利用者:Mirinano/作業場20
「Monkey Gone to Heaven」 | ||||
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ピクシーズ の シングル | ||||
初出アルバム『ドリトル(原題: Dollittle)』 | ||||
A面 | Monkey Gone to Heaven | |||
B面 |
Manta Ray Weird at My School Dancing the Manta Ray | |||
リリース | ||||
規格 | レコード (7インチ、12インチ), コンパクトディスク | |||
録音 |
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ボストン Downtown Recorders (1988年11月) (弦楽器セクションの録音)アメリカ合衆国 コネチカット州スタンフォード (1988年12月4日) | |||
ジャンル | オルタナティヴ・ロック | |||
時間 | ||||
レーベル | エレクトラ | |||
作詞・作曲 | ブラック・フランシス | |||
プロデュース | ギル・ノートン | |||
ピクシーズ シングル 年表 | ||||
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『Monkey Gone to Heaven』はアメリカのオルタナティヴ・ロックバンド、ピクシーズの楽曲。また、ピクシーズが1989年に発売したアルバム「ドリトル(原題: Dollittle)」の7曲目の楽曲である。リードボーカルのブラック・フランシスが作詞・作曲を手掛け、ギル・ノートンがプロデュースを行った。環境保護主義と聖書の数秘術に触れながら、歌詞にはドリトルで模索されていたテーマが反映されている。「Monkey Gone to Heaven」はゲストミュージシャンとして出演したArthur FiaccoとAnn RorichのセリストとKaren KarlsrudとCorine Metterのバイオリニストにとって初のピクシーズ作品でもある。
「Monkey Gone to Heaven」はDoolittleから発売されたファーストシングルとしてアメリカとイギリスでリリースされた。バンドが直前にエレクトラ・レコードと契約を結んでいたため、アメリカで初のエレクトラ・レコードレーベルの楽曲となった。楽曲は好評を博し、ローリング・ストーンのDavid Frickeは楽曲について「神とゴミについて人々に考えさせている」と語った[1]。リリース後も楽曲は複数の音楽誌から称賛されている。
歌詞・意味
「Monkey Gone to Heaven」のメインテーマは環境保護主義である。「人間による海洋破壊」と「宇宙における人間の立場の混乱」を主に扱っている。一方で、後にブラックは「『海』は巨大なトイレだ。物が洗い流され、再浄化、分解される大きくて暗いミステリアスな場所なのだ。そしてオクトパスガーデンやバミューダトライアングル、アトランティス、人魚がいるのもこの謎に包まれた場所なのだ。」と語った[2]。フランシスは詩を書き上げないうちに「this monkey’s gone to heaven」という曲のサビを思いついていた。詞は神と環境保護主義の関係を中心に展開され、楽曲の基本的な部分を構成するものだった。書き途中の歌詞に曲を付けた後、フランシスはリードギタリストのジョーイ・サンディアゴに聞かせるために彼のアパートに急いだ。後にサンティアゴはこの時の演奏について「それは朝早く、私もまだ疲れていたころ、フランシスが『ねえジョー、そっちへ行ってもいいかい。君に見せたいものがあるんだ。』と言ってきたんだ。(中略)曲はとても素晴らしい物でした。彼は『もし人が5なら』のパートを持ってきたんだ。彼は笑っていたよ。(中略)とても陽気な音楽だったよ。」と語った[2]。
「Monkey Gone to Heaven」は歌詞の中で「人が5なら悪魔は6、そして神は7。」という数秘術について言及している。後にフランシスはオルタナティヴ・プレスのインタビューで歌詞の重要性について詳しく語った。「歌詞は私がヘブライの数秘術について理解していることを前提にしてしまっているので、それについてほとんど知らないんです。ヘブライ語、特に聖書の中で人が5なら悪魔は6、そして神は7を指すであろうとする事実を多数見つけられると誰かが教えてくれたことを丁度思い出しました。(中略)図書館に行って、知識を深めることはしなかったよ。」[3]。この楽曲の数秘術は5、6、7の数字や光輪のある猿を特徴とするシングルのカバーにほのめかされている。
‘’Doolittle 33⅓’’の筆者であるBen Sisarioは曲についていささか異なった解釈をしている。「(フランシスの『海』についてのコメントを参照して)『海を操っている水中の男』として神の領域にいるネプチューンは、人間と地球との関係が人格化されたところにいた。ネプチューンに何が起きたのでしょう?彼はニューヨークからニュージャージー州までの1000万ポンドのヘドロによって命を奪われたのです。オゾン層の穴にとらわれた空の生き物と同じことです。人の神のような表れはほとんど消えてなくなり、残ったのは人の墜落した動物的本能だけでした。猿の頭の上に乗っている光輪は不幸に陥った象徴です。」[4]
構造
「Monkey Gone to Heaven」はニ長調の音楽である。キム・ディールのベースギターとデイヴィッド・ラヴァリングのドラムの伴奏で、短いコード進行をとったフランシスのリズムギターから始まる。フランシスが歌いだすとギターの激しさは収束し、ディールのベースラインとラヴァリングの落ち着いたドラムだけが残る[5]。歌詞の各行の間ごとにフランシスは歌を止め、ドラムとベースを残す。ジョーイ・サンティアゴのリードギターは歌唱中では演奏しない。それぞれの歌詞の二行目の終わりでベースラインに沿ってチェロパートが参加する[6]。
