「放射線ホルミシス」の版間の差分
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ホルミシスという言葉が最初に用いられたのは菌類の成長を抑制する物質が低濃度では菌類の成長を刺激することを表現するものとしてであり、「少量の毒は刺激作用がある」とするアルント・シュルツの法則([[:en:Arndt-Schulz rule|Arndt-Schulz rule]])の言い直しである<ref name=Luckey1990_47/>。 |
ホルミシスという言葉が最初に用いられたのは菌類の成長を抑制する物質が低濃度では菌類の成長を刺激することを表現するものとしてであり、「少量の毒は刺激作用がある」とするアルント・シュルツの法則([[:en:Arndt-Schulz rule|Arndt-Schulz rule]])の言い直しである<ref name=Luckey1990_47/>。 |
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1978年、[[ミズーリ大学]]の |
1978年<ref>著作が出版されたのは[[スリーマイル島原子力発電所事故]]の起きた翌年の1980年であるが、記されたのは原発事故より前とされている。</ref>、[[ミズーリ大学]]の[[トーマス・ラッキー|トーマス・D・ラッキー]]は"Hormesis with Ionizing Radiation(電離放射線によるホルミシス)"という書籍を著し、このテーマは1980年代に放射線影響の研究において言及され、低線量の放射線照射は生物の成長・発育の促進、繁殖力の増進及び寿命の延長という効果をもたらしうるという放射線ホルミシス研究として注目されるに至った<ref>[http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_detail.php?Dic_Key=1302 「ホルミシス」ATOMICA(原子力百科事典)-高度情報科学技術研究機構]</ref>。 |
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電離放射線の性質を利用する[[放射線療法]]においては、放射線ホルミシスを凌駕する100から150ミリシーベルトという線量での放射線照射を数回全身あるいは半身に対して行うことで生体の免疫機能を高め、癌治療のための局所照射の効果を増強し、治癒率を高めている<ref>坂本澄彦「低線量全身照射による癌治療」『アンチ・エイジング医学』(Vol.7/No.5) 2011年10月 p.58 ISBN 978-4-7792-0806-5</ref><ref name="ygn"/>。 |
電離放射線の性質を利用する[[放射線療法]]においては、放射線ホルミシスを凌駕する100から150ミリシーベルトという線量での放射線照射を数回全身あるいは半身に対して行うことで生体の免疫機能を高め、癌治療のための局所照射の効果を増強し、治癒率を高めている<ref>坂本澄彦「低線量全身照射による癌治療」『アンチ・エイジング医学』(Vol.7/No.5) 2011年10月 p.58 ISBN 978-4-7792-0806-5</ref><ref name="ygn"/>。 |
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== 概要 == |
== 概要 == |
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放射線ホルミシス効果とは、 |
放射線ホルミシス効果とは、1980年に[[ミズーリ大学]]のトーマス・D・ラッキー[[生化学]][[教授]]が、自らは実験や研究を行っていないが、20世紀初頭から知られていた一時的な低線量の放射線による生物の各種刺激効果を、改めて他の多くの研究者の研究原著論文を[[:en:CRC Press|CRC Press]]から出版された本<ref>{{Cite book |author=Thomas D. Luckey |year=1980 |title=Hormesis With Ionizing Radiation |url= |publisher=CRC Press |isbn=0849358418}}</ref>の中で紹介、整理することによって使用した言葉であり、アメリカ保健物理学会誌1982年12月号に掲載された総説によって提唱された学説である<ref name="東嶋和子">Luckey T. D.,松平寛通(監訳):放射線ホルミシス、 ソフトサイエンス社(1990)、同:放射線ホルミシス(2),ソフトサイエンス社(1993)。東嶋和子著 『放射線利用の基礎知識』 講談社</ref>。この仮説では、一時的な低線量の[[放射線]]照射は、体のさまざまな活動を活性化するとされる<ref name="東嶋和子"/>。ラッキー教授は小論文『原爆の健康効用』を発表し、原爆は健康を促進した面があるとしている<ref>T. D. Luckey「Atomic Bomb Health Benefits」[[国立生物工学情報センター]]所蔵論文[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2592990/ Web], [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2592990/pdf/drp-06-0369.pdf PDF]</ref>。 |
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一方、[[世界保健機関|WHO]]は低線量であっても天然[[ラドン]]の放射線の危険性を指摘し<ref name="ボタニカル">[http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/factsheets/radon_fs_291_japan.pdf ラドンと癌]</ref>、[[国際放射線防護委員会]](ICRP)は対策が必要となる屋内ラドン濃度として年実効線量では3m[[シーベルト|Sv]]から10mSvに相当する200[[ベクレル|Bq]]/m<sup>3</sup>から600Bq/m<sup>3</sup>の範囲から勧告を行なっているが<ref>[http://www.kankyo-hoshano.go.jp/qa/lib/k_qa_6.pdf 日本の環境放射能と放射線_Q&A _基礎Q6 ]</ref>、ラドンによる肺がんリスクは喫煙を原因とした場合の25分の1であり、そのリスクも喫煙者ほど高くなるとされている上、素粒子物理学の専門家である[[ウェード・アリソン]]によれば、この報告された内容はラドンの追加リスクの線形性を否定するものであり、その調査規模による精度の誤差範囲に入り、非喫煙者とラドンの間に確定したリスクがあることは疑われるべきとしている<ref>[[#アリソン 2011|アリソン 2011]],pp.164-168</ref>。 |
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⚫ | [[核兵器廃絶国際キャンペーン]]([[:en:International Campaign to Abolish Nuclear Weapons|en]])のSue Warehamによると原子力産業では |
