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「小穂」の版間の差分

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[[Image:Avena sativa II.jpg|right|220px|thumb|[[カラスムギ]]([[イネ科]])<br>ぶら下がっているのが小穂]]
{{出典の明記|date=2012年2月}}
'''小穂'''(しょうすい)とは、[[イネ科]]や[[カヤツリグサ科]]における[[花]]を含む構造のことである。通常は複数の花を含み、鱗片状の構造が折り重なったものである。本来は[[花序]]に由来する構造だが、この類ではこれが花序を構成する単位となっている。
[[ファイル:Avena sativa II.jpg|thumb|200px|[[エンバク]]の小穂]]
'''小穂'''(しょうすい、spikelet)は、[[イネ科]]・[[カヤツリグサ科]]の花序を構成する単位である。


== 小穂とは ==
== 概説 ==
イネ科やカヤツリグサ科の植物で、穂が出てもきれいな[[]]にはな。多く場合高く伸びた[[茎]]は、緑色褐色の鱗片が折り重なったような一定の形の構造物いくつもつける。よく見れば、ある時期の鱗片の間から雄しべや雌しべ顔を、花あることがわかる。この構造物こと[[小穂]]という。小穂は、多数の鱗片が折り重なったものもあれば、ごく少数の鱗片だけを持つものもある
イネ科やカヤツリグサ科は花ら花をつけず代わりに緑色褐色のまとまった形のもの花序につける。時期が合えばから[[蘂]][[蘂]]が出が見えこれがを含む構造であることがわかる。このようなものを'''小穂'''という。


これらの2科は[[虫媒花]]の先祖から[[風媒花]]へ[[進化]]し、その過程で[[花弁]]などを失い、花の構造が単純化したと考えられる。だが同時に、そのような花をつける枝が短縮し、[[苞葉]]が変化した[[鱗片]]や[[穎]]と呼ばれる構造の間に花が囲まれることで小穂を形成したと考えられる。
この小穂を構成する鱗片は、主として個々の花の付け根に生じる包葉から由来したものである。イネ科・カヤツリグサ科は、花びらがある普通の花を咲かせていた先祖から、[[風媒花]]の方向へ進化してきた。この過程で、虫を呼ぶ必要がないので花びらを退化させたと見られる。その一方で、外側の包葉が花と果実を包むようになった。しかも、一つの枝に並ぶ複数の花がよりあって、互いの包葉が重なり合い、まとまって一つの形を取るようになった。これが'''小穂'''である。小穂は、それ自体が花序に由来するが、花序の構成要素にもなっており、イネ科やカヤツリグサ科では、○○花序という場合には、小穂の並び方をさす。


小穂は複数の花を含む花序に由来するので、普通は複数の花を含む。[[イネ]]のように単独の花のみを含む場合もあるが、その場合でも元は複数の花を含んでいたものであり、それが他の花を退化させて今の状態になったものと考えられる。また[[退化]]した花の一部が残る場合も珍しくない。
== 構成 ==
小穂は花序に由来するのだから、一個の小穂に複数の花が含まれているのが基本的である。小穂に含まれる個々の花のことを'''小花'''(しょうか)という。小花の数は10-20といった多数のものもあれば、ごく少数の花だけからなるものもある。極端な場合には一個の小花しか含まないもの、あるいは花を失った装飾的な小穂の例もある。また、数が決まっておらず、成長の具合などで変化するものもあれば、一定数に決まっているものもある。イネ科では二個の小花からなる小穂の例が数多い。


小穂は花序に由来するが、この群ではそれ自身が花序を構成する要素として扱われ、この類で○○花序という場合、小穂の配置を指す。
ただ1つだけの花を含むものもある(例:[[イネ]])が、その場合でも、小穂そのものは花序に由来するものであり、そこから花が減り、あるいは退化して、ただ1個の花だけが残ったという過程を配慮しなければ、その構造の理解を間違える場合がある。いずれにせよ、小穂の構造は、これらの科では属の重要な特徴になる。


具体的な構造は2つの科で大きく異なるため、詳細はそれぞれ別に説明する。なお、この2科以外に南半球だけに分布する[[サンアソウ科]] Restionaceae のものも小穂を形成する。鱗片が螺旋状に並んだもので、系統的にはイネ科に近いとされる<ref>ブリッグス(1997),p.40-43</ref>。Restio tetraphyllus0-2.jpg
雄花と雌花が分かれているものもある。一つの小穂でその両方が入っている場合、先の方に雄花、根元の方に雌花というように分かれているものが多い。この例は''雄雌性''という。逆の''雌雄性''もある。また、雄花の小穂と雌花の小穂が別に形成される場合もあり、それぞれの小穂を''雄小穂''・''雌小穂''という言い方をする。さらに、雄小穂のつく穂と雌小穂のつく穂が分かれる場合もある(例:[[トウモロコシ]])。結実する小花のことを登実花と呼ぶこともある。


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小穂は、多数の花を含んでいるが、その種子が成熟したときには、それぞれの花がバラバラになるものもあれば、小穂の軸が花ごとに折れるもの、また、小穂単位で散布されるものなどがある。
File:Eccoilopus cotulifer aburassk.jpg|アブラススキ(イネ科[[アブラススキ属]])
イネ科の小穂から生じる[[果実]]を[[穎果]]と呼ぶ。イネ科では小穂を構成する鱗片を穎と呼び、イネ科の果実(種子に見えるが、実は果実である)は、多くの場合、その穎に包まれて落ちる。
File:Nutgrass Cyperus rotundus02.jpg|[[ハマスゲ]](カヤツリグサ科[[カヤツリグサ属]])
File:Restio tetraphyllus0-2.jpg|''Restio tetraphyllus''(サンアソウ科)
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== その進化について ==
なお、小穂における小花の構成要素の配置や数、小花の構成などはこの両科においては属や種を区別する重要な形質である。また、両科ともその植物体の形が単純なものが多いこともあり、小穂を調べること、特にそれを分解して調べることはこの類の分類ではほぼ必須である。ただし、観察の最適時期には大きな違いがある。イネ科の場合、これは花が咲く直前であるとされている。雄蘂や雌蘂は完成していて、しかも完全に備わっているのを観察するためである。逆にカヤツリグサ科では果実が熟した時点で観察しなければならない。果実に多くの特徴が現れるためで、開花時に観察しても同定できない場合も多い。
[[単子葉植物]]の花の基本的な構造は、たとえば[[ユリ科]]に見られる<ref>この章は長田(1984)p,187-197</ref>。中央の雌蘂を囲む雄蘂は内輪と外輪で各3本、計6本あり、[[花被]]も内外各3弁、茎6弁ある。これは内輪を花弁、外輪を[[萼]]と言うこともある。これが風媒花となった進化の結果は、[[イグサ科]]に見ることが出来る。外見的には花弁があるとも見えないものの、詳しく見れば小さいながらも内外各3弁の花被と6本の雄蘂を備える。


