コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

数値流体力学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
流体解析から転送)
NASAの極超音速実験機 X-43Aまわりの可視化結果。機体表面の色は伝熱量を表し、断面のスライスには局所マッハ数等値線が示されている。

数値流体力学(すうちりゅうたいりきがく、: computational fluid dynamics、略称:CFD)とは、偏微分方程式の数値解法等を駆使して流体の運動に関する方程式オイラー方程式ナビエ-ストークス方程式、またはその派生式)をコンピュータで解くことによって流れを観察する数値解析シミュレーション手法。計算流体力学とも。コンピュータの性能向上とともに飛躍的に発展し、航空機自動車鉄道車両船舶血流等の流体中を移動する機械および建築物の設計をするにあたって風洞実験に並ぶ重要な存在となっている。

原理

[編集]

離散化法

[編集]

数値流体力学では与えられた幾何形状をコンピュータで扱えるように離散化する必要がある。離散化には次のような手法がある[1]

無次元化

[編集]

流体力学ではよく行われるように、数値流体力学でも支配方程式やその解を無次元化することが便利である。しかし、流れが複雑な場合、流体の物性値が一定でなかったり、境界条件非定常であったりすることで流れを記述するのに必要なパラメータが多数できてしまい、無次元形式にしても有用でなくなる場合がある[30]

手順

[編集]

一般には次のような手順で解析が行われる。

  1. 前処理(プリプロセスpre-process
    1. モデルデータ作成
      対象物体の形状を再現した3Dまたは2Dモデルを作成する。設計にCADを使用し、そのデータを用いることが多い。
    2. 格子生成
      数値流体力学では空間を離散的に扱うため、物体形状および周りの空間を離散化する必要があり、一般には計算格子(グリッドあるいはメッシュとも)で表現する(一方、メッシュフリー法、粒子法などの格子を用いない手法も存在する)。格子生成には四面体を用いた非構造格子英語版法、直方体を用いた構造格子法などさまざまな手法がある。また、格子の数を格子点数といい、これを大きくすれば結果の精度が上がるものの解析にかかる時間が増大する。このため、境界層が存在する物体近傍や衝撃波面など、詳細な結果が求められる部位のみに多くの格子を配置する、というような工夫がなされる。
  2. 解析
    コンピュータによる反復計算を用いて格子毎の流れ方程式の近似解を求める。計算の結果として、各格子ごとの圧力・流速・密度などが求まる。格子点数やスキーム、コンピュータの性能にもよるが、長い時間を必要とすることが多く、スーパーコンピュータが用いられることもある。
  3. 後処理(ポストプロセス、post-process
    1. 数値的な出力
      計測器などの制約から実際には測定ができないような箇所でも、数値解析では計算領域内ならどこでも物理量を得ることができる。またそれを数値積分することで、物体にかかる力などを求めることもできる。
    2. 可視化
      多くの場合、流れ場の把握などのために、解析結果の可視化を行なう。具体的には、物体表面および周辺流れの圧力分布を色(等圧線コンター図)で表現したり、流線を曲線で表したり、渦度を等値面で表したりといった具合である。画像からアニメーションを作成することも多い。

風洞実験との比較

[編集]

CFDの性能や効用について風洞実験と比較される場面がある。

数値シミュレーションは、風洞のような寸法成約や壁面の影響および外乱がなく、理想的な状況を設定できる。また、風洞装置の設置に比べ初期投資を抑えられ、さらに風洞内のセンサ類の設置と管理といった手間もいらずそれでいて多量のデータを取得できる。風洞と比較できるような計算にはスパコンの利用が不可欠であるが、それでも風洞の初期費用やランニングコストとは桁違いである。一方で、現在の計算機能力では流れを十分に再現できない場面があり、また計算手法の扱い次第では実現象と全く異なる結果が現れることも容易に起きる。CFDを利用する場合には風洞などの実験を併用することが望まれ、風洞実験に取って代わる存在には至っていない。

特殊な数値流体力学

[編集]

流れの中では多くの物理過程が起こり得、それらが流れと相互作用を及ぼしあうことで多様な現象が現れる可能性がある。重要な応用分野ではこのような物理過程が起きており、CFDの適用が研究、応用されている[31]