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⚫ | [[核戦争防止国際医師会議]]のオーストラリア支部メンバーで、[[核兵器廃絶国際キャンペーン]]([[:en:International Campaign to Abolish Nuclear Weapons|en]])のSue Warehamによると、原子力産業では放射線の危険性を控えめに扱い、ホルミシス概念の普及を続けているとしている<ref>{{cite |url=http://www.energyscience.org.au/factsheets.html |chapterurl=http://www.energyscience.org.au/BP20%20Misleading.pdf |title=The Briefing Papers |chapter=20. The Nuclear Industry: A History of Misleading Claims |author=Sue Wareham |publisher=energyscience |date= |accessdate=2011/6/18 |quote=The nuclear industry, however, continues to downplay the risks and even promote the largely discredited notion of “hormesis”, the idea that a bit of radiation is good for us. }}</ref>。[[ロシア科学アカデミー]]の[[アレクセイ・ヤブロコフ]]らによると、ホルミシスの提唱者達は、放射線関連の疾病の増加が隠すことのできない事として明らかとなってきてからは、その放射線由来の疾病は全国的な恐怖の結果であるとの言い逃れを試みるようになり、同時に線形非閾値モデル([[:en:Linear no-threshold model|LNT]]モデル)に基づく放射能の影響を否定するキャンペーンが始まり、[[チェルノブイリ原子力発電所事故]]以後、ある科学者達は人以外の系における低線量効果に基づいてチェルノブイリのような線量は人間や全ての生物にとってためになるとの主張を始めて、LNTモデルなど現代の放射線生物学のいくつかの概念の改訂を試みる活動が続けられているとしている<ref>{{cite book |author= Alexey V. Yablokov, Vassily B. Nesterenko, and Alexey V. Nesterenko |title=[http://www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment] (Annals of the [[:en:New York Academy of Sciences|New York Academy of Sciences]]) |publisher=[[:en:Wiley-Blackwell|Wiley-Blackwell]]|year=2009 |page=vii |isbn=978-1573317573 |edition=paperback |quote=When it became impossible to hide the obvious increase in radiation-related diseases, attempts were made to explain it away as being a result of nationwide fear. At the same time some concepts of modern radiobiology were suddenly revised. For example, contrary to elementary observations about the nature of the primary interactions of ionizing radiation and the molecular structure of cells, a campaign began to deny nonthreshold radiation effects. On the basis of the effects of small doses of radiation in some nonhuman systems where hormesis was noted, some scientists began to insist that such doses from Chernobyl would actually benefit humans and all other living things. }}</ref>。 |
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近年では、日本の[[電力中央研究所]]や[[放射線医学総合研究所]]、[[東京大学]]、[[京都大学]]、[[東北大学]]、[[大阪大学]]、[[広島大学]]、[[長崎大学]]などの各大学<ref name="検証プロジェクト">[http://criepi.denken.or.jp/jp/ldrc/information/result/hormesis_project.html 財団法人 電力中央研究所 放射線安全研究センターによる放射線ホルミシス効果検証プロジェクト]</ref><ref>[[酒井一夫]], [http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den401.pdf 解明すすむ微量放射線の影響], 電中研ニュース401号</ref>や[[マサチューセッツ大学]]のエドワード・キャラブレスらが継承して研究している<ref name="Science News Online 2007">[http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_07/07_01/070120_SN_hormesis.html#%96%F3%92%8D1 Science News Online 2007年1月20日記事邦訳]</ref>。 |
近年では、日本の[[電力中央研究所]]や[[放射線医学総合研究所]]、[[東京大学]]、[[京都大学]]、[[東北大学]]、[[大阪大学]]、[[広島大学]]、[[長崎大学]]などの各大学<ref name="検証プロジェクト">[http://criepi.denken.or.jp/jp/ldrc/information/result/hormesis_project.html 財団法人 電力中央研究所 放射線安全研究センターによる放射線ホルミシス効果検証プロジェクト]</ref><ref>[[酒井一夫]], [http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den401.pdf 解明すすむ微量放射線の影響], 電中研ニュース401号</ref>や[[マサチューセッツ大学]]のエドワード・キャラブレスらが継承して研究している<ref name="Science News Online 2007">[http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_07/07_01/070120_SN_hormesis.html#%96%F3%92%8D1 Science News Online 2007年1月20日記事邦訳]</ref>。 |
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放射線の医学的利用法については、[[放射線療法]]を参照。 |
放射線の医学的利用法については、[[放射線療法]]を参照。 |
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=== ホルミシスが生じる線量範囲 === |
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トーマス・D・ラッキーは自然放射線レベルから年間10Gyの間の全身照射であればホルミシスは生じるとし、被曝線量の許容値としては保守的な値として年間1[[グレイ (単位)|Gy]]を主張している<ref>{{Cite |url=http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/j/newsletter/n19/16.html |title=日本保健物理学会 NewsLetter |chapterurl=http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/j/newsletter/pdf/n19.pdf |chapter=低線量放射線影響に関する公開シンポジウム「放射線と健康」印象記 |date= |publisher=[http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/ 日本保健物理学会] |author=赤羽恵一 |journal=日本保健物理学会 |date=1999 |volume=19 |issue= |page=8 |accessdate=2012/2/3 |quote=また、Luckey 氏の線量応答曲線は、ホルミシスは全身照射が自然放射線レベルから 10Gy/y の間で生じ、許容値は「保守的に」1Gy/y としているが、これは、既存の放射線影響の報告とかけ離れた数値である。 }}</ref>。電中研の服部禎男は、「自然放射線の100 倍を自由に被ばくできる健康センター施設を全国につくりたい」とし、そのためにはリミットをトーマス・ラッキーの示した年間1[[グレイ (単位)|Gy]]が適当であるとし<ref>{{Cite |url=http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/j/newsletter/n19/16.html |title=日本保健物理学会 NewsLetter |chapterurl=http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/j/newsletter/pdf/n19.pdf |chapter=低線量放射線影響に関する公開シンポジウム「放射線と健康」印象記 |date= |publisher=[http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/ 日本保健物理学会] |author=赤羽恵一 |journal=日本保健物理学会 |date=1999 |volume=19 |issue= |page=8 |accessdate=2012/2/3 |quote=さらに、服部氏からは「自然放射線の100 倍を自由に被ばくできる健康センター施設を全国につくりたい」という発言があった。それを作るためにはリミットは Luckey 氏の示す 1Gy/y が適当である、と主張する。 }}</ref>、放射線量率が毎時100mSvあるいは毎時1Sv以下では癌にならないとの学者の研究発表があると主張している<ref>{{cite |url=http://jinf.jp/ |chapterurl=http://jinf.jp/news/archives/4873 |title=一般財団法人 国家基本問題研究所 |chapter=服部禎男元電力中央研究所名誉特別顧問と意見交換 |author= |date= |work=一般財団法人 国家基本問題研究所 |accessdate=2012/2/3 |quote=服部氏は「国際放射線防護委員会(ICRP)の放射能安全基準はDNAの修復機能を無視している」と批判し、「がんはDNAの異常から発生するが、放射線量率が毎時10 ミリシーベルト(mSv)以下ならDNAは完全修復し、毎時100 mSv(あるいは毎時1000 mSv)以下ではがんにならないという学者の研究発表がある」と説明しました。}}</ref>。 |
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一方、[[放射線影響研究所]]による原爆の被曝影響調査によれば、0-100m[[シーベルト|Sv]]の区分で統計的に有意なリスクがあると報告されている<ref>{{cite journal |url=http://www.degroenerekenkamer.nl/grkfiles/images/RadRes_2000_Low_Dose_Pierce_RR21-99_.pdf |title=Radiation-Related Cancer Risks at Low Doses among Atomic Bomb Survivors |author=Donald A. Pierce and Dale L. Preston |journal=Radiation Research |date=2000 |volume=154 |issue= |pages=178–186 |doi=10.1667/0033-7587(2000)154[0178:RRCRAL]2.0.CO;2 |quote=There is a statistically significant risk in the range 0–0.1 Sv, and an upper confidence limit on any possible threshold is computed as 0.06 Sv.}}</ref>。放影研のDonald A. Pierceらによれば、高線量からの外挿という指摘に対して、低線量域に限った解析を行った場合でもリスク推定値は同様の値が得られており、これは有意な線量(>5mSv)に被曝した集団が低線量域の5-20mSVの範囲に限っても相当数に上っていることを示している<ref>{{cite journal |url=http://www.rerf.or.jp/library/update/pdf/01Spr-Sumj.pdf |title=原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク |author=Donald A. Pierce and Dale L. Preston |journal=RERF Update |date=2001 |volume=12 |issue=1 |pages=15-17 |doi= |quote=確かに通常の直線関係から求めたリスク推定値は主として 0.5–2 Sv という高線量範囲における影響に大きく左右されていることは事実である。しかし線量域をもっと低い0.5 Sv未満や0.2 Sv未満に限って解析を行ってみても、同様の推定値が得られるのである。というのも、集団の中で有意な線量(>0.005 Sv)に被曝した被爆者の実に約 75%(約 3 万 5000 人;現在までに 5,000例のがんが観察されている)が、推定線量0.005–0.02 Svの範囲にあって、これは立派に放射線防護の観点から関心のある低線量域なのである。}}</ref>。放影研の対象とした調査集団は、調査集団の規模、個々の被曝線量の推定可能性、被曝線量の範囲の広さなど優れた特徴を有しており<ref>{{cite journal |url=http://www.rerf.or.jp/library/update/pdf/01Spr-Sumj.pdf |title=原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク |author=Donald A. Pierce and Dale L. Preston |journal=RERF Update |date=2001 |volume=12 |issue=1 |pages=15-17 |doi= |quote=その優れた特徴というのは、調査集団の規模が大きいこと、適切な個々人における線量推定が可能なこと、そして被曝線量が距離によって大幅に変化する(100 m増加するごとに2/3に減少)ので被曝線量が広い範囲に及ぶことである。}}</ref>、100mSv未満の線量域に限ったとしても、リスクは統計的に有意となっている<ref>{{cite journal |url=http://www.rerf.or.jp/library/update/pdf/01Spr-Sumj.pdf |title=原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク |author=Donald A. Pierce and Dale L. Preston |journal=RERF Update |date=2001 |volume=12 |issue=1 |pages=15-17 |doi= |quote=この図の重要な点は、低線量域におけるデータから導かれた低線量リスクは、すべての線量域のデータ解析から得られるリスクよりも決して小さいとは思われないということである。0.1 Sv未満の線量域に限って見ても、リスクは統計的に有意である(P = 0.05、片側検定)。}}</ref>。Pierceらは論文執筆の動機に、放影研における寿命調査は、高線量被曝の調査で、低線量のリスク推定には外挿を必要とし、低線量放射線の癌リスクに対して「閾値のない直線関係」による表現を用いるのは妥当でない、などとする議論の高まりを受けて、それらの誤解を解くことを掲げている<ref>{{cite journal |url=http://www.rerf.or.jp/library/update/pdf/01Spr-Sumj.pdf |title=原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク |author=Donald A. Pierce and Dale L. Preston |journal=RERF Update |date=2001 |volume=12 |issue=1 |pages=15-17 |doi= |quote=ここでは、こうした誤解を解くための第一歩として書かれたRadiation Research誌(154巻、178–186ページ、2000年)論文*の内容を紹介したい。この論文を書くことになった直接の動機は、低線量放射線のがんリスクは「閾値のない直線関係」により表現されるという我々の解釈に対して、それは妥当でないとする議論が特に最近になって高まっているためでもある。}}</ref>。 |
