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「谷山–志村予想」の版間の差分

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'''谷山–志村予想'''(たにやましむらよそう、{{lang-en-short|Taniyama–Shimura conjecture}})とは、「[[有理数]]体上に定義された[[楕円曲線]]はすべて[[モジュラー形式|モジュラー]]であろう」という予想である。[[1955年]]に[[日本]]の[[数学者]]の[[谷山豊]]によって提起され、[[1960年代]]以降に数学者の[[志村五郎]]によって定式化された。
'''谷山・志村の定理'''(たにやま・しむらのていり、''Taniyama-Shimura theorem'';
'''モジュラー性定理'''(Modularity theorem)ともいう)とは、「すべての[[楕円曲線]]は[[モジュラー形式|モジュラー]]である」という数学の定理である。これは、「ある[[楕円方程式]]のE系列は、どれかの[[保型関数|保型形式]]のM系列である」とも言える。提出された時点では、未証明の予想にすぎなかったので、「谷山・志村予想」と呼ばれた。[[フェルマーの最終定理]]の証明とも関連する。


この予想は[[アンドリュー・ワイルズ]]と[[クリストフ・ブルイユ]]、[[ブライアン・コンラッド]]、[[フレッド・ダイアモンド]]、[[リチャード・テイラー (数学者)|リチャード・テイラー]]らによって証明された{{Efn|コンラッドとダイアモンド、テイラーの3人はワイルズの学生である。{{MathGenealogy|id=9696|title=Andrew John Wiles}} 参照。}}。今日では'''モジュラー性定理'''または'''モジュラリティ定理'''(modularity theorem)と呼ばれ{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|text=Modularity Theorem|page=vii|vii}}}}、20世紀数学の快挙の一つとされている{{Sfn|Zagier|2008|p=46}}。ワイルズは半安定楕円曲線に対する谷山・志村予想を証明することで[[フェルマーの最終定理]]を証明した{{Sfn|Zagier|2008|p=47}}。{{main|ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明}}
== 意味 ==
谷山・志村定理(または谷山・志村予想)の意味は、「[[楕円曲線]]論」と「[[保型形式]]論」という異なる二つの分野で用いられる特殊な概念が同種のものである、ということである。この二つの分野のそれぞれの概念はまったく別のものだと思われていたため、予想が提出された当時では、これはとても衝撃的なことだった。


モジュラリティ定理は、[[ロバート・ラングランズ]]によるより一般的な予想の特別な場合でもある<ref>
二つの分野の別の概念が同種のものだとすれば、そこには何らかの深遠な真実がひそんでいることになる。それゆえ、この予想は、通常の定理のように一つの分野だけの問題ではなくて、数学における広範な真実を告げる重大な問題だと理解された。たとえ証明はまだなされていないとしても、その重要性は普通の定理を上回った。そして、その解決(つまり証明)が、是非とも達成すべき目標とされた。
{{Cite journal| doi = 10.2307/2324924| issn = 0002-9890| volume = 98| issue = 7| page = 606| last = Mazur| first = B.| title = Number theory as gadfly| journal = American Mathematical Monthly| date = 1991| url = https://doi.org/10.2307/2324924}}
</ref>。[[ラングランズ・プログラム]]は、[[保型形式]]、あるいは[[保型表現]](適切なモジュラ形式の一般化)を、例えば[[代数体|数体]]上の任意の楕円曲線のような、より一般的な数論的代数幾何学の対象へ関連付けようとする{{Sfn|Langlands|1997|p=1}}。拡張された予想のうち、ほとんどのケースは未だ証明されていない{{Sfn|Langlands|1997|p=12|ps=. Except for n = 1 and n = 2,these are scarcely accessible at present. と書いてある。}}が、{{harvtxt|Freitas|Le Hung|Siksek|2015}} が実二次体上定義された楕円曲線がモジュラーであることを証明した。


== 谷山・志村予想の内容 ==
== 経緯 ==
{{日本語表現|date=2022年11月|section=1}}
谷山・志村予想は、[[1955年]]9月に[[日光市|日光]]の国際シンポジウムで[[谷山豊]]が提出した、いくつかの「問題」を原型とする。それらの問題が互いに関連しているらしいことは谷山も気付いていたが、実は同じ命題の言い換えであることが後に判明した。谷山自身は若くして自殺したため、最終的な形は谷山の盟友である[[志村五郎]]によって定式化され、長らく「谷山・志村予想」と呼ばれていた。
谷山・志村予想とは、[[志村五郎]]による定式化によれば{{Efn|
{{harvtxt|飯高・吉田|1994|p=178}} にある通り、志村は一貫してかつ意識的にこの予想に言及することを避けてきたので、「志村による定式化」と言ってもおそらく出版された志村の学術論文の中で以降に述べるような定式化を見つけることはできないと思われる。しかし、{{harvtxt|Langlands|1997|p=12}} に「Shimura’s reformulation」という言葉が見えるように、以降に述べるような代数幾何学的な定式化を「志村による定式化」と呼ぶようである。また、{{harvtxt|志村|2008}} の付録三においても、この代数幾何学的な定式化を志村は「私の予想」と呼んでいる。
}}、任意の '''Q''' 上の[[楕円曲線]]には、ある整数 {{mvar|N}} に対する[[モジュラー曲線]]


:<math>X_0(N)\ </math>
内容的に「ゼータの統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想から[[フェルマーの最終定理]]が出るというアイディアが[[ゲルハルト・フライ]]により提示され、[[ジャン=ピエール・セール|セール]]による定式化を経て(フライ・セールの{{仮リンク|イプシロン予想|en|Epsilon conjecture}})、1986年夏に[[ケン・リベット]]によって証明されたことにより俄然注目を集めたが、[[アンドリュー・ワイルズ]]を除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。


からの非定数{{仮リンク|有理写像|en|rational mapping}}が存在する、というものである{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|text=Modularity Theorem|page=292|292}}}}{{Efn|
[[アンドリュー・ワイルズ]](Andrew Wiles、[[プリンストン大学]]教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当ってはワイルズの元教え子であったリチャード・テイラーも貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系である[[フェルマーの最終定理|フェルマー予想]]をも解決した。
ここに挙げた参考文献では「非定数有理写像」ではなく「全射の射」が存在する、と定式化しているが、非特異かつ基礎体上固有な代数曲線についてはどちらでも同じことになる。[https://stacks.math.columbia.edu/tag/0BY1 The Stacks project, Tag 0BY1]や[https://math.stackexchange.com/questions/553217/rational-map-on-smooth-projective-curve Rational map on smooth projective curve]、
[https://math.stackexchange.com/questions/2336888/morphism-between-curves-constant-of-surjective Morphism between curves constant of surjective]を参照。
}}。この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ{{要説明|date=2022年10月}}{{Efn|モジュラー方程式という2変数の多項式があり、これで定義される曲線を非特異化したものが {{math|''X''{{sub|0}}(''N'')}} と {{math|'''Q'''}} 上同型になる{{Sfn|Milne|2006|p=186}}。しかしこの多項式は特異点を持つので、「この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ」という記載の根拠になり得ない。[https://projecteuclid.org/journals/tokyo-journal-of-mathematics/volume-18/issue-2/Defining-Equations-of-Modular-Curves-X_0N/10.3836/tjm/1270043475.full こうした研究]があることを考えると、{{math|''X''{{sub|0}}(''N'')}} の定義方程式を見つけることは非自明な問題と思われる。したがって「この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ」という記載は妥当ではないと考えられる。
}}。レベル {{mvar|N}} の{{訳語疑問点範囲|モジュラのパラメタ表示|date=2022年11月|modular parametrization|cand_prefix=原文}}(modular parametrization)と呼ばれる<ref>
{{Google検索|modular parametrization of level N}}</ref>{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|text=modular parameterization|page=63|63}}}}。{{mvar|N}} がそのようなパラメタ表示の中で最小の整数(モジュラリティ定理自体により、'''[[導手]]'''という数値として知られる{{Efn|
{{harvtxt|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|text=analytic
conductor|page=292|292}}}} では、この整数を解析的導手と呼び、これが楕円曲線の導手に等しいことをモジュラー性定理の主張の一部としている{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=356|356}}}}。
}})であれば、このパラメタ表示は、重さ 2 でレベル {{mvar|N}} の特殊なモジュラ形式、すなわち、(必要であれば[[同種 (数学)|同種]]に従い{{Efn|
これは「followed if need be by an isogeny.」の翻訳と思われ、翻訳元の英語版に明記はないものの {{harvtxt|Knapp|1992|p=390}} が出典になっているものと思われる。この文献では follow を「写像の合成」の意で使っているようなので follow を「従い」と訳すのは誤訳だと思われる。また、同種の合成が必要なのはモジュラー性定理を「任意の有理数体上の楕円曲線は(同種による違いを除き)モジュラー曲線から Shimura construction で得られる」といった形で定式化するときであり、ここでの定式化であれば同種を持ち出す必要はないと思われる。
}}{{Efn|{{harvtxt|Cremona|1997|p=47}} にあるように、「モジュラのパラメタ表示」があれば、それで楕円曲線上の正則微分形式を引き戻すことで新形式 {{mvar|f}} が得られるので、この定式化では同種の楕円曲線に取り替える必要はない。}})正規化された整数の[[モジュラー形式#q-展開|q-展開]]をもつ{{Efn|「整数をフーリエ係数に持つ」の意と思われる。}}{{仮リンク|新形式|en|newform}}(newform)の生成する写像として、定義される{{Efn|{{harvtxt|Cremona|1997|p=47}} によれば、「新形式の生成する写像」が「モジュラのパラメタ表示」になるのではなく、新形式の'''不定積分'''により定義される写像が「モジュラのパラメータ表示」になる。}}。