イネ科とカヤツリグサ科の花は、この方向により徹底したものである。花被片は大きく退化して、イネ科では内花被片2つが雌蘂の基部に1対の小さな鱗被の形で、カヤツリグサ科では細い糸状から針状の付属体となるか、あるいは完全に無くなる。
== カヤツリグサ科の小穂 ==
[[カヤツリグサ科]]では、包葉に由来する鱗片が1枚、その中に花が1個という構造が、軸の上に穂状に並ぶ形の小穂が多い。花の配列が2列になっていれば、全体の形は扁平な楕円形などになり、軸の周りに螺旋につけば、紡錘形などの形になる。


つまり花の構造はほぼ雄蘂と雌蘂だけになっている。それに代わるように、花の基部にあった苞葉が花を包む形に変化している。これを[[穎]](えい)と言う。ただしカヤツリグサ科では鱗片と呼ぶことが多い。[[果実]]が成熟すると、果実は単独でなく、それらの穎に包まれて落下する場合があり、イネ科では特にその例が多い。これを[[穎果]]という。
花には中心に雌しべ、周囲に雄しべがあるが、それ以外に花弁の名残のようなひもや針状の付属物がある場合があり、それらの有無・数や形は属や種を決める重要な手がかりとなる。[[ホタルイ属]]や[[ミカヅキグサ属]]では、このような付属物がよくわかる。また、[[ワタスゲ]]の綿毛はこれが結実後に伸びて広がったものである。[[テンツキ属]]や[[カヤツリグサ属]]では、鱗片の中には雄しべと雌しべしか入っておらず、花被の痕跡はない。


小穂の構造自体はたとえば[[グラジオラス]]のように花が花茎に穂状に並んでつき、それぞれの基部に苞葉があるものを考えると理解しやすい。つまり、そのような花序において、花がごく小さくなって苞葉の内側に隠れ、その上で花序全体が短縮してまとまった形を取ったと考えるとよい。
もっとも種類の多い[[スゲ属]]では、雄花と雌花にわかれる。雌花では、鱗片の中に''果包''と呼ばれる袋状の構造が出来て、雌しべはその中にあり、先端の穴から柱頭が顔を出す。
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花の配置の仕方には、雄小穂と雌小穂に分かれるものと分かれないもの、雌雄異株のものがある。
File:Дыхание осени.jpg|[[グラジオラス]]<br>花の基部には苞葉がある
File:Cyperus sanguinolentus kawarasugana02.jpg|[[カワラスガナ]](カヤツリグサ科)<br>鱗片毎に花が含まれる
File:Melica spectabilis (4026973861).jpg|''Melica spectabilis''([[コメガヤ属]]・イネ科)穎は苞葉に由来する
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== 用語 ==
カヤツリグサ科は属の数がそれほど多くなく、特徴が比較的はっきりしているので、属までの同定は比較的やさしい。しかし、属ごとの種数が多く、種名を決めるのが難しい。
小穂に関しては多くの特殊な用語がある。詳細はイネ科とカヤツリグサ科では異なるので、ここでは共通する部分だけを見る。


まず、小穂は日本語では統一されているが、英名はカヤツリグサ科[[スゲ属]]では spike で、カヤツリグサ科のそれ以外のものとイネ科ではspikelet をあてている<ref>長田(1993),p.33および星野他(2012),p.19</ref>。
== イネ科の小穂 ==
[[イネ科]]では小穂の鱗片を総じて'''[[穎]]'''(えい)とよぶ。イネ科の小穂では、中心に雌しべがあり、周囲を雄しべが囲むのが花であり、その外側を2枚の包葉に由来する鱗片が包むのが、花の基本構成である。2枚の包葉は、花の出る元の枝、つまり小穂の軸に対して腹背方向に位置する。軸の側にあるのが小穂の内側に、軸の反対側にあるのが小穂の外側に回ることになる。この、外側のものを'''護穎'''(ごえい)、内側のものを'''内穎'''(ないえい)と呼ぶ。また、小穂の一番基部には、花のつかない穎が2つある。これは花序の枝の基部の包葉から由来するもので、それぞれ'''第一包穎'''・'''第二包穎'''(ほうえい)と呼んでいる。従って、イネ科の小穂には、まず基部に二枚の包穎があり、その内側に護穎と内穎に挟まれた小花が配置する。小花の数が多ければ、当然護穎と内穎も多い。また、護穎と内穎は小穂に含まれる花の数だけあることになるが、これらの穎だけを残して、花本体が退化しているものもある。そうすると、花の数から期待されるより多くの穎があることになる。


小穂に含まれる個々の花は'''小花''' floret という。ちなみにこの語は[[キク科]]などの[[頭状花序]]にも使われる。小花は基部に近い方から第一小花、第二小花という風に順に呼ぶ。これはイネ科では特に重要だが、カヤツリグサ科では余り問われない。
穎の先端からは棘状の突起が出るものが多い。これを'''[[芒]]'''(のぎ、ぼう、とも)という。芒の有無は属や種の判別に使われることもあるが、種内の変異がある場合もある。


カヤツリグサ科の一部、スゲ属や[[シンジュガヤ属]]などでは花は基本的に[[単性]]で<ref>星野他(2012),p.17</ref>、[[雄花]]と[[雌花]]の区別がある。それ以外のカヤツリグサ科とイネ科は基本的には両性花であるが、部分的には単性となった花をつける。このような単性花は一つの小穂に集まる場合があり、そのような場合雄小穂・雌小穂、あるいは雄性小穂・雌性小穂と呼ぶ。同一の小穂に雄花と雌花が共存する場合、先端側と基部側で分かれて生じる例が多く、先端側が雄花の場合には雄雌性、先端側が雌花の場合には雌雄性という<ref>勝山(2005),p.10</ref>。
基本的には両性花である。しかし様々な形で分化が見られる。その一つの型に一部の小花で雌蘂が退化する、というのがある。つまり両性花と雄花に分かれるものである。この場合、両性の方だけに果実を生じるので、そちらの方を登実花と言い、その花の護穎を登実護穎というような使われ方をする。


