津谷町
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つやまち 津谷町 | |
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廃止日 | 1955年3月30日 |
廃止理由 |
新設合併 津谷町、大谷村、小泉村 → 本吉町 |
現在の自治体 | 気仙沼市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 宮城県 |
郡 | 本吉郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 69.48 km2 |
総人口 |
7,944人 (『宮城県町村合併誌』、1955年3月29日) |
隣接自治体 |
宮城県: 本吉郡:志津川町、大谷村、小泉村、歌津村 登米郡:米川村 気仙沼市 岩手県: 東磐井郡:大津保村 |
津谷町役場 | |
所在地 | 宮城県本吉郡津谷町 |
座標 | 北緯38度47分39秒 東経141度30分19秒 / 北緯38.79428度 東経141.50514度座標: 北緯38度47分39秒 東経141度30分19秒 / 北緯38.79428度 東経141.50514度 |
ウィキプロジェクト |
津谷町(つやまち)は、1955年(昭和30年)まで宮城県本吉郡にあった町。現在の気仙沼市津谷にあたる。
沿革
[編集]- 1875年(明治8年)10月17日 - 水沢県による村落統合により、津谷村・馬籠村・山田村の計3か村が合併して御嶽村(みたけむら、御岳とも表記)が成立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、御嶽村単独で村政施行。
- 1941年(昭和16年)11月3日 - 町制施行・改称により、津谷町となる。
- 1955年(昭和30年)3月30日 - 大谷村・小泉村と合併し、本吉町となる。
行政
[編集]歴代御嶽村長
[編集]代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 千葉一平 | 1889年(明治22年) | 1896年(明治29年) | |
2 | 末永惣十郎 | 1897年(明治30年) | 1900年(明治33年) | |
3 | 千葉慶吉 | 1901年(明治34年) | 1901年(明治34年) | |
4 | 佐藤三九郎 | 1902年(明治35年) | 1903年(明治36年) | |
5 | 佐藤信敬 | 1904年(明治37年) | 1915年(大正4年) | |
6 | 末永惣十郎 | 1916年(大正5年) | 1916年(大正5年) | 再任 |
7 | 小野貞吉 | 1917年(大正6年) | 1919年(大正8年) | |
8 | 森田多蔵 | 1920年(大正9年) | 1922年(大正11年) | |
9 | 佐藤与惣 | 1923年(大正12年) | 1923年(大正12年) | |
10 | 佐藤弘毅 | 1924年(大正13年) | 1931年(昭和6年) | |
11 | 佐藤之助 | 1932年(昭和7年) | 1934年(昭和9年) | |
12 | 熊谷重之丞 | 1936年(昭和11年) | 1939年(昭和14年) | |
13 | 千田清三郎 | 1940年(昭和15年) | 1941年(昭和16年)11月2日 |
歴代津谷町長
[編集]代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 千田清三郎 | 1941年(昭和16年)11月3日 | 1945年(昭和20年) | 村長より留任 |
2 | 熊谷重之 | 1946年(昭和21年) | 1946年(昭和21年) | |
3 | 簿田司 | 1947年(昭和22年) | 1951年(昭和26年) | |
4 | 米倉辰治郎 | 1952年(昭和27年) | 1955年(昭和30年)3月29日 |
教育
[編集]- 津谷町立津谷小学校
- 津谷町立馬籠小学校
- 津谷町立津谷中学校
- 宮城県津谷農林高等学校
参考文献
[編集]- 『宮城県町村合併誌』(宮城県地方課、1958)