モジュラリティ定理は、次の[[谷山豊]]による解析的なステートメントにも言い換えられる{{Efn|谷山は谷山・志村予想を正確な形で述べたことはない{{Sfn|志村|2008|loc=付録三}}ことには注意が必要。}}。{{math|'''Q'''}} 上の楕円曲線 {{mvar|E}} の[[ハッセ・ヴェイユのゼータ函数|楕円曲線のL-函数]]を {{math|''L''(''s'', ''E'')}} とする。このL-函数は、[[ディリクレ級数]]であり、
一般の場合については[[リチャード・テイラー]](Richard Taylor, [[ハーバード大学]]教授)、[[ブライアン・コンラッド]](Brian Conrad, [[ミシガン大学]]教授)、[[フレッド・ダイアモンド]](Fred Diamond, [[ブランダイス大学]]教授)、[[クリストフ・ブレイユ]](Christophe Breuil, [[IHES]]長期研究員)の4人による共著論文''On the modularity of elliptic curves over Q''により肯定的に解決された<!--ハズ-->。
:<math>L(s, E) = \sum_{n=1}^\infty \frac{a_n}{n^s}</math>
と表すことができる。


係数 <math>a_n</math> の一種の[[母函数]]を
== 呼称に関する議論 ==
:<math>f(q, E) = \sum_{n=1}^\infty a_n q^n</math>
ヨーロッパの数学界にこの予想を最初に持ち込んだのが当時の数学界の権威であった[[アンドレ・ヴェイユ]]であったため欧米ではこの予想の呼称は「'''谷山=志村=ヴェイユ予想'''」「'''谷山=ヴェイユ予想'''」「'''ヴェイユ予想'''」と呼ばれることもある。しかし、数学者の[[サージ・ラング]]は谷山・志村予想の調査、研究を進めた上で、ヴェイユはこの予想には何の貢献もしていないことを明らかにした<ref>[[#足立1995|足立 1995]], pp. 189-191</ref><ref>[[#ラング1995|ラング・ファイル]]</ref>。ちなみに普通[[ヴェイユ予想]]といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する予想のことをさす。
で定義する。{{mvar|q}} に


:<math>q = e^{2 \pi i \tau}\ </math>
また志村は『記憶の切絵図』(筑摩書房、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。
を代入すると、上半平面上の複素変数 '''τ''' の函数 <math>f(\tau, E)</math> が得られる。これは一種の[[フーリエ級数]]である。このようにして得られた函数が、重さ 2 でレベル {{mvar|N}} の新形式{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=362|362}}}}、特に正規化された[[カスプ形式]]であり[[ヘッケ作用素]]の同時固有形式である{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=195|195}}}}、というのがモジュラリティ定理の別の述べ方である。これから {{mvar|E}} に対する'''ハッセ・ヴェイユ予想'''(Hasse–Weil conjecture)が従う{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=362|362}}}}。


逆に、重さ 2 の有理数係数の新形式は、有理数体上定義された楕円曲線の{{仮リンク|正則微分|en|holomorphic differential}}(holomorphic differential)に対応する{{Sfn|Cremona|1997|pp=24-25, 47}}。モジュラ曲線のヤコビ多様体は、同種による違いを除くと、重さ 2 のヘッケ固有形式に対応する既約[[アーベル多様体]]の積として書くことができる{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=244|244}}}}。1-次元要素は楕円曲線である。(高次元要素も存在するので、この積表示に出てくるアーベル多様体がすべて楕円曲線であるわけではない。有理数係数のヘッケ固有形式に対応するアーベル多様体が楕円曲線になっている。)有理数体上の楕円曲線の {{mvar|L}} 函数に対応するカスプ形式からこの方法で構成される楕円曲線は、元々の曲線と同種である(一般には同型にはならない){{Efn|楕円曲線が同種ならその {{mvar|L}} 函数は等しく{{Sfn|Milne|2006|p=196}}、この {{mvar|L}} 函数に対応するカスプ形式は定義より唯一であることによる。}}。
志村は
: 私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。
: 私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。
: 私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。
: これについて何か言ったり書いたりしようとする人は、これだけのことを知って私の仕事をしらべた上での事にしていただきたい。
と述べている<ref>[[#志村2008|志村 2008]], pp.250-251</ref>。


== モジュラーな楕円曲線 ==
== 証明の歴史 ==
[[楕円曲線]]<math>E</math>が'''モジュラーな楕円曲線'''であるとは[[モジュラー曲線]]<math>X_{0}\left(N\right)</math>から射影代数曲線としての全射<math>X_{0}\left(N\right)\to E</math>があること、と説明するのが最も簡潔である。これは上のL函数の一致という定義と同値である。また[[ヤコビ多様体]]を使った言い換えも出来る。以下ではそれを説明する。
導手 (conductor) について

*平方因子を持たない場合 [[アンドリュー・ワイルズ|ワイルズ]] 1995
=== モジュラー曲線のヤコビアン ===
リーマン面 <math>X</math>の[[ヤコビ多様体|ヤコビアン]]({{lang|en|Jacobian}}(もしくはヤコビ多様体)は <math>X</math> がコンパクト化されたモジュラー曲線<math>X \left( \Gamma \right)</math>である場合にはより明示的な表示が出来る。

この場合、<math>\Omega^{1}_{hol}\left( X \right)</math> の要素は、
ウェイト 2 の[[カスプ形式]] た<math>f\in \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)</math>と強く結びついている。

与えられた<math>f\in \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)</math>から作られる 1形式 <math>\omega\left( f \right)</math> は一意的
(本質的に、<math>f(\tau) d \tau</math> に等しい{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=227|227}}}})。つまり、写像
:<math>\omega : \mathcal{S}_{2}\left( \Gamma \right) \rightarrow \Omega^{1}_{hol} \left( X \right),</math>
は同相である。よって、その双対写像
:<math>\omega^{\wedge} : \Omega^{1}_{hol}\left( X \right)^{\wedge}\rightarrow \mathcal{S}_{2}\left( \Gamma \right)^{\wedge},</math>
もまた同相であるから<math>\mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)^{\wedge}</math>は<math>\Omega_{hol}^{1} \left( X \left( \Gamma \right) \right)^{\wedge}</math>と同一視出来る。よって次のような定義は妥当である;

<math>\mathrm{Jac}( X \left( \Gamma \right))
:= \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)^{\wedge} / \omega^{\wedge}\left( H_{1} \left( X \left( \Gamma \right), \mathbb{Z} \right) \right)</math>
{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=231|231}}}}。

モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。1つは、モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数 <math>g\ge 0</math> であり、<math>g > 1</math> の場合、群構造を持たなくなるのに対して、ヤコビアンの方はその場合でも群構造を持っているので扱いやすい点{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=211|211}}}}と、もう1つはモジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=215|215}}}}点である。

=== 新形式に付随するアーベル多様体 ===
{{仮リンク|新形式|en|new form}}(new form)<math>f \in \mathcal{S}_{2}\left(\Gamma_{0}\left( N \right)\right)</math>に対して、[[アーベル多様体]] <math>A_{f}</math>を
:<math>A_{f} := J_{0}\left( N \right) / I_{f} J_{0}\left( N \right),</math>
によって定義する{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=246|246}}}}。ただし、<math>I_{f}</math>は、
:<math>I_{f} := \{T \in \mathbb{T}_{Z}:= \mathbb{Z}[T_{p}, \langle d \rangle]| T f = 0\}</math>。
ここで<math>T_{p}</math>を[[ヘッケ作用素]]、<math>\langle d \rangle</math>をダイアモンド作用素{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=241|241}}}}である。即ち<math>\mathbb{T}_{Z}</math>は整数係数の[[ヘッケ環]]である。
(アーベル多様体<math>A_{f}</math>の次元は<math>\mathbb{[K}_{f}: \mathbb{Q}] = 1</math>である。ただし、<math>K_{f} := \mathbb{Q}\left(\{a_{n}\}\right)</math>は<math>f(\tau) = \sum^{\infty}_{n=1} a_{n} q^{n}</math>の[[代数体|数体]]である{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=234|234}}}}){{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=359|359}}}}。

ここで<math>T</math>を<math>T_{p}</math>または<math>\langle d \rangle</math>とするとき、これはヤコビアン<math>J_{0} \left( N \right) := \mathrm{Jac} \left( X_{0} \left( N\right)\right)</math>に以下のように作用する{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=229|229}}}}。
:<math>T : J_{0} \left( N \right) \rightarrow J_{0} \left( N \right),\quad
[\varphi]\mapsto[\varphi \circ T], \quad \varphi \in \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma_{0} \left( N \right) \right)^{\wedge}.</math>
これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=229|229}}}}。なお、記号<math>[\quad]</math>は同値類の意味である。

=== モジュラー曲線のヤコビアンの分解 ===
この時、ヤコビアン<math>J_{0} \left( N \right):= \mathrm{Jac}( X_{0} \left( N \right))</math>は、ヘッケ作用素によって次のように分解される{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=246|246}}}}。
:<math>J_{0} \rightarrow \bigoplus_{f}\left(A_{f}\right)^{m_{f}}.</math>
ここで、<math>f</math>に関する和は、新形式<math>f\in\mathcal{S}_{2}\left(\Gamma_{0}\left( M_{f}\right)\right)</math>に
入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=244|244}}}}{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=246|246}}}}、
<math>M_{f}</math>は<math>N</math>の約数、<math>m_{f}</math>は<math>N/M_{f}</math>の約数の数である{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=244|244}}}}。
また、写像<math>\rightarrow</math>は、同種({{lang|en|isogeny}}, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも種数<math>g=1</math>でなくてよい。)の意味である{{Sfn|Diamond|Schurman|2005|p={{Google books quote|id=d8JS2Ui8iT8C|page=246|246}}}}。

<math>A_{f}</math>は<math>1</math>次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)を'''モジュラーな楕円曲線'''と言う{{Sfn|黒川ほか|2005|p=590}}。

与えられた、有理数係数を持った<math>f\in\mathcal{S}_{2}</math>からモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては文献<ref>J.E. Cremona, ''Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition)'', Cambridge University Press, 1997, ISBN 978-0521598200.</ref>を参照せよ。

