[[モデル生物]]作成に[[MK-801|MK-801(ジゾシルピン)]]やフェンサイクリジンが使用される<ref name="pmid15916843">{{cite journal |author=Rung JP, Carlsson A, Rydén Markinhuhta K, Carlsson ML. |title=(+)-MK-801 induced social withdrawal in rats; a model for negative symptoms of schizophrenia. |journal=Prog. Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry. |volume=29 |issue=5 |pages=827–32 |month=June |year=2005 |pmid=15916843 |doi=10.1016/j.pnpbp.2005.03.004 |url=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0278-5846(05)00092-8}}</ref>。一時的な投与は精神病の模倣を、慢性投与は[[神経病理学]]的な変化をもたらす<ref name="pmid17601703">{{cite journal |author=Braun I, Genius J, Grunze H, Bender A, Möller HJ, Rujescu D. |title=Alterations of hippocampal and prefrontal GABAergic interneurons in an animal model of psychosis induced by NMDA receptor antagonism. |journal=Schizophr. Res. |volume=97 |issue=1–3 |pages=254–63 |month=December |year=2007 |pmid=17601703 |doi=10.1016/j.schres.2007.05.005 |url=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0920-9964(07)00218-6}}</ref>。反復投与により、概ね薬効の強さに関連して永続的な神経変性が生じる。MK-801はヒトにおいても長期間に渡って異常思考や健忘などの強い後遺症が残る。いくつかの研究では習慣性が見出されている。 |
||
ドーパミン作動性の薬剤が陽性症状のみを誘発させるのに対し、NMDA受容体拮抗剤は陽性症状と陰性症状の両方を誘発させることが分かっている。 |
|||
=== 内因性カンナビノイド仮説 === |
|||
[[医療大麻|大麻]]の成分である[[カンナビジオール]] (CBD) は、抗精神病薬の特性が報告されており、統合失調症の患者への臨床試験有効性が報告されている<ref name="pmid27877130">{{cite journal|last1=Rohleder|first1=Cathrin|last2=Müller|first2=Juliane K.|last3=Lange|first3=Bettina|coauthors=et al.|title=Cannabidiol as a Potential New Type of an Antipsychotic. A Critical Review of the Evidence|journal=Frontiers in Pharmacology|volume=7|pages=422|year=2016|pmid=27877130|pmc=5099166|doi=10.3389/fphar.2016.00422|url=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5099166/}}</ref>。 |
|||
=== 遺伝的な要素 === |
=== 遺伝的な要素 === |
||
統合失調症患者と対照群の脳内で、別々の働きをする49種類の[[遺伝子]]の状態を比較した研究では、統合失調症患者に[[脳細胞]]間のシグナリングに欠陥が確認され、ドーパミンや[[ミエリン]]を生成する遺伝子の働きには、統合失調症患者と対照群の間に差異は確認されていない<ref>[http://www.nature.com/mp/journal/vaop/ncurrent/abs/mp200918a.html Analysis of gene expression in two large schizophrenia cohorts identifies multiple changes associated with nerve terminal function] Molecular Psychiatry advance online publication 3 March 2009</ref>。 |
統合失調症患者と対照群の脳内で、別々の働きをする49種類の[[遺伝子]]の状態を比較した研究では、統合失調症患者に[[脳細胞]]間のシグナリングに欠陥が確認され、ドーパミンや[[ミエリン]]を生成する遺伝子の働きには、統合失調症患者と対照群の間に差異は確認されていない<ref>[http://www.nature.com/mp/journal/vaop/ncurrent/abs/mp200918a.html Analysis of gene expression in two large schizophrenia cohorts identifies multiple changes associated with nerve terminal function] Molecular Psychiatry advance online publication 3 March 2009</ref>。 |
||
[[アラキドン酸]]などの[[脂肪酸]]を脳へ取り込むタンパク質Fabp7が、遺伝的に脳への[[脂肪酸]]取り込みの弱い患者と統合失調症との関連性が発見されている<ref>[http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2007/071113/detail.html 胎児期の不飽和脂肪酸代謝不全を示唆する統合失調症の遺伝子を発見] 独立行政法人 理化学研究所プレスリリース</ref>。{{仮リンク|プレパルス抑制|en|Prepulse inhibition}}が弱いと、統合失調症の患者はささいな小さな音で驚くような傾向が見られる<ref>[ |
[[アラキドン酸]]などの[[脂肪酸]]を脳へ取り込むタンパク質Fabp7が、遺伝的に脳への[[脂肪酸]]取り込みの弱い患者と統合失調症との関連性が発見されている<ref>[http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2007/071113/detail.html 胎児期の不飽和脂肪酸代謝不全を示唆する統合失調症の遺伝子を発見] 独立行政法人 理化学研究所プレスリリース</ref>。{{仮リンク|プレパルス抑制|en|Prepulse inhibition}}が弱いと、統合失調症の患者はささいな小さな音で驚くような傾向が見られる<ref>[https://www.jst.go.jp/pr/announce/20090408/index.html アラキドン酸が神経新生促進と精神疾患予防に役立つ可能性を発見] 科学技術振興機構, 東北大学, 理化学研究所</ref>。 |
