水田天満宮
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水田天満宮 | |
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所在地 | 福岡県筑後市水田62-1 |
位置 | 北緯33度11分55.1秒 東経130度29分8.4秒 / 北緯33.198639度 東経130.485667度座標: 北緯33度11分55.1秒 東経130度29分8.4秒 / 北緯33.198639度 東経130.485667度 |
主祭神 | 菅原道真 |
創建 | 1226年(嘉禄2年) |
本殿の様式 | 三間社流造 |
別名 |
水田天神、水田天神宮 (江戸時代の資料上の名称) |
地図 |
水田天満宮(みずたてんまんぐう)は、福岡県筑後市にある菅原道真を祭神とする神社(天満宮)。境内末社の恋木神社(こいのきじんじゃ)も縁結びの神社として有名。
歴史
[編集]社伝によれば1226年(嘉禄2年)、後堀河天皇の勅命により菅原道真の後裔で菅原氏長者(当主)菅原為長によって創建されたという。当地に太宰府天満宮の荘園で菅原氏一族の大鳥居氏が支配する「水田荘」があって、その鎮守であった。旧名は安楽寺所司神人所[1]、老松宮など。太宰府に次ぐ九州第二の天満宮と称する。
江戸時代は史料上では「水田天神」の名で記載されている。田中忠政の代とされる「田中筑後守殿家人数並知行」に『千石 水田天神領』とあり、寺社としての序列は3位。田中氏断絶後、立花氏が柳川、有馬氏が久留米に入って筑後国が分割されて以降久留米藩主・柳川藩主等の帰依を得た。立花氏時代の柳川藩の資料「延宝九酉年知行取無足扶持方共」(1681年)に『同(高)五拾石 水田天神宮社領』とあり、柳河藩寺社では14位の位置付けで清水寺の下、祇園宮社の上に記載されている。
幕末期に久留米藩の尊王派学者・志士で久留米水天宮神職でもあった真木保臣(真木和泉守)が藩政改革の失敗により蟄居謹慎のため弟の大鳥居家(水田天満宮神職)に寄寓していた時に住んでいた家「山梔窩」(さんしか、福岡県指定史跡)が天満宮西側にある。住所は福岡県筑後市大字水田242番地1・242番地2である。
境内末社
[編集]恋木神社をはじめとして境内末社が多数ある。
- 恋木神社・靖国神社・日吉神社・玉垂命神社・稲荷神社・今宮社・今尾社・若宮社・藤太夫社・菅公御子社・坂本社・天子社・八十御霊社・広門社・荒人社・八幡神社・素盞嗚神社・月読神社・屋須田神社・下宮御旅所
文化財
[編集]- 福岡県指定文化財
- 本殿
- 水田の石造鳥居
- 福岡県指定無形民俗文化財
- 稚児風流
- 千燈明
行事
[編集]- 1月1日 - 1月7日、7日初詣元旦祭り・学業合格厄除祈願祭
- 1月25日 - 1月26日、初天神開運大祭・商業繁栄開運祈願祭・書初め書道大会
- 2月25日、春祭梅花祭
- 3月3日、ひな祭・恋木神社良縁成就祭
- 2月25日、春祭梅花祭
- 6月25日、菅公生誕祭
- 6月30日、大祓祭
- 7月24日、夏越祭・茅輪神事(連歌会)
- 8月25日、千灯明花火大祭
- 10月25日、御神幸祭・稚児風流奉納
- 11月3日、恋木神社良縁成就祭
- 11月15日、七五三子供祭
- 11月25日、新穀感謝祭・神宮大麻頒布祭
- 12月31日、大祓祭
交通アクセス
[編集]- JR九州鹿児島本線羽犬塚駅から西鉄バス8番系統大野島農協前ゆき、もしくは西鉄天神大牟田線八丁牟田駅から西鉄バス8番系統羽犬塚駅前行きに乗車し「水田天満宮・恋木神社前」下車すぐ。
- ※平日・土日祝日とも12時以降に運行される便のみ経由する。午前中は「筑後市立病院前」バス停が最寄り(約800m)。
- マイカーの場合、九州自動車道八女インターチェンジから約4㎞。
周辺施設
[編集]- 筑後市郷土資料館
- 山梔窩歴史交流館