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林英傑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
林 英傑
Lin Ying-Chieh
楽天モンキーズ ブルペンコーチ #43
2018年
基本情報
国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 台東県鹿野郷
生年月日 (1981-05-01) 1981年5月1日(43歳)
身長
体重
182 cm
89 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 TMLシーズン中2次ドラフト1位
初出場 CPBL / 2004年3月4日
NPB / 2006年3月26日
最終出場 NPB / 2008年5月3日
CPBL / 2017年10月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
指導歴
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
WBC 2006年
林 英傑
各種表記
繁体字 林 英傑
簡体字 林 英杰
拼音 Lín Yīngjié
注音符号 ㄌㄧㄣˊㄧㄥㄐㄧㄝˊ
発音転記: リン・インジェ
英語名 Lin Ying-Chieh
テンプレートを表示
獲得メダル
男子 野球
チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
アジア競技大会
2010

林 英傑(リン・インジェ、1981年5月1日 - )は、台湾中華民国)の台東県出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルスでの登録名は「インチェ」。

来歴

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プロ入り前

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瑞豊小学校、鹿野中学校、高苑工商高校を卒業。ニックネームは「三毛(サンマオ)」。高校時代に坊主刈りだったが3本だけ毛を伸ばしていたため、それ以来の愛称となっている[1]

台湾時代

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1999年シーズン中の二次ドラフトで台湾職業棒球大聯盟(TML)の高屏雷公から1位指名を受け入団。2001年までプレーした。

2002年から2年間、兵役のため現役から一時退く。兵役終了後の2004年、元西武の郭泰源が監督を務める中華職棒連盟(CPBL)の誠泰コブラズに入団し、奪三振王と最優秀防御率の二冠に輝く。また、同年8月のアテネオリンピックではチャイニーズタイペイ代表に選ばれ、対カナダ戦と対キューバ戦にて中継ぎ登板を果たす。

誠泰入団2年目の2005年も奪三振王に輝く。後に楽天でもチームメートであった林恩宇とは、誠泰コブラズ時代に共にプレーした僚友。誠泰の左右のエースで、「双林(ダブル・リン)」と呼ばれていた。

楽天イーグルス時代

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台湾球界5年間通算45勝31敗4セーブ、607奪三振の実績を引っ提げ、2006年東北楽天ゴールデンイーグルス入団。登録名を「L・インチェ」とする。背番号は91。本人は誠泰時代と同じ背番号19を希望していたが、監督に就任した野村克也が先に19を着けたため、この背番号になった。

開幕前の3月に開催された第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)チャイニーズタイペイ代表に選出された。同大会では初戦の韓国戦に中継ぎ登板している。

シーズンでは3月26日の開幕2戦目の対日本ハム戦(札幌ドーム)で日本での初登板(先発)を果たすも、4失点で5回を持たずにKOされ、敗戦投手になった。1週間後の4月1日、対ソフトバンク戦(フルスタ宮城)で2度目の先発。8回を投げ、3安打無失点の好投を見せる。しかし、リリーフ陣が打ち込まれてチームは逆転負けし、日本での初勝利はお預けとなった。その後は制球の悪さや肘の故障に悩まされ、5試合の登板で0勝2敗、防御率4.33という成績に終わる。

2007年、一軍登板4試合。同年12月に行われた第24回アジア野球選手権大会(プレ五輪)では、チャイニーズタイペイ代表として出場。対フィリピン戦で先発して7回無失点と好投し、最優秀投手賞を受賞した。

2008年、背番号を49に変更。しかし、登板はわずか5試合で、0勝2敗。防御率5.23という成績に終わった。10月5日、球団から戦力外通告を受け、在籍3年間で1勝も挙げられないまま退団した。

当時の監督である野村が後に書いた著書「あ〜あ、楽天イーグルス」によると、トレードマネーとして楽天が誠泰に1億円を払って獲得したが、台湾プロ野球の選手に1億という高額の前例は野村の中では聞いたことがなく、野村はその時点で林の実力を疑問視しており、当時の球団代表である米田純に対して騙されたのではないのかと問いただした事を同著書に書いている。

台湾球界復帰後

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2008年年末の特別ドラフトにて、CPBLの興農ブルズから2巡目で指名される。

2009年は27試合に登板(うち先発20試合)。防御率4.44、6勝6敗1セーブの成績を残した。

2010年は、先発23試合を含む28試合に登板し、防御率2.69、9勝7敗の成績を残した。オフの11月に開催された広州アジア競技大会の野球チャイニーズタイペイ代表に選出された。同大会では準優勝を果たした。