  • 乱流[32][33]
    工業分野で現れる流れの多くは乱流であり、乱流モデルを用いた特別な扱いが必要となる。
  • 希薄流体
    クヌーセン数が0.01以下の流れ場では、流体分子同士が頻繁に衝突しその運動が平均化されるため、流体は連続体とみなせ、流体力学を適用できる。一方、クヌーセン数が0.01以上の場合、流体分子の衝突が極端に減り、別個に運動するようになるため分子運動論的な取り扱いが必要となる。このような流体を希薄流体と呼ぶ。希薄流体では支配方程式として流体力学方程式が成り立たず、ボルツマン方程式が有効となる。この種の数値シミュレーションは半導体微細加工プロセスに用いられている。
  • 極超音速気流
    マッハ数が5を超えるような極超音速気流では、超高温の衝撃波によってプラズマが発生している。このような気体を実在気体と呼び、解析には前述の流体力学の方程式に加えて熱化学方程式による解析が必要とされる。この種のシミュレーションはロケットなどの設計に用いられている。
  • アクティブスカラー
    温度や溶解している物質があっても、それらの変化が小さい場合はそれが流れに及ぼす影響を無視することが多い。この場合の温度や濃度などの物理量はパッシブスカラーと呼ばれ、流れ場を解いた後にこれらを解けばよいため、比較的問題は単純である。しかし、その変化が大きい場合は化学種濃度によって流体の密度や粘性が変化する場合があり、そのことによって流れが駆動される場合もありうる。この場合はアクティブスカラーと呼ばれ、流れ変数との連成問題を解く必要が生じる。
  • 非ニュートン流体[34][35][36]
    粘性応力とひずみ速度が単純な線形関係で表せないような非ニュートン流体を考慮しなければならない場合がある。さらに、粘弾性流体の場合は応力が連立非線形編微分方程式で記述される。
  • 界面
    流体中を固体物体が動く場合や、液面のように界面自体が流れ場を解いた結果として得られる場合(自由表面と呼ばれる)がある。VOF法(Volume of fluid)[37]埋め込み境界法[38][39][40]などの手法がある。
  • 混相流[41][42]
    空気中の粉塵や液滴の噴霧、液中の気泡、沸騰など、複数の相が混ざり合う混相流の場合がある。
  • 化学反応
    流れの中で化学反応が起こり、さらにその反応が大きなエネルギーを生む場合(燃焼爆発など)がある。
  • 気象学[43][44][45]、海洋学[46][47][48]
    大気海洋を扱う場合は、きわめて高いレイノルズ数と非常に大きいアスペクト比、そして地球の回転による力が重要になる。数値予報も参照。
  • プラズマ流、磁気流体力学[49]
    天文物理学などの分野では電磁気の効果が重要な役割を担い[50][51]、運動方程式をマクスウェル方程式と共に解く必要がある。プラズマのモデリングも参照。

著名な数値流体力学ソフトウェア

[編集]

汎用CFDソフトウェアは多数存在しており、実務レベルから研究レベルまで様々な用途に使用されている。以下にいくつかのメーカー及びソフトウェアを示す[52][53]