両性花の一部が雄性、あるいは不実になっている場合、完全な雌蘂を有して果実を作る小花を'''登実小花'''と呼ぶ<ref>木場他(2011)p.7</ref>。その付属物についても、たとえば'''登実護穎'''などと呼ぶ例もある。中には小穂一つが全て不実の小花からなる例もあり、その小花は全く生殖に預からない。たとえば[[ジュズダマ]]では雄性小穂と雌性小穂が分化し、雌性小穂が数珠になる苞葉の中にあるが、そこに三小穂を含む内、完全なものは一つだけで、後の二小穂は雄蘂も雌蘂も含まない。
一部に雌雄が分かれるものがあり、それには雄花と雌花が分かれているもの、雄小穂と雌小穂が分かれるもの、花序そのものが分かれるもの([[トウモロコシ]]など)などがある。小穂の構造、小穂の配列などが属を決める重要な手がかりとなるが、イネ科は属の数がとても多く、同定はなかなか大変である。


一つの小穂に含まれる小花の一部が退化する例もよく見られる。小花が退化して無くなった例でもその花に属する鱗片など痕跡が残ることが多く、そのような場合、そこに花があったことを理解しなければ構造の意味を見誤る。たとえば後述するがイネの花は単一の花のみを含むが、本当は3個の花を含む構造に由来する。
==参考文献==

この類の分類では小穂の構造が重要である。従ってそれを同定する場合、丁寧に解剖し、それを構成する鱗片がどこに当たるものか、小花の構成や性別、鱗片の形といったことを観察し、その意味を判断することが重視される<ref>佐竹他(1982)p.85</ref>。観察には少なくとも[[ルーペ]]、それに柄付き針などを用いる。またこのような観察の時期も重要である。イネ科では雄蘂雌蘂が揃っている開花直前が望ましい。これに対して、カヤツリグサ科では果実が成熟した時の特徴が多く重視され、そのため、この時期でなければ正確な同定が難しい例が多い<ref>佐竹他(1982)p.145</ref>。

上記のように、小穂はそれ自体が花序に由来する構造であるが、この群では小穂が花序の構成要素として扱われ、小穂の配置をさして花序とする。つまり小穂をつける枝が分枝するかどうか、小穂に柄があるかどうかといった点が全体の外観を大きく決めるので、これで花序を命名する。それはたとえば以下のようなものである<ref>長田(1993),p.28-29</ref>。
*穂状花序:花序の枝が分枝せず、そこに柄のない小穂が枝の上に並ぶもの。
*総状花序:穂状花序に似て、小穂が柄を持つもの。
*円錐花序:花序の枝が分枝して、またその枝がさらに分枝してその先端に小穂をつけるもの。枝がよく伸びれば全体が円錐状になる。
**円錐花序で分枝がごく短縮すると全景が円筒形や棒状になり、一見穂状花序のようになる。これを特に密集円錐花序と言うことがある。
イネ科では穂状花序と総状花序をまとめて'''総''' recemus ということがある。また、花序の主軸から分枝のない枝が複数出て、そこに穂状花序や総状花序の形に小穂を配置する場合、それも総という。群によっては総が小穂の出る節毎に関節をもち、果実の成熟時に折れるものがあり、分類上の特徴となる<ref>佐竹他(1982),p.85</ref>。

また、総からなる花序では小穂が二つずつ組になって生じる例がある。普通は一つの節に柄の長さの異なる小穂が組になるので、'''長柄小穂'''と'''短柄小穂'''と呼ぶ。柄の短いものが極端に短くなって無柄となった場合、'''有柄小穂'''と'''無柄小穂'''と呼ぶ。このようなものはイネ科の[[ヒメアブラススキ連]]や[[キビ亜科]]のものなどに見られる<ref>木場他(2011),p.4</ref>。
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File:Carex conifetiflora miyamasirasuge01.jpg|[[ミヤマシラスゲ]](カヤツリグサ科スゲ属)<br>総状花序で頂小穂は雄性、側小穂は雌性
File:Panicum bisulcatum nukakibi01.jpg|[[ヌカキビ]](イネ科[[キビ属]])<br>円錐花序
File:CB Menorca Setaria? 1.jpg|[[エノコログサ]](イネ科[[エノコログサ属]])<br>円錐花序だが側枝が短縮している例
File:Paspalum distichum.jpg|[[キシュウスズメノヒエ]](イネ科[[スズメノヒエ属]])<br>花茎の先端から2本の総が出る
File:Coix lacryma-jobi inflorescence.jpg|[[ジュズダマ]](イネ科[[ジュズダマ属]])<br>垂れ下がるのが雄性小穂<br>楕円形の鞘に雌性小穂が収まり、注乙だけが出る<br>鞘の口に見えるのは不実小穂の先端
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== カヤツリグサ科の場合 ==
[[Image:Flower-diagram-of-Carex.svg|right|220px|thumb|スゲ属植物の花・模式図<br>A:雄花の花式図<br>B・C:雌花の花式図<br>D:雌花の模式図]]
カヤツリグサ科の植物では、苞に由来する鱗片の基部に小花が一つあるものを単位にして、これが軸にそって並んだものが小穂である<ref>この章は主として長田(1984)p,197-201</ref>。その配置は螺旋形のものが多いが、二列性を示す例もある。螺旋に配列するものは小さな松ぼっくりのような姿に、二列に配置するものは扁平な形になりがちである。イネ科の包穎のように元々小花を含まない鱗片はない。

鱗片は小花の上に覆い被さる形になり、果実の成熟時には鱗片と果実はそれぞれバラバラに脱落する例が多い。ただし、たとえば[[ヒメクグ属]]などは小穂の基部から脱落し、[[ムツオレガヤツリ]]では鱗片が小花を含んで軸に巻き付き、軸には関節があって果実一つ分ずつ折れて散布される。後述のスゲ属における果包は袋状なので、果実を含んで脱落する。鱗片の柱脈が突出して芒となる例もあるが、イネ科のそれのように鋭く突出する例は少ない。

花被は退化傾向がはっきりしており、やや厚みのある花披片としての面影を残した形([[クロタマガヤツリ属]])もあるが、、より多くの例では糸状や針状などの形で残る。ただしその場合も鱗片の内部にとどまって外からは見えない例([[ハリイ属]]・[[フトイ属]]など)が多い。例外的に[[ワタスゲ属]]では長く伸びてよく目立つ<ref>谷城(2007),p.30</ref>。さらに完全に退化して消失する例([[カヤツリグサ属]]・[[テンツキ]]属など)もある。

