浜島町
表示
(浜島村から転送)
はまじまちょう 浜島町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
廃止日 | 2004年10月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 浜島町、大王町、志摩町、阿児町、磯部町 → 志摩市 | ||||
現在の自治体 | 志摩市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 東海地方、近畿地方 | ||||
都道府県 | 三重県 | ||||
郡 | 志摩郡 | ||||
市町村コード | 24521-6 | ||||
面積 | 27.64 km2. | ||||
総人口 |
5,686人 (2003年10月1日) | ||||
隣接自治体 | 南勢町、磯部町、阿児町 | ||||
町の木 | モチノキ | ||||
町の花 | ハマナデシコ | ||||
浜島町役場 | |||||
所在地 |
〒517-0404 三重県志摩郡浜島町大字浜島1787-101 志摩市浜島支所(旧浜島町役場) | ||||
外部リンク |
浜島町ホームページ (国立国会図書館によるアーカイブ) | ||||
座標 | 北緯34度17分50秒 東経136度45分07秒 / 北緯34.29722度 東経136.75203度座標: 北緯34度17分50秒 東経136度45分07秒 / 北緯34.29722度 東経136.75203度 | ||||
ウィキプロジェクト |
浜島町(はまじまちょう)は、かつて三重県志摩郡にあった町。南勢地域(伊勢志摩)に含まれる。
2004年(平成16年)10月1日、志摩郡阿児町、大王町、磯部町、志摩町と合併して志摩市が発足し、自治体としての浜島町は廃止された。
地理
[編集]歴史
[編集]浜島町浜島#歴史も参照。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により英虞郡浜島村が誕生。
- 1896年(明治29年)3月29日[矛盾 ][矛盾 ] - 英虞郡と答志郡が合併して志摩郡となる。
- 1919年(大正8年)10月1日 - 浜島村が町制を施行して浜島町が発足。
- 2004年(平成16年)10月1日 - 志摩郡阿児町、大王町、磯部町、志摩町と合併し志摩市が発足。同日浜島町廃止。
行政
[編集]- 町長: 井上 大(いのうえ ひろし)
- 就任: 2000年8月1日
- 医療機関: 浜島町国民健康保険直営診療所
人口
[編集]1955年(昭和30年) | 7,450人 | |
1960年(昭和35年) | 7,362人 | |
1965年(昭和40年) | 7,198人 | |
1970年(昭和45年) | 7,106人 | |
1975年(昭和50年) | 7,307人 | |
1980年(昭和55年) | 7,295人 | |
1985年(昭和60年) | 7,127人 | |
1990年(平成2年) | 6,877人 | |
1995年(平成7年) | 6,509人 | |
2000年(平成12年) | 6,012人 |
経済
[編集]産業
[編集]教育
[編集]中学校
[編集]小学校
[編集]- 浜島町立迫塩小学校[3]
- 浜島町立浜島小学校
かつては浜島町立南張小学校もあったが、廃校となった。
交通
[編集]鉄道路線は存在しなかった。
バス
[編集]道路
[編集]船舶
[編集]娯楽
[編集]- 浜島座 - 映画館
- 浜島平和劇場 - 映画館
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]- 浜島町磯体験施設「海ほおずき」
- 浜島町産業交流館「ちちろ」 - 観光案内所を兼ねる。
- 磯笛岬展望台
- オバベタ山遊歩道
- えびすヶ丘
- 鼻かけえびす像
- 宮山古墳群
- 南張海浜公園
- 大矢浜海水浴場
- 合歓の郷
- 合歓の郷ゴルフクラブ
- 浜島カンツリークラブ
- 志摩地中海村
- 伊勢えび祭
- ツバスの鐘(浜島町南張31-2)
出身有名人
[編集]大字
[編集]同町の中心は浜島地区で、ほとんどの機能が集中している。人口[6]は2006年4月、面積[7]は1989年現在。
- 浜島町浜島(はまじま):浜島温泉や磯体験施設「海ほおずき」など観光資源にも恵まれた中心集落。浜島港は対岸の御座(志摩市志摩町)とを結ぶ定期船の乗船場であると共に遠洋漁業の基地でもある。人口4209人、面積3.745km2。
- 浜島町迫子(はざこ):南部に広大な敷地を有する合歓の郷がある。人口680人、面積11.010 km2。
- 浜島町南張(なんばり):地域ブランド「南張メロン」の産地。南張海浜公園は海水浴場となっている。人口358人、面積5.200 km2。
- 浜島町桧山路(ひやまじ):桧山峠の麓にあり、農業と漁業を生業とする集落。人口199人、面積3.250 km2。
- 浜島町塩屋(しおや):迫子と桧山路の間にある漁業集落。浜島地区との間で何度か境界変更しており、面積が縮小している。人口188人、面積3.225 km2。
方言
[編集]特殊な方言(志摩弁・浜島弁)が多数存在する。
- 例:まぶしい→あばばい、壊れている→うちゃれとる、など
脚注
[編集]- ^ “昭和30年国勢調査年令別人口”. 三重県戦略企画部統計課分析・情報班. 2020年5月4日閲覧。
- ^ “10 総人口(総数:国勢調査)”. 三重県戦略企画部統計課分析・情報班. 2020年5月4日閲覧。
- ^ 志摩市発足後に廃校となった。
- ^ “卓球雑学”. 西飯スポーツ. 2016年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月14日閲覧。
- ^ 露の眞"三重県人"2010年11月3日(2014年4月5日閲覧。)
- ^ 三重県志摩市の口コミネタとデータ収集-「まちのちから」
- ^ 『浜島町史』(浜島町史編さん委員会、平成元年10月1日発行、3頁)