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2003年に米国[[アメリカ合衆国エネルギー省|DOE]]の低線量放射線研究プログラムによる支援等を受けて<ref>{{cite journal |url=http://www.pnas.org/content/100/24/13761.full |title=Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know |author=David J. Brenner et al. |journal=PNAS |date=2003 |volume=100 |issue=24 |pages=13761-13766 |doi=10.1073/pnas.2235592100 |quote=This work was supported in part by the U.S. Department of Energy Low-Dose Radiation Research Program. }}</ref>、[[米国科学アカデミー紀要|PNAS]]に発表された論文によれば、人の癌リスクの増加の十分な証拠が存在する[[エックス線]]や[[ガンマ線]]の最低線量は、疫学データに基づくと、瞬間的な被曝では、10-50m[[シーベルト|Sv]]、長期被曝では50-100m[[シーベルト|Sv]]であることが示唆されている<ref>{{cite |url=http://www.cancerit.jp/ |chapterurl=http://smc-japan.org/?p=2037 |title=海外癌医療情報リファレンス |chapter=【翻訳論文】「低線量被ばくによるがんリスク:私たちが確かにわかっていることは何かを評価する」PNAS(2003) |author=翻訳:調麻佐志 |date= |work=一般社団法人 サイエンス・メディア・センター |accessdate=2011/8/26 }}</ref><ref>{{cite journal |url=http://www.pnas.org/content/100/24/13761.full |title=Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know |author=David J. Brenner et al. |journal=PNAS |date=2003 |volume=100 |issue=24 |pages=13761-13766 |doi=10.1073/pnas.2235592100 |quote=First, what is the lowest dose of x- or γ-radiation for which good evidence exists of increased cancer risks in humans? The epidemiological data suggest that it is ≈10–50 mSv for an acute exposure and ≈50–100 mSv for a protracted exposure. }}</ref>。さらに低線量における癌リスクを推定する最適な方法は、中間から極低線量まで線形外挿が最適な方法のようであるとしている<ref>{{cite journal |url=http://www.pnas.org/content/100/24/13761.full |title=Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know |author=David J. Brenner et al. |journal=PNAS |date=2003 |volume=100 |issue=24 |pages=13761-13766 |doi=10.1073/pnas.2235592100 |quote=Second, what is the most appropriate way to extrapolate such cancer risk estimates to still lower doses? Given that it is supported by experimentally grounded, quantifiable, biophysical arguments, a linear extrapolation of cancer risks from intermediate to very low doses currently appears to be the most appropriate methodology. This linearity assumption is not necessarily the most conservative approach, and it is likely that it will result in an underestimate of some radiation-induced cancer risks and an overestimate of others.}}</ref>。瞬間的な被曝の研究として原爆の被曝影響における調査では、5-125m[[シーベルト|Sv]](平均34mSv)で固形癌死亡率の有意な増加、5-100m[[シーベルト|Sv]](平均29mSv)で癌罹患率の有意な増加を示している<ref>{{cite journal |url=http://www.pnas.org/content/100/24/13761.full |title=Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know |author=David J. Brenner et al. |journal=PNAS |date=2003 |volume=100 |issue=24 |pages=13761-13766 |doi=10.1073/pnas.2235592100 |quote=Fig. 2 shows low-dose risk estimates (2) for solid-cancer mortality in the atomic bomb survivors (1950–1997). The individuals in the dose category from 5 to 125 mSv (mean dose, 34 mSv) show a significant (P = 0.025) increase in solid-cancer-related mortality. It is possible that bias exists in these low-dose cancer-mortality risk estimates; for example, individuals nearer the blast might be more likely to have cancer recorded on their death certificates. Less potential for such bias exists in the cancer incidence studies, and the atomic bomb survivors in the dose range from 5 to 100 mSv (mean dose, 29 mSv) show a significantly increased incidence of solid cancer (P = 0.05) compared with the population who were exposed to <5 mSv (12).}}</ref>。 |