== 予想の生い立ちと呼称の変遷 ==

=== 1955年:谷山の問題 ===

[[1955年]]、「代数的整数論に関する国際会議」が9月8日から9月13日までの日程で[[東京]]と[[日光市|日光]]を会場として開催された<ref>
{{Cite journal|和書| doi = 10.11429/sugaku1947.7.193| volume = 7| issue = 4| pages = 193–193| author = 彌永昌吉| title = 代数的整数論に関する国際会議について| journal = [[数学 (雑誌)|数学]]| date = 1956}}
</ref>。外国からは[[アンドレ・ヴェイユ]]や[[ジャン=ピエール・セール]]が招かれ、日本からは[[志村五郎]]や[[谷山豊]]が参加した。この会議で多くの人から問題が集められ配布された{{Sfn|問題|p=268}}。その中で谷山は次の問題を(他の問題とともに)提出した。

{{quotation|
'''問題12.''' <math>C</math> を[[代数体]] <math>k</math> 上で定義された[[楕円曲線]]とし <math>k</math> 上 <math>C</math> の[[L関数| <math>L</math>-函数]]を <math>L_C(s)</math> とかく:
:<math> \zeta_C(s) = \zeta_K(s) \zeta_K(s-1) / L_C(s)</math>{{sic}}

は <math>k</math> 上 <math>C</math> の [[ゼータ関数|zeta 函数]]である. もし [[ヘルムート・ハッセ|Hasse]] の予想が <math>\zeta_C(s)</math> に対し正しいとすれば, <math>L_C(s)</math> より Mellin 逆変換で得られる Fourier 級数は特別な形の &minus;2 次元の [[保型形式|automorphic form]] でなければならない. (cf. [[エーリッヒ・ヘッケ|Hecke]]) もしそうであればこの形式はその [[保型関数|automorphic function]] の体の楕円微分となることは非常に確からしい.<br>
 さて, <math>C</math> に対する Hasse の予想の証明は上のような考察を逆にたどって,<math>L_C(s)</math> が得られるような適当な [[保型形式|automorphic form]] を見出すことによつて可能であろうか.(谷山 豊){{Sfn|問題|p=269}}
}}
{{quotation|
'''問題13.''' 問題12に関連して, 次のことが考えられる. “Stufe” <math>N</math> の[[楕円モジュラー函数]]体を特性づけること, 特にこの函数体の [[ヤコビ多様体|Jacobi 多様体]]を [[同種 (数学)|{{lang|en|isogenus}}]]{{sic}}の意味で単純成分に分解すること. また <math>N=q=</math>素数, 且 <math>q\equiv 3 \; (\mathrm{mod.} \; 4)</math> ならば, <math>J</math> が[[虚数乗法]]をもつ楕円曲線をふくむことはよく知られているが, 一般の <math>N</math> についてはどうであろうか.(谷山 豊){{Sfn|問題|p=269}}
}}

問題12を谷山・志村予想の端緒・原型と考える人もいる{{Sfn|飯高・吉田|1994|p=179}}{{Sfn|黒川ほか|2005|p=589}}。足立は、問題13を「モデュラー曲線でパラメトライズされる楕円曲線を特徴づけよ」という問題だと解釈したうえで、これは問題12と同値であるとし、これらの問題を谷山・志村予想の原型としている{{Sfn|足立|1995|p=188}}<ref>足立恒雄『フェルマーの大定理:整数論の源流』、ちくま学芸文庫、2006年、ISBN 4-480-09012-6、pp. 312–313.</ref>。

一方、志村は、谷山の問題をこの予想の起源と見ることもできるかもしれない{{Sfn|Shimura|1989|p=194}}が、『記憶の切繪図』([[筑摩書房]]、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。志村は
: ここで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という私の予想について説明しておこう。これは一九六四年九月頃に私がふたりの数学者に話した{{Efn|
{{harvtxt|飯高・吉田|1994|p=177}} にセールとヴェイユに話したことが書かれている。
}}もので、その事はよく知られている。この予想はその三十数年後に証明されて、今では定理になっている。 ところで、これに関係ある言明を谷山豊がしているが、その意味と上記の私の言ったこととの関係を完全に理解している人は数学者も含めてほとんどいないのではないかと思われるので、その事を詳しく説明しよう。また私の口からはっきり言ってほしいと思っている人も多いであろう。
: (中略)
: 私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。はじめに書いたように私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。その上、モジュラー関数以外のヘッケのいう保型形式は役に立たないと始から考えていたから無視していた。実はそれ以外に重要な保型形式があるが、そのことはここで考えない。また私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。もうひとつ書くと、一九五五年以後一九六〇年代にかけて、そういう代数曲線のゼータ関数を研究し、それを決定するなどという研究をしたのはおそらく私ひとりであったと思われる。谷山はそういうことはやらなかった。彼はヘッケの論文は読んでいたが、一変数の保型形式・関数の理論を自分のものにしていなかったように思われる。…
と述べている{{Sfn|志村|2008|pp=250-251}}。

また志村は谷山の問題12の問題点を次のように指摘している。まず、問題12では任意の代数体上の楕円曲線の {{mvar|L}} 関数について言及しているが、'''有理数体'''上の楕円曲線に限定しなければ意味がない{{Sfn|ラング|1995|p=1302}}。なぜ谷山が有理数体に限定しなかったかというと、問題13に見られるように谷山はモジュラー形式と虚数乗法論の関係に興味を持っていたので、問題12においても虚数乗法を持つ楕円曲線が考察の対象として含まれるようにしたかったのではないか、と志村は想像している{{Sfn|Shimura|1989|p=195}}。また、問題12で谷山が述べている automorphic form はモジュラー形式よりもはるかに一般的な関数を念頭においたものだという{{Sfn|ラング|1995|p=1302}}。志村は、谷山は問題12を述べるにあたって細心の注意を払っていなかったのではないか、と言っている{{Sfn|ラング|1995|p=1302}}。

=== 1955年:非公式討論会 ===

「代数的整数論に関する国際会議」が開催されていた1955年9月12日の夜、昼間に行われた志村、谷山、ヴェイユらの講演により[[虚数乗法論]]に予想外の進展があったため、ヴェイユの発案で「虚数乗法に関する非公式討論会」が行われた{{Sfn|本会議記録|1956|p=217}}。この討論会は前述の3名を含む30名ばかりが集まって行われた{{Sfn|本会議記録|1956|p=217}}。この討論会において、谷山とヴェイユは次の会話をしている(「W」はヴェイユ)。

{{quotation|
W. 楕円函数は全部, modular 函数で一意化されると思うか?<br/>
谷山. Modular 函数だけでは駄目だろう. 別の特別な型の automorphic function も必要だと思う.<br/>
W. もちろんそれで或るものはできるだろう. しかし一般の場合は, 今までとは全く違い, 全く神秘的に見える. ...
|{{harvtxt|本会議記録|1956|p=228}}
}}

志村は、この記録を一つの根拠に、ヴェイユは谷山・志村予想の正しさを信じていなかった、という{{Sfn|飯高・吉田|1995|p=178}}。

足立は、この記録を根拠に、ヴェイユがこうした問題に十分関心を持っていたことは明らかだ、という{{Sfn|足立|1995|p=189}}。

1958年11月17日の月曜日の朝、谷山は若くして自殺する{{Sfn|Shimura|1989|p=192}}。

=== 1964年:プリンストンの志村 ===

1960年代の前半、モジュラーな楕円曲線は有理数体上定義された楕円曲線のうちのほんの一部に過ぎないと広く思い込まれていた{{Sfn|ラング|1995|p=1303}}。ただ一人の例外は志村であった。

1964年{{Sfn|志村|2008|loc=付録三}}{{Efn|
{{harvtxt|ラング|1995|p=1303}} では「1962年~1964年」となっている。
}}、[[プリンストン高等学術研究所]]で催されたあるパーティーでのことだった{{Sfn|ラング|1995|p=1303}}。セールが志村のところにやってきて、「あなたのモジュラー曲線についての研究結果はそんなにいいものではない、なぜなら有理数体上定義された任意の楕円曲線に対して適用できるものではないのだから」と言ったという。志村はセールに「そのような曲線(有理数体上定義された任意の楕円曲線のこと)はすべてモジュラー曲線のヤコビ多様体の商になると思っている」と返答したという。数日後、ヴェイユが志村のところにやってきて、本当にそんなことを言ったのか、と尋ねた。志村は「ええ。もっともらしいとは思いませんか?」と返答したという。

ヴェイユは1979年に出版されたヴェイユ全集のコメントの中でこのような会話があったことを肯定している{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}。そしてこの予想について考えたあと、後述する1967年の論文を公表した。

一方セールは、このような会話があったことは十分に考えられるが、本当にあったかどうかはわからない、という{{Sfn|Serre|2002|p=57}}。もし志村がすべての楕円曲線がモジュラーであることの根拠を少しでも述べていたら印象に残り覚えていただろうが、そうではなかったので(本当にこのような会話があったとしても)記憶に残らなかったのだろう、と言っている。

=== 1967年:ヴェイユの論文 ===

ヴェイユは志村から聞いた予想について考え、論文「関数等式によるディリクレ級数の決定について」を発表した{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}{{Efn|
[[エーリッヒ・ヘッケ]]によるほぼ同じタイトルの論文があり、掲載された雑誌も同じく [[Mathematische Annalen]] である<ref>
{{Cite journal| volume = 112| pages = 664–699| last = Hecke| first = E.| title = Über die Bestimmung Dirichletscher Reihen durch ihre Funktionalgleichung| journal = Mathematische Annalen| accessdate = 2022-12-29| date = 1936| url = https://eudml.org/doc/159847}}
</ref>。
}}。この論文で楕円曲線のゼータ関数とその十分多くの twist が関数等式を持つならばそれはモジュラー形式のメリン変換から得られることが証明された。

さらにこの論文の中で彼は、そのモジュラー形式のレベルは楕円曲線の導手でなければならないことも示唆した{{Sfn|Serre|2002|p=55}}。これによって楕円曲線がモジュラーであるかどうか数値的に検証することができるようになった。