||
ある特定の遺伝子の欠損や入れ違いで環境とは無関係に遺伝するタイプと、食生活や運動不足といった環境と遺伝の両方とが関係して起きるタイプの2つの疾患がある、後者のが統合失調症患者の大多数を占めるとされる<ref>メンタルヘルスマガジン こころの元気PLUS 2011年2月号 P.44 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構</ref>。 |
ある特定の遺伝子の欠損や入れ違いで環境とは無関係に遺伝するタイプと、食生活や運動不足といった環境と遺伝の両方とが関係して起きるタイプの2つの疾患がある、後者のが統合失調症患者の大多数を占めるとされる<ref>メンタルヘルスマガジン こころの元気PLUS 2011年2月号 P.44 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構</ref>。 |
||
⚫ | |||
なお、[[びっくり病]]との差異および関連性にも関与していることから正確な診断が必要である。また稀ではあるが、[[ナルコレプシー]]に付随する情動脱力発作 (Cataplexy) との混同例もある。 |
|||
⚫ | 2012年、[[藤田保健衛生大学]]の研究チームは、日本人の発症に関係する遺伝子「[[:en:NOTCH4|NOTCH4]]」の配列を突き止めたと発表した<ref>中日メディカルサイト2012年7月7日閲覧</ref>。2014年、米[[ハーバード大学]]と英[[ケンブリッジ大学]]、[[藤田保健衛生大学]]などの国際研究チームは、統合失調症の発症に関わる特定済みのものも含め108の遺伝子領域を確認したと、英科学誌[[ネイチャー]]電子版に発表した<ref name="Reardon2014">{{cite journal|last1=Reardon|first1=Sara|title=Gene-hunt gain for mental health|journal=Nature|volume=511|issue=7510|year=2014|pages=393–393|issn=0028-0836|doi=10.1038/511393a}}</ref>。 |
||
生理的に重要な脳内の脂質に関与する遺伝子が症例と関係する所以は、脳内の非極性脂質は電気[[絶縁体]]として、[[有髄神経線維]]の速やかな興奮伝達を可能にしていることにある、すなわち脳内の信号が適切に伝達すればよいことであって、絶縁されていない場合は脳内の信号が適切に電導せずに異常を来たすという仮説である。 |
|||
[[2012年]][[5月29日]]、[[藤田保健衛生大学]]の研究チームは、[[日本人]]の発症に関係する遺伝子「[[:en:NOTCH4|NOTCH4]]」の配列を突き止めたと発表した<ref>中日メディカルサイト2012年7月7日閲覧</ref>。 |
|||
⚫ | |||
⚫ | [[ |
||
=== 単一精神病仮説 === |
=== 単一精神病仮説 === |
||
51行目: | 68行目: | ||
=== カルボニルストレス説 === |
=== カルボニルストレス説 === |
||
近年、[[グリオキサラーゼ]]代謝と呼ばれる機構があり、統合失調症患者の[[DNA]]を用いて遺伝子解析を行ったところ、患者の20%に酵素活性の低下を引き起こす遺伝子変異を同定した研究結果が報告されている<ref name="AraiYuzawa2010">{{cite journal|author=Arai M, Itokawa M, et al |title=Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=6|year=2010|pages=589|issn=0003-990X|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.62}}</ref>。ヒトの血中や臓器に含まれる糖や脂質、タンパク質などが変性したもので、[[カルボキシル基]]に関与する酵素群のひとつが、他の分子へ二酸化炭素の付加を触媒する、このことが[[ペントシジン]]、[[カルボキシメチルリジン]]、[[ピラリン]]などの |
近年、[[グリオキサラーゼ]]代謝と呼ばれる機構があり、統合失調症患者の[[DNA]]を用いて遺伝子解析を行ったところ、患者の20%に酵素活性の低下を引き起こす遺伝子変異を同定した研究結果が報告されている<ref name="AraiYuzawa2010">{{cite journal|author=Arai M, Itokawa M, et al |title=Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=6|year=2010|pages=589|issn=0003-990X|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.62}}</ref>。ヒトの血中や臓器に含まれる糖や脂質、タンパク質などが変性したもので、[[カルボキシル基]]に関与する酵素群のひとつが、他の分子へ二酸化炭素の付加を触媒する、このことが[[ペントシジン]]、[[カルボキシメチルリジン]]、[[ピラリン]]などの[[糖化最終産物]] (advanced glycation end-products: AGEs)<ref>[http://ebn.arkray.co.jp/disciplines/glycation/ages-01/ 生体内糖化反応(グリゲーション)]</ref> を[[メイラード反応]]から生成してしまい、過剰な最終糖化物質を体外へ代謝させる[[ビタミンB6|ビタミンB<sub>6</sub>]](ピリドキシン)が体内で枯渇してしまう<ref>[http://merckmanual.jp/mmpej/sec01/ch004/ch004i.html?qt=vitamin%20&alt=sh#sec01-ch004-ch004i-372] ビタミンB<sub>6</sub>欠乏の欄参照</ref>。[[クエン酸回路]]の変形回路であるグリオキサラーゼ代謝が体内でおこなわれているが、ストレスや過剰な運動で[[活性酸素]]や[[二酸化炭素]]が血中に多く現われて、最終糖化物質を尿中に排出させる亢進がおこり、結果としてビタミンB<sub>6</sub>を消費してしまう<ref>[http://ebn.arkray.co.jp/disciplines/glycation/ages-09] [[ピリドキサミン]] (Pyridoxamine) のAGEs阻害活性</ref>。糖や脂質およびタンパク質を混合して長期間に放置しておくと、化学的に変性した物質、つまり最終糖化物質が産生される。瓶詰め・缶詰・調味料などを長期間保存したり、空気中に晒して置くことでも産生するが、それら消費期限をすぎた飲食物を摂取すると[[腸管]]から吸収されてしまう、このことでカルボニルストレスを増大する。日常生活において飲食物の摂取などで得られるビタミンB<sub>6</sub>の量を上回る摂取が必要となるビタミンB<sub>6</sub>依存症に陥っているケースがあり、正常時の数十倍の摂取ではないとホロ酵素を合成できない場合があるが、ビタミンB<sub>6</sub>だけの摂取で酵素活性の改善率は必ずしも良くなるとはいえず、他の[[コエンザイム]]([[補酵素]])も関与してる可能性がある、これは代謝回路がいくつもの化学変移をおこすものである。 |
