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[[ファイル:Open Access logo PLoS white.svg|thumb|オープンアクセスのロゴタイプ。開いた[[錠前]]のイメージ。<br><br>オープンアクセスではない情報(クローズドアクセス)のアイコンとして、次のようなアイコンがある。<br>[[File:Closed Access logo white.svg|30px]]<br>これは閉じた錠前をイメージしている。]]
[[ファイル:Open Access logo PLoS white.svg|thumb|オープンアクセスのロゴタイプ。開いた[[錠前]]のイメージ。<br><br>オープンアクセスではない情報(クローズドアクセス)のアイコンとして、次のようなアイコンがある。<br>[[File:Closed Access logo white.svg|30px]]<br>これは閉じた錠前をイメージしている。]]


'''オープンアクセス'''({{lang-en-short|open access}}、OA)は、主に学術情報の提供に関して使われる言葉で、広義には学術情報を、狭義には[[査読]]つき[[学術雑誌]]に掲載された論文を、[[インターネット]]を通じて誰もが無料で閲覧可能な状態に置くことを指す。インターネットの普及背景して、1990年代後半から広まり始め、2001年に開催された会議およびそれをもとに2002年に公開された文書であるBudapest Open Access Initiative<ref>[http://www.opensocietyfoundations.org/openaccess/read Read the Budapest Open Access Initiative] Budapest Open Access Initiativeサイト内。</ref>を契機一つに結実し<ref>{{cite journal |last=岡部|first=晋典 ほか|title=Budapest Open Access Initiativeの思想的背景とその受容|journal=情報知識学会誌|year=2011|volume=21|issue=3|pages=333-349|doi=10.2964/jsik.21-032|naid= 10029478981|issn= 09171436|url=http://hdl.handle.net/2241/114775}}</ref>理念および運動である。
'''オープンアクセス'''({{lang-en-short|open access}}、'''OA''')は、主に学術情報の提供に関して使われる言葉で、広義には学術情報を、狭義には[[査読]]つき[[学術雑誌]]に掲載された論文を、[[インターネット]]を通じて誰もが無料で閲覧可能な状態に置くことを指す。また、自由な再利用認めることも定義の一つ含まれることが多い。1990年代、大手出版社による[[学術雑誌]]市場の寡占と価格高騰が続いていた。これに対抗し学問の自由な共有を目指す動きが現れ、2001年に開催された会議およびそれをもとに2002年に公開された文書である Budapest Open Access Initiative (BOAI)よって方向づけられた理念および運動である。BOAI ではオープンアクセス達成の方法として、研究者の[[セルフアーカイブ]](グリーンロード)とオープンアクセスの学術雑誌に投稿するゴールドロードを提示している。


2007年末には[[アメリカ合衆国]]で、[[アメリカ国立衛生研究所]] (NIH) から予算を受けて行った研究の成果は、発表後一年以内に公衆が無料でアクセスできる状態にしなければならない、ということが法律で義務化されたのを始め、世界各国で対応進められている
オープンアクセスの方針を取る査読つき学術雑誌として有名なものに、たとえば、[[PLoS]]が刊行しているPLoS Biologyがある。
最近では法制化の動きも進んでおり、2007年末には[[アメリカ合衆国]]で、[[アメリカ国立衛生研究所]] (NIH) から予算を受けて行った研究の成果は、発表後一年以内に公衆が無料でアクセスできる状態にしなければならない、ということが法律で義務化された<ref>[http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/car/index.php?p=4747 NIHパブリックアクセス方針義務化等の内容含んだ法案成立] カレント・アウェアネス [[国立国会図書館]] 2007年12月27日。最終アクセス 2008年1月26日。</ref>


==脚注==
== 定義 ==
オープンアクセスとは、インターネット上で論文などの学術情報を無償で自由に利用できるようにすることである<ref>{{cite web|url=http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/attach/1283016.htm|accessdate=2015-04-11|title=オープンアクセスに関する声明|publisher=[[文部科学省]]|date=2009-03-16}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.lib.okayama-u.ac.jp/oa/|accessdate=2015-04-11|title=オープンアクセス特設サイト|publisher=[[岡山大学]]}}</ref>。代表的な定義としてBBB宣言と呼ばれるものが存在する<ref>{{cite journal|url=https://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/html/2/topics1.html|accessdate=2015-04-11|title=電子ジャーナル時代の新用語「オープンアクセス:大学図書館の立場から」|author=三根慎二|journal=SPARC Japan news letter|volume=2|publisher=国立情報学研究所|date=2009-10|page=5|NAID=110007473258}}</ref>。BBBは[[ブダペスト]]、[[ベセスダ]]、[[ベルリン]]というオープンアクセスについての会議に関連した3つの地名の頭文字である。最も古い定義は{{仮リンク|ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ|en|Budapest Open Access Initiative}} (BOAI) によるもの<ref group="注">{{cite web|url=http://www.budapestopenaccessinitiative.org/boai-10-translations/japanese-translation-1|accessdate=2015-04-11|title=ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴから10年:デフォルト値を「オープン」に|date=2012-09-12|publisher=ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ}}</ref>で、2002年2月14日に公開され、オープンアクセスの定義としては最もよく知られたものとなっている<ref name="kuriyama2010-139">[[#栗山 2010|栗山 2010]], p. 139.</ref><ref>{{cite web|url=http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/content0/index.php?content_id=87|accessdate=2015-04-11|title=オープンアクセスとは|publisher=[[京都大学]]}}</ref>。ベセスダ宣言<ref group="注">{{cite web|url=http://legacy.earlham.edu/~peters/fos/bethesda.htm|accessdate=2015-04-11|title=Bethesda Statement on Open Access Publishing|date=2003-06-20|publisher=[[アーラム大学]]}}</ref>は[[メリーランド州]]{{仮リンク|チェヴィーチェイス|en|Chevy Chase (CDP), Maryland}}にある[[ハワード・ヒューズ医学研究所]]の会議を元に、2003年6月に発表された。[[アメリカ国立衛生研究所]]の所在地からベセスダ宣言と名づけられている<ref name="kuriyama2010-139" />。ベルリン宣言<ref group="注">{{cite web|url=http://openaccess.mpg.de/Berlin-Declaration|accessdate=2015-04-11|title=Berlin Declaration|publisher={{仮リンク|マックス・プランク学術振興協会|en|Max-Planck-Gesellschaft}}}}</ref>は、2003年10月に採択されている<ref name="kuriyama2010-139" />。