1966年の夏、ヴェイユはこのことをセールにコーヒーハウスで説明した{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。セールはそのときのことを鮮明に覚えているという。色々な事実が噛み合いはじめ、歯車が回り始めた。なぜ導手が1の楕円曲線が存在しないのか?それはモジュラー曲線
{{math|''X''{{sub|0}}(1)}}
の種数が0だからだ!セールは家に帰って小さな導手を持つ楕円曲線をチェックしてみた。導手 {{mvar|N}} が11未満の楕円曲線は無く、16の楕円曲線も無かった。このことはそのレベルのモジュラー曲線
{{math|''X''{{sub|0}}(''N'')}}
の種数が0であることと符号していた。数時間の内にセールは谷山・志村予想が正しいことを確信するに至った。

一方、ヴェイユはこの予想が成立するかどうかは依然疑わしいとこの論文に書いた{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}。そしてこれについては「興味ある読者への演習問題としよう」という冗談{{Sfn|Serre|2002|p=55}}でこの論文を締めくくった。

ヴェイユのこの研究によってこの予想は広く知られるようになった{{Sfn|黒川ほか|2005|p=589}}。谷山の問題のことは忘れられていたので、この論文の公表から10年間、この予想は'''ヴェイユ予想'''と呼ばれることになる{{Sfn|Serre|2002|p=56}}{{Efn|ちなみに普通[[ヴェイユ予想]]といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する定理のことをさす。}}。

=== 1970年代:谷山の問題の再発見 ===

1976年頃、セールは谷山全集のコピーを買った{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。そして問題12の日本語版が全集に収録されているものの英語版は収録されていないことに気付いた。そこで1977年に公表した {{mvar|𝓁}} 進表現についての論文の中で谷山の問題12の1955年英語版を再掲した。英語版の谷山の問題が広く公開されたのはこのときがはじめてであっただろうと言われている{{Sfn|Rosen|2000|p=476}}{{Efn|
一方、ラングは70年代前半に谷山の問題が広く配布された、と言っている{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}。
}}。このときからセールはこの予想をヴェイユ予想と呼ぶのをやめ'''谷山・ヴェイユ予想'''と呼ぶようになった{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。セールは「このせいで呼称に関する苦い論争に巻き込まれることになってしまった」と言っている。

70年代においても、この予想の成立に志村が果たした役割はまだ十分に認識されていなかった{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}。理由の一つに、志村が出版物の中でこの予想に言及したことがないことがあげられる。

=== 1980年代:フェルマー予想 ===

1986年の夏、[[ケン・リベット]]がセールの ε 予想を証明した{{Sfn|Wiles|1995a|p=443}}。これから、フェルマー予想を証明するには半安定楕円曲線に対する谷山・志村予想を証明すればよいことになった。

この頃、[[サージ・ラング]]は次のような会話がヴェイユと志村の間で交わされたとセールから聞いた{{Sfn|ラング|1995|p=1306}}。

: ヴェイユ「なぜ谷山はすべての楕円曲線はモジュラーだと考えたのか?」
: 志村「あなたが谷山に教えたのです。あなたはそのことを忘れてしまった」

このような会話が本当にあったのかどうか、ラングは志村とヴェイユに確認を取った。1986年8月13日に志村から返信があった。彼の回答は「このような会話がなされるはずがない」という断定的なものだった。志村はその根拠として1967年の論文でヴェイユは谷山・志村予想の成立に懐疑的なコメントをしていることをあげた。

ラングは志村の返信をセールとヴェイユに送りコメントを求めた。8月16日にセールから返信があった。セールは、彼の話の裏を取ろうとするラングの試みを非難した。セールとのやり取りの中でラングはセールに「これ以上間違ったストーリーを拡散するのはやめてくれ」と頼んだ。セールは最後に一言「手紙と志村の手紙のコピーを送ってくれてありがとう。とてもためになった」と返信し、これでやりとりは打ち切られた。

1986年の12月はじめのある晩、志村は妻と食事をしていた{{Sfn|志村|2008|loc=十九}}。なぜそうなったのかは思い出せないが谷山の話をしていた、と志村はいう。食事が終わりそこで会話は終わったが、志村は谷山のことが頭から離れなかった。突然、志村の目から涙が溢れてきた。谷山が可哀想でたまらなかったからだという。そして翌日から谷山との思い出話を書き始め、10日ほどでひとまず書き終わった。この文章は1989年に「谷山豊と彼の時代、非常に個人的な回想」{{Sfn|Shimura|1989}}というタイトルで[[ロンドン数学会]]の会報で発表された。この記事の最後に谷山の問題についての言及があるが、これは編集者から要請があったからだという。

{{harvtxt|ラング|1995}} にはセール、ヴェイユ、志村の手紙からの引用が複数あるが、これらの手紙の日付はすべて1986年8月から12月までの間になっている。

{| class="wikitable"
|+ 引用されている手紙の一覧
! 差出人 !! 宛先 !! 日付 !! 引用箇所
|-
| 志村 || ラング || 1986年8月13日 || p. 1303, 1306
|-
| 志村 || Shahidi || 1986年9月16日 || p. 1303, 1304, 1305
|-
| 志村 || ラング || 1986年9月22日 || p. 1302
|-
| セール || ラング || 1986年8月16日 || p. 1306
|-
| セール || ラング || 1986年9月11日 || p. 1306
|-
| ヴェイユ || ラング || 1986年12月3日 || p. 1306
|}

=== 1990年代:呼称に関する議論 ===

1990年代、「ヴェイユ予想」「谷山・ヴェイユ予想」と呼ばれてきたこの予想の名称からヴェイユの名前を排除すべく、ラングは大々的なキャンペーンを開始した{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。ラングは30年にわたってこの予想の歴史が誤って語られ続け当事者達に対する正当な評価が行われてこなかったとし、自身で行った調査をもとにこの予想を'''谷山・志村予想'''と呼ぶことにした{{Sfn|ラング|1995|p=1301}}。ラングは1995年に発表した記事の導入部でセールが1995年6月の[[ブルバキ]]・セミナーにおいて語った呼称の由来は間違ってるとまず指摘し{{Sfn|ラング|1995|p=1301}}、1986年の「ためになった」という返信は何だったのか、と糾弾する{{Sfn|ラング|1995|p=1307}}。さらに[[ゲルト・ファルティングス]]が「谷山・ヴェイユ予想(本質的には志村による)」と矛盾した言い回しを用いたことに言及する。そしてこうした混乱が生じた主な原因はヴェイユが1967年の論文でこの予想の来歴をきちんと書かずようやく1979年になってから全集のコメントに書いたからだ、と結論した{{Sfn|ラング|1995|p=1304}}。

ラングのキャンペーンの結果、この予想を「谷山・志村予想」と異なる名称で呼ぶことは憚られるようになった{{Sfn|Milne|2006|p=210}}。今では多くの人がこの予想を谷山・志村予想と呼んでいる{{Sfn|Rosen|2000|p=475}}。

しかしすべての数学者がラングの意見に同調しているわけではない。

足立は、予想の呼称をどうするかは重要ではないが{{Sfn|足立|1995|p=191}}、日光シンポジウムにおけるヴェイユの指導的役割やこの周辺の問題における大きな業績、例えば楕円曲線の導手 {{mvar|N}} をこの問題に関連づけたことなどを鑑みるならば「'''谷山=志村=ヴェイユ予想'''」という呼称もおかしなものではないとし{{Sfn|足立|1995|p=189}}、1995年の著書においてはこの呼称を採用している。

ローゼンは次の点を指摘する{{Sfn|Rosen|2000|p=475f}}。

* この予想はヴェイユの1967年の論文で多くの数学者の関心を引くようになった。そしてこのときから10年間はこの予想はヴェイユ予想と呼ばれていたのであり、モジュラーな楕円曲線はヴェイユ曲線、モジュラ変数化はヴェイユ変数化と呼ばれていた。この論文のおかげで導手とこの問題との関係が明確になった。また、この論文の主定理がこの予想の確からしさの根拠となった。
* 1977年にセールが自身の論文で谷山の問題12を再掲するまで谷山の問題はほとんどの人に知られていなかった。
* 志村はこの予想に関して出版物の中で何も公表しなかった。

そして、この予想を「ヴェイユ予想」と呼びすべてをヴェイユの貢献としてしまうのは不公平であるが、ヴェイユの名前を抜くのも不公平であり、それでは正しく歴史を反映した呼称にならない、「谷山・志村・ヴェイユ予想」という呼称が当事者たち全員に対する正当な評価を反映した呼称だろう、という{{Sfn|Rosen|2000|p=476}}。

ローゼンの意見にラングは、様々な事実が明るみになりヴェイユ自身が結論を下しているにもかかわらずヴェイユの結論を受け入れない人がいるのは遺憾なことだ、とコメントした{{Sfn|Lang|2001|p=51}}。

セールは、呼称についての議論をあまり真剣に行う必要はないが、谷山・ヴェイユ予想という呼称のほうがより正確だと思う、と言っている{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。

=== 2000年代:モジュラリティ予想 ===

2000年の3月、セールは{{仮リンク|デイヴィッド・ゴス|en|David Goss}}に宛てた手紙の中でこの予想の来歴について説明し、手紙の最後に「あなたのご提案のとおり、'''モジュラリティ予想'''の方がいいかもしれませんね?」と書いた{{Sfn|Serre|2002|p=56}}。{{harvtxt|Milne|2006|p=210}} には、最近ではこの呼称が使われている、と書かれている。

== 証明へ ==

内容的に「[[ゼータ]]の統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想から[[フェルマーの最終定理]]が出るというアイディアが[[ゲルハルト・フライ]]により提示され、[[ジャン=ピエール・セール|セール]]による定式化を経て(フライ・セールの{{仮リンク|イプシロン予想|en|Epsilon conjecture}})、1986年夏に[[ケン・リベット]]によって証明されたことにより俄然注目を集めたが、[[アンドリュー・ワイルズ]]を除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。

