「チバユウスケ」の版間の差分
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また、自身が愛用しているグレッチギターも浅井による影響から使用を始めた<ref name ="rockin200004">{{Cite |和書|title = ミッシェル・ガン・エレファント|date = 2000-04-28|pages = 325 |publisher = ロッキング・オン|isbn = 4947599812 |ref = harv }}</ref>。 |
また、自身が愛用しているグレッチギターも浅井による影響から使用を始めた<ref name ="rockin200004">{{Cite |和書|title = ミッシェル・ガン・エレファント|date = 2000-04-28|pages = 325 |publisher = ロッキング・オン|isbn = 4947599812 |ref = harv }}</ref>。 |
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自身のバンドでは、[[ガレージロック]]、[[パンク・ロック]]、[[ブルースロック]]、[[パブロック]]からの影響が垣間見られる音楽を展開している。 |
自身のバンドでは、[[ガレージロック]]、[[パンク・ロック]]、[[ブルースロック]]、[[パブロック]]からの影響が垣間見られる音楽を展開している。楽曲の制作に関しては特にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代、チバは作詞に専念することが多く、バンドメンバー全員でフレーズを持ち寄って楽曲の作曲・編曲をすることが多かった<ref name="EVE OF DESTRUCTION-9784991221118"></ref>。THEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代は[[アベフトシ]]にギタープレイを任せ、自身はボーカルに専念することが殆どだったが、ROSSOとして活動してからは多くの楽曲でギターを弾くようになった。ROSSO(2期)以降はほとんどの曲でギターを弾いている。非常に強烈なしゃがれ声が特徴。 |
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== 人物 == |
== 人物 == |
2024年7月5日 (金) 12:43時点における版
チバ ユウスケ | |
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生誕 | 1968年7月10日 |
出身地 | 日本・神奈川県藤沢市 |
死没 | 2023年11月26日(55歳没) |
学歴 | 明治学院大学経済学部卒業 |
ジャンル | |
職業 | |
担当楽器 | |
活動期間 | |
レーベル | |
事務所 |
base inc. TRIPPIN' ELEPHANT RECORDS |
共同作業者 |
→「§ 参加バンド」を参照 |
公式サイト | rockin' blues.com |
チバ ユウスケ(1968年7月10日 - 2023年11月26日[1])は、日本のミュージシャン、ボーカリスト、作詞家、作曲家。1991年から2003年までTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT、2006年から2023年までThe Birthdayのボーカルとして活動。血液型A型[2]。既婚。
参加バンド
- THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(1991年 - 2003年)
- ROSSO(2001年 - 2006年)
- RAVEN[注 1](2003年)
- THE MIDWEST VIKINGS(2005年)
- Midnight Bankrobbers(2006年 - 2023年)
- Star Casino(2006年)
- The Birthday(2006年 - 2023年 )
- SNAKE ON THE BEACH[注 2](2012年 - 2023年)
- THE GOLDEN WET FINGERS[注 3](2012年 - 2016年)
生涯
神奈川県藤沢市出身。幼少の頃はヴァイオリン教室に通う。教室は2回に1回は逃げていたが、発表会で日本武道館のステージに立つまで上達したという[要出典]。幼稚園から高校までエスカレーター式に、湘南学園に学ぶ。剣道部に所属し、毎朝駅のカレーうどんを食べて学校に遅刻していた[3]。15歳〜16歳頃に初めてギターを手にしてからは作曲を始め、在学中にドランカーというパンクロックバンドを結成。「探してよ」という日本語の曲などがあり、当時から作詞をしていた。学校がバンド活動を禁止していたことなどもありステージに上がる経験はなかったが、当時から「俺は一生音楽をやっていくんだろうな」という意識があったという[4][5]。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT・ROSSO
1988年、明治学院大学経済学部商学科に入学。学内のサークル「ソング・ライツ」に加入しTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを結成。それまでは一度もライブに出た経験がなかった。バンドメイトとして現在まで共に活動していくことになるクハラカズユキらともこの頃に出会っている(大学時代に留年を経験しており、その時に本来1年後輩であるクハラと同級生になった)。卒業後も活動を継続し、1996年にメジャー・デビューを果たす。
