永岡村
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ながおかむら 永岡村 | |
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廃止日 | 1955年3月1日 |
廃止理由 |
新設合併 永岡村、金ケ崎町 → 金ケ崎町 |
現在の自治体 | 金ケ崎町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 岩手県 |
郡 | 胆沢郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 68.93 km2. |
総人口 |
4,239人 (『岩手県町村合併誌』、1955年2月) |
隣接自治体 |
胆沢郡:金ケ崎町、南都田村、若柳村 和賀郡:岩崎村 水沢市 |
永岡村役場 | |
所在地 | 岩手県胆沢郡永岡村永沢字松本館乙43 |
座標 | 北緯39度10分10秒 東経141度05分01秒 / 北緯39.16958度 東経141.08361度座標: 北緯39度10分10秒 東経141度05分01秒 / 北緯39.16958度 東経141.08361度 |
ウィキプロジェクト |
永岡村(ながおかむら)は、昭和30年(1955年)まで岩手県胆沢郡にあった村。現在の金ケ崎町永栄・永沢にあたる。
沿革
[編集]- 明治8年(1875年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、永徳寺村と百岡村が合併して永栄村となる。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、永栄村と永沢村が合併して永岡村が発足。
- 昭和30年(1955年)3月1日 - 金ケ崎町と合併し、新制の金ケ崎町となる。
行政
[編集]歴代村長
[編集]代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 - 3 | 高橋卯太郎 | 明治23年(1890年)8月10日 | 明治35年(1902年)6月25日 | |
4 | 阿部藤太郎 | 明治35年(1902年)6月28日 | 明治39年(1906年)6月27日 | |
5 | 松本孫右衛門 | 明治39年(1906年)6月28日 | 明治39年(1906年)11月1日 | |
6 | 阿部藤太郎 | 明治39年(1906年)12月6日 | 明治40年(1907年)8月30日 | 再任 |
7 | 高橋今朝治 | 明治40年(1907年)10月4日 | 明治41年(1908年)6月18日 | |
8 | 北条孝平 | 明治41年(1908年)7月21日 | 明治45年(1912年)7月20日 | |
9 - 10 | 青木栄作 | 明治45年(1912年)7月21日 | 大正7年(1918年)8月16日 | |
11 | 佐藤吉治 | 大正8年(1919年)4月17日 | 大正9年(1920年)3月7日 | |
12 | 菅原彦太郎 | 大正9年(1920年)3月18日 | 大正13年(1924年)3月17日 | |
13 | 阿部忠右衛門 | 大正13年(1924年)4月8日 | 昭和2年(1927年)4月26日 | |
14 | 阿部長太郎 | 昭和2年(1927年)5月1日 | 昭和4年(1929年)4月30日 | |
15 | 小石川勇蔵 | 昭和4年(1929年)5月6日 | 昭和7年(1932年)3月24日 | |
16 | 高橋一三郎 | 昭和7年(1932年)3月31日 | 昭和8年(1933年)8月26日 | |
17 - 18 | 菅原彦太郎 | 昭和8年(1933年)9月18日 | 昭和16年(1941年)9月17日 | 再任 |
19 - 20 | 朝倉良作 | 昭和16年(1941年)9月18日 | 昭和21年(1946年)11月23日 | |
21 | 松本一郎 | 昭和22年(1947年)4月6日 | 昭和25年(1950年)1月12日 | |
22 | 高橋末治 | 昭和25年(1950年)3月5日 | 昭和29年(1954年)3月4日 | |
23 | 松本与四太郎 | 昭和29年(1954年)3月5日 | 昭和30年(1955年)2月28日 |
参考文献
[編集]- 『岩手県町村合併誌』(岩手県総務部地方課、1957)