高崎機関区
高崎機関区 | |
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左:高崎機関区正門(2010年) 右:高崎機関区構内全景(2010年) (背後にはぐんま車両センター電気機関車留置エリアが存在) | |
基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 群馬県高崎市双葉町 |
鉄道事業者 | 日本貨物鉄道 |
帰属組織 | 関東支社 |
所属略号 | 髙 |
最寄駅 | 上信電鉄南高崎駅 |
旧称 | 高崎機関区(初代)→高崎第二機関区 |
開設 | 1943年(昭和18年)10月1日[注 1] |
配置両数 | |
電気機関車 | 25両 |
合計 | 25両 |
備考 | 2019年3月現在のデータ |
高崎機関区(たかさききかんく)は、群馬県高崎市双葉町に所在する日本貨物鉄道(JR貨物)の車両基地である。関東支社管轄。
概要
高崎線高崎操車場に隣接した位置に所在し、車両(電気機関車)と乗務員(運転士)が所属する。車両の出入区は高崎操車場から行われる。
本機関区には検修部門も設置されており、所属する機関車の交番検査や重要部検査を行っている[1][2][注 2]。なお、埼玉県熊谷市の熊谷貨物ターミナル駅構内に設置されている検修施設(貨車の交番検査を行う[3][注 3])に、かつて本機関区の派出所(高崎機関区熊谷貨物ターミナル駅派出[4][5][6])があった[注 4]。
1943年(昭和18年)10月の高崎操車場開設時[8]に高崎機関区(初代)の貨物部門[注 5]が移転して設けられた車両基地を前身とし、1945年(昭和20年)2月に高崎機関区から高崎第二機関区[9]として改組・分離した[注 6]。1947年(昭和22年)10月の上越線全線電化[12]に伴い高崎第二機関区にEF12などの電気機関車が配置され[13]、本機関区は貨物専門の車両基地から電気機関車担当の基地となった。国鉄時代末期の1987年(昭和62年)3月には貨物部門を高崎機関区と改称[14]、同年4月の国鉄分割民営化によりJR貨物が継承した[15]。
2011年(平成23年)から、碓氷峠鉄道文化むらで動態保存されている国鉄EF63形電気機関車の車輪削正などの検査を請け負っている。
歴史
- 1943年(昭和18年)10月1日:高崎操車場開設[8]と同時に高崎機関区(初代)の貨物部門が移設[注 5]。
- 1945年(昭和20年)2月1日:高崎機関区(初代)から高崎第二機関区に改組・分離[注 6]。
- 1947年(昭和22年)10月1日:上越線全線電化[12]に伴い、EF12などの電気機関車が配置[13]。これ以降、同機関区は電気機関車配置基地となる。
- 1949年(昭和24年)6月1日:「日本国有鉄道法」の発令により、日本国有鉄道が発足。管轄が運輸省鉄道総局から移管[16]。
- 1987年(昭和62年)
配置車両に表示される略号
- 〔髙〕…高崎を意味する。
高の異体字である「髙」を使用している。なお、「高」は四国旅客鉄道(JR四国)高松運転所に所属する車両の一部が表記している。
配置車両
2019年3月現在の配置車両は以下のとおり[17]。運用区間は2022年3月12日改正時点のものである。
- EH200形電気機関車
- 900番台1両、0番台24両の計25両が配置されている。
- 東海道貨物線:東京貨物ターミナル駅 - 川崎貨物駅 - 浜川崎駅間
- 南武線:浜川崎駅 - 尻手駅 - 立川駅間、尻手駅 - 新鶴見信号場間
- 武蔵野線:(本線)鶴見駅 - 新鶴見信号場 - 西浦和駅 - 南流山駅 - 西船橋駅間、(支線)新小平駅 - 国立駅間、(支線)西浦和駅 - 大宮操車場間、(支線)南流山駅 - 馬橋駅間
- 京葉線:西船橋駅 - 蘇我駅間
- 東北線・高崎線・上越線・信越線:田端信号場駅 - 大宮操車場 - 大宮駅 - 高崎操車場 - 南長岡駅 - 新潟貨物ターミナル駅・黒井駅間、篠ノ井駅-長野駅間
- 常磐線:田端信号場駅 - 隅田川駅 - 馬橋駅間
- 中央線:国立駅 - 立川駅 - 塩尻駅 - 名古屋駅間
- 篠ノ井線:塩尻駅 - 篠ノ井駅間
- しなの鉄道線:坂城駅 - 篠ノ井駅間、(北しなの線)長野駅-北長野駅間
- 高島線・根岸線:鶴見駅 - 根岸駅間
高崎第二機関区時代
- 蒸気機関車
『国鉄動力車配置表』1931年より1965年までの1945年を除く隔年分から『世界の鉄道』1967年、朝日新聞社
- 電気機関車
- EF13形 -(在籍1947年-1951年)
- EF12形 -(在籍1949年-1955年)
- EF15形 -(在籍1949年-1967年)
- EF58形 -(在籍1949年、1953年-1967年)
- EF50形 -(在籍1953年)
- EF53形 -(在籍1953年-1967年)
- EF55形 -(在籍1953年-1955年、1961年-1963年)
- EF57形 -(在籍1959年-1961年)
- EF62形 -(在籍1963年-1967年)