2000年に解散したBLANKEY JET CITYの照井利幸と共に、2001年にROSSOを結成。当時としては期間限定バンドとしての意味合いが強く、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTでの活動を主としていたため一旦活動を休止させるが、以降も照井との交流は絶えず続き、2003年初頭に照井のソロプロジェクトであるRAVENのアルバム『限りなく赤に近い黒』にゲストとして参加。同年9月1日、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの解散を発表し、10月11日に幕張メッセでのライブを以って解散。
解散後、新たにイマイアキノブ、佐藤稔を迎えた形でROSSOの活動を再開。その後も長らくROSSOでの活動が続くが、THE MIDWEST VIKINGSやMidnight Bankrobbersなど新たなグループを次々結成し、また様々なバンド・グループにゲスト参加するといった、ROSSO以外での活動も目立った。2006年6月、ROSSOは再び活動を休止。
The Birthday以後
ROSSOの活動休止直後、元THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのクハラカズユキらと共にThe Birthdayを結成。2009年7月22日にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのメンバーとして活動を共にしたアベフトシが急逝。7月25日に出演したフジロックフェスティバルでのライブの冒頭で「今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。」と述べた。
2012年9月1日に公開の映画『I'M FLASH!』の劇中歌を、チバ、中村達也、KenKen、ヤマジカズヒデと共にバンド、I'M FLASH! BANDを結成し担当。同名の曲「I'M FLASH」はシーナ&ザ・ロケッツ(鮎川誠)の楽曲でありカバー。また初のソロ・プロジェクト、SNAKE ON THE BEACHを始動させ、同年10月にアルバム『SNAKE ON THE BEACH』をリリース。同時進行としてこのアルバムから生まれた映画『赤い季節』が公開。劇場ではチバ、中村達也、イマイアキノブによるTHE GOLDEN WET FINGERSが出演。映画の為の結成であったが、2013年には全国ツアーを敢行。
2019年11月、自身のソロプロジェクト、SNAKE ON THE BEACHの2枚目となるアルバム、『潮騒』のリリースに合わせ、初の写真展『潮騒』を開催[6]。
2023年4月24日、食道がんと診断され治療に専念するため休養に入ることを発表[7]。 同年11月26日に死去[1]。55歳没。忌日は、The Birthdayが2023年秋に予定していたツアーのファイナル、Zepp DiverCityでの公演予定日だった[8]。訃報は同年12月5日に公表された[9]。
死後
2024年1月19日、Zepp DiverCityにて献花の会『 Thanks ! 』が行われ[8]、休養前に録音したThe Birthdayの新曲3曲が、4月にEP『April』としてリリースされた[10]。
また、4月27日に開催されたARABAKI ROCK FESTにルースターズのドラマー池畑潤二が主宰するユニット「BIG BEAT CARNIVAL 〜ロックンロールの夢〜」にて元THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのウエノコウジ、The Birthdayのメンバーが同じステージに立つ。BRAHMANのTOSHI-LOWが、SNAKE ON THE BEACHの楽曲『星の少年』、GLIM SPANKYの松尾レミが、ROSSOの楽曲『シャロン』、ELLEGARDENの細美武士が、The Birthdayの楽曲『涙がこぼれそう』、奥田民生が、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの楽曲『世界の終わり』を歌唱した[11]。
音楽性
敬愛するミュージシャンはドクター・フィールグッド、ザ・クラッシュ、ダムド、ジョニー・サンダース、ザ・ローリング・ストーンズ、BLANKEY JET CITY、ストレイ・キャッツ、ザ・ルースターズ、ザ・モッズなど[12]。大変なレコード収集家であり、過去にテレビ番組内でレコードを紹介するコーナーを持っていた(スペースシャワーTV「チバユウスケの塩化ビニール地獄」)。「好きになる音楽の基準は“音がカッコいいかどうか”。今とは違ってバンドが演奏している映像なんて簡単には観られない時代だったしね。聴こえてくる“音”がすべてなんだよ。」と語っている[12]。
ミュージシャンの浅井健一を敬愛しており、 「一緒にやったことないので何とも言えないけど、適う人がいないってくらい天才。あれほどカッコいいギターを鳴らして、あそこまで歌を歌えるかって言ったら俺にはできない。ベンジー(浅井健一)の作る音は本当にすごい。俺は心にグッとくる音楽が好きで、その時の自分にとって最高到達点の表現じゃないとダメ。あの人はそういう音楽を作っていると思う」 と語っている[12]。 また、自身が愛用しているグレッチギターも浅井による影響から使用を始めた[13]。