歌詞の最初の節が終わると、オープニングコードが繰り返され、この部分はサンティアゴのリードギターが2つのアルペジオを繰り返すコーラス(フランシシスとディールが「This mokey’s gone to heaven」と繰り返すコーラス)につながる。その間、2つのバイオリンがピアノと共にバックでメロディラインを演奏する[5]。コーラスと歌詞の第2節とをつなぐため、メロディを三度繰り返すサンディアゴの短いソロがある。第2節とコーラスは同じ構成をしている。第2コーラスの終わりにフランシスは「Rock me Joe!」と叫ぶ。その後サンティアゴは残りの17秒をギターのソロで演奏し、ソロの後半はバイオリンの伴奏がある。
ソロが終わるとフランシスは何度も「If man is five」と歌う。この数秒間リードギター以外の伴奏は無いが、コードが再び演奏され始めると今度は「If the devil is six」と繰り返す。2回のコードが終わる曲の主題が再び演奏され始める。するとフランシスはコーラスが近づくにつれ「Then God is seven」と叫ぶ。弦楽器セクションがより目立つようになりながら「This monkey’s gone to heaven」という最後のコーラスを繰り返し、楽曲は終了する。
レコーディング・制作
バンドパートはマサチューセッツ州ボストンのDowntown Recordersで録音された。弦楽器セクションの録音は「ドリトル」がコネチカット州スタンフォードのCarriage House Studiosでミキシングされている間に行われた。アルバムのプロデューサーであるギル・ノートンはレコーディング中にグランドピアノでの内部奏法を見て、弦楽器セクションを楽曲に加える着想を得た[7]。ノートン率いる制作チームはある晩のセッションでスタジオのオーナー、John Montagneseに弦楽器奏者を参加させることを依頼した。スタジオは「Missing in Action」や「死霊の牙」などのB級映画のオーケストラ音楽のレコーディングにもよく使われた場所だった。Montagneseはレコーディングの為に地元の楽団からクラシック奏者を4名雇い、1988年12月4日の午後、セッションが行われたのだった[8] 。
チェロ奏者のArthur Fiaccoが最初にCarriage Houseに到着した。彼は午後に開かれたコンサートからそのまま来たので黒と白のフォーマルな服装をしていた。Fiaccoは奏者が演奏するために書かれた楽譜がないことを知りとても驚き、フランシスが見せたリフを基に自身のパートを書き上げた[8]。バイオリニストのCorinne MetterとKaren Karsrudもフランシスとノートンの指示に従った。もう一人のチェロ奏者であるAnn Porichはアルバムとシングルを信じて帰宅。Fiaccoによると、彼は彼女のパートを2倍にしたという[9]。
リリース・ミュージックビデオ
Doolittleの初めてのシングル「Monkey Gone to Heaven」は1989年4月、ラジオ局のローテーションのためにアメリカで発売された。シングルはエレクトラ・レコードのマーケティングの助けもあり、アメリカのモダン・ロック・トラクス・チャートのシングル第5位を獲得[10]。イギリスでは1989年4月1日に発売され、イギリスのチャートに3週ランクイン、初週は60位を獲得した[11]。
ピクシーズ初めてのミュージックビデオは、ステージ上で楽器を演奏するバンドを主体とし、カメラはかわるがわるバンドメンバーに焦点をあてる。白黒に撮影されたり、サーチライトがカメラを横切ったり、スローモーションなどのエフェクトが用いられている。MV中、白黒に戻る前の数秒間何度かカラーに切り替わる。ビデオの途中で、バンドを覆う霧がステージ上に現れる。弦楽器のメンバーはビデオには映らない。
この楽曲は後にブラック・フランシスによって再録され、彼が2004年にリリースしたアルバム「Frank Black Francis」に収録された。
南アフリカのバンド「Absinthe」はこの楽曲を彼らのアルバム「A Rendezvous at Nirvana」の中でカバーした[12]。
評価
一般的に「Monkey Gone to Heaven」は良く評価された。イギリスの雑誌NMEは、1989年3月にイギリスの7インチシングルをレビューし、次のように評している。「粋な野郎どもは、近頃弦楽器とグランジギターをミキシングしている。ピクシーズが例外というわけではない。叫ぶように歌うボーカル、SF調の歌詞、ギターという常に溶けた溶岩はあなたの耳にこれまでとは違う新しい穴をあけ、これまでとは違う感覚を味合わせる。'Monkey Gone to Heaven' pukes acid and poetry into America's AOR heartland before being splattered by the faster and more direct sting of the second track 'Manta Ray'."[13]1989年4月にDoolittleがリリースされたとき、NMEのEdwin Pounceyは次のように付け加えた。「素敵な『Monkey Gone to Heaven』は、豪華さを付け加えている。しかし鋭い歌を包み込み丸くするような弦楽器がバンドの新しい編曲に取り込まれている。『猿』に天空のハープを加えた完全に管弦楽化する機転は彼らの衝動だったに違いない。賢明にその企ては抵抗されました。」[14]
イギリスのQ誌はドリトルのレビューで「Monkey Gone to Heaven」について次のように述べている。「楽曲はきれいなものではないが、丁寧に構成された直接的なリズムは実に理にかなっている。本能的な感覚は『Monkey Gone to Heaven』や『Debaser』のように楽曲のスニッフィング範囲に入ったときに倍増する。」[15]ドリトルをレビューしたローリング・ストーンのDavid Frickeは「『Monkey Gone to Heaven』は神とゴミについて人々に考えさせている。」と語っている[1]。 「Monkey Gone to Heaven」の成功は商業的にも表れている。ビルボードのモダン・ロック・トラクス・チャートで第5位を獲得し、ピクシーズのアメリカでのデビューを示した[16]。しかし、イギリスのチャートではあまり良い結果が出なかった。イギリスのチャートでは60位を最高位とし、わずか3週間後にチャートから外れた[17]。
トラックリスト
- 作詞・作曲はすべてブラック・フランシスが担当。