[[アンドリュー・ワイルズ]](Andrew Wiles、[[プリンストン大学]]教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当っては[[リチャード・テイラー (数学者)|リチャード・テイラー]](Richard Taylor)も貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された{{harvs|txt|authorlink=Andrew Wiles|last=Wiles|year=1995a}}{{harvs|txt|authorlink=Andrew Wiles|last=Wiles|year=1995b}}。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系である[[フェルマーの最終定理|フェルマー予想]]をも解決した。

一般の場合については2001年に[[リチャード・テイラー (数学者)|リチャード・テイラー]]([[ハーバード大学]]教授)、[[ブライアン・コンラッド]]([[ミシガン大学]]教授)、[[フレッド・ダイアモンド]]([[ブランダイス大学]]教授)、[[クリストフ・ブルイユ]]([[IHES]]長期研究員)の4人による共著論文''On the modularity of elliptic curves over Q''により肯定的に解決された{{harvtxt|Diamond|1996}}, {{harvtxt|Conrad|Diamond|Taylor|1999}}, {{harvtxt|Breuil|Conrad|Diamond|Taylor|2001}}。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{notelist}}
=== 出典 ===
{{reflist|2}}

== 参考文献 ==

* {{Cite book
|last1 = Diamond
|first1 = F.
|last2 = Schurman
|first2 = J.
|authorlink1 = フレッド・ダイアモンド
|year = 2005
|title = A First Course in Modular Forms
|url = {{google books|d8JS2Ui8iT8C|A First Course in Modular Forms|plainurl=yes}}
|publisher = [[Springer Verlag]]
|isbn = 978-1441920058
|ref = harv
}}

*{{Citation | last1=Freitas | first1=Nuno | last2 = Le Hung | first2 = Bao V. | last3 = Siksek | first3 = Samir | title=Elliptic curves over real quadratic fields are modular | year=2015 | journal={{仮リンク|Inventiones Mathematicae|en|Inventiones Mathematicae}} | issn=0020-9910 | volume=201 | issue=1 | pages=159–206 | doi=10.1007/s00222-014-0550-z | mr=3359051| arxiv=1310.7088 | bibcode=2015InMat.201..159F }}
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|黒川ほか|2005}} |reference=黒川重信、栗原将人、斎藤毅『数論II 岩澤理論と保型形式』[[岩波書店]]、2005年、ISBN 4-00005528-3。}}
[[導手]]について
*平方因子を持たない場合 [[アンドリュー・ワイルズ|ワイルズ]] 1995
** {{cite journal | author = Andrew Wiles | year = 1995 | month = May | title = Modular elliptic curves and Fermat's Last Theorem (モジュラー楕円曲線とフェルマーの最終定理) | journal = Annals of Mathematics | volume = 141 | issue = 3 | pages = pp. 443-551 | url = http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/wiles.pdf }}
** {{cite journal | author = Andrew Wiles | year = 1995 | month = May | title = Modular elliptic curves and Fermat's Last Theorem (モジュラー楕円曲線とフェルマーの最終定理) | journal = Annals of Mathematics | volume = 141 | issue = 3 | pages = pp. 443-551 | url = http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/wiles.pdf }}
** {{cite journal | author = Richard Taylor and Andrew Wiles | year = 1995 | month = May | title = Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras (ある種のヘッケ環の理論的性質) | journal = Annals of Mathematics | volume = 141 | issue = 3 | pages = pp. 553-572 | url = http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/taylor-wiles.pdf }}
** {{cite journal | author = Richard Taylor and Andrew Wiles | year = 1995 | month = May | title = Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras (ある種のヘッケ環の理論的性質) | journal = Annals of Mathematics | volume = 141 | issue = 3 | pages = pp. 553-572 | url = http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/taylor-wiles.pdf }}
*27で割れない場合 リチャード・テイラー他 1999
*27で割れない場合 リチャード・テイラー他 1999
** {{Cite journal|first=B.|last=Conrad|coauthors=Diamond, F.; Taylor, R.|title=Modularity of Certain Potentially Barsotti-Tate Galois Representations|journal=J. Amer. Math. Soc.|volume=12|year=1999|publisher=|pages=pp. 521-567|url=http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/cdt.pdf|format=PDF}}
** {{Cite journal|first=B.|last=Conrad|coauthors=Diamond, F.; Taylor, R.|title=Modularity of Certain Potentially Barsotti-Tate Galois Representations|journal=J. Amer. Math. Soc.|volume=12|year=1999|publisher=|pages=pp. 521-567|url=http://math.stanford.edu/~lekheng/flt/cdt.pdf|format=PDF}}
*一般の場合
*一般の場合
** {{citation | last1=Breuil | first1=Christophe | last2=Conrad | first2=Brian | last3=Diamond | first3=Fred | last4=Taylor | first4=Richard | title=On the modularity of elliptic curves over '''Q''': wild 3-adic exercises | doi=10.1090/S0894-0347-01-00370-8 | id={{MathSciNet | id = 1839918}} | year=2001 | journal=Journal of the American Mathematical Society | issn=0894-0347 | volume=14 | issue=4 | pages=pp. 843-939}}
** {{citation | last1=Breuil | first1=Christophe | last2=Conrad | first2=Brian | last3=Diamond | first3=Fred | last4=Taylor | first4=Richard | title=On the modularity of elliptic curves over '''Q''': wild 3-adic exercises | doi=10.1090/S0894-0347-01-00370-8 | id={{MathSciNet | id = 1839918}} | year=2001 | journal={{仮リンク|Journal of the American Mathematical Society|en|Journal of the American Mathematical Society}} | issn=0894-0347 | volume=14 | issue=4 | pages=pp. 843-939}}
*{{Cite book|和書|author=足立恒雄|authorlink=足立恒雄|date=1995-06-20|title=フェルマーの大定理が解けた! オイラーからワイルズの証明まで|publisher=講談社|series=ブルーバックス|isbn=4-06-257074-2|ref={{Sfnref|足立|1995}} |url=https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000194035}}
*{{Cite book|和書|author=志村五郎|authorlink=志村五郎|year=2008|month=6|title=記憶の切繪図|publisher=筑摩書房|isbn=978-4-480-86069-9|url=http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480860699/|ref={{Sfnref|志村|2008}} }}
*{{Cite journal|first=Serge|last=Lang|authorlink=サージ・ラング|title=Some history of the Shimura-Taniyama conjecture|journal=Notices of the American Mathematical Society|volume=42|issue=11|year=1995|url=http://www.ams.org/notices/199511/forum.pdf|format=PDF|publisher=[[アメリカ数学会|AMS]]|pages=pp. 1301-1307 |ref={{Sfnref|ラング|1995}} }}
*{{Citation | last1=Breuil | first1=Christophe | last2=Conrad | first2=Brian | last3=Diamond | first3=Fred | last4=Taylor | first4=Richard | title=On the modularity of elliptic curves over '''Q''': wild 3-adic exercises | doi=10.1090/S0894-0347-01-00370-8 | mr=1839918 | year=2001 | journal=Journal of the American Mathematical Society | issn=0894-0347 | volume=14 | issue=4 | pages=843–939}}
*{{Citation | last1=Conrad | first1=Brian | last2=Diamond | first2=Fred | last3=Taylor | first3=Richard | title=Modularity of certain potentially Barsotti-Tate Galois representations | doi=10.1090/S0894-0347-99-00287-8 | mr=1639612 | year=1999 | journal=Journal of the American Mathematical Society | issn=0894-0347 | volume=12 | issue=2 | pages=521–567}}
*{{Citation | last1=Darmon | first1=Henri | title=A proof of the full Shimura-Taniyama-Weil conjecture is announced | url=http://www.ams.org/notices/199911/comm-darmon.pdf | mr=1723249 | year=1999 | journal=[[Notices of the American Mathematical Society]] | issn=0002-9920 | volume=46 | issue=11 | pages=1397–1401}}Contains a gentle introduction to the theorem and an outline of the proof.
*{{Citation | last1=Diamond | first1=Fred | title=On deformation rings and Hecke rings | doi=10.2307/2118586 | mr=1405946 | year=1996 | journal=[[Annals of Mathematics|Annals of Mathematics. Second Series]] | issn=0003-486X | volume=144 | issue=1 | pages=137–166}}
*{{Citation | last1=Taylor | first1=Richard | last2=Wiles | first2=Andrew | author2-link=Andrew Wiles | title=Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras | doi=10.2307/2118560 | mr=1333036 | year=1995 | journal=[[Annals of Mathematics|Annals of Mathematics. Second Series]] | issn=0003-486X | volume=141 | issue=3 | pages=553–572}}
*{{Citation | last1=Weil | first1=André | author1-link=André Weil | title=Über die Bestimmung Dirichletscher Reihen durch Funktionalgleichungen | doi=10.1007/BF01361551 | mr=0207658 | year=1967 | journal=[[Mathematische Annalen]] | issn=0025-5831 | volume=168 | pages=149–156}}
*{{Citation | last1=Wiles | first1=Andrew | author1-link=Andrew Wiles | title=Modular elliptic curves and Fermat's last theorem | jstor=2118559 | mr=1333035 | year=1995a | journal=[[Annals of Mathematics|Annals of Mathematics. Second Series]] | issn=0003-486X | volume=141 | issue=3 | pages=443–551 | ref = harv}}
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*{{Cite journal|first=J.-P.|last=Serre|authorlink=ジャン=ピエール・セール|title=L’histoire de la “modularity conjecture”|journal=La Gazette de la Société Mathématique de France|volume=91|year=2002|url=https://smf.emath.fr/system/files/filepdf/Gaz-91.pdf|format=PDF|publisher=Société Mathématique de France|pages=pp. 55–57|ref=harv}}

*{{Cite journal|和書| volume = 7| issue = 4| pages = 203–239| title = 本会議記録| journal = [[数学 (雑誌)|数学]]| date = 1956
| url = https://mathsoc.jp/pamph/history/Nikko1955/sugaku0704203-239.pdf
| accessdate = 2022-12-29 | ref = {{SfnRef|本会議記録|1956}} }}