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== 理論的課題と評価 == |
== 理論的課題と評価 == |
2012年2月2日 (木) 16:53時点における版
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放射線ホルミシス(Radiation hormesis)とは、大きな量(高線量)では有害な電離放射線が小さな量(低線量)では生物活性を刺激したり、あるいは以後の高線量照射に対しての抵抗性をもたらす適応応答を起こすことである[1]。
「ホルミシス」とは、何らかの有害性を持つ要因について、有害となる量に達しない量を用いることで有益な刺激がもたらされることであり、その要因は物理的、化学的、生物学的なもののいずれかである[2]。例えば紫外線は浴び過ぎれば皮膚がんの原因となり、また殺菌灯は紫外線の殺傷力によっているが、少量の紫外線は活性ビタミンDを体内で作るために必要であり、 この活性ビタミンDは血清中のカルシウム濃度を調整するものであって、もし不足すればクル病の原因となる[3][4]。
ホルミシスという言葉はホルモンと同様に、「興奮する」という意味を持つギリシア語のホルマオを語源にしている[5]。
ホルミシスという言葉が最初に用いられたのは菌類の成長を抑制する物質が低濃度では菌類の成長を刺激することを表現するものとしてであり、「少量の毒は刺激作用がある」とするアルント・シュルツの法則(Arndt-Schulz rule)の言い直しである[2]。
1978年[6]、ミズーリ大学のトーマス・D・ラッキーは"Hormesis with Ionizing Radiation(電離放射線によるホルミシス)"という書籍を著し、このテーマは1980年代に放射線影響の研究において言及され、低線量の放射線照射は生物の成長・発育の促進、繁殖力の増進及び寿命の延長という効果をもたらしうるという放射線ホルミシス研究として注目されるに至った[7]。
電離放射線の性質を利用する放射線療法においては、放射線ホルミシスを凌駕する100から150ミリシーベルトという線量での放射線照射を数回全身あるいは半身に対して行うことで生体の免疫機能を高め、癌治療のための局所照射の効果を増強し、治癒率を高めている[8][9]。
概要
放射線ホルミシス効果とは、1980年にミズーリ大学のトーマス・D・ラッキー生化学教授が、自らは実験や研究を行っていないが、20世紀初頭から知られていた一時的な低線量の放射線による生物の各種刺激効果を、改めて他の多くの研究者の研究原著論文をCRC Pressから出版された本[10]の中で紹介、整理することによって使用した言葉であり、アメリカ保健物理学会誌1982年12月号に掲載された総説によって提唱された学説である[11]。この仮説では、一時的な低線量の放射線照射は、体のさまざまな活動を活性化するとされる[11]。ラッキー教授は小論文『原爆の健康効用』を発表し、原爆は健康を促進した面があるとしている[12]。
一方、WHOは低線量であっても天然ラドンの放射線の危険性を指摘し[13]、国際放射線防護委員会(ICRP)は対策が必要となる屋内ラドン濃度として年実効線量では3mSvから10mSvに相当する200Bq/m3から600Bq/m3の範囲から勧告を行なっているが[14]、ラドンによる肺がんリスクは喫煙を原因とした場合の25分の1であり、そのリスクも喫煙者ほど高くなるとされている上、素粒子物理学の専門家であるウェード・アリソンによれば、この報告された内容はラドンの追加リスクの線形性を否定するものであり、その調査規模による精度の誤差範囲に入り、非喫煙者とラドンの間に確定したリスクがあることは疑われるべきとしている[15]。
核戦争防止国際医師会議のオーストラリア支部メンバーで、核兵器廃絶国際キャンペーン(en)のSue Warehamによると、原子力産業では放射線の危険性を控えめに扱い、ホルミシス概念の普及を続けているとしている[16]。ロシア科学アカデミーのアレクセイ・ヤブロコフらによると、ホルミシスの提唱者達は、放射線関連の疾病の増加が隠すことのできない事として明らかとなってきてからは、その放射線由来の疾病は全国的な恐怖の結果であるとの言い逃れを試みるようになり、同時に線形非閾値モデル(LNTモデル)に基づく放射能の影響を否定するキャンペーンが始まり、チェルノブイリ原子力発電所事故以後、ある科学者達は人以外の系における低線量効果に基づいてチェルノブイリのような線量は人間や全ての生物にとってためになるとの主張を始めて、LNTモデルなど現代の放射線生物学のいくつかの概念の改訂を試みる活動が続けられているとしている[17]。
近年では、日本の電力中央研究所や放射線医学総合研究所、東京大学、京都大学、東北大学、大阪大学、広島大学、長崎大学などの各大学[18][19]やマサチューセッツ大学のエドワード・キャラブレスらが継承して研究している[20]。
慢性の微量放射線被曝による発ガン抑制の仕組み
活性酸素は日常において運動・呼吸・食事からでも1日に細胞1個あたり約10億個発生している[21]。放射線を被曝するとヒドロキシラジカルを消去するグルタチオン(GSH)とスーパーオキシドを消去するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)が増加することで活性酸素処理能力(抗酸化機能)が高まることは細胞レベルの動物実験で証明されている[22][9]。
DNA損傷の数は普段でも細胞1個あたり1日数万から数十万個であり、運動、食べ過ぎ、飲みすぎ、紫外線、タバコ、ストレス、炎症などがあれば活性酸素が増加し、DNA 損傷はさらに増える[23]。放射線を100ミリシーベルト被曝した場合のDNA損傷の数はおよそ200個であり、自然の変動幅に埋没する程度であるが[24]、一方で放射線によりDNA修復活動が活性化されることが放射線ホルミシス研究委員会によって確認されている[25]。
DNA 損傷が多いために修復できないとか、修復にミスが起きて異常な遺伝子が残こることで突然変異を持つようになった細胞は自爆させられるが(アポトーシス)、これはp53というガン抑制遺伝子が働くものであり、この遺伝子は低線量放射線によって活性化することが証明されている[26][24]。
それでも遺伝子異常をもったまま自爆できない細胞が残って突然変異が蓄積されると発ガンのリスクが増える[24]。突然変異からガン細胞が生まれるためには突然変異が10 数個蓄積されることが必要であるが[24]、突然変異ではない経路で発生するガン細胞もある[27]。ガン細胞は通常でも毎日数千個発生し[28]、発生したガン細胞は免疫細胞が処理しているが、このように働くキラーT細胞などの免疫系細胞が低線量放射線で活性化されることは多くの実験・調査で確かめられている[27][9]。
LNT仮説とホルミシス仮説
従来、放射線の生物への影響に関する研究は、“放射線はすべて、どんな低い線量でも生物に対して障害作用をもつ”との考えに沿って行われてきた。これは、どのような量でも生物学的に有害でプラスの効果がなく、有害な効果が量と共に増大するとするしきい値なしの直線モデル(LNT仮説)によるものである[1]。
ホルミシス理論では、少量で極大のプラス効果を持つ刺激が生じ、さらに用量を上げていくと、効果がないゼロ相当点(ZEP:zero equivalent point)に達し、これが“しきい値”とされ、その値を超える場合に有害なマイナス効果が増大する、とされる[1]。
電力中央研究所による放射線ホルミシス効果検証プロジェクト