従ってその構成は、両性花では外側に鱗片があり、その内側に(あれば)花披片由来の付属物、3-6本の雄蘂、雌蘂という風になる。

これ以外に苞葉由来と見られる構造が含まれる例もある。ただし共通する名はない。[[ヒンジガヤツリ属]]では薄膜状の被膜が鱗片と向き合う位置にあって両者で花を包む。この皮膜の由来は諸説あって定説がない。詳細は属の項目を参照。スゲ属などの雌性小花では雌蘂を包む袋状の構造があり、これを[[果胞]]と呼ぶ。これは位置から見ると花被由来のようにも見えるが、小花そのものに属するものではなく、その柄の基部の苞葉が変化したものとされる。果包内部から新たな小花を生じる例があることから、このような判断がある。また、[[ウンキニア属]]では果包内部、小花の基部から鉤状の突起が出る。

小花の性別とその配置に関しては、カヤツリグサ属など両性花をつける群で、一部に雄姓花が見られる。スゲ属などではすべて単性花で、性別によって小穂を異にする場合や、小穂の中でどちらかに集まる例が多い。これについては上述したとおりである。

小穂には多くの小花を含むものが多く、スゲ属では数十個も含む例がある。少ないものは数個しか含まないものもあり、さらに一部の小花が退化し、登実小花が少なくなっている例もある。たとえばヒメクグでは小穂は鱗片三枚からなるが、小花は一つしかない<ref>初島(1975)p.746</ref>。[[アンペライ属]]では数枚の鱗片からなる小穂の基部側の小花が果実を生じ、先端側の小花は雄花となる。[[ヒトモトススキ属]]でも数枚の鱗片を含む小穂を作るが、その中に2花のみを含む。特殊なものとしては、スゲガヤ類では小穂の基部にある鱗片の腋からごく少数の小花を含む小穂様の構造を生じ、これを偽小穂という<ref>小山(1997),p.233</ref>。それ以上の構造の複雑さや多様さは、カヤツリグサ科ではイネ科ほどではない。

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File:ワタスゲ Eriophorum vaginatum.JPG|[[ワタスゲ]]([[ワタスゲ属]]):白いのが伸び出した花被片
File:Scirpus tabernaemontani hutoi02.jpg|[[フトイ]]([[フトイ属]])鱗片はらせんに配列
File:Cyperus eragrostis 2007.07.09 13.59.34-p7090736.jpg|[[メリケンガヤツリ]]([[カヤツリグサ属]])鱗片は二列性で小穂は扁平
File:Killinga brevifolia var. leiolepis fruits.JPG|[[ヒメクグ]]([[ヒメクグ属]]):小さな小穂は根元から落ちる。
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== イネ科の場合 ==
[[Image:Grasbluete-da.png|right|260px|thumb|イネ科の花の概念図<br>左:小穂の模式図(二小花を含む)<br>A:包穎(上が第一・下が第二)<br>B:護穎<br>C:護穎の芒<br>1:内穎<br>2:りん皮<br>3:雄蘂<br>4:子房<br>5:柱頭<br>右:花式図]]
イネ科の花では花披片は二個の[[鱗皮]] lodicule となり、ほとんど見て取れない大きさに退化する。従って小穂の構成要素は苞葉由来の鱗片群が中心となっている<ref>以下、主として長田(1993),p.20-23</ref>。これらの配置や構造は分類上重要である。ただ、その名については複数の説がある。ここでは長田(1993)に従っておく<ref>この用語は大井次三郎の日本植物誌に基づき、佐竹他(1982)や木場他(2011)もこれに従っている。</ref>。それ以外の用例については長田に基づき、脚注に出しておく。

イネ科の小穂は基本的には主軸に対して花が二列の互生に配置した穂状花序に由来する。小花の基部には苞葉由来の鱗片が二枚あり、小花はこれらに包まれる形になる。小穂は基本的には複数の花を含むので、これらの鱗片は含まれる小花の数の2倍あることになる。この鱗片の外側のものを'''護穎'''(ごえい) lemma <ref>牧野はこれを外(字が出ません)、文部省では外花穎</ref>、内側のものを'''内穎'''(ないえい) palea <ref>牧野はこれを外(字が出ません)、文部省では内花穎</ref>という。護穎は軸に対して小花の外側に、内穎は内側に位置する。さらに小穂の最下には小花を含まない鱗片が二枚あり、これは花序の基部にあった苞葉に由来する。これを'''包穎'''(ほうえい) glume という。そのうち外側を第一包穎<ref>牧野はこれを外穎、文部省では第一穎</ref>、内側を第二包穎<ref>牧野はこれを内穎、文部省では第二穎</ref>という。なお、キビ類やモロコシ類には小花が二つだけになった類似した型を持つが、それらの穎には別の呼称を当てており、これについてはこの型についての項で記述する。

穎が中央などで二つ折りになっている場合、その折れ目の背中側を'''竜骨''' keel という。竜骨は包穎や護穎では中央に一本あるが、内穎では二本ある場合が多い<ref>木場他(2011)p.5</ref>。これは、護穎と向き合う位置にあった二つの苞葉が癒合した結果と見られる<ref>長田(1984),p.190</ref>。また包穎や護穎の中脈の先端が糸状や針状に突出する例がよくあり、これを'''芒''' awn という。なお、[[エノコログサ]]などに見られる針状のものは芒ではなく小穂の柄から生じるもので、これは刺毛という。花序の枝から変化したものと考えられる。

小穂の中で、小花の間をつなぐ軸を'''小軸''' rachilla という。[[ノガリヤス属]]などでは小穂には第一小花のみを含むが、第二小花に続く小軸だけが残存し、これを'''小軸突起''' rachilla extension という。複数の小花を小穂に含む場合、小軸に小花毎に関節があって成熟時には折れて散布される例が多い。だが、小花だけで落ちるものや包穎を含めた小穂全体が折れ落ちる例など様々である。

=== 小穂の型について ===
イネ科の小穂の変形の過程を考えて幾つかの型に分けることが行われる<ref>以下、長田(1993)p.23-26から大井の説</ref>。

