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[[東京大学]]名誉教授の[[中里成章]]は『パール判事』の書評(『アジア経済』2008年8月<ref>[http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Ajia/pdf/200808/05nakazato.pdf]</ref>)で、中島の言うようにパルはガンディー主義者であったかと疑問を呈し、全体として批判的な論評を行った。以後、中島はこの件については沈黙し、中里はのち自ら『パル判事』(岩波新書)を刊行した。
[[東京大学]]名誉教授の[[中里成章]]は『パール判事』の書評(『アジア経済』2008年8月<ref>[http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Ajia/pdf/200808/05nakazato.pdf]</ref>)で、中島の言うようにパルはガンディー主義者であったかと疑問を呈し、全体として批判的な論評を行った。以後、中島はこの件については沈黙し、中里はのち自ら『パル判事』(岩波新書)を刊行した。
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さらに、『保守主義とは何か』(野田裕久編、ナカニシヤ出版、2010年5月)に収録された論文の一本で、山崎充彦は、以下のような論調で、中島の法学理論への無知蒙昧と、手前勝手な歪曲を手厳しく批判した。(同書、130ページ以下)
「「保守派」を自称する中島岳志が、西部邁との対談集『パール判決を問い直す』(講談社現代新書、二〇〇八年)で展開した「保守派」・「保守主義」論はかなり奇異である。
 中島はヴァイマル時代に活躍し、シュミットと対立したH・ケルゼンHans Kelsenを法実証主義の代表者の如く取り上げているが、まず以て法実証主義はケルゼンの独創理論ではない。自然法論に対抗する法実証主義は、十九世紀ドイツのゲルバーやラーバントらによって体系化されドイツ第二帝制の存立とその法的安定性を保障する理論であった。純粋法学は、ビスマルク帝国の侍女と化した法学理論から政治性などを除去しようとする理論であって、法実証主義の系譜の中では、「特殊ケルゼン的法実証主義理論」とも言えるものであった。中島が言う「ケルゼン理論は反保守思想的立場」(『パール判決を問い直す』、一六〇頁)として批判するとの論は、ケルゼン理論の本質的批判とはならない。ケルゼン自身が「苟も政治的傾向であって、純粋法学がまだ嫌疑をかけられなかったものは一つもない。しかし、まさにそのことこそ、純粋法学が自ら為しうるよりもよりよく、その純粋性を証明する」(横田喜三郎訳、『純粋法学 Reine Rechtslehre (1934)』、岩波書店、一九三五年、七頁)と言う通り、かかる一イデオロギーによるケルゼン批判こそケルゼンが最も問題にした点だからである。中島のケルゼン痛罵など、ケルゼン自身が『純粋法学』発表時点に当然に考慮していた点であり、所詮は、法(法律)観の相違でしかない。
 中島の発言「保守派であるならば、道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念は『法』と無関係であるという法実証主義をこそ批判しなければなりません。また、成文化された実定法を超えた道徳や倫理が世の中には存在するということを主張しなければなりません」(『パール判決を問い直す』、二三頁)であるが、我が国の判決文において、しばしば「社会通念上認められる」や「当然の法理」という文言が登場する通り、実定法解釈において「道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念」は一定の意味を持っており、法実証主義がかかるものを全否定しているわけではない。この点につき中島は全く無知である。
 他方で、この「道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念」を法律と過度に接合し実定法の彼方に「成文化された実定法を超えた道徳や倫理」を置くことは、法的安定性を著しく害するのみならず、政治権力者の恣意的な法運用を招来する。「公民は国家の法及び社会主義的生活規範を守り・・」(朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法第八二条)、この「社会主義的生活規範」とは(中島が言う)「成文化された実定法を超えた道徳や倫理」である、との主張も可能である。実定法秩序の上位存在に絶対的優位性を認めるのは「革命精神の前に法は沈黙す」との論と同義なのである。近代刑法では、この「実定法を超えた道徳や倫理」が暴走し罪刑法定主義の大原則を崩さぬように「犯罪構成要件の定型化・厳格化」や「刑法における類推解釈の禁止」などの法原則を掲げ実定法解釈の幅を可能な限り限定しようとし、刑法理論も行為無価値論から結果無価値論が主流となりつつあるが、中島発言の意図はこうした実定法運用の枷をすべて解き放つものだろうか。
 さらに強調すべきは、中島が言うところの「道徳や倫理」を「人道」と読み替えれば(加えて仮に「道徳や倫理」の具体的内容を「平和」とすれば)それは即、極東国際軍事裁判の訴因となる点である。つまり中島発言は(たとえ本人の主観的意図がそうでないにせよ)論理構成上、極東国際軍事裁判の法的正当化理論なのである。中島は元来インドの言語を専攻した者であり、その言語知識を元にパール判事の論理と日本論壇との関係に問題提起したものの、如何せん、法律学・ドイツ国法学については、ズブの素人であり、ケルゼン理解や法学理論に関しては余りの無知と無理解を露呈していると断じざるをえない。
 現代日本において「保守派」を名乗る者の混迷ここに極まれり、である。」