電力中央研究所の服部禎男は1984年、アメリカ合衆国の生化学者トーマス・ラッキーの唱えた放射線ホルミシス論を知り[29]、その当否を米国電力研究所に質問し、責任ある回答を要求した[30]。1985年8月、放射線ホルミシスの専門会議がオークランドで開かれ、放射線ホルミシスが肯定された[30]。この際に、「ラッキー博士の主張は科学的に間違っていないが、データの多くが昆虫など小動物によるものであるので哺乳動物実験などを通して積極的に研究されるべき」とのコメントを得ている[30]。1993年、電力中央研究所は、東京大学、放射線医学総合研究所、京都大学、東北大学、大阪大学、広島大学、長崎大学、東邦大学など14の大学などの研究機関に研究費の提供を開始して研究を依頼し、放射線ホルミシス効果検証プロジェクトを立ちあげた[18]。その後、電力中央研究所は、自らも2000年に理事長直轄の独立組織である低線量放射線研究センターを設立したが[31]、2004年には電力中央研究所では頻繁に行われてきた全体及び各部門の組織名称変更により、それまでの狛江研究所が原子力技術研究所という名称に変更され、2006年にはその中に、低線量放射線研究センターが理事長直轄のセンターから原子力技術研究所内の附置センターに格下げされた形で、その目的も「原子力利用における放射線防護体系の構築を進めるため」と変更され、放射線安全研究センターと改名された[32]。 このプロジェクトでは、
- 老化抑制効果
- がん抑制効果
- 生体防御機構の活性化
- 遺伝子損傷修復機構の活性化
- 原爆被災者の疾学調査
のカテゴリーで研究され、検討される仮説は以下の通りであった。
- SOD(活性酸素を不均化する酵素群)の活性化によって余分な活性酸素が消去されるならば、それは「老化抑制」に寄与する
- リンパ球(T細胞)の活性化が生じるならば、それは生体の免疫力を高めて「がん抑制」に寄与する
1.の老化抑制効果の検証研究の結果、ラットを使った実験において、通常の老齢のラットでは、過酸化脂質量は大きくなり、膜流動性は低くなり、SOD量は縮減されることが確認されたが、約50センチグレイの低線量放射線を照射すると、上記の老化の特性は有意に改善され、若いラットの値に近づくことがわかった[18]。 また、活性酸素病の一つである糖尿病に関して、低放射線量放射が、糖尿症状を抑制する結果を得た。
2.のがん抑制効果の検証研究の結果、ラットを使った実験において、15センチグレイの低線量照射を一回行うことで、がん転移率が約40%下がること、また、1回当たり4センチグレイの低線量照射を行うことで、腫瘍の増殖肥大が有意に抑制されることが確認された[18]。
また、通常の放射線治療では、約6000センチグレイの高線量放射線を、30回に分けて患部に局所照射し、がん細胞を殺す方法が採用されている。これに対して、同プロジェクト東北大学グループは、これまでの局所照射方法に加えて、10センチグレイの低線量放射線を週3回の割合で全身に照射し、これを5週間にわたり継続して行う方法を併用したところ、高線量の局所照射を単独に行う場合に比べて、治癒率が有意に向上した[18]。
また、同プロジェクトでは、分子レベル、細胞レベル、個体レベルの三つのレベルにおいての放射線ホルミシス効果が検証された[18]。
分子レベルにおけるホルミシス効果
生体を構成する分子レベルにおけるホルミシス効果
細胞レベルにおけるホルミシス効果
個体レベルにおけるホルミシス効果
さらに「個体レベル」においては、
- 制がん・抗がん作用
- 活性酸素病に対する効果
- 高血糖値の降下
- 放射線抵抗性の獲得
- 高線量照射に対する生残率の向上
- 中枢神経系への刺激作用
- 覚醒刺激としての認識
- 心理的ストレスの軽減
- ヒトの疫学的効果
- ガン以外の死亡率の低減
環境放射線の積極的な利用としての放射能泉
自然放射線または環境放射線の積極的な利用は、放射能泉であるラドン温泉やラジウム温泉で行われてきた。ラドン222の濃度が74ベクレル/リットル以上がラドン温泉であり、ラジウムが1億分の1グラム/リットル以上含まれるのがラジウム温泉である。
ヨーロッパのオーストリアでは、インスブルック大学医学部が、1950年代からザルツブルク大学理学部と共同研究を行い、ヨーロッパアルプス山脈の中にあるバートガシュタイン(「バートガシュタイン」が地元のドイツ語読み、英語読みが「バドガスタイン」)のラドン坑道を活用して、年間 約 10,000 人の強直性脊椎炎(ベヒテレフ病)、リウマチ性慢性多発性関節炎、変形性関節症、喘息、アトピー性皮膚炎などの患者に対してラドン吸入療法を行っている。ここでの空気中ラドン222濃度は110ベクレル/リットル以上で放射能療養坑道と呼ばれている。
オーストリアや日本、ロシアなどではこの放射線ホルミシス理論を根拠に、ラドン温泉(ラジウム温泉)の効用がうたわれ、療養のために活用されるラドン温泉やラドン洞窟が存在する。
問題点
2006年、世界保健機構(WHO)は、ラドンの放射線が肺がんの重要な原因であることを警告した[13]。ラドンに関係しない場合、喫煙者の肺がん発生率が10%であることに対し、非喫煙者は0.4%であり、400Bq/m3のラドン濃度に被曝した場合はそれぞれ16%、0.7%に上昇する[13]。この統計上の問題に関する指摘は前述の通りである。200~400Bq/m3の室内ラドン濃度を限界濃度あるいは基準濃度として許容している国がほとんどである[13]。アメリカはWHOに準じており、環境保護庁(EPA)は、ラドンに安全な量というものは存在せず少しの被曝でも癌になる危険性をもたらすものとしている。また、米国科学アカデミーは、毎年15,000から22,000人のアメリカ人が屋内のラドンによる肺がんによって命を落としていると推計する[33]。日本政府は2011年現在、特に警告は発していない。
放射線の医学的利用法については、放射線療法を参照。
ホルミシスが生じる線量範囲
トーマス・D・ラッキーは自然放射線レベルから年間10Gyの間の全身照射であればホルミシスは生じるとし、被曝線量の許容値としては保守的な値として年間1Gyを主張している[34]。電中研の服部禎男は、「自然放射線の100 倍を自由に被ばくできる健康センター施設を全国につくりたい」とし、そのためにはリミットをトーマス・ラッキーの示した年間1Gyが適当であるとし[35]、放射線量率が毎時100mSvあるいは毎時1Sv以下では癌にならないとの学者の研究発表があると主張している[36]。
一方、放射線影響研究所による原爆の被曝影響調査によれば、0-100mSvの区分で統計的に有意なリスクがあると報告されている[37]。放影研のDonald A. Pierceらによれば、高線量からの外挿という指摘に対して、低線量域に限った解析を行った場合でもリスク推定値は同様の値が得られており、これは有意な線量(>5mSv)に被曝した集団が低線量域の5-20mSVの範囲に限っても相当数に上っていることを示している[38]。放影研の対象とした調査集団は、調査集団の規模、個々の被曝線量の推定可能性、被曝線量の範囲の広さなど優れた特徴を有しており[39]、100mSv未満の線量域に限ったとしても、リスクは統計的に有意となっている[40]。Pierceらは論文執筆の動機に、放影研における寿命調査は、高線量被曝の調査で、低線量のリスク推定には外挿を必要とし、低線量放射線の癌リスクに対して「閾値のない直線関係」による表現を用いるのは妥当でない、などとする議論の高まりを受けて、それらの誤解を解くことを掲げている[41]。
2003年に米国DOEの低線量放射線研究プログラムによる支援等を受けて[42]、PNASに発表された論文によれば、人の癌リスクの増加の十分な証拠が存在するエックス線やガンマ線の最低線量は、疫学データに基づくと、瞬間的な被曝では、10-50mSv、長期被曝では50-100mSvであることが示唆されている[43][44]。さらに低線量における癌リスクを推定する最適な方法は、中間から極低線量まで線形外挿が最適な方法のようであるとしている[45]。瞬間的な被曝の研究として原爆の被曝影響における調査では、5-125mSv(平均34mSv)で固形癌死亡率の有意な増加、5-100mSv(平均29mSv)で癌罹患率の有意な増加を示している[46]。
理論的課題と評価
カリフォルニア大学の生物学者レスリー・レッドパースは、「低用量時にある種の防御メカニズムを刺激するもので概念的にはワクチンに似ている」としている[20]。
ロチェスター大学医科歯科校のバーナード・ワイスは、「高用量での測定に基づく低用量での有害性の推定は間違いのもとになる」と指摘している[20]。
米国立環境健康科学研究所(NIEHS)のクリスチーナ・サイヤーは、エドワード・キャラブレスの主張を支えるために用いられている論理とデータの論文について評価し、その根拠の欠陥を指摘している[20][47]。
ジョーン・ピータソン・マイヤーズは、「ホルメシスは欠陥のある理論」と指摘している[48]。
疫学の専門家アリス・スチュワート医師の調査結果は、放射線に無害な量はないことを示しており、バックグラウンド放射線や低線量条件下において引き起こされた癌の数が放射線防護委員会によって軽視されていたことを示した[49]。
