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桜島駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
桜島駅
駅舎(2019年2月)
さくらじま
Sakurajima
JR-P16 ユニバーサルシティ (0.9 km)
地図
所在地 大阪市此花区桜島一丁目2-5
北緯34度39分42.97秒 東経135度25分55.8秒 / 北緯34.6619361度 東経135.432167度 / 34.6619361; 135.432167 (桜島駅)座標: 北緯34度39分42.97秒 東経135度25分55.8秒 / 北緯34.6619361度 東経135.432167度 / 34.6619361; 135.432167 (桜島駅)
駅番号 JR-P17
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 桜島線(JRゆめ咲線)
キロ程 4.1 km(西九条起点)
電報略号 サマ
駅構造 地上駅[1]
ホーム 1面2線[1]
乗車人員
-統計年度-
13,072人/日(降車客含まず)
-2022年-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
備考 業務委託駅
みどりの券売機プラス設置駅
阪 大阪市内
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桜島駅(さくらじまえき)は、大阪府大阪市此花区桜島一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)桜島線(JRゆめ咲線)の。駅番号はJR-P17。桜島線の終着駅である。

歴史

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桜島駅の元になった天保山駅(てんぽうざんえき)を建設したのは、大阪駅から西九条駅を経由して天保山駅へ至る鉄道を建設した、私鉄の西成鉄道であった。

しかし、日露戦争に伴う軍事輸送の増大などもあり、安治川口駅から天保山駅へ至る区間を建設中の1904年(明治37年)12月1日に、西成鉄道の全線を国有鉄道が借り受けて運営するようになった[2]。この借受後、1905年(明治38年)4月1日に安治川口 - 天保山間1.0マイルが開業するが、開業と同時に国有鉄道借受となって営業された[3]。日露戦争後、1906年(明治39年)12月1日に正式に国有化されて、国有鉄道西成線の駅となった[2]。なお、駅所在地は当時すでに築地改め桜島町という町名になっていたが、駅名は安治川対岸にある著名な天保山から採られた。

天保山駅は現在の桜島2丁目、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのラグーンのあたりに位置しており、安治川岸からやや離れる天保山駅は船車連絡上不便であった。安治川岸に大阪鐵工所(のちの日立造船)がすでに立地していたためこのような位置での開業となったが、天保山駅開業時はまだ埋立造成中であった現在の桜島3丁目の造成が成ると、天保山駅の側線上約0.3マイル先の地点に新たに桜島駅を1910年(明治43年)4月15日に開設し、天保山駅は廃止となった[4]

頭端を桜島岸壁へ向けた桜島駅の開設後は、岸壁から陸揚げされる石炭・塩・輸入石油類・穀物・木材・肥料などの貨物を発送する拠点として利用されるようになった。1930年(昭和5年)1月には、鉄道省自身が付近に石炭専用岸壁を設置し、国鉄用の配炭基地とした。これにより石炭の輸送量も急増した。この頃には,辺りの岸壁や工場などに多くの専用線が張り巡らされ、一大貨物輸送基地となっていった。大阪港の特性上、各地から大阪港へ到着する貨物を後背地の工場や市場へ送り出す輸送が多く、戦時期をのぞいては, ほぼ一貫して発送量のほうが圧倒的に多い駅であった[5]

第二次世界大戦においては軍事輸送の増大から貨物輸送量が急激に増大したが、戦況の悪化に伴い、1944年(昭和19年)頃からは一転して激減するようになった。1945年(昭和20年)7月24日には空襲を受け、職員16名が死亡し、駅舎などが大きく損壊した。この復旧作業には1947年(昭和22年)5月までかかった[6]

旅客輸送においても、付近の軍需工場への通勤客の増大により、一時は1日5万人を超える乗降客を数えた時期もあった。大戦後は付近の日立造船への通勤客や港湾関係者などが利用し、これによりラッシュ時と閑散時の差が激しい駅であった[7]

