フノリ
フノリ属 | |||||||||||||||||||||
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フクロフノリ
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分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Gloiopeltis J. Agardh, 1842 | |||||||||||||||||||||
下位分類 | |||||||||||||||||||||
フノリ(布海苔、布苔、布糊、海蘿[1])は、真正紅藻綱スギノリ目フノリ科フノリ属 (学名:Gloiopeltis) に属する海藻の総称である。不規則に叉状分枝する円筒状またはやや扁圧した藻体をもち、しばしば潮間帯上部で群落を形成する。日本を含む北太平洋沿岸域に分布する。
フノリ属にはハナフノリ、フクロフノリ、マフノリなどが含まれる。いずれの種も食用とされるが、特にフクロフノリが用いられることが多い。またフノリ類の細胞壁多糖であるフノランは、ガムの有効成分や健康食品に用いられることがある。古くは糊の原料とされ、漆喰や織物の糊つけ、工芸品、整髪などさまざまな用途で利用されていた。
特徴
配偶体 (ゲノムを1セットもち配偶子を形成する体) と四分胞子体 (ゲノムを2セットもち減数分裂によって四分胞子を形成する体) はほぼ同形[2][3]。藻体は直立し、円柱状またはやや扁圧、不規則に二叉状分岐する[4] (左図)。単軸性。皮層を構成する細胞は外側に向かって小さくなる。内部は仮根糸を含むゆるい髄となるか、または中空 (左図)。粘質に富む。
配偶体は雌雄異株[2]。内皮層の特別な側糸において、下部の細胞1つが助細胞となり、そこから2細胞からなる造果糸が生じる[4]。連絡糸を介して受精核を受け取った助細胞は周囲の細胞と融合して融合細胞となり、造胞糸を生じる。造胞糸はほとんどが果胞子嚢になる。嚢果は藻体表面に突出する。造精器 (精子嚢) は皮層細胞の末端から形成され、鎖状にはならない。四分胞子嚢は皮層細胞から形成され、四分胞子形成は十字型。
冬から春にかけて成長、成熟し、夏には消失する[3]。盤状の基部は数年間生存するともいわれる。
波の強い潮間帯上部に大きな群落をつくることが多い[3]。
利用
日本では食用とされることがある。また細胞壁多糖であるフノランはガムの有効成分や健康食品に利用される。古くは煮溶かして糊としたものが漆喰、織物用糊料、紙の防水や艶出し、洗髪・整髪剤などに広く利用されていた。
歴史
日本では古くから利用されており、『正倉院文書』(740年頃) には、万葉仮名で「布乃利 (フノリ)」が記されている[5]。奈良時代にはフノリが貢納品に指定されていた記録はないが、『延喜式』(927年完成) では貢納品に指定されている[6]。『延喜式』では「鹿角菜」の漢字を用いているが、『延喜式』以外では奈良時代以降この字はふつう別の紅藻であるツノマタ類 (これも糊に利用された) を指し、フノリには「布乃利」、「布苔」などが使われている。また『和名類聚抄』(930年) では漢名の「海蘿」を充てている[6]。中国名では「赤菜」とも記される[7]。
『和名類聚抄』の記述では食用としてはあまり好まれておらず (「味渋鹹ニシテ大冷」)、朝廷から寺院への食用としての支給も非常に少ない[6]。一方で貢納国は多く (尾張、伊勢、紀伊、播磨、阿波)、貢納価値も比較的高かったことから、食用以外の用途 (建築、工芸など) で広く利用されていたと考えられている[6][8]。フノリは晒して煮とかしたものを糊とする。これに石灰とすさ (刻んだわらや布) を加えて漆喰としていた[9]。中国では古くからフノリを漆喰に使用しており、中国北部の渤海はフノリの産地として知られていた[9]。フノリを用いた漆喰は飛鳥時代の頃に日本に渡来したと考えられており、高松塚古墳や法隆寺の壁画にも使われた可能性がある[10] (高松塚古墳壁画の修復にはフノリが使われた[11])。その後も中世から近世にかけて、このような漆喰は建築物に広く利用されていた。またフノリの糊は絹織物や綿織物の糊つけにも広く使われていた[10][3]。他にも絹絵の下地、陶磁器の下絵の下地、さまざまな工芸品、紙の防湿、紙や皮の艶出し、丸薬、鋳型の砂を固める、水引や筆先を固める、布袋に入れて石けんの代用、洗剤、洗髪、整髪などさまざまな用途に用いられていた[10]。