脚注
- ^ a b c 「放射線ホルミシス」ATOMICA
- ^ a b Luckey 1990 p.47
- ^ 新しい放射線の知識を学ぶ会『生命と放射線』(日本電気協会新聞部 1998年) pp.18-19
- ^ 少量の紫外線についてはウイルスの活性化、バクテリアの胞子形成の誘発、カビの成長・発育・増殖の加速、酵母の成長と発酵の増加が報告されている( Luckey 1990 pp.120-122)
- ^ 新しい放射線の知識を学ぶ会『生命と放射線』(日本電気協会新聞部 1998年) p.17
- ^ 著作が出版されたのはスリーマイル島原子力発電所事故の起きた翌年の1980年であるが、記されたのは原発事故より前とされている。
- ^ 「ホルミシス」ATOMICA(原子力百科事典)-高度情報科学技術研究機構
- ^ 坂本澄彦「低線量全身照射による癌治療」『アンチ・エイジング医学』(Vol.7/No.5) 2011年10月 p.58 ISBN 978-4-7792-0806-5
- ^ a b c 原子力青年ネットワーク連絡会『放射線ホルミシス』
- ^ Thomas D. Luckey (1980). Hormesis With Ionizing Radiation. CRC Press. ISBN 0849358418
- ^ a b Luckey T. D.,松平寛通(監訳):放射線ホルミシス、 ソフトサイエンス社(1990)、同:放射線ホルミシス(2),ソフトサイエンス社(1993)。東嶋和子著 『放射線利用の基礎知識』 講談社
- ^ T. D. Luckey「Atomic Bomb Health Benefits」国立生物工学情報センター所蔵論文Web, PDF
- ^ a b c d ラドンと癌
- ^ 日本の環境放射能と放射線_Q&A _基礎Q6
- ^ アリソン 2011,pp.164-168
- ^ Sue Wareham, “20. The Nuclear Industry: A History of Misleading Claims”, The Briefing Papers, energyscience 2011年6月18日閲覧, "The nuclear industry, however, continues to downplay the risks and even promote the largely discredited notion of “hormesis”, the idea that a bit of radiation is good for us."
- ^ Alexey V. Yablokov, Vassily B. Nesterenko, and Alexey V. Nesterenko (2009). Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment (Annals of the New York Academy of Sciences) (paperback ed.). Wiley-Blackwell. p. vii. ISBN 978-1573317573. "When it became impossible to hide the obvious increase in radiation-related diseases, attempts were made to explain it away as being a result of nationwide fear. At the same time some concepts of modern radiobiology were suddenly revised. For example, contrary to elementary observations about the nature of the primary interactions of ionizing radiation and the molecular structure of cells, a campaign began to deny nonthreshold radiation effects. On the basis of the effects of small doses of radiation in some nonhuman systems where hormesis was noted, some scientists began to insist that such doses from Chernobyl would actually benefit humans and all other living things."
- ^ a b c d e f 財団法人 電力中央研究所 放射線安全研究センターによる放射線ホルミシス効果検証プロジェクト
- ^ 酒井一夫, 解明すすむ微量放射線の影響, 電中研ニュース401号
- ^ a b c d Science News Online 2007年1月20日記事邦訳
- ^ 中村 (2011b) p.1
- ^ 中村 (2011a) p.98
- ^ 中村 (2011b) pp.1-2
- ^ a b c d 中村 (2011b) p.2
- ^ 服部 2011 pp.91-92
- ^ 中村 (2011a) pp.99-100
- ^ a b 中村 (2011a) p.100
- ^ 中村 (2011b) p.3
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- ^ a b c 第26回日本東方医学会「教育講演」配布資料より 放射線ホルミシス
- ^ あゆみ ― 放射線安全研究センター ―
- ^ センター設立趣旨 ― 放射線安全研究センター ―
- ^ Radon, Radiation Protection, U.S. Environmental Protection Agency
- ^ 赤羽恵一 (1999), 低線量放射線影響に関する公開シンポジウム「放射線と健康」印象記, “日本保健物理学会 NewsLetter”, 日本保健物理学会 (日本保健物理学会) 19: 8 2012年2月3日閲覧, "また、Luckey 氏の線量応答曲線は、ホルミシスは全身照射が自然放射線レベルから 10Gy/y の間で生じ、許容値は「保守的に」1Gy/y としているが、これは、既存の放射線影響の報告とかけ離れた数値である。"
- ^ 赤羽恵一 (1999), 低線量放射線影響に関する公開シンポジウム「放射線と健康」印象記, “日本保健物理学会 NewsLetter”, 日本保健物理学会 (日本保健物理学会) 19: 8 2012年2月3日閲覧, "さらに、服部氏からは「自然放射線の100 倍を自由に被ばくできる健康センター施設を全国につくりたい」という発言があった。それを作るためにはリミットは Luckey 氏の示す 1Gy/y が適当である、と主張する。"
- ^ 服部禎男元電力中央研究所名誉特別顧問と意見交換, “一般財団法人 国家基本問題研究所”, 一般財団法人 国家基本問題研究所 2012年2月3日閲覧, "服部氏は「国際放射線防護委員会(ICRP)の放射能安全基準はDNAの修復機能を無視している」と批判し、「がんはDNAの異常から発生するが、放射線量率が毎時10 ミリシーベルト(mSv)以下ならDNAは完全修復し、毎時100 mSv(あるいは毎時1000 mSv)以下ではがんにならないという学者の研究発表がある」と説明しました。"
- ^ Donald A. Pierce and Dale L. Preston (2000). “Radiation-Related Cancer Risks at Low Doses among Atomic Bomb Survivors”. Radiation Research 154: 178–186. doi:10.1667/0033-7587(2000)154[0178:RRCRAL]2.0.CO;2 . "There is a statistically significant risk in the range 0–0.1 Sv, and an upper confidence limit on any possible threshold is computed as 0.06 Sv."