;ウシノケグサ型
:グラジオラスのような花序を小穂の原型と見れば、もっとも基本的な型として、一組の包穎があり、そこから上に護穎と内穎に包まれた小花が並ぶ形となる。小穂全体が左右から扁平で、それぞれの穎は左右から折りたたまれたようになるものが多い。小花の数は少ないものでは3個から、十数個に達する例もあるが、下のものが大きく、先端方向のものが小さく、時に先端から退化する。[[ウシノケグサ属]]や[[ドクムギ属]]、[[カモジグサ属]]など多くのものがあり、[[ササ]]・[[タケ]]類もこれにあたる<ref>小山(1997),p.258</ref>。
::なおこの型では栄養状態で小花の数が変わる例もある。
;ヌカボ型
:ウシノケグサ型から、最下の小花だけが残り、それより先端のものが全て退化したと考えられる型。上方からの退化傾向が最下の小花まで達した形。[[ヌカボ属]]の他、[[アワガエリ属]]、[[ネズミノオ属]]、[[ヒエガエリ属]]など。また、[[カラスムギ属]]や[[コメススキ属]]等は小花二つを包穎の中に含み、これらはウシノケグサ型からヌカボ型への移行型と見られる。
::ここまでのものでは、小花は先端側から退化傾向を示す。これに対して以降のものでは小花は基部のものから退化の傾向を見せる。
;コウボウ型
:小花は3個あり、先端の1小花が両性花で、下2花は雄性または無性花となったもの。ただしこれ全体が包穎に包まれ、細部の構造を見るのは難しい。[[コウボウ属]]の他、[[ハルガヤ属]]などがこれである。
;トダシバ型
:小花は二つで、先端側のもの(第二小花)が両性花、基部側(第一小花)が雄性。さらに[[トダシバ]]では第二小花にだけ束毛があるなど、形態的にも異なる。
;エノコログサ型
:小花は二個で、それらが一対の包穎に包まれる。ただし先端側の第二小花が完全なのに対して基部側の第一小花は大きく退化し、雄蘂や雌蘂はもちろん、内穎もほとんど消失し、護穎だけが残る。つまり小花は一つしかなく、二枚の包穎、二枚の護穎と一枚の包穎にそれが包まれる、という構造となって、単一の花だけを含むように見える。包穎は小さめ、護穎や第二小花の内穎は革質でよく発達し、第一小花の内穎は完全に消失する例も膜質の状態で残る例もある。
::この型の小花では穎の呼称を以下のように使うことも多い。
:一般の呼称:第一包穎・第二包穎・第一小花の護穎・第二小花の護穎・第二小花の内穎
::この類の場合:第1穎・第2穎・第3穎・第4穎・内穎
:[[エノコログサ属]]の他に[[チカラシバ属]]、[[ヌメリグサ属]]、[[チジミザサ属]]、[[スズメノヒエ属]]、[[メヒシバ属]]など[[キビ連]]の多くの属がこれである。
;モロコシ型
:エノコログサ型に近くて、第一小花の退化がさらに進んだもの。第一小花は膜質の護穎のみが残る。また第二小花の護穎と内穎も膜質となり、逆に包穎が質が厚く発達する傾向がある。[[ススキ属]]、[[カリマタガヤ属]]、[[モロコシ属]]、[[アシボソ属]]などがこれである。
::なお、この型の場合もエノコログサ型と同じ穎の呼称を使うことがある。
;サヤヌカグサ型
:やはり単一の小花のみを持つ。だがこれは元々は三小花からなる構造であり、たとえば[[イネ]]では両性花は第三小花に当たり、いわゆる籾はこの小花の護穎と内穎である。そしてその基部に一対の鱗片があるのは、包穎に見えるがそうではなく、きわめて退化した第一、第二小花である。真の包穎は肉眼で見えない大きさで存在する。ただし[[サヤヌカグサ]]では包穎、第一,第二小花全て完全に退化する。[[サヤヌカグサ属]]の他に、[[ツクシガヤ属]]などもこのような小穂をつける。
;クサヨシ型
:同じく単一の小花を含むもので、両性花は第二小花である点もサヤヌカグサ型と同じである。ただし第一、第二小花は小さな鱗片状の護穎のみとなり、それがよく発達した包穎の中に隠れる。種によっては退化した護穎が消失する例もある。[[クサヨシ属]]。
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File:Briza maxima 11.JPG|ウシノケグサ型の例:[[コバンソウ]]([[コバンソウ属]])<br>赤く色づいているのが包穎<br>それ以下の鱗片は護穎
File:Avena sativa black oat, zwarte haver (1).jpg|同じく[[カラスムギ]]<br>薄膜状のが包穎<br>国色づいているのが護穎で芒がある<br>先端のものほど小さいのがわかる。
File:Phleum alpinum (3885341518).jpg|ヌカボ型:[[ミヤマアワガエリ]]([[アワガエリ属]])
File:Sorghum bicolor (4055518933).jpg|モロコシ型:[[モロコシ]]([[モロコシ属]])
File:Oryza glaberrima seeds.jpg|サヤヌカグサ型:''Oryza glaberrima''(アフリカ産イネの1種):基部の第一、第二小花の痕跡がはっきり見える。
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実際にはこれらからさらに変形した型が多くある。たとえば[[ササクサ]]は数個の小花を含む構造だが、最下の一つだけが完全であり、それより上の小花は護穎だけを残した形に退化している。これはウシノケグサ型からの変形と考えられる。

== 出典 ==
<references />

== 参考文献 ==
*長田武正『日本のイネ科植物図譜(増補版)』,(1993),(平凡社)
*長田武正『日本のイネ科植物図譜(増補版)』,(1993),(平凡社)
*佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎他『日本の野生植物 草本I 単子葉植物』,(1982),平凡社
*初島住彦『琉球植物誌(追加・訂正版)』,(1975),沖縄生物教育研究会
*星野卓二・正木智美・西本眞理子、『日本カヤツリグサ科植物図譜』、(2011)、平凡社
*勝山輝男,2005,『日本のスゲ』(文一総合出版)
*谷城勝弘『カヤツリグサ科入門図鑑』(2007) 全国農村教育協会
*勝山輝男,2005,『日本のスゲ』(文一総合出版)
*長田武正、『検索入門 野草図鑑 ③ すすきの巻』、1984、保育社
*バーバラ・ブリッグス、「サンアソウ科」、『朝日百科 植物の世界 11』(1997)、p.40-43
*小山鐵夫、「イネ科」『朝日百科 植物の世界 10』(1997)、p.258-259
*小山鐵夫、「スゲガヤ」『朝日百科 植物の世界 10』(1997)、p.233-234



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2013年10月21日 (月) 06:03時点における版

カラスムギイネ科
ぶら下がっているのが小穂

小穂(しょうすい)とは、イネ科カヤツリグサ科におけるを含む構造のことである。通常は複数の花を含み、鱗片状の構造が折り重なったものである。本来は花序に由来する構造だが、この類ではこれが花序を構成する単位となっている。