オープンアクセスの定義は大雑把には共通の理解が存在しているが、細部は人によって異なっている<ref name="kurata2007-146">[[#倉田 2007|倉田 2007]], pp. 146-147.</ref>。BOAIによる定義では「公衆に開かれたインターネット上において無料で利用可能であり、閲覧、ダウンロード、コピー、配布、印刷、検索、論文フルテキストへのリンク、インデクシングのためのクローリング、ソフトウェアへデータとして取り込み、その他合法的目的のための利用が、インターネット自体へのアクセスと不可分の障壁以外の、財政的、法的また技術的障壁なしに、誰にでも許可されること」とされ<ref>{{cite web|url=http://www.budapestopenaccessinitiative.org/boai-10-translations/japanese-translation-1|accessdate=2015-04-11|title=ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴから10年:デフォルト値を「オープン」に|date=2012-09-12|publisher=ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ}}</ref>、一般にオープンアクセスと言うと「無料で閲覧できる論文」ととらえられがちであるが、法的制限のない、自由な再利用についてもオープンアクセスの定義とされている<ref>[[#佐藤 2013|佐藤 2013]], p. 415.</ref>。このように商業的な利用も含めた、コピーや配布を認めるものもいれば、自身のWEBサイトに無料公開さえすればオープンアクセスであると考えるものもいる<ref name="kurata2007-146" />。また、無料で公開される情報についても、査読つき学術雑誌の論文に限定するか、学術情報全般を扱うかといった差異もある<ref name="kurata2007-146" />。

== 手段 ==
オープンアクセスを達成するための手段としては、掲載された論文をオープンアクセスにする学術雑誌([[オープンアクセスジャーナル]])に投稿する方法か、研究者自身の手によってWEBサイトや、[[機関リポジトリ]]で公開する[[セルフアーカイブ]]の方法がある。前者をゴールドオープンアクセス(ゴールドロード)といい、後者をグリーンオープンアクセス(グリーンロード)という。

=== ゴールドロード ===
{{Main|オープンアクセスジャナル}}
オープンアクセス以前の従来の学術雑誌では、料金を支払うのは読者の側であったが、オープンアクセスジャーナルでは APC という費用を著者(研究者)が支払うことによって出版費用をまかない、読者が無料で閲覧できるようにしているものが多い。研究機関や学会が出版経費を負担することもあり、この場合は著者・読者ともに費用を払う必要がない<ref name="janul2014-5">[[#janul2014|国立大学図書館協会 学術情報委員会 学術情報流通検討小委員 2014]], p. 5.</ref>。全額負担とはいかずとも一部負担すべく大学や研究機関で助成を行うケースもある<ref name="yokoi2013-149">[[#横井 2013|横井 2013]], pp. 149-150.</ref>。日本の[[科学技術振興機構]] (JST) が運営を行う [[J-STAGE]] のように購読型ジャーナルに掲載されているが、WEB上では無料で公開されるケースもある<ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 161.</ref>。ただし、J-STAGE のような形態をオープンアクセスと呼べるかについては議論の余地がある<ref name="kurata2012-6" />。また {{仮リンク|BioMed Central|en|BioMed Central}} などは低所得国の研究者でも投稿できるように、費用の一部または全額を免除している<ref>{{cite journal|url=https://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/html/11/fa1.html|accessdate=2015-04-11|title=商業出版社のオープン・アクセス戦略|author=石井奈都|journal=SPARC Japan news letter|volume=11|date=2012-01|publisher=国立情報学研究所|page=3|NAID=110008790863}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2009/pdf/5/doc_1_jp_hubbard.pdf|accessdate=2015-04-11|title=BioMed Central のオープンアクセス出版 in 第5回 SPARC Japan セミナー2009「オープンアクセスのビジネスモデルと研究者の実際」|date=2009-10-20|publisher=[[国立情報学研究所]]|page=2|format=PDF}}</ref>。これらのオープンアクセス誌に掲載することを'''ゴールドオープンアクセス'''と呼ぶ<ref name="kuriyama2010-139" />。

他にも、従来の購読型学術雑誌であるが著者が費用を払うことによって、その論文をオープンアクセスにすることができる雑誌も存在し、これは'''ハイブリッドジャーナル'''、'''ハイブリッドオープンアクセス'''と呼ばれる<ref>[[#横井 2013|横井 2013]], p. 144</ref>。ただし、ハイブリッド型は純粋なオープンアクセスとは言えないのではないかという意見もある<ref>{{cite journal|url=http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/pdfper/14/sj-NewsLetter-14-2.pdf|accessdate=2015-04-11|title=Open Accessはどこまで進んだのか(1) オープンアクセス メガジャーナルと学術出版システム転覆提案|author=杉田茂樹|journal=SPARC Japan news letter|volume=14|date=2012-08|publisher=国立情報学研究所|page=3|NAID=110009444464}}</ref>。

また、一定期間経過した論文をオンラインで無料公開する方式もあり、これは'''エンバーゴ'''と呼ばれている。研究者によっては、ハイブリッドもエンバーゴもゴールドオープンアクセスに含める場合があるが<ref>[[#横井 2013|横井 2013]], p. 145.</ref>、オープンアクセスを主導してきた一人である{{仮リンク|スティーブン・ハーナッド|en|Stevan Harnad}}のように、エンバーゴ方式でフリーとなるものはオープンアクセスと認めないとするものもいる<ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 162.</ref><ref name="kurata2012-6">{{cite journal|url=http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/pdfper/14/sj-NewsLetter-14-3.pdf|accessdate=2015-04-11|title=Open Accessはどこまで進んだのか(2) オープンアクセスはいかに実現されてきたのか|author=倉田敬子|journal=SPARC Japan news letter|volume=14|date=2012-08|publisher=国立情報学研究所|page=6|format=PDF|NAID=110009444471}}</ref>。