自身のバンドでは、ガレージロック、パンク・ロック、ブルースロック、パブロックからの影響が垣間見られる音楽を展開している。楽曲の制作に関しては特にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代、チバは作詞に専念することが多く、バンドメンバー全員でフレーズを持ち寄って楽曲の作曲・編曲をすることが多かった[12]。THEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代はアベフトシにギタープレイを任せ、自身はボーカルに専念することが殆どだったが、ROSSOとして活動してからは多くの楽曲でギターを弾くようになった。ROSSO(2期)以降はほとんどの曲でギターを弾いている。非常に強烈なしゃがれ声が特徴。
人物
- 大のビール好きで、缶ビールを1日1ダース飲んでいた時期があった。晩年愛飲していたのはバドワイザー。理由は「バドワイザーならスタジオで飲んでいても怒られない気がする」から[14][15]。
- 「休肝日はあるの?」と聞かれ、「「やばいな」っていうときは3本だけ、みたいな。」と答えている[16]。
- ギターよりも酒が無い方が落ち着かないらしい[17]。
- 日常的に写真撮影を行い、高コントラストなモノクロの作品を好む。ソロプロジェクト、SNAKE ON THE BEACHのアルバムアートワークや特典の写真集に収録されている写真は自ら撮影したもの。2019年には初の写真展を開催[18]。2015年には、ローリング・ストーン誌の創刊100周年を記念し、サインが刻印されたデジタルカメラ、「ライカ D-LUX “RSJ Edition”」が発売された[19]。
- サッカーの熱烈なファンで、2005年10月5日にはFC東京の非公式応援歌「VAMOS TOKYO!」をTHE MIDWEST VIKINGS名義でリリースした[20]。また、サッカー中継のタイアップとして書き下ろされた東京スカパラダイスオーケストラの楽曲「¡Dale Dale! ~ダレ・ダレ!~ feat.チバユウスケ」の客演に、同バンドのメンバー川上つよし曰く「FC東京サポ仲間」として招かれている[21][22]。
- パンダのシャンシャンが好き。「家に連れて帰りたい」と語った[23]。
- 嫌いな物は河童[24]。
- 嫌いな食べ物はパクチー[要出典]。
- 携帯電話を生涯所持しなかった。iPadは所持しており、インスタグラムの公式アカウントがある[25]。
エピソード
- The Birthdayの楽曲、「12月2日」の曲名は、「スタジオ入り前日の12月2日に1日で書き上げた」ことが由来[26]。
- The Birthdayの楽曲、「KAMINARI TODAY」は新幹線の中で書き上げた[14]。
- エンジニアブーツを履いて高尾山に登った事がある[27]。
- 大学時代、酒のおつまみを買うお金が無かったので、マクドナルドのケチャップをそのまま食べていた[28]。
- インタビュー中に酔っ払って寝てしまい、スタッフが起こすと、開口一番「おかわり」と言った[29]。
- 国立競技場でサッカー観戦中、上段の客席から最下段まで転げ落ちた事がある。周りの観客が驚く中、立ち上がって友達にピースし、ビールを買いに行った[30]。
- 自宅の冷蔵庫の音がうるさくて半べそをかいたことがある[31]。
- 20数年間いちごは木になると思っていた[14]。
- 「キャンディ・ハウス」の「鳴き声のする向こう 植木を投げる」という歌詞は「猫の気をひきたくてベランダから植木を投げたら、えらい音がした」ことが由来[14]。
- 友人のバンドのリハーサルに酔っ払って乱入し、ドラムに突っ込みギターのネックを折り、全く同じギターを中古で購入した[32]。
- 2000年、フジロックフェスティバルで演奏後、ギターを放り投げて破壊し、修理に出す[33]。
- 2003年、フジロックフェスティバルにて、自分の出番までスタッフ用の自転車を借りて、場内を散策していたところ、迷子になった。携帯電話を所持していない為、連絡が付かず「チバが出番なのに、いない!!」と、スタッフを騒がせた[34]。
- ライブ中、観客が投げたペットボトルがチバに直撃し、「物投げねぇで、お前らが飛んで来い!」と怒鳴った[35]。
- THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのバンド名の由来や結成について聞かれると、「全員石油王の息子だった」などと毎度嘘をついていた[36]。
- コカコーラがスポンサーの番組内でのライブMCにて、「お前ら、コーラ飲んでると骨溶けるぞー!」と言った[37]。
- メジャーデビュー前、コンベンションライブ終演後の挨拶で、詰めかけた数多くの音楽関係者に「日本の音楽シーンをダメにしたのはお前らだ」と言い放った[38]。
- ツアー中、宿泊したホテルのバスタブで味噌汁を作り、以降そのホテルに泊まれなくなる[39]。
使用機材
ギターは、デビュー後しばらくは、イタリアのメーカー「Eko」[40]、フェンダー・ジャガー、フェンダー・ジャズマスターなどを使用。チバ本人はイマイアキノブに指摘されるまでの長い間、自分の持っているジャガーをジャズマスターと勘違いしていた。
1999年頃からはグレッチの「テネシーローズ」、「ホワイトファルコン」などを中心に使用。また、「ブラックファルコン」、「ナッシュビル」、ヴィンテージの「テネシアン」や「クリッパー」、ギブソン・ES-335なども所有している[41]。
2018年に自身のシグネチャーモデル、「グレッチ・テネシーブラック」が完成してからはメインギターとして使用している。
アンプはFender HotRod Deville410。 エフェクターはBOSSのBD-2(Blues Driver)、ARIAのDD-X20(ディレイ)等を使用。
ディスコグラフィ
発売日 | アーティスト名 | タイトル | 備考 |
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2005年10月5日 | THE MIDWEST VIKINGS | VAMOS TOKYO!