||
:R-CO-COOH |
:<chem>R-CO-COOH -> R-CHO + CO2</chem> |
||
:R-CO-COOH + R-CHO |
:<chem>R-CO-COOH + R-CHO -> R-CO-CH(OH)-R + CO2</chem> |
||
:[[チアミン二リン酸]]や[[ピリドキサールリン酸]]を補酵素としている。 |
:[[チアミン二リン酸]]や[[ピリドキサールリン酸]]を補酵素としている。 |
||
アメリカで行われた統合失調症患者のAGEsの報告で、高濃度になっている患者が多数報告され、AGEsと活性化ビタミンB<sub>6</sub>との兼ね合いが注目されている。<ref>臨床家がなぜ研究をするのか -精神科医が20年の研究の足跡を振り返るとき 星和書店 糸川昌成 ISBN 4791108353</ref> |
アメリカで行われた統合失調症患者のAGEsの報告で、高濃度になっている患者が多数報告され、AGEsと活性化ビタミンB<sub>6</sub>との兼ね合いが注目されている。<ref>臨床家がなぜ研究をするのか -精神科医が20年の研究の足跡を振り返るとき 星和書店 糸川昌成 ISBN 4791108353</ref> |
||
=== 神経発達症仮説 === |
=== 神経発達症仮説 === |
||
統合失調症の初発患者において脳の容積が一部低下していたり、死後脳において脳の構造異常が見られたりする例があることから、脳の発達段階での何らかの障害が関与しているとする仮説。 |
統合失調症の初発患者において脳の容積が一部低下していたり、死後脳において脳の構造異常が見られたりする例があることから、脳の発達段階での何らかの障害が関与しているとする仮説<ref name=jsbp.20.347 />。 |
||
[[名城大学]]の[[鍋島俊隆]] |
[[名城大学]]の[[鍋島俊隆]]らは統合失調症の一部は、[[胎児]]期の脳神経系の[[神経発達症]]が原因であることを明らかにした<ref>2010年2月</ref>。鍋島教授らは統合失調症の候補遺伝子で、神経系の成長を促す「DISC1」に注目し、[[ハツカネズミ|マウス]]を使った実験によってこのことを確かめた。脳のDISC1を一時的に働かないようにすると、成長したマウスは音に過敏に反応したり、認知機能が低下したりするなど、統合失調症に特有の症状を示した。マウスは統合失調症の治療薬の投与で症状は改善し、また、脳の神経細胞の数は正常だが、回路が未熟で、機能が低下していた。鍋島教授は「統合失調症の特徴をここまで再現したマウスはなかった。治療薬の開発に役立てたい」と話したという。 |
||
しかしながら、脳の構造的異常が意味するところは今のところ不明である。例えば、もともと脳に異常があるために症状が発現(統合失調症を発症)したのか、慢性的で長期に渡る罹患と治療の結果、症状や服薬 |
しかしながら、脳の構造的異常が意味するところは今のところ不明である。例えば、もともと脳に異常があるために症状が発現(統合失調症を発症)したのか、慢性的で長期に渡る罹患と治療の結果、症状や服薬などの影響が脳を変成させた可能性との鑑別が困難であることがこの問題の研究上の課題として挙げられる。また、この両者は矛盾せずに両立することができるが、現時点でも脳を見ただけで統合失調症か否かを鑑別できるわけではなく、そもそも[[MRI]]や[[CT]]といった検査方法で発見できるのはマクロな異常だけであるので、原因がミクロな異常にあった場合や単一的というより複合的であった場合、こうした[[マクロ]]的アプローチの有効性は低いものとなる。また、脳検査で何らかの異常な所見を示す患者よりも示さない患者の方が多いことも、多くの研究者が「統合失調症患者の脳研究」を放棄した理由の一つである。 |
||
[[自閉症スペクトラム]]は幼少期にニューロン以外の[[グリア細胞]]が一時的に増加することが分かっている<ref name=sss.jst.go.jp_yamasue>{{cite web |title=自閉症の病態解明につながる成果 —世界初 自閉症に特徴的な脳体積変化と同時期に起こる化学的変化を同定— |url=http://www.sss.jst.go.jp/topics/pdf/TPronbundaijyesuto_yamasue.pdf |format=pdf |work=www.sss.jst.go.jp |publisher=[[科学技術振興機構]] |year=2012 |accessdate=2016-05-19}}</ref>。 |
|||
⚫ | |||
⚫ | |||
⚫ | ストレスが小さくても統合失調症にかかりやすい素因(あいまいに耐える力が弱い)、脆弱性が大きければ発病してしまうと考える。また、脆弱性はあまりなくてもストレスが大きければ発病すると考える。内因を素因、心因をストレスとする、原因を内因と心因の両方にもとめる学説である。統合失調症に関しては、個体の抗病的閾値が低下し、これにストレスが脆弱性の閾値(しきいち)を超えると発症されるとされるがその詳細は論じられていない。ストレスとは精神的な[[緊張]]・[[不安]]・[[恐怖]]・[[興奮]]・[[飢餓]]・[[感染]]・[[過労]]・[[睡眠]]不足・[[運動]]不足といった、ごく普通の社会的な生活で起こる諸情である。さらには、寒暑・[[騒音]]・[[化学物質]]などの要素も含む。 |
||
⚫ | |||
=== Two-hit theory === |
=== Two-hit theory === |
||
胎生期と思春期に、2回にわたる何らかの脳への[[ダメージ]]を受けて発症するという[[仮説]]。 |
胎生期と思春期に、2回にわたる何らかの脳への[[ダメージ]]を受けて発症するという[[仮説]]。 |
||
=== |
=== 薬物 === |
||
世界保健機関は2004年に以下のように報告している。[[コカイン]]と[[アンフェタミン]]の使用率が高い国では、一般集団と比較して統合失調症の患者において、使用率が2倍から5倍の間で高く、いくつかの仮説につながっている{{sfn|世界保健機関|2004|pp=174-175}}。ニコチンにおいても統合失調症の患者では喫煙率が高いが、そのような仮説は提唱されていない{{sfn|世界保健機関|2004|pp=174-175}}。しかし、ニコチンが軽い[[精神刺激薬]]であることを考えると驚くべきことではないと世界保健機関は報告している{{sfn|世界保健機関|2004|pp=174-175}}。 |