=== グリーンロード ===
オープンアクセス誌への掲載に依らず、[[セルフアーカイブ]]を行うことでもオープンアクセスを達成することができる。これは'''グリーンオープンアクセス'''と呼ばれる<ref name="kuriyama2010-139" />。セルフアーカイブとは研究成果を[[機関リポジトリ]]や研究者のWEBサイトなどオンライン上で無料公開することを意味し、アーカイブ先としては[[arXiv]] や[[アメリカ国立衛生研究所]] (NIH) の [[PMC (アーカイブ)|PMC]] が有名である。物理学の分野では、掲載前の論文であるプレプリントを共有し、同分野の研究者からフィードバックを得る仕組みは文化として定着しており<ref name="satou2013-416" />、arXiv はオープンアクセスの成功した事例の一つとして挙げられる<ref>[[#上田・倉田 編著 2013|上田・倉田 編著 2013]], p. 105.</ref>。しかし、競争の激しい分野、たとえば生物医学分野では出し抜かれることを恐れるため、プレプリントの共有という文化は確立していない<ref>{{Cite journal|title=Open access: The true cost of science publishing|last=Van Noorden|first=Richard|journal=Nature|issue=7442|volume=495|date=2013-03-27|publisher=Nature|page=428|doi=10.1038/495426a}}</ref><ref>[[#時実 2005|時実 2005]], p. 424.</ref>。また、掲載された論文は出版社が著作権を保持していることも多く、他の雑誌への転載などは当然認められないため、自由な利用という点で大きな問題となっている<ref name="satou2013-419">[[#佐藤 2013|佐藤 2013]], p. 419.</ref><ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], pp. 165-167.</ref>。

== 背景 ==
[[第二次世界大戦]]以降に行われたアメリカ・ソ連を代表とした研究助成および高等教育の支援は、研究者数を増加させ、学術論文と学術雑誌を増加させていった<ref>[[#上田・倉田 編著 2013|上田・倉田 編著 2013]], pp. 97-98.</ref>。学術論文の増加は、学術雑誌における編集プロセスの増大や出版費用の増加を引き起こした。これに加え、出版業界の合併・買収による市場寡占が原因となり、学術雑誌の価格は高騰していった<ref>{{Cite journal|title=科学コミュニケーションの動向 -科学ジャーナルを取り巻く状況-|author1=名嘉節|author2=清貞智会|author3=山田肇|journal=科学技術動向|volume=8|date=2001-11|publisher=科学技術政策研究所 科学技術動向研究センター|pages=21-22|url=http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/1374/1/NISTEP-STT008-20.pdf|format=PDF|ISSN=13493663}}</ref>。1970年ごろから学術雑誌の価格は毎年10%ほど上昇を続け、これは大学図書館の購入予算の伸びよりも大きく、1990年ごろには大きな問題となっていた<ref>{{cite journal|title=シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在:総括と課題|author=佐藤義則|journal=情報管理|issue=12|volume=53|year=2010|publisher=科学技術振興機構|page=680|doi=10.1241/johokanri.53.680}}</ref>。購読を中止する図書館もあらわれ、それがさらなる価格上昇へとつながっていった。{{仮リンク|シリアルズ・クライシス|en|Serials crisis}}と呼ばれる問題である<ref name="poynder2011-1">[[#ポインダー 2011|ポインダー 2011]], p. 1.</ref>。日本の国立大学でもこのシリアルズ・クライシスの影響を受け、海外誌の受け入れは1990年から激減している<ref name="ojiro2010">{{cite journal|url=http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/pdfper/5/sj-NewsLetter-5-2.pdf|accessdate=2015-04-11|title=ビッグディールは大学にとって最適な契約モデルか?|author=尾城孝一|journal=SPARC Japan news letter|volume=5|date=2010-05|publisher=国立情報学研究所|pages=1-3|NAID=110007572475}}</ref>。大学図書館は共同購入体制を確立し、この難局を乗り切ろうとした。この頃、インターネットの発展とともに電子ジャーナルが増え始め、ビッグディール(包括契約方式)という契約が盛んに結ばれた<ref name="ojiro2010" />。ビッグディールとは、ある出版社が発行している電子ジャーナルの全てまたは大部分にアクセスできるという契約で、わずかな料金の上乗せで多数の電子ジャーナルを閲覧できるようになる。論文1本あたりの単価は安くなり、また規模の小さな図書館であっても大規模な図書館と同等の資料にアクセスできることなどから、シリアルズ・クライシスの救世主としてもてはやされた<ref name="ojiro2010" /><ref name="poynder2011-1" />。

しかし、ビッグディール契約を結ぶことは大きな固定費を抱え込むこととなり、予算の柔軟性を欠く結果となる。大規模機関ともなると、たった一つのビッグディール契約でも数百万ドルかかるという<ref name="poynder2011-5">[[#ポインダー 2011|ポインダー 2011]], p. 5.</ref>。また、ビッグディールは図書館の資料購入費全体を圧迫し、ジャーナル以外の購入に悪影響を及ぼす。特に、ジャーナルではなく[[単行書]]での出版が一般的な人文系の研究には影響が大きい<ref name="poynder2011-5" />。実際に一橋大学図書館は、電子ジャーナル購入費により単行書予算が圧迫されたのを一つの理由として、電子ジャーナルの契約を解除している<ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 132.</ref>。その上、高額な契約にも関わらず、予算節約のためにいくつかのタイトルを契約解除するといったことが出来ず、「全か無か」といった形になるのもマイナスポイントである<ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 129.</ref>。オープンアクセスに深い関わりを持つジャーナリストのリチャード・ポインダーはビッグディールを「カッコウ」と表現し、「カッコウは、ひとたび巣に居座るや否や、餌を食いつくし、他の雛を追い出してしまう。」とビッグディールの危険性を指摘している<ref>[[#ポインダー 2011|ポインダー 2011]], pp. 5-6.</ref>。結局、ビッグディールは一時しのぎに過ぎず、シリアルズ・クライシスの救世主とはならなかった<ref>[[#ポインダー 2011|ポインダー 2011]], p. 15.</ref>。