こうして大阪港に関する貨物輸送で大きな役割を果たしてきた桜島駅であったが、モータリゼーションが進むにつれて鉄道貨物の凋落が顕著になり、1973年(昭和48年)3月には国鉄貯炭場も廃止となった。桜島駅における貨物取り扱いの廃止は、1986年(昭和61年)9月に国鉄から大阪市に打診され、10月一杯で貨物扱いを廃止した。跡地は日本国有鉄道清算事業団が引き継いで施設の撤去作業を行い、1988年(昭和63年)3月までにすべての用地を大阪市に返還した[8]

年表

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将来の予定

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  • 2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、当駅の駅前に会場へ向かうシャトルバスのターミナルが設置される予定であることから、当駅のホーム終端部に万博開催期間限定の出口専用の臨時改札が設置される予定である。臨時改札にはシースルーLEDパネルが設置され、万博をイメージした映像が投影される予定である。この他、トイレのリニューアル、案内サインの改修、ホーム安全スクリーン・監視カメラの増設と言った改良工事が実施される[19]
  • 京阪中之島線中之島駅から、大阪港トランスポートシステム北港テクノポート線コスモスクエア駅からそれぞれ延伸して新桜島駅(仮称)を設置する計画がある。2025年日本国際博覧会へのアクセス手段として検討されていたが、間に合わず桜島駅からのシャトルバスで対応することとなった[20]。一方、万博会場隣接地に統合型リゾート誘致を目指しており、誘致が決定すれば延伸計画が進む見込みである[21]

駅構造

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駅構内

島式ホーム1面2線を有する地上駅[1]。駅舎は1番線の線路を挟んでホームの反対側に位置しており、ホームへは跨線橋で連絡している。また、2009年まで設定されていたユニバーサルシティ駅発着の北陸方面臨時特急は[注釈 1]当駅まで回送電車として折り返す形式をとっていた。朝方を除く時間帯は1番のりばの折り返しであり、2番のりばにはシャトル列車が1編成留置している。

JR西日本交通サービスによる業務委託駅西九条駅の被管理駅)で、自動券売機自動改札機が設置されている。2015年3月にみどりの窓口が営業を終了し、みどりの券売機プラスが稼働した。

ICOCA利用可能駅。また、当駅発着の長距離乗車券に際するJRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅である。

のりば

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のりば 路線 行先
1・2 P JRゆめ咲線 西九条大阪京橋方面[22]
  • 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
  • 夜間留置が設定されている。

利用状況

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2022年(令和4年)度の1日平均乗車人員13,072人である。

近年の1日平均乗車人員の推移は以下の通りである。

年度別1日平均乗車人員[統計 1][統計 2]
年度 1日平均
乗車人員
出典
1990年(平成02年) 6,775 [* 1]
1991年(平成03年) 6,948 [* 2]
1992年(平成04年) 7,347 [* 3]
1993年(平成05年) 6,769 [* 4]
1994年(平成06年) 6,087 [* 5]
1995年(平成07年) 6,303 [* 6]
1996年(平成08年) 6,250 [* 7]
1997年(平成09年) 4,981 [* 8]
1998年(平成10年) 2,598 [* 9]
1999年(平成11年) 3,105 [* 10]
2000年(平成12年) 4,581 [* 11]
2001年(平成13年) 8,129 [* 12]
2002年(平成14年) 7,859 [* 13]
2003年(平成15年) 7,467 [* 14]
2004年(平成16年) 7,249 [* 15]
2005年(平成17年) 7,055 [* 16]
2006年(平成18年) 7,156 [* 17]
2007年(平成19年) 7,331 [* 18]
2008年(平成20年) 7,421 [* 19]
2009年(平成21年) 7,397 [* 20]
2010年(平成22年) 7,609 [* 21]
2011年(平成23年) 7,946 [* 22]
2012年(平成24年) 8,271 [* 23]
2013年(平成25年) 8,948 [* 24]
2014年(平成26年) 10,059 [* 25]
2015年(平成27年) 10,826 [* 26]
2016年(平成28年) 11,272 [* 27]
2017年(平成29年) 12,418 [* 28]
2018年(平成30年) 12,741 [* 29]
2019年(令和元年) 13,894 [* 30]
2020年(令和02年) 9,809 [* 31]
2021年(令和03年) 10,583 [* 32]
2022年(令和04年) 13,072 [23]