概説

イネ科やカヤツリグサ科は花らしい形の花をつけず、その代わりに緑色や褐色のまとまった形のものを花序につける。時期が合えばそこから雄蘂雌蘂が出るのが見え、これが花を含む構造であることがわかる。このようなものを小穂という。

これらの2科は虫媒花の先祖から風媒花進化し、その過程で花弁などを失い、花の構造が単純化したと考えられる。だが同時に、そのような花をつける枝が短縮し、苞葉が変化した鱗片と呼ばれる構造の間に花が囲まれることで小穂を形成したと考えられる。

小穂は複数の花を含む花序に由来するので、普通は複数の花を含む。イネのように単独の花のみを含む場合もあるが、その場合でも元は複数の花を含んでいたものであり、それが他の花を退化させて今の状態になったものと考えられる。また退化した花の一部が残る場合も珍しくない。

小穂は花序に由来するが、この群ではそれ自身が花序を構成する要素として扱われ、この類で○○花序という場合、小穂の配置を指す。

具体的な構造は2つの科で大きく異なるため、詳細はそれぞれ別に説明する。なお、この2科以外に南半球だけに分布するサンアソウ科 Restionaceae のものも小穂を形成する。鱗片が螺旋状に並んだもので、系統的にはイネ科に近いとされる[1]。Restio tetraphyllus0-2.jpg

その進化について

単子葉植物の花の基本的な構造は、たとえばユリ科に見られる[2]。中央の雌蘂を囲む雄蘂は内輪と外輪で各3本、計6本あり、花被も内外各3弁、茎6弁ある。これは内輪を花弁、外輪をと言うこともある。これが風媒花となった進化の結果は、イグサ科に見ることが出来る。外見的には花弁があるとも見えないものの、詳しく見れば小さいながらも内外各3弁の花被と6本の雄蘂を備える。

イネ科とカヤツリグサ科の花は、この方向により徹底したものである。花被片は大きく退化して、イネ科では内花被片2つが雌蘂の基部に1対の小さな鱗被の形で、カヤツリグサ科では細い糸状から針状の付属体となるか、あるいは完全に無くなる。

つまり花の構造はほぼ雄蘂と雌蘂だけになっている。それに代わるように、花の基部にあった苞葉が花を包む形に変化している。これを(えい)と言う。ただしカヤツリグサ科では鱗片と呼ぶことが多い。果実が成熟すると、果実は単独でなく、それらの穎に包まれて落下する場合があり、イネ科では特にその例が多い。これを穎果という。

小穂の構造自体はたとえばグラジオラスのように花が花茎に穂状に並んでつき、それぞれの基部に苞葉があるものを考えると理解しやすい。つまり、そのような花序において、花がごく小さくなって苞葉の内側に隠れ、その上で花序全体が短縮してまとまった形を取ったと考えるとよい。

用語

小穂に関しては多くの特殊な用語がある。詳細はイネ科とカヤツリグサ科では異なるので、ここでは共通する部分だけを見る。

まず、小穂は日本語では統一されているが、英名はカヤツリグサ科スゲ属では spike で、カヤツリグサ科のそれ以外のものとイネ科ではspikelet をあてている[3]

小穂に含まれる個々の花は小花 floret という。ちなみにこの語はキク科などの頭状花序にも使われる。小花は基部に近い方から第一小花、第二小花という風に順に呼ぶ。これはイネ科では特に重要だが、カヤツリグサ科では余り問われない。

カヤツリグサ科の一部、スゲ属やシンジュガヤ属などでは花は基本的に単性[4]雄花雌花の区別がある。それ以外のカヤツリグサ科とイネ科は基本的には両性花であるが、部分的には単性となった花をつける。このような単性花は一つの小穂に集まる場合があり、そのような場合雄小穂・雌小穂、あるいは雄性小穂・雌性小穂と呼ぶ。同一の小穂に雄花と雌花が共存する場合、先端側と基部側で分かれて生じる例が多く、先端側が雄花の場合には雄雌性、先端側が雌花の場合には雌雄性という[5]

両性花の一部が雄性、あるいは不実になっている場合、完全な雌蘂を有して果実を作る小花を登実小花と呼ぶ[6]。その付属物についても、たとえば登実護穎などと呼ぶ例もある。中には小穂一つが全て不実の小花からなる例もあり、その小花は全く生殖に預からない。たとえばジュズダマでは雄性小穂と雌性小穂が分化し、雌性小穂が数珠になる苞葉の中にあるが、そこに三小穂を含む内、完全なものは一つだけで、後の二小穂は雄蘂も雌蘂も含まない。

一つの小穂に含まれる小花の一部が退化する例もよく見られる。小花が退化して無くなった例でもその花に属する鱗片など痕跡が残ることが多く、そのような場合、そこに花があったことを理解しなければ構造の意味を見誤る。たとえば後述するがイネの花は単一の花のみを含むが、本当は3個の花を含む構造に由来する。

この類の分類では小穂の構造が重要である。従ってそれを同定する場合、丁寧に解剖し、それを構成する鱗片がどこに当たるものか、小花の構成や性別、鱗片の形といったことを観察し、その意味を判断することが重視される[7]。観察には少なくともルーペ、それに柄付き針などを用いる。またこのような観察の時期も重要である。イネ科では雄蘂雌蘂が揃っている開花直前が望ましい。これに対して、カヤツリグサ科では果実が成熟した時の特徴が多く重視され、そのため、この時期でなければ正確な同定が難しい例が多い[8]

上記のように、小穂はそれ自体が花序に由来する構造であるが、この群では小穂が花序の構成要素として扱われ、小穂の配置をさして花序とする。つまり小穂をつける枝が分枝するかどうか、小穂に柄があるかどうかといった点が全体の外観を大きく決めるので、これで花序を命名する。それはたとえば以下のようなものである[9]

  • 穂状花序:花序の枝が分枝せず、そこに柄のない小穂が枝の上に並ぶもの。
  • 総状花序:穂状花序に似て、小穂が柄を持つもの。
  • 円錐花序:花序の枝が分枝して、またその枝がさらに分枝してその先端に小穂をつけるもの。枝がよく伸びれば全体が円錐状になる。
    • 円錐花序で分枝がごく短縮すると全景が円筒形や棒状になり、一見穂状花序のようになる。これを特に密集円錐花序と言うことがある。

イネ科では穂状花序と総状花序をまとめて recemus ということがある。また、花序の主軸から分枝のない枝が複数出て、そこに穂状花序や総状花序の形に小穂を配置する場合、それも総という。群によっては総が小穂の出る節毎に関節をもち、果実の成熟時に折れるものがあり、分類上の特徴となる[10]