こうした学術雑誌の寡占と価格高騰という研究成果の自由な流通を妨げる状況を打破しようと、1994年、スティーブン・ハーナッドはメーリングリストに「{{仮リンク|転覆提案|en|Subversive Proposal}}{{refnest|group="注"|転覆計画<ref name="satou2013-416">[[#佐藤 2013|佐藤 2013]], p. 416.</ref>、破壊的提案<ref>[[#栗山 2010|栗山 2010]], p. 138.</ref>とも。}}」と題した文章を投稿した<ref>[[#janul2014|国立大学図書館協会 学術情報委員会 学術情報流通検討小委員 2014]], p. 4.</ref>。出版社が支配する体制を「転覆」させ、研究者が[[セルフアーカイブ]]を用いて論文を公開するのが、あるべき姿だと説いていた<ref>{{cite web|url=http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=Foreign%20Documents&openfile=TheSubversiveProposal.pdf|accessdate=2015-04-12|title=THE SUBVERSIVE PROPOSAL (Stevan Harnad (1994))日本語訳|date=2011-09-01|author=スティーブン・ハーナッド|translator=デジタルリポジトリ連合|publisher=デジタルリポジトリ連合}}</ref><ref name="satou2013-416" /><ref name="kurata2007-150">[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 150.</ref>。ハーナッドがセルフアーカイブのお手本として挙げたのが、E-print archive であった。1991年に[[ロスアラモス研究所]]の[[ポール・ギンスパーグ]]によって始められた E-print archive は、物理学分野の[[プレプリントサーバ]]であり、投稿された論文は自由に利用できるものであった<ref name="kurata2007-151">[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 151.</ref>。研究者にとって論文出版とは、自分の研究を世に知らしめ、研究者としての評価を高めるためにあり、利益を求めるためのものではないという考え方が根底にあり、ハーナッドの提案もこれに則ったものであった<ref name="kuriyama2005-778">{{Cite journal|title=図書館雑誌2005年11月号掲載原稿機関リポジトリ―大学図書館の新しい挑戦―|author=栗山正光|journal=図書館雑誌|issue=11|volume=99|year=2005|publisher=[[日本図書館協会]]|page=778|ISSN=0385-4000}}</ref>。ハーナッドの提案は反響を呼び、本にもまとめられた。ポインダーは、ハーナッドのこの提案をオープンアクセスの原点に挙げている<ref>{{cite web|url=http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/poynder1/|accessdate=2015-04-12|title=ポインダーの視点: 10年を経て|publisher=国立情報学研究所}}</ref><ref name="kurata2007-150" />。

オープンアクセスの歴史において [[Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition|SPARC]] (Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition) もまた、重要な源流として知られる<ref name="kurata2007-150" />。SPARCは{{仮リンク|アメリカ研究図書館協会|en|Association of Research Libraries}} (Association of Research Libraries, ARL) が、価格高騰と市場の寡占に不満を覚え、商業出版社に対抗するため1998年に設立したもので、初期には競合誌の発行が主な活動であった<ref name="kurata2007-150" />。その狙いは、競争原理により既存の学術誌の価格を下げさせることであった<ref name="kuriyama2005-778" />。[[エルゼビア]]の Tetrahedron Letters の対抗誌として、[[アメリカ化学会]]と組んで創刊した Organic Letters は大きな成功を収めたが、狙いとしていた価格引き下げとまでは至らず、既存の大手出版社を揺るがすほどではなかった<ref name="tokizane2005-421">[[#時実 2005|時実 2005]], p. 421.</ref><ref name="kuriyama2005-778" />。

[[ハロルド・ヴァーマス]]が中心となって、2000年に [[PLoS]] (Public Library of Science) が発足した。PLoS は商業出版社に対し、出版から6ヶ月以内に公開アーカイブへ論文を提供することを求め、これに応じない場合は投稿、購読などについて[[ボイコット]]を行うという声明を出した<ref name="tokizane2005-421" />。3万人以上の研究者から署名が集まったにも関わらず、これに応じた出版社もボイコットを行った研究者も存在しなかった<ref name="kurata2007-151" />。

2001年12月、オープンアクセスに関する初めての国際会議が[[ブダペスト]]で開催された。この会議に基づいて2002年に公表されたブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ (BOAI) は、オープンアクセスという用語を広め、オープンアクセスに理論的基盤を与えたと言われる大きな転換点であった<ref>{{cite journal |last=岡部|first=晋典 ほか|title=Budapest Open Access Initiativeの思想的背景とその受容|journal=情報知識学会誌|year=2011|volume=21|issue=3|pages=333-349|doi=10.2964/jsik.21-032|naid= 10029478981|issn= 09171436|url=http://hdl.handle.net/2241/114775}}</ref><ref>{{cite journal|title=オープンアクセスの理念と現状|author=倉田敬子|journal=メディア教育研究|issue=2|volume=7|year=2011|publisher=[[放送大学]]ICT活用・遠隔教育センター|url=http://k-ris.keio.ac.jp/Profiles/62/0006104/details_e4152004570041.pdf|format=PDF|page=43|ISSN=1884-6777}}</ref><ref>[[#時実 2005|時実 2005]], p. 422.</ref>。BOAI ではオープンアクセスの実現方法について、BOAI-I(グリーンロード)と BOAI-II(ゴールドロード)を提示している。BOAI-I は自身のWEBサイトや機関リポジトリを用いてセルフアーカイブを行う方法で、ハーナッドが強く提唱している方法である。BOAI-II はオープンアクセスジャーナルの出版によってオープンアクセスを達成する方法である<ref>[[#倉田 2007|倉田 2007]], p. 152.</ref>。