江戸時代には広く売買されており、大阪には布海苔問屋 (フノリに加えてツノマタ、トサカノリ、テングサ、アラメなども取り扱っていた) が宝暦4年 (1754年) に開業しているが、それ以前から広く売買されていたと考えられている[12]。全国から集められたフノリは、大阪では西成郡伝法村、江戸では葛飾上平井村で晒フノリに処理されていた[12]。『毛吹草』(1645年) は諸国の名産品を挙げており、フノリ (海蘿) の産地として伊勢、紀伊、土佐、豊後、肥前が記されている[13]。明治初期におけるフノリ採取地は北海道、宮城、岩手、千葉、三重、和歌山、徳島、愛媛、高知、山口、長崎、鹿児島と日本全国に及んだ[12]。第二次世界大戦前には大阪には30軒ほどの布海苔問屋があった[10]。しかし第二次世界大戦後には合成糊が使用されるようになり、糊としてのフノリの利用はほとんど消滅した[10]。
現在
フノリ類は、地域によって食材とされる。フノリ属の種はいずれも食用とされるが、フクロフノリが最もよく利用される[3]。2月から4月にかけてが採取期で、寒い時のものほど風味が良いといわれる[要出典]。採取したフノリの多くは天日乾燥され市場に出回るが、少量は生のまま、または塩蔵品として出回ることもある[要出典]。天然物が採取されているが、昭和30年代以前には養殖が試みられていた[3]。主な産地は北海道、三陸海岸、紀伊半島、九州西岸などであり、年間生産量は数百tほどである[3]。
乾燥フノリは数分間水に浸して戻し、味噌汁、酢の物、刺身のつまや海藻サラダ、蕎麦のつなぎ(へぎそば)などに用いられる[3][14]。お湯に長時間つけると溶けて粘性が出るので注意が必要である[要出典]。
フノリの細胞壁ガラクタンであるフノラン (funoran) は、歯の再石灰化促進能やプラーク形成阻害能をもつことが示されており[15][16]、ガムの有効成分に用いられることがある。またフノランには血圧降下や血中コレステロール低下、抗腫瘍活性などの薬理効果が示唆されており[17][18]、健康食品に利用されることがある。
分類
2020年現在、フノリ属には5種ほどが知られている[2][19]。
フノリ属の分類体系の一例[2][19][20] (2020年現在)
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脚注
出典
- ^ 木村 修次・黒澤 弘光 (1996). 大修館現代漢和辞典. 大修館出版. p. 687. ISBN 9784469031096
- ^ a b c d Guiry, M.D. (2020年2月19日). “Gloiopeltis J.Agardh, 1842”. AlgaeBase. 2020年8月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 川口 栄男 (2012). “食用 その他の紅藻”. In 渡邉 信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 633-637. ISBN 978-4864690027
- ^ a b c d e f 吉田 忠生 (1998). “フノリ属”. 新日本海藻誌. 内田老鶴圃. pp. 677–679. ISBN 978-4753640492
- ^ 宮下 章 (1974). “海藻の初見”. 海藻. 法政大学出版局. pp. 49–53. ISBN 978-4-588-20111-0
- ^ a b c d 宮下 章 (1974). “海蘿 (フノリ) 鹿角菜 (ツノマタ・ツノマタノリ)”. 海藻. 法政大学出版局. pp. 65–66. ISBN 978-4-588-20111-0
- ^ 宮下 章 (1974). “フノリ”. 海藻. 法政大学出版局. pp. 293–294. ISBN 978-4-588-20111-0
- ^ 宮下 章 (1974). “国別特産”. 海藻. 法政大学出版局. pp. 243–251. ISBN 978-4-588-20111-0
- ^ a b 宮下 章 (1974). “フノリの効用”. 海藻. 法政大学出版局. pp. 222–224. ISBN 978-4-588-20111-0
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外部リンク
- ハナフノリ Gloiopeltis complanata. 写真で見る生物の系統と分類. 生きもの好きの語る自然誌. (2019年10月12日閲覧)
- フクロフノリ Gloiopeltis furcata. 写真で見る生物の系統と分類. 生きもの好きの語る自然誌. (2019年10月12日閲覧)
- マフノリ Gloiopeltis tenax. 写真で見る生物の系統と分類. 生きもの好きの語る自然誌. (2019年10月12日閲覧)
- スギノリ目 Order GIGARTINALES. 日本産海藻リスト. 生きもの好きの語る自然誌. (2020年8月23日閲覧)
- Gloiopeltis J.Agardh, 1842. AlgaeBase. (英語) (2020年8月23日閲覧)