コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

潮城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
logo
logo
潮城
静岡県
潮城跡(二ノ曲輪)
潮城跡(二ノ曲輪)
別名 城山
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 不明(岡部氏?・徳川氏?)
築城年 不明(16世紀?)
主な改修者 不明
主な城主 不明(岡部氏?・徳川氏?)
廃城年 不明
遺構 竪堀曲輪土塁
指定文化財 未指定
再建造物 なし
位置 北緯34度53分49.9秒 東経138度16分28.0秒 / 北緯34.897194度 東経138.274444度 / 34.897194; 138.274444座標: 北緯34度53分49.9秒 東経138度16分28.0秒 / 北緯34.897194度 東経138.274444度 / 34.897194; 138.274444
地図
潮城の位置(静岡県内)
潮城
潮城
テンプレートを表示

潮城(うしおじょう)は、静岡県藤枝市潮にあった中世日本の城山城)。

概要

[編集]
城跡の遠景。写真右側は国道1号藤枝バイパスが通る一ノ曲輪跡。

志太平野北西部にそびえる標高201メートルの独立峰「潮山」の山裾から東へ延びた低位丘陵部に所在する。尾根上の東西180メートル×南北90メートルを城域とし、中央に方形区画を土塁で囲む一の曲輪を配し、その両サイドに二の曲輪、三の曲輪を配置する[1]

1978年昭和53年)、国道1号藤枝バイパス建設に伴い発見され、バイパスが通過する一の曲輪の範囲が発掘調査された。室町時代後半の遺物と共に、5×3間の礎石をもつ掘立柱建物跡などの遺構が検出された[2][1]。一ノ曲輪は調査後に消滅したが、二の曲・三ノ曲輪、空堀などの遺構が一部残る。

岡部氏の城とされる朝日山城の南東1キロメートルに位置することから、朝日山城の支城とされるが[3]、当地の古地名が「城山」という以外に文献史料に記録がないため、城主など詳細不明の城郭である。

1575年天正3年)の長篠の戦い以降、駿河攻略に乗り出した徳川家康軍が、田中城に拠る武田軍を監視するため築いた、との見解もある[4]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 水野 2012 pp.199
  2. ^ 藤枝市埋蔵文化財調査事務所 1981
  3. ^ 静岡県 1981 pp.249
  4. ^ 水野茂『静岡 古城をゆく』(産経ニュース)(2016年9月4日)

参考文献

[編集]
  • 藤枝市埋蔵文化財調査事務所 1981年 『国道1号藤枝バイパス(藤枝地区)埋蔵文化財発掘調査報告書 第4冊 (宮塚遺跡・潮城跡)』 建設省中部地方建設局
  • 静岡県教育委員会文化課編 1981年 「潮城」『静岡県の中世城館跡(静岡県文化財調査報告書 第23集)』 pp.249
  • 水野茂 2012年 「潮城」『静岡県の城跡 - 中世城郭縄張図集成 - 』『静岡県の城跡』編纂委員会 pp.199