* {{Cite journal| doi = 10.1112/blms/21.2.186| issn = 1469-2120| volume = 21| issue = 2| pages = 186–196| last = Shimura| first = Goro| title = Yutaka Taniyama and His Time| journal = Bulletin of the London Mathematical Society| accessdate = 2022-12-29| date = 1989| url = https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1112/blms/21.2.186 | ref = harv}}

== 外部リンク ==
* [http://mathematics-pdf.com/column/taniyama_shimura.html 谷山・志村予想について: MATHEMATICS.PDF]
* {{Wayback |url=http://toyokeizai.net/articles/-/2911 |title=(第35回)近世日本人数学者列伝~志村五郎~(前編)|オリジナル|東洋経済オンライン|新世代リーダーのためのビジネスサイト |date=20130304072754}}
* [https://taro-nishino.blogspot.com/2019/03/blog-post047.html 志村-谷山予想の或る由来], {{harvtxt|ラング|1995}} の私訳が掲載されている
* [https://taro-nishino.blogspot.com/2019/03/blog-post008.html 谷山豊と彼の生涯 個人的回想], {{harvtxt|Shimura|1989}} の私訳が掲載されている
* [https://taro-nishino.blogspot.com/2019/05/blog-post074.html 志村五郎博士著"The Map of My Life"のAppendixより"あの予想"]
* [https://taro-nishino.blogspot.com/2019/03/blog-post060.html 志村五郎博士著"The Map of My Life"より重要資料の手紙三編]
* [https://taro-nishino.blogspot.com/2019/03/blog-post004.html 私が交流したアンドレ・ヴェイユ]


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谷山–志村予想(たにやましむらよそう、: Taniyama–Shimura conjecture)とは、「有理数体上に定義された楕円曲線はすべてモジュラーであろう」という予想である。1955年日本数学者谷山豊によって提起され、1960年代以降に数学者の志村五郎によって定式化された。

この予想はアンドリュー・ワイルズクリストフ・ブルイユブライアン・コンラッドフレッド・ダイアモンドリチャード・テイラーらによって証明された[注釈 1]。今日ではモジュラー性定理またはモジュラリティ定理(modularity theorem)と呼ばれ[1]、20世紀数学の快挙の一つとされている[2]。ワイルズは半安定楕円曲線に対する谷山・志村予想を証明することでフェルマーの最終定理を証明した[3]

モジュラリティ定理は、ロバート・ラングランズによるより一般的な予想の特別な場合でもある[4]ラングランズ・プログラムは、保型形式、あるいは保型表現(適切なモジュラ形式の一般化)を、例えば数体上の任意の楕円曲線のような、より一般的な数論的代数幾何学の対象へ関連付けようとする[5]。拡張された予想のうち、ほとんどのケースは未だ証明されていない[6]が、Freitas, Le Hung & Siksek (2015) が実二次体上定義された楕円曲線がモジュラーであることを証明した。

谷山・志村予想の内容

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谷山・志村予想とは、志村五郎による定式化によれば[注釈 2]、任意の Q 上の楕円曲線には、ある整数 N に対するモジュラー曲線

からの非定数有理写像英語版が存在する、というものである[7][注釈 3]。この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ[要説明][注釈 4]。レベル Nモジュラのパラメタ表示[訳語疑問点](modular parametrization)と呼ばれる[9][10]N がそのようなパラメタ表示の中で最小の整数(モジュラリティ定理自体により、導手という数値として知られる[注釈 5])であれば、このパラメタ表示は、重さ 2 でレベル N の特殊なモジュラ形式、すなわち、(必要であれば同種に従い[注釈 6][注釈 7])正規化された整数のq-展開をもつ[注釈 8]新形式英語版(newform)の生成する写像として、定義される[注釈 9]

モジュラリティ定理は、次の谷山豊による解析的なステートメントにも言い換えられる[注釈 10]Q 上の楕円曲線 E楕円曲線のL-函数L(s, E) とする。このL-函数は、ディリクレ級数であり、

と表すことができる。

係数 の一種の母函数

で定義する。q

を代入すると、上半平面上の複素変数 τ の函数 が得られる。これは一種のフーリエ級数である。このようにして得られた函数が、重さ 2 でレベル N の新形式[13]、特に正規化されたカスプ形式でありヘッケ作用素の同時固有形式である[14]、というのがモジュラリティ定理の別の述べ方である。これから E に対するハッセ・ヴェイユ予想(Hasse–Weil conjecture)が従う[13]

逆に、重さ 2 の有理数係数の新形式は、有理数体上定義された楕円曲線の正則微分英語版(holomorphic differential)に対応する[15]。モジュラ曲線のヤコビ多様体は、同種による違いを除くと、重さ 2 のヘッケ固有形式に対応する既約アーベル多様体の積として書くことができる[16]。1-次元要素は楕円曲線である。(高次元要素も存在するので、この積表示に出てくるアーベル多様体がすべて楕円曲線であるわけではない。有理数係数のヘッケ固有形式に対応するアーベル多様体が楕円曲線になっている。)有理数体上の楕円曲線の L 函数に対応するカスプ形式からこの方法で構成される楕円曲線は、元々の曲線と同種である(一般には同型にはならない)[注釈 11]

モジュラーな楕円曲線

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楕円曲線モジュラーな楕円曲線であるとはモジュラー曲線から射影代数曲線としての全射があること、と説明するのが最も簡潔である。これは上のL函数の一致という定義と同値である。またヤコビ多様体を使った言い換えも出来る。以下ではそれを説明する。

モジュラー曲線のヤコビアン

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リーマン面 ヤコビアン(Jacobian(もしくはヤコビ多様体)は がコンパクト化されたモジュラー曲線である場合にはより明示的な表示が出来る。

この場合、 の要素は、 ウェイト 2 のカスプ形式と強く結びついている。

与えられたから作られる 1形式 は一意的 (本質的に、 に等しい[18])。つまり、写像

は同相である。よって、その双対写像

もまた同相であるからと同一視出来る。よって次のような定義は妥当である;

[19]

モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。1つは、モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数 であり、 の場合、群構造を持たなくなるのに対して、ヤコビアンの方はその場合でも群構造を持っているので扱いやすい点[20]と、もう1つはモジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる[21]点である。

新形式に付随するアーベル多様体

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新形式英語版(new form)に対して、アーベル多様体

によって定義する[22]。ただし、は、

ここでヘッケ作用素をダイアモンド作用素[23]である。即ちは整数係数のヘッケ環である。 (アーベル多様体の次元はである。ただし、数体である[24])[25]

ここでまたはとするとき、これはヤコビアンに以下のように作用する[26]

これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる[26]。なお、記号は同値類の意味である。

モジュラー曲線のヤコビアンの分解

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この時、ヤコビアンは、ヘッケ作用素によって次のように分解される[22]

ここで、に関する和は、新形式に 入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和[16][22]の約数、の約数の数である[16]。 また、写像は、同種(isogeny, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも種数でなくてよい。)の意味である[22]

次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)をモジュラーな楕円曲線と言う[27]

与えられた、有理数係数を持ったからモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては文献[28]を参照せよ。

予想の生い立ちと呼称の変遷

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1955年:谷山の問題

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1955年、「代数的整数論に関する国際会議」が9月8日から9月13日までの日程で東京日光を会場として開催された[29]。外国からはアンドレ・ヴェイユジャン=ピエール・セールが招かれ、日本からは志村五郎谷山豊が参加した。この会議で多くの人から問題が集められ配布された[30]。その中で谷山は次の問題を(他の問題とともに)提出した。

問題12. 代数体 上で定義された楕円曲線とし -函数 とかく:

ママ

zeta 函数である. もし Hasse の予想が に対し正しいとすれば, より Mellin 逆変換で得られる Fourier 級数は特別な形の −2 次元の automorphic form でなければならない. (cf. Hecke) もしそうであればこの形式はその automorphic function の体の楕円微分となることは非常に確からしい.
 さて, に対する Hasse の予想の証明は上のような考察を逆にたどって, が得られるような適当な automorphic form を見出すことによつて可能であろうか.(谷山 豊)[31]

問題13. 問題12に関連して, 次のことが考えられる. “Stufe” 楕円モジュラー函数体を特性づけること, 特にこの函数体の Jacobi 多様体isogenusママ〕の意味で単純成分に分解すること. また 素数, 且 ならば, 虚数乗法をもつ楕円曲線をふくむことはよく知られているが, 一般の についてはどうであろうか.(谷山 豊)[31]

問題12を谷山・志村予想の端緒・原型と考える人もいる[32][33]。足立は、問題13を「モデュラー曲線でパラメトライズされる楕円曲線を特徴づけよ」という問題だと解釈したうえで、これは問題12と同値であるとし、これらの問題を谷山・志村予想の原型としている[34][35]

一方、志村は、谷山の問題をこの予想の起源と見ることもできるかもしれない[36]が、『記憶の切繪図』(筑摩書房、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。志村は

ここで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という私の予想について説明しておこう。これは一九六四年九月頃に私がふたりの数学者に話した[注釈 12]もので、その事はよく知られている。この予想はその三十数年後に証明されて、今では定理になっている。 ところで、これに関係ある言明を谷山豊がしているが、その意味と上記の私の言ったこととの関係を完全に理解している人は数学者も含めてほとんどいないのではないかと思われるので、その事を詳しく説明しよう。また私の口からはっきり言ってほしいと思っている人も多いであろう。
(中略)
私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。はじめに書いたように私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。その上、モジュラー関数以外のヘッケのいう保型形式は役に立たないと始から考えていたから無視していた。実はそれ以外に重要な保型形式があるが、そのことはここで考えない。また私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。もうひとつ書くと、一九五五年以後一九六〇年代にかけて、そういう代数曲線のゼータ関数を研究し、それを決定するなどという研究をしたのはおそらく私ひとりであったと思われる。谷山はそういうことはやらなかった。彼はヘッケの論文は読んでいたが、一変数の保型形式・関数の理論を自分のものにしていなかったように思われる。…

と述べている[37]