|||
かつて、[[ダブルバインド|二重拘束説]](''Double bind theory'':親から2つの互いに矛盾するメッセージ([[重厚長大]]の[[倫理]]と[[軽薄短小]]の[[論理]])を受け取った[[子供]]が、それをうまく処理することができず(分裂状態で統合できないでいる、心理的に解決できない)、しかしそれに応えようとして発病するという仮説)や、high EE説(''Expressed Emotion'':否定的なメッセージを送りやすい家庭で育つことと再発率が関係しているとする仮説)などの心因説が、統合失調症の原因として唱えられ、患者の家族が不当に苦しんだ時代があったが、その後の研究でそれらの心因説は否定され、発病後の症状悪化要因ではあっても決定原因ではない、とされる。心理的な解決で統合されるケースである。[[精神科医]]は[[臨床心理士]]の[[カウンセリング]]を受けさせる場合がある。統合失調症はカウンセリングは効果がない場合が多いが、このケースは効果がある、統合失調症の中のある種のタイプである。今日の精神医学では統合失調症は「発達障害説(=健常者と比較して先天的に脳のなんらかの部分の組織構造・器質上の特異な異常・脆弱さをきたして生まれるという考え方)」が最も有力で、一般的に受け入れられつつもある。 |
|||
==== 胎児期のビタミンD欠乏仮説 ==== |
|||
[[冬]]や[[春]]に生まれた人は、発症リスクが上がるなど、胎児期の[[ビタミンD]]欠乏が、発症リスクを大幅に上げると指摘されている<ref>{{cite journal | title=The association between neonatal vitamin D status and risk of schizophrenia | journal= Scientific Reports | authors=Darryl W. Eyles, Maciej Trzaskowski | year=2018 | | doi=10.1038/s41598-018-35418-z}}</ref>。 |
|||
⚫ | |||
現在、日本の精神医学会では否定的であり、前述のドーパミン仮説が通説となっている。[[アドレノクロム]]が過剰という仮説で、ビタミンの[[ナイアシン]]を多量に摂取する治療法が試みられる。統合失調症の患者の8割程度が良くなると記述してある出版物もある。 |
|||
⚫ | |||
=== 違法薬物仮説 === |
|||
[[大麻]]や[[覚醒剤]]、[[脱法ドラッグ]]などの[[麻薬]]使用は、一時的な快楽が得られるが、[[禁断症状]]にみられる諸症状を誘起させる。本来、[[ICD-10 第5章:精神と行動の障害|精神作用物質使用による精神および行動の障害]][[ICD-10]] F1x.5グループに分類される為、統合失調症(F20)とは区別される。 |
|||
[[副腎髄質]]より分泌される[[ホルモン]]であり、また[[交感神経]]の末端から出される神経伝達物質の変異は、脳内で[[チロシン]]→[[ドーパ]]→ドーパミン→[[ノルアドレナリン]]→[[アドレナリン]]→ストレスや過度な運動により、酸化してアドレノクロムとなる。[[低血糖症]]や[[糖尿病]]の症状を『統合失調症』と誤診する医療機関もある。 |
|||
フェンサイクリジン(通称 エンジェルダスト)などのNMDAアンタゴニストは[[オルニーの病変]]をもたらすことが知られている。より強力なMK-801(ジゾシルピン)は長期間に渡って異常思考や健忘などの強い後遺症が残るとされる。これらはモデル生物の作成に使用されている。 |
|||
=== |
==== 脂肪酸仮説 ==== |
||
[[多価不飽和脂肪酸]]は神経の発達に不可欠であり、統合失調症の人ではその代謝障害が繰り返し報告されており、2010年代には[[ω-3脂肪酸]]の投与研究が進展してきている<ref name="pmid25934131">{{cite journal|last1=Pawełczyk|first1=Tomasz|last2=Grancow|first2=Marta|last3=Kotlicka-Antczak|first3=Magdalena|coauthors=et al.|title=Omega-3 fatty acids in first-episode schizophrenia - a randomized controlled study of efficacy and relapse prevention (OFFER): rationale, design, and methods|journal=BMC Psychiatry|volume=15|issue=1|pages=97|year=2015|pmid=25934131|pmc=4456694|doi=10.1186/s12888-015-0473-2|url=http://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-015-0473-2}}</ref>。ハイリスク群が3週間服用する研究を行い、その約7年後では、偽薬では発症率40%であったのに比較して約10%と、発症率は約30%低下した<ref>{{Cite web|和書|author= |title=【神経科学】オメガ3の精神病予防効果は長続きする |url=http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/10142 |date=2015年8月12日 |publisher=natureasia.com |accessdate=2016-12-28}}</ref>。 |
|||
人体に必須な栄養素の不足によって様々な諸症状を誘起させるとした書物もある<ref>「精神疾患と栄養」ファイファー著 大沢博訳 ブレーン出版(倒産)</ref>。主に欧米各国で過去に論議を醸し出したが、現在は研究課題から外されて論議も皆無に等しい。[[栄養学]]は医科大学の履修分野でないことから精神医学の分野において除外されがちである。だが、国外において臨床効果および治療実績がはっきり現われている点は見逃せない。国内での各種栄養素の取扱は診療報酬の対象とはならず、むしろ[[副作用]]を懸念するため処方はされない。ごく一部の医療機関で実費にて[[分子整合精神医学]]と称してビタミン剤を高額で処方するところもある。 |
|||
=== |
=== その他の仮説 === |
||
[[ウイルス]]、[[前頭葉]]機能の低下などの仮説は様々に提唱されている。 |
|||
[[小麦]]などに含まれる[[グルテン]]が{{仮リンク|エクソルフィン|en|Gluten exorphin}}を介して、統合失調症の原因もしくは悪化の要因になるという仮説である。古くからある仮説である。穀類除去食を食べた患者は[[隔離病棟]]からの退室が早いことが研究で示唆されている(F.C.Dohan, 1976)<ref>脳の栄養 中川八郎著 共立出版 p.85-88 ISBN 9784320053656</ref><ref>7.グルテン関連障害と統合失調症(Gluten-Related Disorders and Schizophrenia) http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/41232157.html</ref>。 |