これと前後する2000年には、最初のオープンアクセス専門の出版社、BioMed Central が設立され、2003年には PLoS もオープンアクセス誌 PLoS Biology を発刊している<ref name="mine2007-55">{{Cite journal|title=オープンアクセスジャーナルの現状|author=三根慎二|journal=大学図書館研究|volume=80|date=2007-08|publisher=大学図書館研究編集委員会|page=55|NAID=110007571864}}</ref>。最初のオープンアクセスジャーナルがどれなのか、について定説はないが、オープンアクセスを広い意味で捉えれば、世界最初の電子ジャーナル「New Horizons in Adult Education」が最も古いオープンアクセスジャーナルであり、狭義にはフロリダ昆虫学会の「Florida Entomologist」において、著者が費用を負担し読者が無料で読むことができるという、その後のオープンアクセスジャーナルにつながるサービスを1994年に開始したのが原点であると考えられている<ref name="mine2007-55" /><ref name="janul2014-5" />。

その後、オープンアクセス運動はさまざまな批判を受けながらも、着実にシェアを拡大し、大手商業出版社も参入する事態となっている。また、メガジャーナルと呼ばれるタイプのオープンアクセスジャーナルも誕生している<ref>[[#上田・倉田 編著 2013|上田・倉田 編著 2013]], pp. 102-104.</ref>。

== 政府および助成機関の対応 ==
[[アメリカ国立衛生研究所]] (NIH) は2004年に NIH からの助成を受けて行われた研究の成果は [[PMC (アーカイブ)|PMC]] に無料公開すべきという勧告を打ち出した。出版業界からの反発がありながらも、2005年5月2日にこの勧告は実施された<ref name="takagi2011-57">{{Cite journal|title=研究助成機関のオープンアクセス(OA)ポリシー:各国の状況|author=高木和子|journal=国文目白|volume=50|date=2011-02-28|publisher=[[日本女子大学]]|page=57|NAID=110008921552}}</ref>。しかし義務ではなかったため、2年経っても19%が論文を登録したに過ぎなかった。この事態を受けて義務化法案が推し進められ、[[ジョージ・W・ブッシュ|ブッシュ]]大統領が歳出額の過剰を理由に拒否権を発動させることもあったが、2007年に法案は可決され、助成を受けた研究の[[パブリック・アクセス]]は義務化されるようになった<ref>{{cite web|url=http://current.ndl.go.jp/node/7069|accessdate=2015-04-13|title=NIHのパブリックアクセス方針義務化等の内容を含んだ法案が成立|journal=カレントアウェアネス-R|date=2007-12-27|publisher=国立国会図書館}}</ref><ref name="takagi2011-57" /><ref name="satou2013-417">[[#佐藤 2013|佐藤 2013]], p. 417.</ref>。NIH の考えは他の助成機関にも影響を与え、公的資金による成果は公開されるべきという考えを広めていった。ただし、これは NIH の自発的なアイデアではなく、SPARC などがオープンアクセス推進のために活動した結果である<ref name="satou2013-417" />。商業出版社側の反発も多く、エルゼビアなどは2011年にこの義務化を無効化する法案 [[:en:Research Works Act|Research Works Act]] (H.R.3699<ref>{{cite web|url=https://www.congress.gov/bill/112th-congress/house-bill/3699|accessdate=2015-04-13|title=H.R.3699 - 112th Congress (2011-2012): Research Works Act|date=2015-04-13|publisher=[[米国議会図書館]]}}</ref>) を提出している<ref>[[#佐藤 2013|佐藤 2013]], p. 418.</ref><ref>{{cite web|url=http://user.keio.ac.jp/~ueda/papers/sc2014.pdf|accessdate=2015-04-13|title=なぜエルゼビアはボイコットを受けるのか|author1=上田修一|author2=横井慶子|publisher=[[慶應義塾大学]]}}</ref>。イギリスでは政府や公的助成機関がオープンアクセスを推奨しており、2012年にはイギリスの研究情報ネットワーク (Research Information Network、RIN) が公表した、通称フィンチレポートが注目を浴びた。フィンチレポートはオープンアクセス達成に向けた10の提言がなされており、再利用可能性やエンバーゴ期間の問題から、グリーンロードではなくゴールドロード、つまりオープンアクセスジャーナルおよびハイブリッドジャーナルを推進している<ref name="satou2013-419" /><ref>{{Cite report|title=学術情報流通の現状と課題の整理のために― 検討の報告 ―|author=国立大学図書館協会 学術情報委員会 学術情報流通検討小委員会|url=http://www.janul.jp/j/projects/si/gkjhoukoku201306b.pdf|accessdate=2015-04-10|date=2013-06|publisher=国立大学図書館協会|page=12|format=PDF}}</ref>。これを受けて英国研究会議 (Research Councils UK、RCUK) は助成をうけた研究の義務化方針を発表した<ref name="yokoi2013-149">[[#横井 2013|横井 2013]], pp. 149-150.</ref>。フィンチレポートはゴールド偏重であるとして批判も浴びている<ref>{{cite journal|url=http://current.ndl.go.jp/node/22239|accessdate=2015-04-13|title=ハーナッド氏らがFinchレポートに反論するプレプリントを公開、セルフアーカイブ義務化は機関リポジトリへの論文登載率に影響を与えると主張|journal=カレントアウェアネス-R|date=2012-11-02|publisher=国立国会図書館}}</ref><ref>{{cite journal|url=http://current.ndl.go.jp/e1495|accessdate=2015-04-13|title=ゴールドOAに偏重した英国のOA方針に対する批判と提言|journal=カレントアウェアネス-E|date=2013-10-24|issue=E1495|publisher=国立国会図書館}}</ref>。EU でも公的助成を受けた研究はオープンアクセスを義務化する動きがある<ref name="yokoi2013-149" />。

スイスの[[CERN]](欧州原子核研究機構)が中心となって取り組んでいる SCOAP<sup>3</sup> (Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics) は、高エネルギー物理学分野における学術論文のオープンアクセス化を目指す国際的なプロジェクトである。SCOAP<sup>3</sup>が目指すオープンアクセス化の手法は、大学などの機関が支払っていた購読料を雑誌の出版費用に振り替えるというものである。これにより著者は費用負担なしでオープンアクセスを実現できる。プロジェクトの運用は2014年1月から始まった<ref>{{cite journal|url=http://current.ndl.go.jp/node/25020|accessdate=2015-04-12|title=オープンアクセスプロジェクトSCOAP3が2014年1月から運用開始 |journal=カレントアウェアネス-R|date=2013-12-06|publisher=国立国会図書館}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.nii.ac.jp/sparc/scoap3/|accessdate=2015-04-12|title=SCOAP3|publisher=国立情報学研究所}}</ref>。