また志村は谷山の問題12の問題点を次のように指摘している。まず、問題12では任意の代数体上の楕円曲線の L 関数について言及しているが、有理数体上の楕円曲線に限定しなければ意味がない[38]。なぜ谷山が有理数体に限定しなかったかというと、問題13に見られるように谷山はモジュラー形式と虚数乗法論の関係に興味を持っていたので、問題12においても虚数乗法を持つ楕円曲線が考察の対象として含まれるようにしたかったのではないか、と志村は想像している[39]。また、問題12で谷山が述べている automorphic form はモジュラー形式よりもはるかに一般的な関数を念頭においたものだという[38]。志村は、谷山は問題12を述べるにあたって細心の注意を払っていなかったのではないか、と言っている[38]

1955年:非公式討論会

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「代数的整数論に関する国際会議」が開催されていた1955年9月12日の夜、昼間に行われた志村、谷山、ヴェイユらの講演により虚数乗法論に予想外の進展があったため、ヴェイユの発案で「虚数乗法に関する非公式討論会」が行われた[40]。この討論会は前述の3名を含む30名ばかりが集まって行われた[40]。この討論会において、谷山とヴェイユは次の会話をしている(「W」はヴェイユ)。

W. 楕円函数は全部, modular 函数で一意化されると思うか?
谷山. Modular 函数だけでは駄目だろう. 別の特別な型の automorphic function も必要だと思う.
W. もちろんそれで或るものはできるだろう. しかし一般の場合は, 今までとは全く違い, 全く神秘的に見える. ... — 本会議記録 (1956, p. 228)

志村は、この記録を一つの根拠に、ヴェイユは谷山・志村予想の正しさを信じていなかった、という[41]

足立は、この記録を根拠に、ヴェイユがこうした問題に十分関心を持っていたことは明らかだ、という[42]

1958年11月17日の月曜日の朝、谷山は若くして自殺する[43]

1964年:プリンストンの志村

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1960年代の前半、モジュラーな楕円曲線は有理数体上定義された楕円曲線のうちのほんの一部に過ぎないと広く思い込まれていた[44]。ただ一人の例外は志村であった。

1964年[12][注釈 13]プリンストン高等学術研究所で催されたあるパーティーでのことだった[44]。セールが志村のところにやってきて、「あなたのモジュラー曲線についての研究結果はそんなにいいものではない、なぜなら有理数体上定義された任意の楕円曲線に対して適用できるものではないのだから」と言ったという。志村はセールに「そのような曲線(有理数体上定義された任意の楕円曲線のこと)はすべてモジュラー曲線のヤコビ多様体の商になると思っている」と返答したという。数日後、ヴェイユが志村のところにやってきて、本当にそんなことを言ったのか、と尋ねた。志村は「ええ。もっともらしいとは思いませんか?」と返答したという。

ヴェイユは1979年に出版されたヴェイユ全集のコメントの中でこのような会話があったことを肯定している[45]。そしてこの予想について考えたあと、後述する1967年の論文を公表した。

一方セールは、このような会話があったことは十分に考えられるが、本当にあったかどうかはわからない、という[46]。もし志村がすべての楕円曲線がモジュラーであることの根拠を少しでも述べていたら印象に残り覚えていただろうが、そうではなかったので(本当にこのような会話があったとしても)記憶に残らなかったのだろう、と言っている。

1967年:ヴェイユの論文

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ヴェイユは志村から聞いた予想について考え、論文「関数等式によるディリクレ級数の決定について」を発表した[45][注釈 14]。この論文で楕円曲線のゼータ関数とその十分多くの twist が関数等式を持つならばそれはモジュラー形式のメリン変換から得られることが証明された。

さらにこの論文の中で彼は、そのモジュラー形式のレベルは楕円曲線の導手でなければならないことも示唆した[48]。これによって楕円曲線がモジュラーであるかどうか数値的に検証することができるようになった。

1966年の夏、ヴェイユはこのことをセールにコーヒーハウスで説明した[49]。セールはそのときのことを鮮明に覚えているという。色々な事実が噛み合いはじめ、歯車が回り始めた。なぜ導手が1の楕円曲線が存在しないのか?それはモジュラー曲線 X0(1) の種数が0だからだ!セールは家に帰って小さな導手を持つ楕円曲線をチェックしてみた。導手 N が11未満の楕円曲線は無く、16の楕円曲線も無かった。このことはそのレベルのモジュラー曲線 X0(N) の種数が0であることと符号していた。数時間の内にセールは谷山・志村予想が正しいことを確信するに至った。

一方、ヴェイユはこの予想が成立するかどうかは依然疑わしいとこの論文に書いた[45]。そしてこれについては「興味ある読者への演習問題としよう」という冗談[48]でこの論文を締めくくった。

ヴェイユのこの研究によってこの予想は広く知られるようになった[33]。谷山の問題のことは忘れられていたので、この論文の公表から10年間、この予想はヴェイユ予想と呼ばれることになる[49][注釈 15]

1970年代:谷山の問題の再発見

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1976年頃、セールは谷山全集のコピーを買った[49]。そして問題12の日本語版が全集に収録されているものの英語版は収録されていないことに気付いた。そこで1977年に公表した 𝓁 進表現についての論文の中で谷山の問題12の1955年英語版を再掲した。英語版の谷山の問題が広く公開されたのはこのときがはじめてであっただろうと言われている[50][注釈 16]。このときからセールはこの予想をヴェイユ予想と呼ぶのをやめ谷山・ヴェイユ予想と呼ぶようになった[49]。セールは「このせいで呼称に関する苦い論争に巻き込まれることになってしまった」と言っている。

70年代においても、この予想の成立に志村が果たした役割はまだ十分に認識されていなかった[45]。理由の一つに、志村が出版物の中でこの予想に言及したことがないことがあげられる。

1980年代:フェルマー予想

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1986年の夏、ケン・リベットがセールの ε 予想を証明した[51]。これから、フェルマー予想を証明するには半安定楕円曲線に対する谷山・志村予想を証明すればよいことになった。

この頃、サージ・ラングは次のような会話がヴェイユと志村の間で交わされたとセールから聞いた[52]

ヴェイユ「なぜ谷山はすべての楕円曲線はモジュラーだと考えたのか?」
志村「あなたが谷山に教えたのです。あなたはそのことを忘れてしまった」

このような会話が本当にあったのかどうか、ラングは志村とヴェイユに確認を取った。1986年8月13日に志村から返信があった。彼の回答は「このような会話がなされるはずがない」という断定的なものだった。志村はその根拠として1967年の論文でヴェイユは谷山・志村予想の成立に懐疑的なコメントをしていることをあげた。

ラングは志村の返信をセールとヴェイユに送りコメントを求めた。8月16日にセールから返信があった。セールは、彼の話の裏を取ろうとするラングの試みを非難した。セールとのやり取りの中でラングはセールに「これ以上間違ったストーリーを拡散するのはやめてくれ」と頼んだ。セールは最後に一言「手紙と志村の手紙のコピーを送ってくれてありがとう。とてもためになった」と返信し、これでやりとりは打ち切られた。

1986年の12月はじめのある晩、志村は妻と食事をしていた[53]。なぜそうなったのかは思い出せないが谷山の話をしていた、と志村はいう。食事が終わりそこで会話は終わったが、志村は谷山のことが頭から離れなかった。突然、志村の目から涙が溢れてきた。谷山が可哀想でたまらなかったからだという。そして翌日から谷山との思い出話を書き始め、10日ほどでひとまず書き終わった。この文章は1989年に「谷山豊と彼の時代、非常に個人的な回想」[54]というタイトルでロンドン数学会の会報で発表された。この記事の最後に谷山の問題についての言及があるが、これは編集者から要請があったからだという。

ラング (1995) にはセール、ヴェイユ、志村の手紙からの引用が複数あるが、これらの手紙の日付はすべて1986年8月から12月までの間になっている。

引用されている手紙の一覧
差出人 宛先 日付 引用箇所
志村 ラング 1986年8月13日 p. 1303, 1306
志村 Shahidi 1986年9月16日 p. 1303, 1304, 1305
志村 ラング 1986年9月22日 p. 1302
セール ラング 1986年8月16日 p. 1306
セール ラング 1986年9月11日 p. 1306
ヴェイユ ラング 1986年12月3日 p. 1306

1990年代:呼称に関する議論

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1990年代、「ヴェイユ予想」「谷山・ヴェイユ予想」と呼ばれてきたこの予想の名称からヴェイユの名前を排除すべく、ラングは大々的なキャンペーンを開始した[49]。ラングは30年にわたってこの予想の歴史が誤って語られ続け当事者達に対する正当な評価が行われてこなかったとし、自身で行った調査をもとにこの予想を谷山・志村予想と呼ぶことにした[55]。ラングは1995年に発表した記事の導入部でセールが1995年6月のブルバキ・セミナーにおいて語った呼称の由来は間違ってるとまず指摘し[55]、1986年の「ためになった」という返信は何だったのか、と糾弾する[56]。さらにゲルト・ファルティングスが「谷山・ヴェイユ予想(本質的には志村による)」と矛盾した言い回しを用いたことに言及する。そしてこうした混乱が生じた主な原因はヴェイユが1967年の論文でこの予想の来歴をきちんと書かずようやく1979年になってから全集のコメントに書いたからだ、と結論した[45]

ラングのキャンペーンの結果、この予想を「谷山・志村予想」と異なる名称で呼ぶことは憚られるようになった[57]。今では多くの人がこの予想を谷山・志村予想と呼んでいる[58]

しかしすべての数学者がラングの意見に同調しているわけではない。

足立は、予想の呼称をどうするかは重要ではないが[59]、日光シンポジウムにおけるヴェイユの指導的役割やこの周辺の問題における大きな業績、例えば楕円曲線の導手 N をこの問題に関連づけたことなどを鑑みるならば「谷山=志村=ヴェイユ予想」という呼称もおかしなものではないとし[42]、1995年の著書においてはこの呼称を採用している。

ローゼンは次の点を指摘する[60]