駅周辺

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バス路線

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路線バス

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大阪シティバス北港観光バスの路線が発着する。

桜島駅前(大阪シティバス)

JR桜島駅前(北港観光バス)

空港リムジンバス・高速バス

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関西空港交通大阪バスの路線が発着する。

リーベルホテル エントランス(関西空港交通)

桜島駅(大阪バス)

隣の駅

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西日本旅客鉄道(JR西日本)
P JRゆめ咲線(桜島線)
ユニバーサルシティ駅 (JR-P16) - 桜島駅 (JR-P17)

脚注

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記事本文

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注釈

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  1. ^ ユニバーサルシティ駅は緊急時の双単線運転の場合を除いて折り返し運転ができない。

出典

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  1. ^ a b c 『週刊 JR全駅・全車両基地』 02号 大阪駅・神戸駅・鶴橋駅ほか77駅、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2012年8月12日、29頁。 
  2. ^ a b 「大阪環状線の歴史」
  3. ^ 『日本国有鉄道百年史』第4巻 pp.505 - 511
  4. ^ 『大阪港史』第3巻 p.400
  5. ^ 『大阪港史』第3巻 pp.400 - 405
  6. ^ 『大阪港史』第3巻 pp.400 - 402
  7. ^ 『大阪港史』第3巻 p.405
  8. ^ 『大阪築港100年 海からのまちづくり』下巻 pp.373 - 376
  9. ^ a b c d 石野 1998, p. 124.
  10. ^ a b 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 I(初版)、JTB、1998年10月1日、90-91頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  11. ^ 「鉄道院告示第18号」『官報. 1910年3月30日』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  12. ^ a b c 石野 1998, p. 123.
  13. ^ “「通報」橋はかりの廃止について(貨物局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 6. (1985年3月30日) 
  14. ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '99年版』ジェー・アール・アール、1999年7月1日、186頁。ISBN 4-88283-120-1 
  15. ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '00年版』ジェー・アール・アール、2000年7月1日、188頁。ISBN 4-88283-121-X 
  16. ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜インターネットアーカイブ) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
  17. ^ “手動なの?いきなりトラブルも…世界初「新型昇降式ホーム柵」試験運用開始”. MSN産経west. (2013年12月5日). https://web.archive.org/web/20131205235448/http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/131205/waf13120513100018-n1.htm 
  18. ^ "六甲道駅の「昇降式ホーム柵」の試行運用を開始します" (Press release). 西日本旅客鉄道. 19 November 2014.
  19. ^ a b "万博アクセスルートでのお出迎え 桜島駅の改良とシースルーLEDパネルを用いた演出" (PDF) (Press release). 西日本旅客鉄道. 27 November 2024. 2024年11月28日閲覧
  20. ^ “JR西 万博に向け新大阪から直通列車 最寄り駅改良しバス連携強化へ”. https://www.sankei.com/article/20210111-4HX6VJHPKFJO7IHX2MDJK6TFYM/ 
  21. ^ 大阪IR実現に向けて (PDF)
  22. ^ 桜島駅|構内図:JRおでかけネット”. 西日本旅客鉄道. 2023年1月18日閲覧。
  23. ^ 大阪府統計年鑑(令和5年)”. 2024年4月14日閲覧。

利用状況

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  1. ^ 大阪府統計年鑑 - 大阪府
  2. ^ 大阪市統計書 - 大阪市
大阪府統計年鑑

参考文献

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  • 『大阪港史』 3巻、大阪市港湾局、1964年3月15日、pp.400 - 406頁。 
  • 『大阪築港100年 海からのまちづくり』 下、大阪市港湾局、1999年12月、pp.373 - 376頁。 
  • 日本国有鉄道百年史』 4巻、日本国有鉄道、1972年3月1日、pp.505 - 511頁。 
  • 髙山禮蔵「大阪環状線の歴史」『鉄道ピクトリアル』第819巻、電気車研究会、2009年6月、pp.10 - 23。 
  • 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日。ISBN 978-4-533-02980-6 


関連項目

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外部リンク

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