|||
妊娠初期に[[インフルエンザ]]に罹ることで、生まれてくる子供が統合失調症になる確率が3倍になるという研究もある<ref>日経サイエンス編「インフルエンザで神経疾患に?」『日経サイエンス』2004年12月号、日経サイエンス、2004年</ref>。 |
|||
⚫ | |||
他に[[ウイルス]]説、[[前頭葉]]機能の低下仮説など様々な仮説が唱えられている。妊娠初期に[[インフルエンザ]]に罹ると生まれてくる子供が統合失調症になる確率が3倍になるという研究<ref>日経サイエンス編「インフルエンザで神経疾患に?」『日経サイエンス』2004年12月号、日経サイエンス、2004年</ref>がある。また、食物による[[ヒスタミン]]の過剰による脳内の[[アレルギー]]疾患だと指摘する医者もいる。[[絶食]]や食事の改良などの[[対症療法]]で解決したとの報告も各国で散在している。[[抗生物質]]の服用により少量の[[ビタミンB]]を産生する体内の[[腸内細菌]]が死滅してしまい、ビタミン不足に陥って統合失調症の症状を呈するとの見解もあるが定かではない。統合失調症患者の[[不眠]]に処方される[[バルビツール酸]]系の[[睡眠薬]]の常用で、その副作用としてビタミンB<sub>6</sub>の吸収を阻害されるため、精神遅滞を起こしたり皮膚炎を起こしたりするケースがみられる。なお、現在の睡眠薬は、ほとんどが[[ベンゾジアゼピン]]系に置き換わっており、バルビツール酸系の睡眠薬を常用する必要はない。 |
|||
== 脚注 == |
== 脚注 == |
||
{{脚注ヘルプ}} |
|||
⚫ | |||
{{Notelist}} |
|||
⚫ | |||
{{Reflist|2}} |
{{Reflist|2}} |
||
105行目: | 122行目: | ||
{{デフォルトソート:とうこうしつちようしようのけんいん}} |
{{デフォルトソート:とうこうしつちようしようのけんいん}} |
||
[[Category: |
[[Category:統合失調症]] |
||
[[Category:精神病理学]] |
[[Category:精神病理学]] |
||
[[Category:仮説]] |
[[Category:仮説]] |
2024年6月25日 (火) 02:40時点における最新版
統合失調症の原因(とうごうしっちょうしょうのげんいん)では、統合失調症の発病因子と考えられる仮説・要素について述べる。なお、様々な要素が提言されているが、いずれも仮説の域を出ていない[1]。
遺伝と環境の両方が関係しているが、遺伝要因の影響が大きいと考えられている[2]。脳に器質的な障害が発生することによるかどうかは両論ある。病因については、神経伝達物質の一つであるドーパミン作動性神経の不具合によるという仮説をはじめ、様々な仮説が提唱されている。
しかし、明確な原因は未だに確立されておらず、発病メカニズムは不明である。仮説は何百という多岐な数に及ぶため、特定的な原因の究明が非常に煩わしく困難であるのが、今日の精神医学・脳科学の発達上の限界・壁である。
リスク因子
[編集]一卵性双生児双子研究において、一致率が約50%と高いが100%ではないことなどから、遺伝的要因と環境要因の両方が発症に関与していると考えられている[3]。遺伝形式も不明で、信頼できる原因遺伝子の同定もされていない。双子研究のメタ分析によると、統合失調症の遺伝率は約80%とかなり高い[2][注釈 1]。遺伝率は研究によってばらくつが、1990年以降の論文では80%以上の高い値を示すものが多い[2]。
社会的下層階級[4]、出生時の合併症[5]や父親の高齢[注釈 2][6]、冬生まれ[7]、妊娠中の大きなストレス[8]や幼年期に於ける飢餓[9]、毒素への曝露[10]、薬物乱用[11]などによるトキソプラズマの感染[12]などは有意に統合失調症発症リスクを増加させるものとしている。
アメリカで行われた調査では日照量の多い地域と土壌中のセレン濃度の多い地域では極めて珍しく、そうでない地域では有病率の比較で相対リスクが高いとの結果が報告されている[13]。
仮説一覧
[編集]2008年の『統合失調症治療ガイドライン』では、ストレス脆弱性モデルと、生物学的モデル(薬物療法)に基づいている[14]。
ストレス脆弱性モデル
[編集]ストレスが小さくても、統合失調症にかかりやすい素因(あいまいに耐える力が弱い)、脆弱性が大きければ発病してしまうと考える。また、脆弱性はあまりなくてもストレスが大きければ発病すると考える。内因を素因、心因をストレスとする、原因を内因と心因の両方にもとめる学説である。統合失調症に関しては、個体の抗病的閾値が低下し、これにストレスが脆弱性の閾値(しきいち)を超えると発症されるとされるがその詳細は論じられていない。ストレスとは精神的な緊張・不安・恐怖・興奮・飢餓・感染・過労・睡眠不足・運動不足といった、ごく普通の社会的な生活で起こる諸情である。さらには、寒暑・騒音・化学物質などの要素も含む。
1977年、ZubenとSpringによって、ライフイベントからくるストレスが原因になる、という説が唱えられた[15]。参考文献に挙げた岡田『統合失調症』87ページにも、ライフイベントが重なると発症しやすいとある。
かつての心因説
[編集]かつては精神分析が盛んであり、幼少期に原因があるという仮説が語られた。
ダブルバインドの理論は、親から2つの互いに矛盾するメッセージを受け取った子供が、それをうまく処理することができず、しかしそれに応えようとして発病するという仮説である。 high EE(Expressed Emotio)の説では、否定的なメッセージを送りやすい家庭で育つことと再発率が関係しているとする。
このような心因説が、統合失調症の原因として唱えられ、患者の家族が不当に苦しんだ時代があったが、その後の研究で旧来の心因説は否定され、発病後の症状悪化の要因ではあっても決定原因ではない。また抗精神病薬が登場すると、生物学的な仮説へと注目が集まっていった。
ドーパミン仮説
[編集]中脳辺縁系におけるドーパミンの過剰が、幻覚や妄想といった陽性症状に関与しているという仮説[16]。実際にドーパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬のクロルプロマジンが、陽性症状に有効であるため提唱された。しかし、ドーパミン遮断剤投与後、効果が現れるのが長期修正を暗示させる7日から10日後であること、ドーパミン受容体は後方細胞だけでなく前方細胞にも存在すること、またドーパミンD2ファミリーに異型が発見されたことにより、臨床医や神経生物学者からは批判も多い。
生物学研究では、皮質下のDA受容体密度の増加による受容体感受性の高まり(ドーパミンの過剰ではない)を暗示する研究も存在するが、むしろ前頭葉や前部帯状回などで、ドーパミン受容体結合能の低下を示唆する研究の方が多い[注釈 3]。