脚注

[編集]
  1. ^ Ferziger, Perić, p.26
  2. ^ Strikwerda, J. C. (2004). Finite difference schemes and partial differential equations. SIAM.
  3. ^ Smith, G. D. (1985). Numerical solution of partial differential equations: finite difference methods. Oxford University Press.
  4. ^ LeVeque, Randall (2002), Finite Volume Methods for Hyperbolic Problems, Cambridge University Press.
  5. ^ 森正武. (1986) 有限要素法とその応用. 岩波書店.
  6. ^ 菊池文雄. (1999). 有限要素法概説 [新訂版]. サイエンス社.
  7. ^ 菊池文雄. (1994). 有限要素法の数理. 培風館.
  8. ^ 有限要素法で学ぶ現象と数理―FreeFem++数理思考プログラミング―, 日本応用数理学会 監修・大塚 厚二・高石 武史著, 共立出版.
  9. ^ Brenner, S., & Scott, R. (2007). The mathematical theory of finite element methods. Springer Science & Business Media.
  10. ^ Johnson, C. (2012). Numerical solution of partial differential equations by the finite element method. Courier Corporation.
  11. ^ Braess, D. (2007). Finite elements: Theory, fast solvers, and applications in solid mechanics. Cambridge University Press.
  12. ^ 石岡圭一, スペクトル法による数値計算入門, 東京大学出版会.
  13. ^ Lloyd N. Trefethen (2000) Spectral Methods in MATLAB. SIAM, Philadelphia, PA.
  14. ^ D. Gottlieb and S. Orzag (1977) "Numerical Analysis of Spectral Methods : Theory and Applications", SIAM, Philadelphia, PA.
  15. ^ 境界要素法 ―基本と応用―、2004年10月、J.T.カチカデーリス 著/田中正隆 ・荒井雄理 訳、朝倉書店。
  16. ^ Cheng, Alexander H.-D.; Cheng, Daisy T. (2005), "Heritage and early history of the boundary element method", Engineering Analysis with Boundary Elements, 29 (3): 268–302.
  17. ^ Katsikadelis, John T. (2002), Boundary Elements Theory and Applications, Amsterdam: Elsevier, pp. XIV+336, ISBN 978-0-080-44107-8.
  18. ^ Wrobel, L. C.; Aliabadi, M. H. (2002), The Boundary Element Method, New York: John Wiley & Sons, p. 1066, ISBN 978-0-470-84139-6 (in two volumes).
  19. ^ Banerjee, Prasanta Kumar (1994), The Boundary Element Methods in Engineering (2nd ed.), London, etc.: McGraw-Hill, ISBN 978-0-07-707769-3.
  20. ^ 稲室隆二. (2001). 格子ボルツマン法: 新しい流体シミュレーション法 (< シリーズ> 物性研究者のための計算手法入門).
  21. ^ Mohamad, A. A. (2011). Lattice Boltzmann Method (Vol. 70). London: Springer.
  22. ^ Chen, S., & Doolen, G. D. (1998). Lattice Boltzmann method for fluid flows. Annual review of fluid mechanics, 30(1), 329-364.
  23. ^ Aidun, C. K., & Clausen, J. R. (2010). Lattice-Boltzmann method for complex flows. Annual review of fluid mechanics, 42, 439-472.
  24. ^ He, X., & Luo, L. S. (1997). Theory of the lattice Boltzmann method: From the Boltzmann equation to the lattice Boltzmann equation. Physical Review E, 56(6), 6811.
  25. ^ 蔦原道久, 高田尚樹, & 片岡武. (1999). 格子気体法・格子ボルツマン法. コロナ社.
  26. ^ Doolen, G. D. (Ed.). (1991). Lattice gas methods: theory, applications, and hardware. MIT Press.
  27. ^ Biggs, M. J., & Humby, S. J. (1998). Lattice-gas automata methods for engineering. Chemical Engineering Research and Design, 76(2), 162-174.
  28. ^ * 松島亘志, 片桐淳, 河野昭子「個別要素法解析の現状と将来展望(<特集>地盤の変形に関する新しい数値解析)」『地盤工学会誌』第62巻11・12、東京 : 地盤工学会、2014年、26-29頁、ISSN 18827276NDLJP:10422514 
  29. ^ 越塚誠一「流れと粒子 粒子法による流れの数値解析」『日本流体力学会誌「ながれ」』第21巻第3号、日本流体力学会、2002年、230-239頁、CRID 1390001204695811072doi:10.11426/nagare1982.21.230ISSN 0286-3154 
  30. ^ Ferziger, Perić, pp.10-11
  31. ^ Ferziger, Perić, pp.365-399
  32. ^ 大宮司久明, 三宅裕, & 吉澤徴. (1998). 乱流の数値流体力学. 東京大学出版会.
  33. ^ 梶島, & 岳夫. (2014). 乱流の数値シミュレーション. 養賢堂.
  34. ^ Rajagopal, K. R. (1993). Mechanics of non-Newtonian fluids. Pitman Research Notes in Mathematics Series.
  35. ^ Böhme, G. (2012). Non-Newtonian fluid mechanics. Elsevier.
  36. ^ Crochet, M. J., & Walters, K. (1983). Numerical methods in non-Newtonian fluid mechanics. Annual Review of Fluid Mechanics, 15(1), 241-260.
  37. ^ Hirt, C. W., & Nichols, B. D. (1981). Volume of fluid (VOF) method for the dynamics of free boundaries. Journal of computational physics, 39(1), 201-225.
  38. ^ Peskin, C. S. (2002). The immersed boundary method. Acta numerica, 11, 479-517.
  39. ^ Roma, A. M., Peskin, C. S., & Berger, M. J. (1999). An adaptive version of the immersed boundary method. Journal of computational physics, 153(2), 509-534.
  40. ^ Taira, K., & Colonius, T. (2007). The immersed boundary method: a projection approach. Journal of Computational Physics, 225(2), 2118-2137.
  41. ^ Brennen, C. E., & Brennen, C. E. (2005). Fundamentals of multiphase flow. Cambridge University Press.
  42. ^ Crowe, C. T. (2005). Multiphase flow handbook. CRC Press.
  43. ^ 小倉義光. (2016). 一般気象学補訂版. 東京大学出版会.
  44. ^ 廣田勇, & 赤道大気. (1992). グローバル気象学 (Vol. 141). 東京大学出版会.
  45. ^ Ahrens, C. D. (2012). Meteorology today: an introduction to weather, climate, and the environment. Cengage Learning.
  46. ^ Thurman, H. V., & Burton, E. A. (1997). Introductory oceanography. New York: Prentice Hall.
  47. ^ 岡英太郎, 磯辺篤彦, 市川香, 升本順夫, 須賀利雄, 川合義美, ... & 早稲田卓爾. (2013). 海洋学の 10 年展望 (Ⅰ). 海の研究, 22(6), 191-218.
  48. ^ 神田穣太, 石井雅男, 小川浩史, 小埜恒夫, 小畑元, 川合美千代, ... & 渡邉豊. (2013). 海洋学の 10 年展望 (Ⅱ). 海の研究, 22(6), 219-251.
  49. ^ Berkovski, B., & Bashtovoy, V. (1996). Magnetic fluids and applications handbook (Vol. 36). Begell House, New York.
  50. ^ Carroll, B. W., & Ostlie, D. A. (2017). An introduction to modern astrophysics. Cambridge University Press.
  51. ^ Zeldovich, I. B., Ruzmaikin, A. A., & Sokolov, D. D. (1983). Magnetic fields in astrophysics.
  52. ^ 空気調和・衛生工学会 編『CFDガイドブック』オーム社、2017年、4頁。ISBN 978-4-274-22153-8 
  53. ^ Global FEA & CFD Simulation and Analysis Software Market Size, Status and Forecast 2025 HTF Market Intelligence Consulting 2018年2月
  54. ^ Matsson, J. E. (2013). An Introduction to SolidWorks Flow Simulation 2013. SDC publications.
  55. ^ Kurowski, P. (2019). Thermal Analysis with SOLIDWORKS Simulation 2019 and Flow Simulation 2019. SDC Publications.
  56. ^ Anderl, R., & Binde, P. (2018). Simulations with NX/Simcenter 3D: Kinematics, FEA, CFD, EM and Data Management. Carl Hanser Verlag GmbH Co KG.
  57. ^ 山井三亀夫, & 笠原巧. (2014). 粒子法 CAE ソフトウェア Particleworks. 鋳造工学, 86(12), 965-969.
  58. ^ Jasak, H., Jemcov, A., & Tukovic, Z. (2007, September). OpenFOAM: A C++ library for complex physics simulations. In International workshop on coupled methods in numerical dynamics (Vol. 1000, pp. 1-20). IUC Dubrovnik Croatia.

