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浜野谷憲尚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
浜野谷憲尚
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都世田谷区
生年月日 (1972-01-25) 1972年1月25日(52歳)
身長 167.0cm(2020年)
体重 53.0kg(〃)
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦・松永勇(1990 - 1998)
美浦・大江原哲(1998 - 2002)
美浦・フリー(2002 - 2005)
美浦・武藤善則(2006.1.1 - 2010.12.31)
美浦・フリー(2011.1.1 - 2020.1.31)
初免許年 1990年
免許区分 平地・障害[1]
騎手引退日 2020年1月31日
重賞勝利 1勝
通算勝利 2985戦169勝
(JRA2978戦169勝、地方7戦0勝)
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浜野谷 憲尚(はまのや のりひさ、1972年1月25日 - )は、JRA(日本中央競馬会)・美浦トレーニングセンターに所属する元騎手で現在は調教助手。弟は東京支部所属のボートレーサー濱野谷憲吾[2]

戸籍上の表記は実弟同様、旧字体が含まれた「濱野谷」だが、JRAでは旧字体等での登録が認められていない為[2][3]新字体の「浜野谷」に修正して登録している。ニックネームは「ハマー」[4]

来歴

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世田谷区立新星中学校(統合により現在は廃校)卒業後、競馬学校に入学。修了後の1990年に美浦・松永勇厩舎所属騎手としてデビュー。おもな同期として、江田照男北沢伸也牧田和弥村山明らがいる。同年6月2日にホークバトラーで初勝利を挙げ、デビュー初年度14勝を記録。

1年目は平地競走のみの騎乗であったが、2年目以降は障害競走にも騎乗するようになった。ただ、障害で初勝利を挙げたのは障害に乗り始めて3年目の1993年のことだった。その1993年は平地で13勝、障害で3勝、通算16勝と自己最多の勝利数を挙げた。このころまでは平地競走の勝利数が障害競走のそれを上回っていた。

1997年以降は平地と障害の勝利数がほぼ同数、その後は平地競走の勝利数が障害競走のそれを下回るようになり、障害に軸足を移していった。2010年7月24日(新潟競馬場・3歳未勝利戦)を最後に平地競走に騎乗していなかったが、2017年6月3日(東京競馬場・3歳上500万下)に7年ぶりとなる平地競走での騎乗を行った(結果は15着)。

2003年8月23日、新潟ジャンプステークスをマルゴウィッシュで勝利し、重賞初制覇[5]

2020年1月31日をもって騎手を引退することが発表された。引退後は戸田博文厩舎所属の調教助手に転業する[2][6]

騎乗成績

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日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順

初騎乗 1990年3月3日 2回中山3日2R 3歳未勝利 ロイヤルマスコット 16頭 9 3着
初勝利 1990年6月2日 3回東京5日2R 3歳未勝利 ホークバトラー 14頭 4 1着
重賞初騎乗 1991年4月28日 2回東京4日11R 4歳牝馬特別 ナイスロッチ 16頭 16 5着
GI初騎乗 1994年4月17日 3回中山8日10R 皐月賞 カズサハリケーン 18頭 15 10着

初騎乗 1991年1月26日 1回東京1日5R 障害5歳上未勝利 セントロビンソン 12頭 12 9着
初勝利 1993年2月14日 1回東京6日5R 障害5歳上未勝利 ステッピングトップ 10頭 7 1着
重賞初騎乗 1993年4月10日 3回中山5日10R 中山大障害(春) スピードキャスター 9頭 7 6着
重賞初勝利 2003年8月23日 3回新潟3日10R 新潟ジャンプステークス マルゴウィッシュ 13頭 11 1着
JGI初騎乗 1999年12月18日 5回中山5日10R 中山大障害 リンデンバウム 15頭 10 3着
年度 平地競走 障害競走
1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
1990年 14 19 24 250 .056 .132 .228 -
1991年 7 14 16 219 .032 .096 .169 0 0 1 10 .000 .000 .100
1992年 7 6 12 149 .047 .087 .168 0 2 4 17 .000 .118 .353
1993年 13 13 12 193 .067 .135 .197 3 9 5 39 .077 .308 .436
1994年 8 6 8 144 .056 .097 .153 0 0 3 23 .000 .000 .130
1995年 7 11 4 127 .055 .142 .173 1 0 2 21 .048 .048 .143
1996年 7 5 12 146 .048 .082 .164 2 2 4 42 .048 .095 .190
1997年 4 5 4 88 .045 .102 .148 4 7 4 36 .111 .306 .417
1998年 8 12 8 105 .076 .190 .267 2 2 5 35 .057 .114 .257
1999年 3 9 5 53 .057 .226 .321 1 7 3 45 .022 .178 .244
2000年 0 1 1 27 .000 .037 .074 1 4 5 44 .023 .114 .227
2001年 0 0 0 20 .000 .000 .000 3 5 6 47 .064 .170 .298
2002年 1 5 1 28 .036 .214 .250 5 3 2 52 .096 .154 .192
2003年 0 1 0 9 .000 .111 .111 9 3 2 57 .158 .211 .246
2004年 0 0 0 6 .000 .000 .000 1 5 0 50 .020 .120 .120
2005年 0 0 0 1 .000 .000 .000 6 6 7 67 .090 .179 .284
2006年 0 0 0 2 .000 .000 .000 5 3 6 58 .086 .138 .241
2007年 0 0 0 8 .000 .000 .000 7 7 5 48 .146 .292 .396
2008年 0 0 0 6 .000 .000 .000 4 5 5 68 .059 .132 .206
2009年 - 1 5 3 51 .020 .118 .176
2010年 0 0 0 1 .000 .000 .000 5 2 2 61 .082 .115 .148
2011年 - 3 2 6 48 .063 .104 .229
中央 79 107 107 1582 .050 .118 .185 63 79 80 919 .069 .155 .241
地方 0 1 0 9 .000 .111 .111  

主な騎乗馬

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出典・脚注

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  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者” (PDF). 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月7日閲覧。
  2. ^ a b c “浜野谷憲尚騎手が引退、調教助手に転身”. サンスポZBAT!競馬. 産経デジタル. (2020年1月30日). https://race.sanspo.com/keiba/news/20200130/etc20013011290004-n1.html 2020年1月30日閲覧。 
  3. ^ JRA公式ホームページ
  4. ^ 『騎手・藤田伸二 20年の「男道」』(2010年 宝島社)
  5. ^ マルゴウィッシュ、新潟ジャンプS制覇”. netkeiba.com. 2022年5月7日閲覧。
  6. ^ 浜野谷 憲尚騎手が引退 - JRAニュース(日本中央競馬会)2020年1月30日

関連項目

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