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2006年4月19日 | Midnight Bankrobbers | 冬のピノキオ
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2012年10月10日 | SNAKE ON THE BEACH | DEAR ROCKERS
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2013年3月20日 | V.A. | 「赤い季節」ORIGINAL SOUNDTRACK
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DVD『赤い季節』の初回限定盤にのみ付属のCD |
2013年5月1日 | THE GOLDEN WET FINGERS |
KILL AFTER KISS
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アナログ盤 |
KILL AFTER KISS (KILL盤)
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2013年6月26日 | KILL AFTER KISS (KISS盤)
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2016年3月23日 | CHAOS SURVIVE INVADER MK-I
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2016年10月5日 | CHAOS SURVIVE INVADER MK-II
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2019年11月27日 | SNAKE ON THE BEACH | 潮騒
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2020年10月07日 | SNAKE ON THE BEACH | real light real darkness
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参加作品
※特筆ない限りボーカルとしての参加。
楽曲 | 発売日 | アーティスト名 | 収録作品 |
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touch and go | 2000年12月16日 | PEALOUT | touch and go |
カナリヤ鳴く空 | 2001年12月12日 | 東京スカパラダイスオーケストラ | カナリヤ鳴く空 |
人と光 (feat.チバユウスケ from thee michelle gun elephant) | 2002年1月30日 | BUGY CRAXONE | This is NEW SUNRIZE |
All Day and All of the Night | 2002年2月21日 | チバユウスケ with MURDER | KINKY BOOT 〜TRIBUTE TO THE KINKS |
NEW RISE | 2002年4月24日 | TAXY DRIVERS | Tribute to THE RYDERS 「LET'S GET TOGETHER」 |
PARADISE | |||
DOWN DOWN DOWN | 2003年5月28日 | CLASSIC CHIMES | FISHISM |
※全曲コーラスで参加 | 2003年12月8日 | the 原爆オナニーズ | PRIMAL ROCK THERAPY |
旅に出よう | 2004年3月17日 | SHIGERU FOREVER | A.I COMPANY |
→「RAVEN § 限り無く赤に近い黒」を参照 |
2004年4月21日 | RAVEN | 限り無く赤に近い黒 |
ロミオ(勝手にしやがれ+チバユウスケ) | 2004年7月12日 | 勝手にしやがれ | ロミオ |
Snowdrops feat.Yusuke Chiba | 2006年4月5日 | ラヴ・グローサー | Across The Valley |
心臓 | 2006年11月22日 | Midnight Bankrobbers | TRIP IN HARD CORE |
Stroll around the world | 2006年 | Star Casino | Stroll around the world |
The KKK Took My Baby Away | 2007年5月23日 | DUMB | TRIBUTE TO THE RAMONES |
I Wanna Be Sedated | |||
Walking On The Moon [Dub Version] feat. Yusuke Chiba | 2007年7月4日 | Toshiyuki Goto | No Illusion |
帰り道 | 2007年7月25日 | Midnight Bankrobbers | 酔いどれ詩人になるまえに |
Kick Out The Jams feat. チバユウスケ | 2009年1月14日 | Disoscillators | LAST ROCKERS |