- EF63形 -(在籍1963年)
- EF56形 -(在籍1965年-1967年)
- EF60形 -(在籍1965年)
『国鉄動力車配置表』1931年より1967年までの1945年、1957年を除く隔年分から『世界の鉄道』1969年、朝日新聞社
脚注
注釈
- ^ 高崎機関区(初代)貨物部門の移転日。
- ^ 新形式車両であるEH200形のみが所属しているため、台車検査は行っていない[1]。
- ^ 『貨物時刻表』の「コンテナ取扱駅構内図 熊谷貨物ターミナル」では、同ターミナル駅南西の高崎方コンテナホームに検修線が7本(検修1番線から7番線)、その内5番線から7番線に検修庫が図示されている[3]。
- ^ 高崎機関区熊谷貨物ターミナル駅派出は、JR貨物の現業機関を掲載している書籍『JR気動車客車編成表』[7]にも、公益法人 鉄道貨物協会が発行する『貨物時刻表』の「機関区・車両所・保全技術センター・工事監理事務所・鉄道総合部所在地」[2]にも記載されておらず、その存在については不明である。ただし、前者においては高崎地区の貨車の交番検査を行う区所として「高崎保全区」が記載されている[7]。
- ^ a b この際、客貨車の検修を担っていた高崎検車区および高崎車電区においても、貨物部門が高崎操車場付近に移転している。
- ^ a b 高崎機関区(初代)の旅客部門は高崎第一機関区となり[10]、国鉄時代末期の1987年に高崎客貨車区と統合して高崎運転所と改称[11]、東日本旅客鉄道に継承された後、3度の改編を経て2022年にぐんま車両センターとなっている。
出典
- ^ a b 『鉄道ピクトリアル 2010年3月号』第60巻第3号、電気車研究会・鉄道図書刊行会、2010年3月1日、21 - 23頁。
- ^ a b 「機関区・車両所・保全技術センター・工事監理事務所・鉄道総合部所在地」『貨物時刻表』 各年、公益法人 鉄道貨物協会、218 - 219頁。
- ^ a b 「コンテナ取扱駅構内図 熊谷貨物ターミナル」『貨物時刻表』 各年、公益法人 鉄道貨物協会、270頁。
- ^ 鉄道ジャーナル社『鉄道ジャーナル』1990年10月号「特集●JRの車両基地'90」内 日本貨物鉄道㈱技術部運用車両課著 JRの車両基地PART.2 JR貨物 p.85
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2000年1月号(No.680)、電気車研究会、pp.35-36
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2008年1月号(No.798)、電気車研究会、pp.28-30
- ^ a b ジェー・アール・アール編「JR現業機関一覧表 日本貨物鉄道」『JR気動車客車編成表 2023』交通新聞社、2023年6月15日、230頁。ISBN 978-4-330-02623-7。
- ^ a b 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、449頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 「国鉄電車関係業務一覧表」『復刻版 国鉄電車編成表 86年版』ジェー・アール・アール、2017年6月1日、160頁。ISBN 978-4-330-79517-1。
- ^ 朝日新聞出版編『空撮 JR車両基地』JR東日本高崎車両センター高崎支所 朝日新聞出版、2015年、pp.84 - 85、ISBN 978-4-02-331378-1
- ^ a b 『鉄道ジャーナル』第21巻第8号、鉄道ジャーナル社、1987年7月、84頁。
- ^ a b 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』2017年8月号「特集:上越線電化70年」内 祖田圭介(元㈶鉄道総合技術研究所)著 上越線の線路をたどる p.53
- ^ a b 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』2017年8月号「特集:上越線電化70年」内 伊藤威信著 一九五〇〜六〇年の代 上越線を往来した列車の思い出 p.30
- ^ a b 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』1987年5月号「特集:国鉄分割民営化関連特集号」内 編集部著 国鉄分割・民営化関連Q&A <別表>現業機関名所変更(昭62.3.1)p.44
- ^ 「JR東日本の車両基地 高崎運転所」『鉄道ジャーナル 1987年7月号 特集●JR・東日本旅客鉄〈第一部〉』第21巻第8号、鉄道ジャーナル社、1987年7月、84,85。
- ^ 鉄道ジャーナル社 『鉄道ジャーナル』1983年10月号「特集●輸送の中枢-車両基地」内 鳥取彰(富士計測器㈱開発部長/もと国鉄本社運転局計画課)著 国鉄車両基地のあゆみ p.56
- ^ 「2019JR貨物時刻表」(社団法人鉄道貨物協会)