参考文献

[編集]

和書

[編集]
  • Joel H. Ferziger; Milovan Perić 著、小林敏雄、谷口伸行、坪倉誠 訳『コンピュータによる流体力学』シュプリンガー・フェアラーク東京、2003年。ISBN 4-431-70842-1 
  • 藤井孝藏. (1994). 流体力学の数値計算法. 東京大学出版会.
  • 川原睦人, 野村卓史, 樫山和男, & 奥田洋司. (1998). 有限要素法による流れのシミュレーション, 日本数値流体力学学会 有限要素法研究会.
  • 荒川忠一. (1994). 数値流体工学. 東京大学出版会.
  • 大宮司久明:「数値流体力学大全」(2015) ※ GNUフリー文書利用許諾契約書 (GFDL)に基き配布される。

乱流

[編集]
  • 梶島, & 岳夫. (2014). 乱流の数値シミュレーション. 養賢堂.
  • 大宮司久明, 三宅裕, & 吉澤徴. (1998). 乱流の数値流体力学. 東京大学出版会.

洋書

[編集]
  • Anderson, John D. (1995). Computational Fluid Dynamics: The Basics With Applications. Science/Engineering/Math. McGraw-Hill Science. ISBN 978-0-07-001685-9.
  • Patankar, Suhas (1980). Numerical Heat Transfer and Fluid Flow. Hemisphere Series on Computational Methods in Mechanics and Thermal Science. Taylor & Francis. ISBN 978-0-89116-522-4.
  • Versteeg, H. K., & Malalasekera, W. (2007). An introduction to computational fluid dynamics: the finite volume method. Pearson education.
  • Hirsch, C. (2007). Numerical computation of internal and external flows: The fundamentals of computational fluid dynamics. Elsevier.
  • Chung, T. J. (2010). Computational fluid dynamics. Cambridge University Press.
  • Karniadakis, G., & Sherwin, S. (2013). Spectral/hp element methods for computational fluid dynamics. Oxford University Press.
  • Blazek, J. (2015). Computational fluid dynamics: principles and applications. Butterworth-Heinemann.
  • Wesseling, P. (2009). Principles of computational fluid dynamics. en:Springer Science & Business Media.

関連項目

[編集]