== 著書 ==
== 著書 ==

2013年5月24日 (金) 16:12時点における版

中島 岳志(なかじま たけし、1975年2月16日 - )は、日本政治学者歴史学者北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院准教授。専門は南アジア地域研究、近代政治思想史大阪府出身。

清風高等学校卒業。大阪外国語大学外国語学部(ヒンディー語学科)卒業。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。2009年1月、週刊金曜日編集委員に就任。2010年、『表現者』編集委員、朝日新聞書評委員に就任。

来歴・人物

  • 研究者を目指した動機について、竹内好に言及し、「20歳のころ、竹内さんの論文を集めた『日本とアジア』に出会わなければ、研究者の道を歩み出すこともなかっただろう」と語っている[1]
  • 保守思想とリベラリズムには親和性が高いとして、自らのスタンスを保守リベラルと公言している。
  • 2005年 - 『中村屋ボース』(白水社)で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。
  • 2006年 - 『ナショナリズムと宗教』(春風社)で第一回日本南アジア学会賞受賞。
  • 2009年1月より『週刊金曜日』、2010年より『表現者』編集委員を務めている。
  • 2010年4月 - 朝日新聞書評委員に就任。
  • 自身の信仰について、「私は特定の教団に属してはいないが、仏教徒を自認している」と述べている[2]。特に親鸞の思想を人生の指針にしていると言及している。
  • 囲碁はアマ6段。