近年、ドーパミンをコントロールする抗精神病薬の副作用で、脳が萎縮するという研究結果が開示された[18][19][20]。
ドーパミン作動性の薬剤は、統合失調症の陽性症状を誘発することが分かっている。覚醒剤は、統合失調症の陽性症状に類似した症状を誘発させる。これは薬物誘発性の覚醒剤精神病であり、統合失調症ではない。
グルタミン酸仮説
[編集]アメリカで薬物のフェンサイクリジン(PCP)の乱用が流行した際、一時的に統合失調症に似た症状を誘発させ、後にNMDA受容体アンタゴニスト作用によるものと考えられた[16]。薬物誘発性の精神病であり、統合失調症ではない。後にPCPに代わりMK-801を用いた基礎研究が行われている。
麻酔薬として開発され、のちに暴力性の副作用のため使用が断念されたフェンサイクリジンを投与すると、統合失調症様の陽性症状および陰性症状がみられたこと、フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体(NMDA受容体)の遮断薬であることがのちに判明し、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の異常が統合失調症の発症に関与しているという仮説がある。実際に欧米を中心に従来の抗精神病薬とグルタミン酸受容体(NMDA受容体)作動薬であるグリシン、D-サイクロセリン、D-セリンを併用投与すると抗精神病薬単独投与より陰性症状や認知機能障害の改善度が高くなることが報告されている。将来的に、グルタミン酸受容体に作用する抗精神病薬の開発が期待されている。
抗NMDA受容体抗体脳炎は2007年に提唱された比較的新しく発見された疾患であるが、グルタミン酸の受容体であるNMDA受容体機能低下による統合失調症と共通病態と考えられ、統合失調症様な症状が生じる[21]。
統合失調症のモデル生物作成にMK-801(ジゾシルピン)やフェンサイクリジンが使用される[22]。一時的な投与は精神病の模倣を、慢性投与は神経病理学的な変化をもたらす[23]。反復投与により、概ね薬効の強さに関連して永続的な神経変性が生じる。MK-801はヒトにおいても長期間に渡って異常思考や健忘などの強い後遺症が残る。いくつかの研究では習慣性が見出されている。
ドーパミン作動性の薬剤が陽性症状のみを誘発させるのに対し、NMDA受容体拮抗剤は陽性症状と陰性症状の両方を誘発させることが分かっている。
内因性カンナビノイド仮説
[編集]大麻の成分であるカンナビジオール (CBD) は、抗精神病薬の特性が報告されており、統合失調症の患者への臨床試験有効性が報告されている[24]。
遺伝的な要素
[編集]統合失調症患者と対照群の脳内で、別々の働きをする49種類の遺伝子の状態を比較した研究では、統合失調症患者に脳細胞間のシグナリングに欠陥が確認され、ドーパミンやミエリンを生成する遺伝子の働きには、統合失調症患者と対照群の間に差異は確認されていない[25]。
アラキドン酸などの脂肪酸を脳へ取り込むタンパク質Fabp7が、遺伝的に脳への脂肪酸取り込みの弱い患者と統合失調症との関連性が発見されている[26]。プレパルス抑制が弱いと、統合失調症の患者はささいな小さな音で驚くような傾向が見られる[27]。
ある特定の遺伝子の欠損や入れ違いで環境とは無関係に遺伝するタイプと、食生活や運動不足といった環境と遺伝の両方とが関係して起きるタイプの2つの疾患がある、後者のが統合失調症患者の大多数を占めるとされる[28]。
大阪精神医学研究所新阿武山病院の菊山裕貴医師は、統合失調症の脳体積が減る遺伝子は健常者の脳の成熟に必要不可欠で、統合失調症が数万人に一人のまれな遺伝病ではないことが裏付けているとしている。高い知能を持つ人の脳体積は思春期以降、強く減るとし、統合失調症の遺伝子が無くなってしまったら天才が生まれなくなる、としている[29]。
2012年、藤田保健衛生大学の研究チームは、日本人の発症に関係する遺伝子「NOTCH4」の配列を突き止めたと発表した[30]。2014年、米ハーバード大学と英ケンブリッジ大学、藤田保健衛生大学などの国際研究チームは、統合失調症の発症に関わる特定済みのものも含め108の遺伝子領域を確認したと、英科学誌ネイチャー電子版に発表した[31]。
単一精神病仮説
[編集]統合失調症、躁うつ病、うつ病、自閉症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの精神疾患が、共通の遺伝子を原因に発症するとする仮説。近年の遺伝子解析技術の進歩で、精神疾患の遺伝子が疾患群で共通することが分かってきており、再び脚光を浴びるようになってきている[32]。
カルボニルストレス説
[編集]近年、グリオキサラーゼ代謝と呼ばれる機構があり、統合失調症患者のDNAを用いて遺伝子解析を行ったところ、患者の20%に酵素活性の低下を引き起こす遺伝子変異を同定した研究結果が報告されている[33]。ヒトの血中や臓器に含まれる糖や脂質、タンパク質などが変性したもので、カルボキシル基に関与する酵素群のひとつが、他の分子へ二酸化炭素の付加を触媒する、このことがペントシジン、カルボキシメチルリジン、ピラリンなどの糖化最終産物 (advanced glycation end-products: AGEs)[34] をメイラード反応から生成してしまい、過剰な最終糖化物質を体外へ代謝させるビタミンB6(ピリドキシン)が体内で枯渇してしまう[35]。クエン酸回路の変形回路であるグリオキサラーゼ代謝が体内でおこなわれているが、ストレスや過剰な運動で活性酸素や二酸化炭素が血中に多く現われて、最終糖化物質を尿中に排出させる亢進がおこり、結果としてビタミンB6を消費してしまう[36]。糖や脂質およびタンパク質を混合して長期間に放置しておくと、化学的に変性した物質、つまり最終糖化物質が産生される。瓶詰め・缶詰・調味料などを長期間保存したり、空気中に晒して置くことでも産生するが、それら消費期限をすぎた飲食物を摂取すると腸管から吸収されてしまう、このことでカルボニルストレスを増大する。日常生活において飲食物の摂取などで得られるビタミンB6の量を上回る摂取が必要となるビタミンB6依存症に陥っているケースがあり、正常時の数十倍の摂取ではないとホロ酵素を合成できない場合があるが、ビタミンB6だけの摂取で酵素活性の改善率は必ずしも良くなるとはいえず、他のコエンザイム(補酵素)も関与してる可能性がある、これは代謝回路がいくつもの化学変移をおこすものである。
- チアミン二リン酸やピリドキサールリン酸を補酵素としている。
アメリカで行われた統合失調症患者のAGEsの報告で、高濃度になっている患者が多数報告され、AGEsと活性化ビタミンB6との兼ね合いが注目されている。[37]
神経発達症仮説
[編集]統合失調症の初発患者において脳の容積が一部低下していたり、死後脳において脳の構造異常が見られたりする例があることから、脳の発達段階での何らかの障害が関与しているとする仮説[16]。
