池田重教
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時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 万治3年(1660年) |
死没 | 元禄8年4月4日(1695年5月16日) |
別名 | 治左衛門(通称) |
幕府 | 江戸幕府 旗本 |
主君 | 徳川綱吉 |
氏族 | 池田氏(播磨新宮下間氏系) |
父母 | 池田薫彰、戸川正安娘 |
兄弟 | 邦照、重教 |
妻 | 池田恒元娘蕃子 |
子 | 金次郎、由道 |
池田 重教(いけだ しげたか)は、江戸時代前期の旗本。通称は治左衛門。
略歴
[編集]万治3年(1660年)、播磨国新宮藩主・池田薫彰の次男として誕生。母は戸川正安の娘。
寛文10年(1670年)、兄・邦照が13歳で若死したため、新宮藩は改易となったが、池田光政と池田光仲の幕府への嘆願によって、同年、旧領のうちから3千石の相続を許され寄合に列する。
元禄8年(1695年)、36歳で死去。実子の金次郎は早世しており、跡を養子の由道(池田由孝の子)が継いだ。