== 脚注 ==
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=== 註釈 ===
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<references group="注" />

=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
*{{Cite book|title=図書館情報学|author=上田修一、倉田敬子 編著|year=2013|publisher=勁草書房|pages=292|ISBN=978-4-326-00038-8|ref=上田・倉田 編著 2013}}
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*{{Citation|url=http://www.nii.ac.jp/content/justice/documents/Big-Deal_Japanese.pdf|accessdate=2015-04-11|title=ビッグディール~価格ではなくコストの問題~|author=リチャード・ポインダー|translator=尾城孝一|publisher=[[国立情報学研究所]]|pages=26|format=PDF|ref=ポインダー 2011}}
**(原著){{Cite journal|title=The Big Deal: Not Price But Cost|first=Richard|last=Poynder|journal=Information Today|issue=8|volume=28|date=2011-09}}


==関連項目==
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*[[機関リポジトリ]]
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*[[プレプリントサーバ]]
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*[[オープンコースウェア]]
*[[パブリック・アクセス]]
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*[[eラーニング]]
*[[インターネット百科事典]]
*[[電子図書館]]
*[[オープンソース]]
*[[オープンコンテント]]
*[[オープンアクセスウィク]]


==外部リンク==
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'''ニュース・情報サイト'''
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*[http://www.openaccessjapan.com/ オープン・アクセス・ジャパン] - オープンアクセスに関する情報を扱っている日本語のブログ。
*[http://www.dap.ndl.go.jp/ca/ カレント・アウェアネス] - 図書館やインターネット上での学術情報交流に関するトピック全般を扱う国立国会図書館のニュースサイト。オープンアクセスに関する情報もしばしば取り上げられる。
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*[http://ejournal.jp/ 電子ジャーナルの動向と情報源]
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*[http://www.doaj.org/ DOAJ] - Directory of Open Access Journals。3000以上のオープン・アクセス雑誌をカテゴリ別にまとめたサイト。
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*[http://www.openj-gate.com/ Open J-Gate] - 4000以上のオープン・アクセス雑誌から論文を検索できる検索サイト。検索結果に論文本文へのリンクが表示される。
*[http://www.openj-gate.com/ Open J-Gate] - 4000以上のオープン・アクセス雑誌から論文を検索できる検索サイト。検索結果に論文本文へのリンクが表示される。
*[http://www.doabooks.org/ DOAB] - Directory of Open Access Books。オープンアクセスな単行書のデータベース。


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2015年4月15日 (水) 15:32時点における版

オープンアクセスのロゴタイプ。開いた錠前のイメージ。

オープンアクセスではない情報(クローズドアクセス)のアイコンとして、次のようなアイコンがある。

これは閉じた錠前をイメージしている。

オープンアクセス: open accessOA)は、主に学術情報の提供に関して使われる言葉で、広義には学術情報を、狭義には査読つき学術雑誌に掲載された論文を、インターネットを通じて誰もが無料で閲覧可能な状態に置くことを指す。また、自由な再利用を認めることも定義の一つに含まれることが多い。1990年代、大手出版社による学術雑誌市場の寡占と価格高騰が続いていた。これに対抗し学問の自由な共有を目指す動きが現れ、2001年に開催された会議およびそれをもとに2002年に公開された文書である Budapest Open Access Initiative (BOAI) によって方向づけられた理念および運動である。BOAI ではオープンアクセス達成の方法として、研究者のセルフアーカイブ(グリーンロード)とオープンアクセスの学術雑誌に投稿するゴールドロードを提示している。

2007年末にはアメリカ合衆国で、アメリカ国立衛生研究所 (NIH) から予算を受けて行った研究の成果は、発表後一年以内に公衆が無料でアクセスできる状態にしなければならない、ということが法律で義務化されたのを始め、世界各国で対応が進められている。

定義

オープンアクセスとは、インターネット上で論文などの学術情報を無償で自由に利用できるようにすることである[1][2]。代表的な定義としてBBB宣言と呼ばれるものが存在する[3]。BBBはブダペストベセスダベルリンというオープンアクセスについての会議に関連した3つの地名の頭文字である。最も古い定義はブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ英語版 (BOAI) によるもの[注 1]で、2002年2月14日に公開され、オープンアクセスの定義としては最もよく知られたものとなっている[4][5]。ベセスダ宣言[注 2]メリーランド州チェヴィーチェイス英語版にあるハワード・ヒューズ医学研究所の会議を元に、2003年6月に発表された。アメリカ国立衛生研究所の所在地からベセスダ宣言と名づけられている[4]。ベルリン宣言[注 3]は、2003年10月に採択されている[4]

オープンアクセスの定義は大雑把には共通の理解が存在しているが、細部は人によって異なっている[6]。BOAIによる定義では「公衆に開かれたインターネット上において無料で利用可能であり、閲覧、ダウンロード、コピー、配布、印刷、検索、論文フルテキストへのリンク、インデクシングのためのクローリング、ソフトウェアへデータとして取り込み、その他合法的目的のための利用が、インターネット自体へのアクセスと不可分の障壁以外の、財政的、法的また技術的障壁なしに、誰にでも許可されること」とされ[7]、一般にオープンアクセスと言うと「無料で閲覧できる論文」ととらえられがちであるが、法的制限のない、自由な再利用についてもオープンアクセスの定義とされている[8]。このように商業的な利用も含めた、コピーや配布を認めるものもいれば、自身のWEBサイトに無料公開さえすればオープンアクセスであると考えるものもいる[6]。また、無料で公開される情報についても、査読つき学術雑誌の論文に限定するか、学術情報全般を扱うかといった差異もある[6]