- イギリス 7インチ シングル
- "Monkey Gone to Heaven" – 2:56
- "Manta Ray" – 2:38
-
イギリス/アメリカ 12インチ/CD シングル
- "Monkey Gone to Heaven" – 2:56
- "Manta Ray" – 2:38
- "Weird at My School" – 1:59
- "Dancing the Manta Ray" – 2:13
受賞
The information regarding accolades attributed to "Monkey Gone to Heaven" is adapted from Acclaimed Music.[18]
出版社 | 国 | 受賞 | 年 | 順位 |
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Melody Maker | UK | Single of the Year | 1989年 | 1位 |
NME | イギリス | Single of the Year | 1989年 | 22位 |
Rolling Stone | アメリカ | Single of the Year | 1989年 | 5位 |
The Village Voice | アメリカ | Single of the Year | 1989年 | 24位[19] |
Rolling Stone | アメリカ | 500 Greatest Songs of All Time | 2004年 | 410位[20] |
NME | イギリス | 50 Greatest Indie Anthems Ever | 2007年 | 35位[21] |
NME | イギリス | 500 Greatest Songs Of All Time | 2014年 | 197位[22] |
参考文献
- Frank, Josh; Ganz, Caryn. Fool the World: The Oral History of a Band Called Pixies. Virgin Books, 2005. ISBN 0-312-34007-9.
- Sisario, Ben. Doolittle 33⅓. Continuum, 2006. ISBN 0-8264-1774-4.
出典
- ^ a b Fricke, David. "Pixies Cast Their Spell". Rolling Stone. June 1989.
- ^ a b Sisario, Ben. Doolittle 33⅓. Continuum, 2006. ISBN 0-8264-1774-4. p. 96
- ^ Goldman, Marlene. "Here and There and Everywhere". Alternative Press Vol IV, No 22. September 1989.
- ^ Sisario, 2006. p. 97.
- ^ a b Sisario, 2006. p. 98.
- ^ Janovitz, Bill. “Monkey Gone to Heaven > Song Review”. Allmusic. 2007年6月8日閲覧。
- ^ Frank, Ganz, 2005. p. 113.
- ^ a b Buskin, Richard (December 2005). “Classic Tracks: The Pixies 'Monkey Gone To Heaven'”. SoundOnSound. 2008年1月6日閲覧。
- ^ Sisario, 2006. p. 99.
- ^ “Artist Chart History — Pixies”. Billboard.com. 2008年1月6日閲覧。
- ^ “Pixies - Full Official Chart History”. Official Charts Company. Official Charts Company. 19 January 2016閲覧。
- ^ https://itunes.apple.com/za/album/a-rendezvous-at-nirvana/id633801588 Retrieved 13 January 2014
- ^ "The Pixies — Monkey Gone to Heaven". NME. March 1989.
- ^ Pouncey, Edwin. "Pixies — Doolittle" NME. April 1989.
- ^ Kane, Peter. "Pixies — Doolittle" Q number 32. May 1989.
- ^ “Artist History — Pixies”. Billboard.com. September 29, 2007時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月20日閲覧。
- ^ “UK Singles Chart”. PolyHex. 2008年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年3月31日閲覧。
- ^ “Monkey Gone to Heaven”. Acclaimed Music. 2007年1月28日閲覧。
- ^ “Pazz & Jop”. VillageVoice.net. 2007年4月21日閲覧。
- ^ “Rolling Stone: Monkey Gone to Heaven”. Rolling Stone (2004年11月4日). October 1, 2007時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月21日閲覧。
- ^ “The Greatest Indie Anthems Ever — countdown continues”. NME (2007年5月1日). 2008年1月6日閲覧。
- ^ “The 500 Greatest Songs Of All Time - 200-101”. NME (2014年2月8日). 2014年2月8日閲覧。