ACACIA; | 2010年6月23日 | Q;indivi | ACACIA; |
I'M FLASH | 2012年8月22日 | I'M FLASH! BAND | I'M FLASH! |
恋のサングラス | 2013年10月23日 | 斉藤和義 | 和義 |
WANG DANG DOODLE | 2014年10月1日 | THE PRIVATES | Les beat |
Brand New Cadillac | 2018年10月10日 | Ken Yokoyama | Songs Of The Living Dead |
¡Dale Dale! 〜ダレ・ダレ!〜 feat.チバユウスケ | 2019年11月20日 | 東京スカパラダイスオーケストラ | ツギハギカラフル |
祟り君~タタリくん〜
※DVD特典として参加 |
2022年1月12日 | マキシマム ザ ホルモン | Dhurha Vs Dhurha~ヅラ対ヅラ~ |
提供作品
- ローレン (2001年2月16日)
- BULLSHITのシングル。プロデュースを担当。
- nobuchikaeri (2005年12月21日)
- 信近エリのアルバム。M-3「SING A SONG」の作詞を担当。
- honeycreeper (2007年9月26日)
- PUFFYのアルバム。M-3「君とオートバイ」、M-13「アイランド」の作詞作曲を担当。
- 誰かが (2009年7月29日)
- PUFFYのシングル。M-1「誰かが」の作詞作曲を担当。
出演作品
- 696 TRAVELING HIGH (2001年)
- 川村カオリ監督によるドキュメンタリー映画。
書籍
- チバユウスケ詩集「ビート」 (2008年11月6日、ISBN: 9784902943368)
- 1994年のデビューから現在までの約15年のあいだで書かれた214曲の歌詞の内、「世界の終わり」から「オリーブ」まで、自らがセレクトした125曲を収録。そのうちの半数には、詞に寄せた書き下ろしコメントを併記し、スケッチブックから転写した手書きの歌詞や、詞を作る際に描いたイラストや写真などのビジュアルも収録。
- チバユウスケ詩集「モア・ビート」 (2015年9月、ISBN: 9784908062124)
- 2008年に刊行した詩集『ビート』から7年、その後2015年までの間に制作された歌詞を自選、コメントした、待望の詩集第二弾。制作の合間に描かれたスケッチやライブ会場などで発売されているチバユウスケがデザインを手がけたTシャツも収録。
- EVE OF DESTRUCTION (2022年9月、ISBN: 9784991221118)
- 7インチ・レコードのジャケットと同じサイズの判型の160ページの中に、250枚を超える貴重なレコードの写真を12のジャンルに分けて掲載。作品との出会いを振り返った貴重なエピソードや、バンドTシャツのコレクションの一部も特別に掲載。
その他関連作品
- OCCUPY produce Japan Artist Figure #2 Artist チバユウスケ
主な出演
CM
- トヨタ自動車「GAZOO Racing」(2015年) - ナレーション[42]
脚注
注釈
出典
- ^ a b "チバユウスケさんが死去 55歳、4月に食道がん公表 元「ミッシェル・ガン・エレファント」ボーカル". スポーツ報知. 報知新聞社. 2023年12月5日. 2023年12月5日閲覧。
- ^ “CLAMP Vol.74”. fujitv.co.jp. 2023年2月19日閲覧。
- ^ “SCHOOL OF LOCK!”. tfm (2012年7月18日). 2023年3月8日閲覧。
- ^ “ヤマジカズヒデ×チバユウスケ 飾らないカリスマたちの音楽談義”. CINRA (2015年3月25日). 2023年3月8日閲覧。
- ^ “チバユウスケ著:『EVE OF DESTRUCTION』<ROOTS編>を特別公開”. note.com (2023年12月6日). 2024年5月15日閲覧。
- ^ “チバユウスケ 初写真展『潮騒』11/19 (火) ~11/27 (水)”. AL TOKYO. 2023年4月24日閲覧。
- ^ “【The Birthday】チバユウスケさん 食道がんと判明「治療に専念すべく当面の間休養」”. TBS NEWS DIG. TBSテレビ (2023年4月24日). 2023年4月24日閲覧。
- ^ a b “チバユウスケへの献花の会 『 Thanks ! 』”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN (2024年1月1日). 2024年1月15日閲覧。
- ^ “「ミッシェル・ガン・エレファント」ボーカルのチバユウスケさん死去、55歳 食道がんで闘病”. 日刊スポーツ (2023年12月5日). 2023年12月5日閲覧。
- ^ “The Birthday、チバユウスケがレコーディングした楽曲を2024年春リリース”. Rolling Stone Japan (2024年1月19日). 2024年1月19日閲覧。
- ^ ARABAKIROCKFESTの2024年04月29日のツイート、2024年4月30日閲覧。
- ^ a b c d 「EVE OF DESTRUCTION」、ソウ・スウィート・パブリッシング、ISBN 9784991221118。
- ^ 『ミッシェル・ガン・エレファント』ロッキング・オン、2000年4月28日、325頁。ISBN 4947599812。