また、総からなる花序では小穂が二つずつ組になって生じる例がある。普通は一つの節に柄の長さの異なる小穂が組になるので、長柄小穂短柄小穂と呼ぶ。柄の短いものが極端に短くなって無柄となった場合、有柄小穂無柄小穂と呼ぶ。このようなものはイネ科のヒメアブラススキ連キビ亜科のものなどに見られる[11]

カヤツリグサ科の場合

スゲ属植物の花・模式図
A:雄花の花式図
B・C:雌花の花式図
D:雌花の模式図

カヤツリグサ科の植物では、苞に由来する鱗片の基部に小花が一つあるものを単位にして、これが軸にそって並んだものが小穂である[12]。その配置は螺旋形のものが多いが、二列性を示す例もある。螺旋に配列するものは小さな松ぼっくりのような姿に、二列に配置するものは扁平な形になりがちである。イネ科の包穎のように元々小花を含まない鱗片はない。

鱗片は小花の上に覆い被さる形になり、果実の成熟時には鱗片と果実はそれぞれバラバラに脱落する例が多い。ただし、たとえばヒメクグ属などは小穂の基部から脱落し、ムツオレガヤツリでは鱗片が小花を含んで軸に巻き付き、軸には関節があって果実一つ分ずつ折れて散布される。後述のスゲ属における果包は袋状なので、果実を含んで脱落する。鱗片の柱脈が突出して芒となる例もあるが、イネ科のそれのように鋭く突出する例は少ない。

花被は退化傾向がはっきりしており、やや厚みのある花披片としての面影を残した形(クロタマガヤツリ属)もあるが、、より多くの例では糸状や針状などの形で残る。ただしその場合も鱗片の内部にとどまって外からは見えない例(ハリイ属フトイ属など)が多い。例外的にワタスゲ属では長く伸びてよく目立つ[13]。さらに完全に退化して消失する例(カヤツリグサ属テンツキ属など)もある。

従ってその構成は、両性花では外側に鱗片があり、その内側に(あれば)花披片由来の付属物、3-6本の雄蘂、雌蘂という風になる。

これ以外に苞葉由来と見られる構造が含まれる例もある。ただし共通する名はない。ヒンジガヤツリ属では薄膜状の被膜が鱗片と向き合う位置にあって両者で花を包む。この皮膜の由来は諸説あって定説がない。詳細は属の項目を参照。スゲ属などの雌性小花では雌蘂を包む袋状の構造があり、これを果胞と呼ぶ。これは位置から見ると花被由来のようにも見えるが、小花そのものに属するものではなく、その柄の基部の苞葉が変化したものとされる。果包内部から新たな小花を生じる例があることから、このような判断がある。また、ウンキニア属では果包内部、小花の基部から鉤状の突起が出る。

小花の性別とその配置に関しては、カヤツリグサ属など両性花をつける群で、一部に雄姓花が見られる。スゲ属などではすべて単性花で、性別によって小穂を異にする場合や、小穂の中でどちらかに集まる例が多い。これについては上述したとおりである。

小穂には多くの小花を含むものが多く、スゲ属では数十個も含む例がある。少ないものは数個しか含まないものもあり、さらに一部の小花が退化し、登実小花が少なくなっている例もある。たとえばヒメクグでは小穂は鱗片三枚からなるが、小花は一つしかない[14]アンペライ属では数枚の鱗片からなる小穂の基部側の小花が果実を生じ、先端側の小花は雄花となる。ヒトモトススキ属でも数枚の鱗片を含む小穂を作るが、その中に2花のみを含む。特殊なものとしては、スゲガヤ類では小穂の基部にある鱗片の腋からごく少数の小花を含む小穂様の構造を生じ、これを偽小穂という[15]。それ以上の構造の複雑さや多様さは、カヤツリグサ科ではイネ科ほどではない。

イネ科の場合

イネ科の花の概念図
左:小穂の模式図(二小花を含む)
A:包穎(上が第一・下が第二)
B:護穎
C:護穎の芒
1:内穎
2:りん皮
3:雄蘂
4:子房
5:柱頭
右:花式図

イネ科の花では花披片は二個の鱗皮 lodicule となり、ほとんど見て取れない大きさに退化する。従って小穂の構成要素は苞葉由来の鱗片群が中心となっている[16]。これらの配置や構造は分類上重要である。ただ、その名については複数の説がある。ここでは長田(1993)に従っておく[17]。それ以外の用例については長田に基づき、脚注に出しておく。

イネ科の小穂は基本的には主軸に対して花が二列の互生に配置した穂状花序に由来する。小花の基部には苞葉由来の鱗片が二枚あり、小花はこれらに包まれる形になる。小穂は基本的には複数の花を含むので、これらの鱗片は含まれる小花の数の2倍あることになる。この鱗片の外側のものを護穎(ごえい) lemma [18]、内側のものを内穎(ないえい) palea [19]という。護穎は軸に対して小花の外側に、内穎は内側に位置する。さらに小穂の最下には小花を含まない鱗片が二枚あり、これは花序の基部にあった苞葉に由来する。これを包穎(ほうえい) glume という。そのうち外側を第一包穎[20]、内側を第二包穎[21]という。なお、キビ類やモロコシ類には小花が二つだけになった類似した型を持つが、それらの穎には別の呼称を当てており、これについてはこの型についての項で記述する。

穎が中央などで二つ折りになっている場合、その折れ目の背中側を竜骨 keel という。竜骨は包穎や護穎では中央に一本あるが、内穎では二本ある場合が多い[22]。これは、護穎と向き合う位置にあった二つの苞葉が癒合した結果と見られる[23]。また包穎や護穎の中脈の先端が糸状や針状に突出する例がよくあり、これを awn という。なお、エノコログサなどに見られる針状のものは芒ではなく小穂の柄から生じるもので、これは刺毛という。花序の枝から変化したものと考えられる。

小穂の中で、小花の間をつなぐ軸を小軸 rachilla という。ノガリヤス属などでは小穂には第一小花のみを含むが、第二小花に続く小軸だけが残存し、これを小軸突起 rachilla extension という。複数の小花を小穂に含む場合、小軸に小花毎に関節があって成熟時には折れて散布される例が多い。だが、小花だけで落ちるものや包穎を含めた小穂全体が折れ落ちる例など様々である。

小穂の型について

イネ科の小穂の変形の過程を考えて幾つかの型に分けることが行われる[24]