2012年3月10日に行われた東日本大震災復興支援ベースボールマッチでは、台湾代表の先発を務めた。

2014年オフに戦力外通告を受けたが、2015年中信兄弟と契約した。

2016年オフに再び戦力外通告を受けたが、2017年Lamigoモンキーズと契約し[2]、オフに戦力外通告を受けた[3]

2018年1月6日に社会人チームの台湾人寿中国語版に入団[3]。月給は7.5万[3]。シーズンオフに引退した。

現役引退後

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2020年より楽天モンキーズの一軍ブルペンコーチに就任した。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
2004 誠泰 34 24 5 3 1 14 10 3 0 .583 730 187.0 124 11 56 2 5 203 10 0 46 36 1.73 0.95
2005 31 29 3 1 0 12 10 0 0 .545 858 212.0 182 4 37 0 6 174 11 0 77 55 2.33 1.03
2006 楽天 5 5 0 0 0 0 2 0 0 .000 118 27.0 22 4 13 0 3 9 1 0 13 13 4.33 1.30
2007 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 29 6.0 10 0 1 0 0 4 0 0 4 3 4.50 1.83
2008 5 1 0 0 0 0 2 0 0 .000 49 10.1 10 2 5 0 2 3 3 0 7 6 5.23 1.45
2009 興農
義大
27 20 0 0 0 6 6 1 2 .500 495 115.2 132 11 24 1 8 93 3 0 60 57 4.44 1.35
2010 28 23 0 0 0 9 7 0 2 .563 605 147.1 149 3 28 1 2 107 4 0 51 44 2.69 1.20
2011 31 20 1 0 0 3 14 0 0 .176 580 124.1 164 5 43 6 7 63 11 0 93 74 5.36 1.66
2012 23 19 0 0 0 5 5 0 0 .500 400 94.1 97 6 23 0 4 49 4 0 48 36 3.43 1.27
2013 26 17 1 1 1 6 5 1 1 .545 378 91.0 93 3 17 0 3 20 1 0 47 36 3.56 1.21
2014 3 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 38 8.0 13 1 3 0 0 8 2 0 8 8 9.00 2.00
2015 兄弟 20 8 0 0 0 4 5 0 0 .444 253 57.1 75 6 11 0 0 33 2 0 33 27 4.24 1.50
2016 11 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 40 7.0 15 1 2 0 1 7 0 0 11 8 10.29 2.43
2017 Lamigo 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 53 11.2 19 3 0 0 0 4 0 0 7 7 5.40 1.63
CPBL:11年 245 162 10 5 2 59 63 5 7 .484 4377 1055.2 1063 54 235 10 36 792 48 0 481 388 3.31 1.24
NPB:3年 14 6 0 0 0 0 4 0 0 .000 196 43.1 42 6 19 0 5 16 4 0 24 22 4.57 1.41
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

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TML
  • 最多勝:1回 (2001年)
  • 最多奪三振:1回 (2001年)
CPBL
  • 最多奪三振:2回 (2004年 - 2005年)
  • 最優秀防御率:1回 (2004年)

表彰

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TML
  • ベストナイン:1回 (2001年)
CPBL
  • ベストナイン:1回 (2004年)
  • 台湾シリーズ優秀選手:1回 (2005年)

記録

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CPBL
  • 初登板・初先発登板:2004年3月4日、対興農ブルズ戦、7回を1失点で敗戦投手
  • 初勝利:2004年3月17日、対La Newベアーズ戦、6回2/3を2失点
NPB

背番号

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  • 19 (1999年 - 2001年、2004年 - 2005年、2017年)
  • 91 (2006年 - 2007年)
  • 49 (2008年)
  • 15 (2009年 - 2011年)
  • 23 (2012年 - 2014年)
  • 63 (2015年 - 2016年)
  • 43 (2020年 - )

代表歴

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脚注

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  1. ^ 「楽天イーグルスオフィシャルガイドブック2007」より
  2. ^ 中職》延續職棒生涯 林英傑加盟桃猿 自由時報 (中国語) (2017年1月7日) 2017年2月1日閲覧
  3. ^ a b c 台湾プロ野球ニュース(中華職棒新聞) 台湾プロ野球ニュース(中華職棒新聞) (2018年1月6日) 2018年1月24日閲覧

関連項目

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外部リンク

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