名城大学の鍋島俊隆らは統合失調症の一部は、胎児期の脳神経系の神経発達症が原因であることを明らかにした[38]。鍋島教授らは統合失調症の候補遺伝子で、神経系の成長を促す「DISC1」に注目し、マウスを使った実験によってこのことを確かめた。脳のDISC1を一時的に働かないようにすると、成長したマウスは音に過敏に反応したり、認知機能が低下したりするなど、統合失調症に特有の症状を示した。マウスは統合失調症の治療薬の投与で症状は改善し、また、脳の神経細胞の数は正常だが、回路が未熟で、機能が低下していた。鍋島教授は「統合失調症の特徴をここまで再現したマウスはなかった。治療薬の開発に役立てたい」と話したという。
しかしながら、脳の構造的異常が意味するところは今のところ不明である。例えば、もともと脳に異常があるために症状が発現(統合失調症を発症)したのか、慢性的で長期に渡る罹患と治療の結果、症状や服薬などの影響が脳を変成させた可能性との鑑別が困難であることがこの問題の研究上の課題として挙げられる。また、この両者は矛盾せずに両立することができるが、現時点でも脳を見ただけで統合失調症か否かを鑑別できるわけではなく、そもそもMRIやCTといった検査方法で発見できるのはマクロな異常だけであるので、原因がミクロな異常にあった場合や単一的というより複合的であった場合、こうしたマクロ的アプローチの有効性は低いものとなる。また、脳検査で何らかの異常な所見を示す患者よりも示さない患者の方が多いことも、多くの研究者が「統合失調症患者の脳研究」を放棄した理由の一つである。
Two-hit theory
[編集]胎生期と思春期に、2回にわたる何らかの脳へのダメージを受けて発症するという仮説。
薬物
[編集]世界保健機関は2004年に以下のように報告している。コカインとアンフェタミンの使用率が高い国では、一般集団と比較して統合失調症の患者において、使用率が2倍から5倍の間で高く、いくつかの仮説につながっている[39]。ニコチンにおいても統合失調症の患者では喫煙率が高いが、そのような仮説は提唱されていない[39]。しかし、ニコチンが軽い精神刺激薬であることを考えると驚くべきことではないと世界保健機関は報告している[39]。
胎児期のビタミンD欠乏仮説
[編集]冬や春に生まれた人は、発症リスクが上がるなど、胎児期のビタミンD欠乏が、発症リスクを大幅に上げると指摘されている[40]。
アドレノクロム仮説
[編集]現在、日本の精神医学会では否定的であり、前述のドーパミン仮説が通説となっている。アドレノクロムが過剰という仮説で、ビタミンのナイアシンを多量に摂取する治療法が試みられる。統合失調症の患者の8割程度が良くなると記述してある出版物もある。
原因として食物を挙げている。ビタミンやミネラルの不足により、アドレノクロムを代謝できなくなるという。血液検査でビタミン・ミネラルの量を検査する病院もある。このことは糖分の多い清涼飲料水などを多飲するようなペットボトル症候群において低血糖症が誘起されて、体内でアドレノクロムが産生される。過剰な糖分の摂取により体内中のビタミン・ミネラルが排出され、アドレノクロムを代謝できなくなくなり、脳内のアドレノクロムが過剰になって統合失調症の症状を呈するとする文献もある。
副腎髄質より分泌されるホルモンであり、また交感神経の末端から出される神経伝達物質の変異は、脳内でチロシン→ドーパ→ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリン→ストレスや過度な運動により、酸化してアドレノクロムとなる。低血糖症や糖尿病の症状を『統合失調症』と誤診する医療機関もある。
脂肪酸仮説
[編集]多価不飽和脂肪酸は神経の発達に不可欠であり、統合失調症の人ではその代謝障害が繰り返し報告されており、2010年代にはω-3脂肪酸の投与研究が進展してきている[41]。ハイリスク群が3週間服用する研究を行い、その約7年後では、偽薬では発症率40%であったのに比較して約10%と、発症率は約30%低下した[42]。
その他の仮説
[編集]ウイルス、前頭葉機能の低下などの仮説は様々に提唱されている。
妊娠初期にインフルエンザに罹ることで、生まれてくる子供が統合失調症になる確率が3倍になるという研究もある[43]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 世界保健機関 1998, Chapt.1.
- ^ a b c Sullivan et al (2003). “Schizophrenia as a complex trait: evidence from a meta-analysis of twin studies”. Archives of general psychiatry 60 (12): 1187 .
- ^ 統合失調症(厚生労働省)
- ^ 世界保健機関 1998, Chapt.3.3.
- ^ Cannon M, Jones PB, Murray RM (2002). “Obstetric complications and schizophrenia: historical and meta-analytic review”. Am J Psychiatry 159 (7): 1080–92. PMID 12091183.
- ^ a b Sipos, A. (2004). “Paternal age and schizophrenia: a population based cohort study”. BMJ 329 (7474): 1070–0. doi:10.1136/bmj.38243.672396.55. ISSN 0959-8138.
- ^ Davies G, Welham J, Chant D, Torrey EF, McGrath J (2003). “A systematic review and meta-analysis of Northern Hemisphere season of birth studies in schizophrenia”. Schizophr Bull 29 (3): 587–93. PMID 14609251.
- ^ Weinstock M (2001). “Alterations induced by gestational stress in brain morphology and behaviour of the offspring”. Prog. Neurobiol. 65 (5): 427–51. PMID 11689280.
- ^ Susser E, Neugebauer R, Hoek HW, Brown AS, Lin S, Labovitz D, Gorman JM (1996). “Schizophrenia after prenatal famine. Further evidence”. Arch. Gen. Psychiatry 53 (1): 25–31. PMID 8540774.
- ^ Bresnahan M, Schaefer CA, Brown AS, Susser ES (2005). “Prenatal determinants of schizophrenia: what we have learned thus far?”. Epidemiol Psichiatr Soc 14 (4): 194–7. PMID 16396427.
