津軽著教
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 享保6年(1721年) |
死没 | 延享2年1月15日(1745年2月15日) |
改名 | 豊次郎(幼名)→著教 |
別名 | 通称:内記 |
幕府 | 江戸幕府旗本 |
主君 | 徳川吉宗 |
藩 | 陸奥弘前藩世嗣 |
氏族 | 津軽氏 |
父母 | 父:津軽信寿 |
兄弟 |
信興、次男、三男、著教、五男、於染、 負正院寿法栄心、松平信清正室、女子3人 |
津軽 著教(つがる あきのり)は、江戸時代中期の旗本。通称は内記。
略歴
[編集]陸奥国弘前藩5代藩主・津軽信寿の四男として誕生。幼名は豊次郎。
延享元年(1744年)4月28日、8代将軍・徳川吉宗に御目見する。同年8月2日、弘前藩主・津軽信寧から3000俵が分与されて、寄合に所属した。また、偏諱を受けて著教と名乗った。しかし、翌年になって死去し、3000俵は本家へ返還された。
参考文献
[編集]- 『寛政重修諸家譜』第12巻
- 『青森県史』第2巻