手段

オープンアクセスを達成するための手段としては、掲載された論文をオープンアクセスにする学術雑誌(オープンアクセスジャーナル)に投稿する方法か、研究者自身の手によってWEBサイトや、機関リポジトリで公開するセルフアーカイブの方法がある。前者をゴールドオープンアクセス(ゴールドロード)といい、後者をグリーンオープンアクセス(グリーンロード)という。

ゴールドロード

オープンアクセス以前の従来の学術雑誌では、料金を支払うのは読者の側であったが、オープンアクセスジャーナルでは APC という費用を著者(研究者)が支払うことによって出版費用をまかない、読者が無料で閲覧できるようにしているものが多い。研究機関や学会が出版経費を負担することもあり、この場合は著者・読者ともに費用を払う必要がない[9]。全額負担とはいかずとも一部負担すべく大学や研究機関で助成を行うケースもある[10]。日本の科学技術振興機構 (JST) が運営を行う J-STAGE のように購読型ジャーナルに掲載されているが、WEB上では無料で公開されるケースもある[11]。ただし、J-STAGE のような形態をオープンアクセスと呼べるかについては議論の余地がある[12]。また BioMed Central などは低所得国の研究者でも投稿できるように、費用の一部または全額を免除している[13][14]。これらのオープンアクセス誌に掲載することをゴールドオープンアクセスと呼ぶ[4]

他にも、従来の購読型学術雑誌であるが著者が費用を払うことによって、その論文をオープンアクセスにすることができる雑誌も存在し、これはハイブリッドジャーナルハイブリッドオープンアクセスと呼ばれる[15]。ただし、ハイブリッド型は純粋なオープンアクセスとは言えないのではないかという意見もある[16]

また、一定期間経過した論文をオンラインで無料公開する方式もあり、これはエンバーゴと呼ばれている。研究者によっては、ハイブリッドもエンバーゴもゴールドオープンアクセスに含める場合があるが[17]、オープンアクセスを主導してきた一人であるスティーブン・ハーナッド英語版のように、エンバーゴ方式でフリーとなるものはオープンアクセスと認めないとするものもいる[18][12]

グリーンロード

オープンアクセス誌への掲載に依らず、セルフアーカイブを行うことでもオープンアクセスを達成することができる。これはグリーンオープンアクセスと呼ばれる[4]。セルフアーカイブとは研究成果を機関リポジトリや研究者のWEBサイトなどオンライン上で無料公開することを意味し、アーカイブ先としてはarXivアメリカ国立衛生研究所 (NIH) の PMC が有名である。物理学の分野では、掲載前の論文であるプレプリントを共有し、同分野の研究者からフィードバックを得る仕組みは文化として定着しており[19]、arXiv はオープンアクセスの成功した事例の一つとして挙げられる[20]。しかし、競争の激しい分野、たとえば生物医学分野では出し抜かれることを恐れるため、プレプリントの共有という文化は確立していない[21][22]。また、掲載された論文は出版社が著作権を保持していることも多く、他の雑誌への転載などは当然認められないため、自由な利用という点で大きな問題となっている[23][24]

背景

第二次世界大戦以降に行われたアメリカ・ソ連を代表とした研究助成および高等教育の支援は、研究者数を増加させ、学術論文と学術雑誌を増加させていった[25]。学術論文の増加は、学術雑誌における編集プロセスの増大や出版費用の増加を引き起こした。これに加え、出版業界の合併・買収による市場寡占が原因となり、学術雑誌の価格は高騰していった[26]。1970年ごろから学術雑誌の価格は毎年10%ほど上昇を続け、これは大学図書館の購入予算の伸びよりも大きく、1990年ごろには大きな問題となっていた[27]。購読を中止する図書館もあらわれ、それがさらなる価格上昇へとつながっていった。シリアルズ・クライシス英語版と呼ばれる問題である[28]。日本の国立大学でもこのシリアルズ・クライシスの影響を受け、海外誌の受け入れは1990年から激減している[29]。大学図書館は共同購入体制を確立し、この難局を乗り切ろうとした。この頃、インターネットの発展とともに電子ジャーナルが増え始め、ビッグディール(包括契約方式)という契約が盛んに結ばれた[29]。ビッグディールとは、ある出版社が発行している電子ジャーナルの全てまたは大部分にアクセスできるという契約で、わずかな料金の上乗せで多数の電子ジャーナルを閲覧できるようになる。論文1本あたりの単価は安くなり、また規模の小さな図書館であっても大規模な図書館と同等の資料にアクセスできることなどから、シリアルズ・クライシスの救世主としてもてはやされた[29][28]

しかし、ビッグディール契約を結ぶことは大きな固定費を抱え込むこととなり、予算の柔軟性を欠く結果となる。大規模機関ともなると、たった一つのビッグディール契約でも数百万ドルかかるという[30]。また、ビッグディールは図書館の資料購入費全体を圧迫し、ジャーナル以外の購入に悪影響を及ぼす。特に、ジャーナルではなく単行書での出版が一般的な人文系の研究には影響が大きい[30]。実際に一橋大学図書館は、電子ジャーナル購入費により単行書予算が圧迫されたのを一つの理由として、電子ジャーナルの契約を解除している[31]。その上、高額な契約にも関わらず、予算節約のためにいくつかのタイトルを契約解除するといったことが出来ず、「全か無か」といった形になるのもマイナスポイントである[32]。オープンアクセスに深い関わりを持つジャーナリストのリチャード・ポインダーはビッグディールを「カッコウ」と表現し、「カッコウは、ひとたび巣に居座るや否や、餌を食いつくし、他の雛を追い出してしまう。」とビッグディールの危険性を指摘している[33]。結局、ビッグディールは一時しのぎに過ぎず、シリアルズ・クライシスの救世主とはならなかった[34]