- ^ Bühler B, Hambrecht M, Löffler W, an der Heiden W, Häfner H (2002). “Precipitation and determination of the onset and course of schizophrenia by substance abuse--a retrospective and prospective study of 232 population-based first illness episodes”. Schizophr. Res. 54 (3): 243–51. PMID 11950549.
- ^ Mortensen PB, Nørgaard-Pedersen B, Waltoft BL, Sørensen TL, Hougaard D, Yolken RH (2007). “Early infections of Toxoplasma gondii and the later development of schizophrenia”. Schizophr Bull 33 (3): 741–4. doi:10.1093/schbul/sbm009. PMC 2526131. PMID 17329231 .
- ^ 『統合失調症 本当の理由』P78。
- ^ 精神医学講座担当者会議(監修)、佐藤光源、丹羽真一、井上新平(編集)『統合失調症治療ガイドライン』(第2版)医学書院、2008年。ISBN 978-4-260-00646-0。
- ^ 統合失調症・うつ病プロジェクトのホームページ
- ^ a b c 尾関祐二、藤井久彌子、統合失調症の分子病態研究 脳と精神の医学 2009年 20巻 4号 p.347-353, doi:10.11249/jsbp.20.347
- ^ http://www.akita-u.ac.jp/hkc/eventa/item.cgi?pro2&10
- ^ Ho BC, Andreasen NC, Ziebell S, Pierson R, Magnotta V (2011). “Long-term antipsychotic treatment and brain volumes: a longitudinal study of first-episode schizophrenia”. Arch. Gen. Psychiatry 68 (2): 128–37. doi:10.1001/archgenpsychiatry.2010.199. PMC 3476840. PMID 21300943 .
- ^ 抗精神病薬による脳への負の影響。その1 灰白質への影響 場末P科病院の精神科医のblog 2022年9月27日閲覧。
- ^ 抗精神病薬による脳への負の影響。その2 白質への影響 場末P科病院の精神科医のblog 2022年9月27日閲覧。
- ^ 「抗 NMDA 受容体抗体脳炎の臨床と病態」臨床神経,49:774―778, 2009
- ^ Rung JP, Carlsson A, Rydén Markinhuhta K, Carlsson ML. (June 2005). “(+)-MK-801 induced social withdrawal in rats; a model for negative symptoms of schizophrenia.”. Prog. Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry. 29 (5): 827–32. doi:10.1016/j.pnpbp.2005.03.004. PMID 15916843 .
- ^ Braun I, Genius J, Grunze H, Bender A, Möller HJ, Rujescu D. (December 2007). “Alterations of hippocampal and prefrontal GABAergic interneurons in an animal model of psychosis induced by NMDA receptor antagonism.”. Schizophr. Res. 97 (1–3): 254–63. doi:10.1016/j.schres.2007.05.005. PMID 17601703 .
- ^ Rohleder, Cathrin; Müller, Juliane K.; Lange, Bettina; et al. (2016). “Cannabidiol as a Potential New Type of an Antipsychotic. A Critical Review of the Evidence”. Frontiers in Pharmacology 7: 422. doi:10.3389/fphar.2016.00422. PMC 5099166. PMID 27877130 .
- ^ Analysis of gene expression in two large schizophrenia cohorts identifies multiple changes associated with nerve terminal function Molecular Psychiatry advance online publication 3 March 2009
- ^ 胎児期の不飽和脂肪酸代謝不全を示唆する統合失調症の遺伝子を発見 独立行政法人 理化学研究所プレスリリース
- ^ アラキドン酸が神経新生促進と精神疾患予防に役立つ可能性を発見 科学技術振興機構, 東北大学, 理化学研究所
- ^ メンタルヘルスマガジン こころの元気PLUS 2011年2月号 P.44 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構
- ^ こころの科学「統合失調症のひろば」2014年春号No.3 p.104 日本評論社 大阪精神医学研究所新阿武山病院 菊山裕貴 "ヒトはなぜ精神病になるのか、我々はどうすべきか" ISBN 978-4535907430
- ^ 中日メディカルサイト2012年7月7日閲覧
- ^ Reardon, Sara (2014). “Gene-hunt gain for mental health”. Nature 511 (7510): 393–393. doi:10.1038/511393a. ISSN 0028-0836.
- ^ The Network and Pathway Analysis Subgroup of the Psychiatric Genomics Consortium Affiliations (2015). “Psychiatric genome-wide association study analyses implicate neuronal, immune and histone pathways”. Nature Neuroscience 18 (2): 199–209. doi:10.1038/nn.3922. ISSN 1097-6256.
- ^ Arai M, Itokawa M, et al (2010). “Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia”. Archives of General Psychiatry 67 (6): 589. doi:10.1001/archgenpsychiatry.2010.62. ISSN 0003-990X.
- ^ 生体内糖化反応(グリゲーション)
- ^ [1] ビタミンB6欠乏の欄参照
- ^ [2] ピリドキサミン (Pyridoxamine) のAGEs阻害活性
- ^ 臨床家がなぜ研究をするのか -精神科医が20年の研究の足跡を振り返るとき 星和書店 糸川昌成 ISBN 4791108353
- ^ 2010年2月
- ^ a b c 世界保健機関 2004, pp. 174–175.
- ^ Darryl W. Eyles, Maciej Trzaskowski (2018). “The association between neonatal vitamin D status and risk of schizophrenia”. Scientific Reports. doi:10.1038/s41598-018-35418-z.
- ^ Pawełczyk, Tomasz; Grancow, Marta; Kotlicka-Antczak, Magdalena; et al. (2015). “Omega-3 fatty acids in first-episode schizophrenia - a randomized controlled study of efficacy and relapse prevention (OFFER): rationale, design, and methods”. BMC Psychiatry 15 (1): 97. doi:10.1186/s12888-015-0473-2. PMC 4456694. PMID 25934131 .
- ^ “【神経科学】オメガ3の精神病予防効果は長続きする”. natureasia.com (2015年8月12日). 2016年12月28日閲覧。
- ^ 日経サイエンス編「インフルエンザで神経疾患に?」『日経サイエンス』2004年12月号、日経サイエンス、2004年
参考文献
[編集]- Schizophrenia and Public Health - Japanese version (Report). 世界保健機関. 1998.