ウシノケグサ型
グラジオラスのような花序を小穂の原型と見れば、もっとも基本的な型として、一組の包穎があり、そこから上に護穎と内穎に包まれた小花が並ぶ形となる。小穂全体が左右から扁平で、それぞれの穎は左右から折りたたまれたようになるものが多い。小花の数は少ないものでは3個から、十数個に達する例もあるが、下のものが大きく、先端方向のものが小さく、時に先端から退化する。ウシノケグサ属ドクムギ属カモジグサ属など多くのものがあり、ササタケ類もこれにあたる[25]
なおこの型では栄養状態で小花の数が変わる例もある。
ヌカボ型
ウシノケグサ型から、最下の小花だけが残り、それより先端のものが全て退化したと考えられる型。上方からの退化傾向が最下の小花まで達した形。ヌカボ属の他、アワガエリ属ネズミノオ属ヒエガエリ属など。また、カラスムギ属コメススキ属等は小花二つを包穎の中に含み、これらはウシノケグサ型からヌカボ型への移行型と見られる。
ここまでのものでは、小花は先端側から退化傾向を示す。これに対して以降のものでは小花は基部のものから退化の傾向を見せる。
コウボウ型
小花は3個あり、先端の1小花が両性花で、下2花は雄性または無性花となったもの。ただしこれ全体が包穎に包まれ、細部の構造を見るのは難しい。コウボウ属の他、ハルガヤ属などがこれである。
トダシバ型
小花は二つで、先端側のもの(第二小花)が両性花、基部側(第一小花)が雄性。さらにトダシバでは第二小花にだけ束毛があるなど、形態的にも異なる。
エノコログサ型
小花は二個で、それらが一対の包穎に包まれる。ただし先端側の第二小花が完全なのに対して基部側の第一小花は大きく退化し、雄蘂や雌蘂はもちろん、内穎もほとんど消失し、護穎だけが残る。つまり小花は一つしかなく、二枚の包穎、二枚の護穎と一枚の包穎にそれが包まれる、という構造となって、単一の花だけを含むように見える。包穎は小さめ、護穎や第二小花の内穎は革質でよく発達し、第一小花の内穎は完全に消失する例も膜質の状態で残る例もある。
この型の小花では穎の呼称を以下のように使うことも多い。
一般の呼称:第一包穎・第二包穎・第一小花の護穎・第二小花の護穎・第二小花の内穎
この類の場合:第1穎・第2穎・第3穎・第4穎・内穎
エノコログサ属の他にチカラシバ属ヌメリグサ属チジミザサ属スズメノヒエ属メヒシバ属などキビ連の多くの属がこれである。
モロコシ型
エノコログサ型に近くて、第一小花の退化がさらに進んだもの。第一小花は膜質の護穎のみが残る。また第二小花の護穎と内穎も膜質となり、逆に包穎が質が厚く発達する傾向がある。ススキ属カリマタガヤ属モロコシ属アシボソ属などがこれである。
なお、この型の場合もエノコログサ型と同じ穎の呼称を使うことがある。
サヤヌカグサ型
やはり単一の小花のみを持つ。だがこれは元々は三小花からなる構造であり、たとえばイネでは両性花は第三小花に当たり、いわゆる籾はこの小花の護穎と内穎である。そしてその基部に一対の鱗片があるのは、包穎に見えるがそうではなく、きわめて退化した第一、第二小花である。真の包穎は肉眼で見えない大きさで存在する。ただしサヤヌカグサでは包穎、第一,第二小花全て完全に退化する。サヤヌカグサ属の他に、ツクシガヤ属などもこのような小穂をつける。
クサヨシ型
同じく単一の小花を含むもので、両性花は第二小花である点もサヤヌカグサ型と同じである。ただし第一、第二小花は小さな鱗片状の護穎のみとなり、それがよく発達した包穎の中に隠れる。種によっては退化した護穎が消失する例もある。クサヨシ属

実際にはこれらからさらに変形した型が多くある。たとえばササクサは数個の小花を含む構造だが、最下の一つだけが完全であり、それより上の小花は護穎だけを残した形に退化している。これはウシノケグサ型からの変形と考えられる。

出典

  1. ^ ブリッグス(1997),p.40-43
  2. ^ この章は長田(1984)p,187-197
  3. ^ 長田(1993),p.33および星野他(2012),p.19
  4. ^ 星野他(2012),p.17
  5. ^ 勝山(2005),p.10
  6. ^ 木場他(2011)p.7
  7. ^ 佐竹他(1982)p.85
  8. ^ 佐竹他(1982)p.145
  9. ^ 長田(1993),p.28-29
  10. ^ 佐竹他(1982),p.85
  11. ^ 木場他(2011),p.4
  12. ^ この章は主として長田(1984)p,197-201
  13. ^ 谷城(2007),p.30
  14. ^ 初島(1975)p.746
  15. ^ 小山(1997),p.233
  16. ^ 以下、主として長田(1993),p.20-23
  17. ^ この用語は大井次三郎の日本植物誌に基づき、佐竹他(1982)や木場他(2011)もこれに従っている。
  18. ^ 牧野はこれを外(字が出ません)、文部省では外花穎
  19. ^ 牧野はこれを外(字が出ません)、文部省では内花穎
  20. ^ 牧野はこれを外穎、文部省では第一穎
  21. ^ 牧野はこれを内穎、文部省では第二穎
  22. ^ 木場他(2011)p.5
  23. ^ 長田(1984),p.190
  24. ^ 以下、長田(1993)p.23-26から大井の説
  25. ^ 小山(1997),p.258

参考文献

  • 長田武正『日本のイネ科植物図譜(増補版)』,(1993),(平凡社)
  • 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎他『日本の野生植物 草本I 単子葉植物』,(1982),平凡社
  • 初島住彦『琉球植物誌(追加・訂正版)』,(1975),沖縄生物教育研究会
  • 星野卓二・正木智美・西本眞理子、『日本カヤツリグサ科植物図譜』、(2011)、平凡社
  • 勝山輝男,2005,『日本のスゲ』(文一総合出版)
  • 谷城勝弘『カヤツリグサ科入門図鑑』(2007) 全国農村教育協会
  • 勝山輝男,2005,『日本のスゲ』(文一総合出版)
  • 長田武正、『検索入門 野草図鑑 ③ すすきの巻』、1984、保育社
  • バーバラ・ブリッグス、「サンアソウ科」、『朝日百科 植物の世界 11』(1997)、p.40-43
  • 小山鐵夫、「イネ科」『朝日百科 植物の世界 10』(1997)、p.258-259
  • 小山鐵夫、「スゲガヤ」『朝日百科 植物の世界 10』(1997)、p.233-234