小林よしのりとの論争

さらに、『保守主義とは何か』(野田裕久編、ナカニシヤ出版、2010年5月)に収録された論文の一本で、山崎充彦は、以下のような論調で、中島の法学理論への無知蒙昧と、手前勝手な歪曲を手厳しく批判した。(同書、130ページ以下) 「「保守派」を自称する中島岳志が、西部邁との対談集『パール判決を問い直す』(講談社現代新書、二〇〇八年)で展開した「保守派」・「保守主義」論はかなり奇異である。  中島はヴァイマル時代に活躍し、シュミットと対立したH・ケルゼンHans Kelsenを法実証主義の代表者の如く取り上げているが、まず以て法実証主義はケルゼンの独創理論ではない。自然法論に対抗する法実証主義は、十九世紀ドイツのゲルバーやラーバントらによって体系化されドイツ第二帝制の存立とその法的安定性を保障する理論であった。純粋法学は、ビスマルク帝国の侍女と化した法学理論から政治性などを除去しようとする理論であって、法実証主義の系譜の中では、「特殊ケルゼン的法実証主義理論」とも言えるものであった。中島が言う「ケルゼン理論は反保守思想的立場」(『パール判決を問い直す』、一六〇頁)として批判するとの論は、ケルゼン理論の本質的批判とはならない。ケルゼン自身が「苟も政治的傾向であって、純粋法学がまだ嫌疑をかけられなかったものは一つもない。しかし、まさにそのことこそ、純粋法学が自ら為しうるよりもよりよく、その純粋性を証明する」(横田喜三郎訳、『純粋法学 Reine Rechtslehre (1934)』、岩波書店、一九三五年、七頁)と言う通り、かかる一イデオロギーによるケルゼン批判こそケルゼンが最も問題にした点だからである。中島のケルゼン痛罵など、ケルゼン自身が『純粋法学』発表時点に当然に考慮していた点であり、所詮は、法(法律)観の相違でしかない。  中島の発言「保守派であるならば、道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念は『法』と無関係であるという法実証主義をこそ批判しなければなりません。また、成文化された実定法を超えた道徳や倫理が世の中には存在するということを主張しなければなりません」(『パール判決を問い直す』、二三頁)であるが、我が国の判決文において、しばしば「社会通念上認められる」や「当然の法理」という文言が登場する通り、実定法解釈において「道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念」は一定の意味を持っており、法実証主義がかかるものを全否定しているわけではない。この点につき中島は全く無知である。  他方で、この「道徳や慣習、伝統的価値、社会的通念」を法律と過度に接合し実定法の彼方に「成文化された実定法を超えた道徳や倫理」を置くことは、法的安定性を著しく害するのみならず、政治権力者の恣意的な法運用を招来する。「公民は国家の法及び社会主義的生活規範を守り・・」(朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法第八二条)、この「社会主義的生活規範」とは(中島が言う)「成文化された実定法を超えた道徳や倫理」である、との主張も可能である。実定法秩序の上位存在に絶対的優位性を認めるのは「革命精神の前に法は沈黙す」との論と同義なのである。近代刑法では、この「実定法を超えた道徳や倫理」が暴走し罪刑法定主義の大原則を崩さぬように「犯罪構成要件の定型化・厳格化」や「刑法における類推解釈の禁止」などの法原則を掲げ実定法解釈の幅を可能な限り限定しようとし、刑法理論も行為無価値論から結果無価値論が主流となりつつあるが、中島発言の意図はこうした実定法運用の枷をすべて解き放つものだろうか。  さらに強調すべきは、中島が言うところの「道徳や倫理」を「人道」と読み替えれば(加えて仮に「道徳や倫理」の具体的内容を「平和」とすれば)それは即、極東国際軍事裁判の訴因となる点である。つまり中島発言は(たとえ本人の主観的意図がそうでないにせよ)論理構成上、極東国際軍事裁判の法的正当化理論なのである。中島は元来インドの言語を専攻した者であり、その言語知識を元にパール判事の論理と日本論壇との関係に問題提起したものの、如何せん、法律学・ドイツ国法学については、ズブの素人であり、ケルゼン理解や法学理論に関しては余りの無知と無理解を露呈していると断じざるをえない。  現代日本において「保守派」を名乗る者の混迷ここに極まれり、である。」

著書

単著
  • 『ヒンドゥー・ナショナリズム―印パ緊張の背景』(2002年中公新書ラクレ
  • 『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(2005年白水社
  • 『ナショナリズムと宗教―現代インドのヒンドゥー・ナショナリズム運動』(2005年、春風社)
  • 『インドの時代―豊かさと苦悩の幕開け』(2006年新潮社新潮文庫
  • 『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』(2007年、白水社)
  • 『朝日平吾の鬱屈』(2009年、筑摩書房 双書zero)
  • 『中島岳志的アジア対談』(2009年、毎日新聞社
  • 『ガンディーの<問い>―君は欲望を捨てられるか』(2009年、NHK出版
  • 『インドのことはインド人に聞け』(2009年、講談社
  • 『保守のヒント』(2010年、春風社)
  • 『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(2011年朝日新聞出版
共著
編著
  • 『じゃあ、北大の先生に聞いてみよう―カフェで語る日本の未来』(2010年、北海道新聞社)

連載

  • 「風速計」(『週刊金曜日』金曜日)
  • 「龍と象の比較学」(『クーリエジャポン』講談社)
  • 「親鸞と日本主義」(『考える人』新潮社)
  • 「アジア主義を考える」(『潮』潮出版)
  • 「私の保守思想」(『表現者』ジョルダン)
  • 「思想の場所」(『春風新聞』春風社)
  • 「論壇書評」(『kotoba』集英社)
  • 「希望は商店街」(『マガジン9』インターネット)
  • 「論考2011」(共同通信配信)

出演番組

脚注

  1. ^ 「竹内好は終わらない」『朝日新聞』(2007年11月19日)
  2. ^ 「ガンディー主義と2008年のこの世界」『第三文明』2008年3月号
  3. ^ [1]

外部リンク