- ^ Donald A. Pierce and Dale L. Preston (2001). “原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク”. RERF Update 12 (1): 15-17 . "確かに通常の直線関係から求めたリスク推定値は主として 0.5–2 Sv という高線量範囲における影響に大きく左右されていることは事実である。しかし線量域をもっと低い0.5 Sv未満や0.2 Sv未満に限って解析を行ってみても、同様の推定値が得られるのである。というのも、集団の中で有意な線量(>0.005 Sv)に被曝した被爆者の実に約 75%(約 3 万 5000 人;現在までに 5,000例のがんが観察されている)が、推定線量0.005–0.02 Svの範囲にあって、これは立派に放射線防護の観点から関心のある低線量域なのである。"
- ^ Donald A. Pierce and Dale L. Preston (2001). “原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク”. RERF Update 12 (1): 15-17 . "その優れた特徴というのは、調査集団の規模が大きいこと、適切な個々人における線量推定が可能なこと、そして被曝線量が距離によって大幅に変化する(100 m増加するごとに2/3に減少)ので被曝線量が広い範囲に及ぶことである。"
- ^ Donald A. Pierce and Dale L. Preston (2001). “原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク”. RERF Update 12 (1): 15-17 . "この図の重要な点は、低線量域におけるデータから導かれた低線量リスクは、すべての線量域のデータ解析から得られるリスクよりも決して小さいとは思われないということである。0.1 Sv未満の線量域に限って見ても、リスクは統計的に有意である(P = 0.05、片側検定)。"
- ^ Donald A. Pierce and Dale L. Preston (2001). “原爆被爆者における低線量放射線のがんリスク”. RERF Update 12 (1): 15-17 . "ここでは、こうした誤解を解くための第一歩として書かれたRadiation Research誌(154巻、178–186ページ、2000年)論文*の内容を紹介したい。この論文を書くことになった直接の動機は、低線量放射線のがんリスクは「閾値のない直線関係」により表現されるという我々の解釈に対して、それは妥当でないとする議論が特に最近になって高まっているためでもある。"
- ^ David J. Brenner et al. (2003). “Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know”. PNAS 100 (24): 13761-13766. doi:10.1073/pnas.2235592100 . "This work was supported in part by the U.S. Department of Energy Low-Dose Radiation Research Program."
- ^ 翻訳:調麻佐志, 【翻訳論文】「低線量被ばくによるがんリスク:私たちが確かにわかっていることは何かを評価する」PNAS(2003), “海外癌医療情報リファレンス”, 一般社団法人 サイエンス・メディア・センター 2011年8月26日閲覧。
- ^ David J. Brenner et al. (2003). “Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know”. PNAS 100 (24): 13761-13766. doi:10.1073/pnas.2235592100 . "First, what is the lowest dose of x- or γ-radiation for which good evidence exists of increased cancer risks in humans? The epidemiological data suggest that it is ≈10–50 mSv for an acute exposure and ≈50–100 mSv for a protracted exposure."
- ^ David J. Brenner et al. (2003). “Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know”. PNAS 100 (24): 13761-13766. doi:10.1073/pnas.2235592100 . "Second, what is the most appropriate way to extrapolate such cancer risk estimates to still lower doses? Given that it is supported by experimentally grounded, quantifiable, biophysical arguments, a linear extrapolation of cancer risks from intermediate to very low doses currently appears to be the most appropriate methodology. This linearity assumption is not necessarily the most conservative approach, and it is likely that it will result in an underestimate of some radiation-induced cancer risks and an overestimate of others."
- ^ David J. Brenner et al. (2003). “Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know”. PNAS 100 (24): 13761-13766. doi:10.1073/pnas.2235592100 . "Fig. 2 shows low-dose risk estimates (2) for solid-cancer mortality in the atomic bomb survivors (1950–1997). The individuals in the dose category from 5 to 125 mSv (mean dose, 34 mSv) show a significant (P = 0.025) increase in solid-cancer-related mortality. It is possible that bias exists in these low-dose cancer-mortality risk estimates; for example, individuals nearer the blast might be more likely to have cancer recorded on their death certificates. Less potential for such bias exists in the cancer incidence studies, and the atomic bomb survivors in the dose range from 5 to 100 mSv (mean dose, 29 mSv) show a significantly increased incidence of solid cancer (P = 0.05) compared with the population who were exposed to <5 mSv (12)."
- ^ Our Stolen Future (OSF)記事 2005年6月15日
- ^ ジョーン・ピータソン・マイヤーズによる批判,OSF2006年10月5日邦訳
- ^ “Alice Stewart (UK)”, Right Livelihood Award, Right Livelihood Award Foundation 2011年6月18日閲覧, "While her earlier conclusions showed that there was no such thing as a harmless dose of radiation, these findings implied that all radiation protection committees had been grossly underestimating the number of cancers caused by background radiation and other low-dose situations."
参考文献
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- 東嶋和子『放射線利用の基礎知識』 講談社、2006年。ISBN 4-06-257518-3
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- 中村仁信 (2011b)、「放射線と発がん~福島原発放射能漏れを考える~」、公益財団法人 大阪癌研究会 2011年6月
- 服部禎男『「放射能は怖い」のウソ』武田ランダムハウスジャパン、2011年。ISBN 978-4-270-00667-2。