  • この予想はヴェイユの1967年の論文で多くの数学者の関心を引くようになった。そしてこのときから10年間はこの予想はヴェイユ予想と呼ばれていたのであり、モジュラーな楕円曲線はヴェイユ曲線、モジュラ変数化はヴェイユ変数化と呼ばれていた。この論文のおかげで導手とこの問題との関係が明確になった。また、この論文の主定理がこの予想の確からしさの根拠となった。
  • 1977年にセールが自身の論文で谷山の問題12を再掲するまで谷山の問題はほとんどの人に知られていなかった。
  • 志村はこの予想に関して出版物の中で何も公表しなかった。

そして、この予想を「ヴェイユ予想」と呼びすべてをヴェイユの貢献としてしまうのは不公平であるが、ヴェイユの名前を抜くのも不公平であり、それでは正しく歴史を反映した呼称にならない、「谷山・志村・ヴェイユ予想」という呼称が当事者たち全員に対する正当な評価を反映した呼称だろう、という[50]

ローゼンの意見にラングは、様々な事実が明るみになりヴェイユ自身が結論を下しているにもかかわらずヴェイユの結論を受け入れない人がいるのは遺憾なことだ、とコメントした[61]

セールは、呼称についての議論をあまり真剣に行う必要はないが、谷山・ヴェイユ予想という呼称のほうがより正確だと思う、と言っている[49]

2000年代:モジュラリティ予想

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2000年の3月、セールはデイヴィッド・ゴス英語版に宛てた手紙の中でこの予想の来歴について説明し、手紙の最後に「あなたのご提案のとおり、モジュラリティ予想の方がいいかもしれませんね?」と書いた[49]Milne (2006, p. 210) には、最近ではこの呼称が使われている、と書かれている。

証明へ

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内容的に「ゼータの統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想からフェルマーの最終定理が出るというアイディアがゲルハルト・フライにより提示され、セールによる定式化を経て(フライ・セールのイプシロン予想英語版)、1986年夏にケン・リベットによって証明されたことにより俄然注目を集めたが、アンドリュー・ワイルズを除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。

アンドリュー・ワイルズ(Andrew Wiles、プリンストン大学教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当ってはリチャード・テイラー(Richard Taylor)も貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された Wiles (1995a) Wiles (1995b)。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系であるフェルマー予想をも解決した。

一般の場合については2001年にリチャード・テイラーハーバード大学教授)、ブライアン・コンラッドミシガン大学教授)、フレッド・ダイアモンドブランダイス大学教授)、クリストフ・ブルイユIHES長期研究員)の4人による共著論文On the modularity of elliptic curves over Qにより肯定的に解決されたDiamond (1996), Conrad, Diamond & Taylor (1999), Breuil et al. (2001)

脚注

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注釈

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  1. ^ コンラッドとダイアモンド、テイラーの3人はワイルズの学生である。Andrew John Wiles - Mathematics Genealogy Project 参照。
  2. ^ 飯高・吉田 (1994, p. 178) にある通り、志村は一貫してかつ意識的にこの予想に言及することを避けてきたので、「志村による定式化」と言ってもおそらく出版された志村の学術論文の中で以降に述べるような定式化を見つけることはできないと思われる。しかし、Langlands (1997, p. 12) に「Shimura’s reformulation」という言葉が見えるように、以降に述べるような代数幾何学的な定式化を「志村による定式化」と呼ぶようである。また、志村 (2008) の付録三においても、この代数幾何学的な定式化を志村は「私の予想」と呼んでいる。
  3. ^ ここに挙げた参考文献では「非定数有理写像」ではなく「全射の射」が存在する、と定式化しているが、非特異かつ基礎体上固有な代数曲線についてはどちらでも同じことになる。The Stacks project, Tag 0BY1Rational map on smooth projective curveMorphism between curves constant of surjectiveを参照。
  4. ^ モジュラー方程式という2変数の多項式があり、これで定義される曲線を非特異化したものが X0(N)Q 上同型になる[8]。しかしこの多項式は特異点を持つので、「この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ」という記載の根拠になり得ない。こうした研究があることを考えると、X0(N) の定義方程式を見つけることは非自明な問題と思われる。したがって「この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ」という記載は妥当ではないと考えられる。
  5. ^ Diamond & Schurman (2005, p. 292) では、この整数を解析的導手と呼び、これが楕円曲線の導手に等しいことをモジュラー性定理の主張の一部としている[11]
  6. ^ これは「followed if need be by an isogeny.」の翻訳と思われ、翻訳元の英語版に明記はないものの Knapp (1992, p. 390) が出典になっているものと思われる。この文献では follow を「写像の合成」の意で使っているようなので follow を「従い」と訳すのは誤訳だと思われる。また、同種の合成が必要なのはモジュラー性定理を「任意の有理数体上の楕円曲線は(同種による違いを除き)モジュラー曲線から Shimura construction で得られる」といった形で定式化するときであり、ここでの定式化であれば同種を持ち出す必要はないと思われる。
  7. ^ Cremona (1997, p. 47) にあるように、「モジュラのパラメタ表示」があれば、それで楕円曲線上の正則微分形式を引き戻すことで新形式 f が得られるので、この定式化では同種の楕円曲線に取り替える必要はない。
  8. ^ 「整数をフーリエ係数に持つ」の意と思われる。
  9. ^ Cremona (1997, p. 47) によれば、「新形式の生成する写像」が「モジュラのパラメタ表示」になるのではなく、新形式の不定積分により定義される写像が「モジュラのパラメータ表示」になる。
  10. ^ 谷山は谷山・志村予想を正確な形で述べたことはない[12]ことには注意が必要。
  11. ^ 楕円曲線が同種ならその L 函数は等しく[17]、この L 函数に対応するカスプ形式は定義より唯一であることによる。
  12. ^ 飯高・吉田 (1994, p. 177) にセールとヴェイユに話したことが書かれている。
  13. ^ ラング (1995, p. 1303) では「1962年~1964年」となっている。
  14. ^ エーリッヒ・ヘッケによるほぼ同じタイトルの論文があり、掲載された雑誌も同じく Mathematische Annalen である[47]
  15. ^ ちなみに普通ヴェイユ予想といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する定理のことをさす。
  16. ^ 一方、ラングは70年代前半に谷山の問題が広く配布された、と言っている[45]

出典

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  1. ^ Diamond & Schurman 2005, p. vii.
  2. ^ Zagier 2008, p. 46.
  3. ^ Zagier 2008, p. 47.
  4. ^ Mazur, B. (1991). “Number theory as gadfly”. American Mathematical Monthly 98 (7): 606. doi:10.2307/2324924. ISSN 0002-9890. https://doi.org/10.2307/2324924. 
  5. ^ Langlands 1997, p. 1.
  6. ^ Langlands 1997, p. 12. Except for n = 1 and n = 2,these are scarcely accessible at present. と書いてある。
  7. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 292.
  8. ^ Milne 2006, p. 186.
  9. ^ 「modular parametrization of level N」をGoogle検索する
  10. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 63.
  11. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 356.
  12. ^ a b 志村 2008, 付録三.
  13. ^ a b Diamond & Schurman 2005, p. 362.
  14. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 195.
  15. ^ Cremona 1997, pp. 24–25, 47.
  16. ^ a b c Diamond & Schurman 2005, p. 244.
  17. ^ Milne 2006, p. 196.
  18. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 227.
  19. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 231.
  20. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 211.
  21. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 215.
  22. ^ a b c d Diamond & Schurman 2005, p. 246.
  23. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 241.
  24. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 234.
  25. ^ Diamond & Schurman 2005, p. 359.
  26. ^ a b Diamond & Schurman 2005, p. 229.
  27. ^ 黒川ほか 2005, p. 590.
  28. ^ J.E. Cremona, Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition), Cambridge University Press, 1997, ISBN 978-0521598200.
  29. ^ 彌永昌吉「代数的整数論に関する国際会議について」『数学』第7巻第4号、1956年、193–193頁、doi:10.11429/sugaku1947.7.193 
  30. ^ 問題, p. 268.
  31. ^ a b 問題, p. 269.
  32. ^ 飯高・吉田 1994, p. 179.
  33. ^ a b 黒川ほか 2005, p. 589.
  34. ^ 足立 1995, p. 188.
  35. ^ 足立恒雄『フェルマーの大定理:整数論の源流』、ちくま学芸文庫、2006年、ISBN 4-480-09012-6、pp. 312–313.
  36. ^ Shimura 1989, p. 194.
  37. ^ 志村 2008, pp. 250–251.
  38. ^ a b c ラング 1995, p. 1302.
  39. ^ Shimura 1989, p. 195.
  40. ^ a b 本会議記録 1956, p. 217.
  41. ^ 飯高・吉田 1995, p. 178.
  42. ^ a b 足立 1995, p. 189.
  43. ^ Shimura 1989, p. 192.
  44. ^ a b ラング 1995, p. 1303.
  45. ^ a b c d e f ラング 1995, p. 1304.
  46. ^ Serre 2002, p. 57.
  47. ^ Hecke, E. (1936). “Über die Bestimmung Dirichletscher Reihen durch ihre Funktionalgleichung”. Mathematische Annalen 112: 664–699. https://eudml.org/doc/159847 2022年12月29日閲覧。. 
  48. ^ a b Serre 2002, p. 55.
  49. ^ a b c d e f g Serre 2002, p. 56.
  50. ^ a b Rosen 2000, p. 476.
  51. ^ Wiles 1995a, p. 443.
  52. ^ ラング 1995, p. 1306.
  53. ^ 志村 2008, 十九.
  54. ^ Shimura 1989.
  55. ^ a b ラング 1995, p. 1301.
  56. ^ ラング 1995, p. 1307.
  57. ^ Milne 2006, p. 210.
  58. ^ Rosen 2000, p. 475.
  59. ^ 足立 1995, p. 191.
  60. ^ Rosen 2000, p. 475f.
  61. ^ Lang 2001, p. 51.

参考文献

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導手について

外部リンク

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