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牛牧村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
うしきむら
牛牧村
廃止日 1954年11月3日
廃止理由 合併
穂積町、牛牧村本田村生津村(一部) → 穂積町
現在の自治体 瑞穂市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
本巣郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 4.72 km2.
総人口 1,986
(1954年)
隣接自治体 本巣郡巣南村穂積町本田村安八郡墨俣町
牛牧村役場
所在地 岐阜県本巣郡牛牧村牛牧字堀辺1580
座標 北緯35度22分40秒 東経136度40分21秒 / 北緯35.37767度 東経136.6725度 / 35.37767; 136.6725座標: 北緯35度22分40秒 東経136度40分21秒 / 北緯35.37767度 東経136.6725度 / 35.37767; 136.6725
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牛牧村(うしきむら)はかつて岐阜県本巣郡に存在したである。

合併で穂積町になった後、2003年(平成15年)5月1日に巣南町と合併し瑞穂市となっている。現在の地名は、牛牧、野白新田、野田新田、十九条、祖父江になる。

現在の瑞穂市の中央部から南東部にあたり、長良川の支流の五六川犀川などの数多くの中小河川が流れる。かつては洪水多発地帯であった。

歴史

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  • 江戸時代、この地域は尾張藩領(祖父江村)、天領(牛牧村・十九条・野白新田・野田新田・内野新田)であった。
  • 1754年宝暦4年) - 洪水時の五六川の逆流を防ぐため、代官川崎平右衛門により牛牧閘門が築かれる(現在のは1907年に築かれたの人造石の水門。近代土木遺産)。
  • 1875年明治8年)1月 - 牛牧村、野白新田、野田新田、内野新田が合併し、牛牧村になる。
  • 1879年(明治12年) - 牛牧村から野白新田、野田新田が分離し独立(後に合併し、野畠村)。
  • 1889年明治22年)7月1日 - 町村制施行に伴い、牛牧村が発足。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 牛牧村、十九条村祖父江村、野畠村が合併し、牛牧村になる。
  • 1954年(昭和29年)11月3日 - 穂積町、牛牧村、本田村生津村の一部(馬場、生津)が合併し、穂積町になる。

小・中学校

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交通

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その他

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  • 1953年(昭和28年)の町村合併促進法により、本巣郡南部では、穂積町船木村川崎村鷺田村本田村、牛牧村の6町村での合併の計画が進められ、町名も「美和町」でほぼ決まっていたという。しかし、この町名が問題となり計画は白紙となっている。現在の瑞穂市は、1953年に計画された美和町とほぼ一致している。

関連項目

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