- ^ a b c d 「チバユウスケ詩集「ビート」、FOIL、ISBN 9784902943368。
- ^ “チバユウスケがステージで魅せたい音楽と服!真似してみたい激シブの黒アイテム【男の黒】”. Youtube (2022年6月29日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “「Change for the future 2021」横山健 × チバユウスケ Interview!!”. satanicjp (2021年12月13日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “チバユウスケ(THE BIRTHDAY)SPECIAL INTERVIEW -前編-”. Gretsch Japan (2021年11月25日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “あの日のライカ Vol.6 チバユウスケ × ライカSL2-S”. デジカメwatch. 2023年5月24日閲覧。
- ^ “限定各20台のライカD-LUX “RSJ Edition”、第4弾は浅井健一さん”. デジカメwatch. 2023年5月24日閲覧。
- ^ “覆面バンド THE MIDWEST VIKINGS、FC東京応援歌をリリース!”. CDJournal ニュース (2008年3月31日). 2023年3月8日閲覧。
- ^ “スカパラ×チバユウスケ、18年ぶりにフィーチャリング決定。「チバユウスケの声が聞こえて来て、即オファー!」”. rockinon.com (2019年8月2日). 2023年3月8日閲覧。
- ^ “スカパラ×チバユウスケ「カナリヤ」ぶりの邂逅!新曲でスペインサッカー彩る(コメントあり)”. 音楽ナタリー (2019年8月2日). 2023年3月8日閲覧。
- ^ “2017年12月27日 ★ 山中さわおの fool on the planet vol.238『チバ君乱入』”. YAMANAKA SAWAO OFFICIAL WEB SITE (2017年12月27日). 2023年12月15日閲覧。
- ^ “チバユウスケさん伝説 ペットボトル事件、取材で泥酔、吐しゃ物を両手キャッチした妻”. 東スポWEB (2023年12月6日). 2023年12月15日閲覧。
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- ^ “The Birthdayチバユウスケが語る、現実をひっくり返す想像力”. rollingstonejapan (2021年8月12日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “チバユウスケさんにインタビュー。”. Popeye magazine (2022年10月14日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “The Birthday先生がサプライズ来校!今夜の授業は「THE 俺の道」!!!”. tfm.co.Jp (2017年5月11日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “チバユウスケが語る「変わらない」音楽への姿勢とその美学”. rollingstonejapan (2018年7月9日). 2023年5月24日閲覧。
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- ^ “チバユウスケ、自身のフジロック出演歴から現在のフジロックの楽しみ方までを語る”. 富士祭電子瓦版 (2016年4月17日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “チバユウスケ、自身のフジロック出演歴から現在のフジロックの楽しみ方までを語る”. 富士祭電子瓦版 (2016年4月17日). 2023年5月24日閲覧。
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- ^ “チバユウスケについて知っているいくつかの事柄――幾度となく本人に取材したライター長谷川誠がありのままを綴る”. mikimiki.tokyo.jp (2023年12月19日). 2023年12月19日閲覧。
- ^ “The Birthday インタビュー「何をしていても音楽に繋がってしまう」”. numero.jp (2017年5月7日). 2024年4月30日閲覧。
- ^ 「弾きたいビザール」『ギター・マガジン』2016年9月号、リットーミュージック、34頁、ASIN B01HIP2LFQ。JAN 4910029330964。
- ^ “チバユウスケ(THE BIRTHDAY)SPECIAL INTERVIEW -前編-”. Gretsch Japan (2021年11月25日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “チバユウスケ、TOYOTAのCMでナレーションに挑戦!”. アールオーロック (2015年7月6日). 2015年7月7日閲覧。
- ^ TBD_STAFFの2016年08月5日のツイート、2022年12月15日閲覧。
外部リンク
- rockin' blues.com - ウェイバックマシン(2023年10月31日アーカイブ分)