こうした学術雑誌の寡占と価格高騰という研究成果の自由な流通を妨げる状況を打破しようと、1994年、スティーブン・ハーナッドはメーリングリストに「転覆提案英語版[注 4]」と題した文章を投稿した[36]。出版社が支配する体制を「転覆」させ、研究者がセルフアーカイブを用いて論文を公開するのが、あるべき姿だと説いていた[37][19][38]。ハーナッドがセルフアーカイブのお手本として挙げたのが、E-print archive であった。1991年にロスアラモス研究所ポール・ギンスパーグによって始められた E-print archive は、物理学分野のプレプリントサーバであり、投稿された論文は自由に利用できるものであった[39]。研究者にとって論文出版とは、自分の研究を世に知らしめ、研究者としての評価を高めるためにあり、利益を求めるためのものではないという考え方が根底にあり、ハーナッドの提案もこれに則ったものであった[40]。ハーナッドの提案は反響を呼び、本にもまとめられた。ポインダーは、ハーナッドのこの提案をオープンアクセスの原点に挙げている[41][38]

オープンアクセスの歴史において SPARC (Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition) もまた、重要な源流として知られる[38]。SPARCはアメリカ研究図書館協会英語版 (Association of Research Libraries, ARL) が、価格高騰と市場の寡占に不満を覚え、商業出版社に対抗するため1998年に設立したもので、初期には競合誌の発行が主な活動であった[38]。その狙いは、競争原理により既存の学術誌の価格を下げさせることであった[40]エルゼビアの Tetrahedron Letters の対抗誌として、アメリカ化学会と組んで創刊した Organic Letters は大きな成功を収めたが、狙いとしていた価格引き下げとまでは至らず、既存の大手出版社を揺るがすほどではなかった[42][40]

ハロルド・ヴァーマスが中心となって、2000年に PLoS (Public Library of Science) が発足した。PLoS は商業出版社に対し、出版から6ヶ月以内に公開アーカイブへ論文を提供することを求め、これに応じない場合は投稿、購読などについてボイコットを行うという声明を出した[42]。3万人以上の研究者から署名が集まったにも関わらず、これに応じた出版社もボイコットを行った研究者も存在しなかった[39]

2001年12月、オープンアクセスに関する初めての国際会議がブダペストで開催された。この会議に基づいて2002年に公表されたブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ (BOAI) は、オープンアクセスという用語を広め、オープンアクセスに理論的基盤を与えたと言われる大きな転換点であった[43][44][45]。BOAI ではオープンアクセスの実現方法について、BOAI-I(グリーンロード)と BOAI-II(ゴールドロード)を提示している。BOAI-I は自身のWEBサイトや機関リポジトリを用いてセルフアーカイブを行う方法で、ハーナッドが強く提唱している方法である。BOAI-II はオープンアクセスジャーナルの出版によってオープンアクセスを達成する方法である[46]

これと前後する2000年には、最初のオープンアクセス専門の出版社、BioMed Central が設立され、2003年には PLoS もオープンアクセス誌 PLoS Biology を発刊している[47]。最初のオープンアクセスジャーナルがどれなのか、について定説はないが、オープンアクセスを広い意味で捉えれば、世界最初の電子ジャーナル「New Horizons in Adult Education」が最も古いオープンアクセスジャーナルであり、狭義にはフロリダ昆虫学会の「Florida Entomologist」において、著者が費用を負担し読者が無料で読むことができるという、その後のオープンアクセスジャーナルにつながるサービスを1994年に開始したのが原点であると考えられている[47][9]

その後、オープンアクセス運動はさまざまな批判を受けながらも、着実にシェアを拡大し、大手商業出版社も参入する事態となっている。また、メガジャーナルと呼ばれるタイプのオープンアクセスジャーナルも誕生している[48]

政府および助成機関の対応

アメリカ国立衛生研究所 (NIH) は2004年に NIH からの助成を受けて行われた研究の成果は PMC に無料公開すべきという勧告を打ち出した。出版業界からの反発がありながらも、2005年5月2日にこの勧告は実施された[49]。しかし義務ではなかったため、2年経っても19%が論文を登録したに過ぎなかった。この事態を受けて義務化法案が推し進められ、ブッシュ大統領が歳出額の過剰を理由に拒否権を発動させることもあったが、2007年に法案は可決され、助成を受けた研究のパブリック・アクセスは義務化されるようになった[50][49][51]。NIH の考えは他の助成機関にも影響を与え、公的資金による成果は公開されるべきという考えを広めていった。ただし、これは NIH の自発的なアイデアではなく、SPARC などがオープンアクセス推進のために活動した結果である[51]。商業出版社側の反発も多く、エルゼビアなどは2011年にこの義務化を無効化する法案 Research Works Act (H.R.3699[52]) を提出している[53][54]。イギリスでは政府や公的助成機関がオープンアクセスを推奨しており、2012年にはイギリスの研究情報ネットワーク (Research Information Network、RIN) が公表した、通称フィンチレポートが注目を浴びた。フィンチレポートはオープンアクセス達成に向けた10の提言がなされており、再利用可能性やエンバーゴ期間の問題から、グリーンロードではなくゴールドロード、つまりオープンアクセスジャーナルおよびハイブリッドジャーナルを推進している[23][55]。これを受けて英国研究会議 (Research Councils UK、RCUK) は助成をうけた研究の義務化方針を発表した[10]。フィンチレポートはゴールド偏重であるとして批判も浴びている[56][57]。EU でも公的助成を受けた研究はオープンアクセスを義務化する動きがある[10]

スイスのCERN(欧州原子核研究機構)が中心となって取り組んでいる SCOAP3 (Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics) は、高エネルギー物理学分野における学術論文のオープンアクセス化を目指す国際的なプロジェクトである。SCOAP3が目指すオープンアクセス化の手法は、大学などの機関が支払っていた購読料を雑誌の出版費用に振り替えるというものである。これにより著者は費用負担なしでオープンアクセスを実現できる。プロジェクトの運用は2014年1月から始まった[58][59]

脚注

註釈

  1. ^ ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴから10年:デフォルト値を「オープン」に”. ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ (2012年9月12日). 2015年4月11日閲覧。
  2. ^ Bethesda Statement on Open Access Publishing”. アーラム大学 (2003年6月20日). 2015年4月11日閲覧。
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  4. ^ 転覆計画[19]、破壊的提案[35]とも。

出典

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参考文献

関連項目

外部リンク

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