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東十条オデヲン座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東十条オデヲン座
Higashijujo Odeon
種類 事業場
市場情報 消滅
本社所在地 日本の旗 日本
114-0001
東京都北区東十条四丁目2番12号
設立 1967年11月
業種 サービス業
事業内容 映画の興行
代表者 高橋康友
主要株主 東亜興行
関係する人物 高橋康友
外部リンク toakogyo.com
特記事項:略歴
1987年 閉館
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東十条オデヲン座(ひがしじゅうじょうオデオンざ)は、かつて存在した日本の映画館である[1][2][3][4][5][6][7][8]東亜興行新宿歌舞伎町に「グランドビル」(のちの第一東亜会館)を建てた進出した12年後の1967年(昭和42年)11月、東京都北区東十条に新築した東十条東亜会館(ひがしじゅうじょうとうあかいかん)内に開館した[8]

本項では同会館についても詳述する[8]

沿革

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  • 1967年11月 - 東十条東十条東亜会館を新築・開業、東十条オデヲン座を開館[8]
  • 1987年 - 東十条オデヲン座を閉館[6][7][9]
  • 2010年 - パチンコ店「キング東十条」を閉店、キング東十条ビル(東十条東亜会館)を閉館
  • 2012年12月20日 - 跡地にパチンコ店「ガーデン東十条」(ガーデン東十条ビル)開店[10]

データ

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概要

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1967年(昭和42年)11月、国鉄(現在のJR東日本京浜東北線東十条駅北口、東十条四丁目2番12号に東十条東亜会館を新築・開業、同会館内に東十条オデヲン座を開館した[8]。1949年(昭和24年)8月、阿佐ケ谷駅北口に「阿佐谷オデヲン座」を開館して創業した高橋康友の東亜興行株式会社が、「グランドビル」(のちの第一東亜会館)以来12年ぶりに新規に開業したレジャービルであり、高円寺平和劇場吉祥寺オデヲン座以来13年ぶり8館目に開業した映画館である[8][11]

同館は開業以来、外国映画(洋画)の三番館、つまりロードショーを終えた作品をその2週後に上映する劇場であった。

同館が建つ前、とくに第二次世界大戦前の下十条駅(現在の東十条駅)近辺には昭和初期にはすでに昭和キネマ上十条四丁目6番地)があり[12][13][14][15]、戦時中の1942年(昭和17年)までには、昭和キネマのほか、昭和キネマと同一経営の十条館十条仲原一丁目5番地、十条駅至近)、山本音一経営の王子映画劇場(東十条二丁目6番地4号)の合計2館が存在した[13]。戦後は、下十条駅の周辺には、戦前からの王子映画劇場、十条映画劇場(かつての十条館)があり、1954年(昭和29年)までには、ニューパール劇場(東十条四丁目12番地)が加わって合計3館が存在した[16][17]。1955年(昭和30年)には、十条銀杏座(現在の上十条一丁目16番)が加わって[18]、下十条駅が東十条駅と改称する1957年(昭和32年)までには、東十条世界館も加わり合計4館[19][20][21][22]、そこに加わった東十条オデヲン座は、東十条駅にもっとも近かった[8]

1970年代に入ると、十条映画劇場、十条銀杏座、東十条オデヲン座だけが残った[1]。1977年(昭和52年)前後に十条映画劇場、1985年(昭和60年)前後に十条銀杏座がそれぞれ閉館し、東十条オデヲン座が最後に残ったが[2][3][4][5][6]1987年(昭和62年)、東亜興行は同館を閉館、同地区に映画館は皆無となった[6][7][9]

同館の閉館以降の東十条東亜会館は、パチンコ店等が入居して営業し、2010年(平成22年)に建物老朽化を理由に1階のパチンコ「キング東十条店」が閉店するまでのある時点で、同会館は「キング東十条ビル」と改称していた。閉鎖後の2011年(平成23年)、残されていた「オデヲン座」のロゴ看板が撤去された。2012年(平成24年)12月20日、跡地にパチンコ店「ガーデン東十条」が開店し、「ガーデン東十条ビル」となって現在に至る[10]

脚注

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  1. ^ a b 便覧[1974], p.102.
  2. ^ a b 名簿[1975], p.70.
  3. ^ a b 名簿[1979], p.35.
  4. ^ a b 名簿[1981], p.31.
  5. ^ a b 名簿[1984], p.46.
  6. ^ a b c d 名簿[1986], p.46.
  7. ^ a b c d 名簿[1987], p.99.
  8. ^ a b c d e f g 会社概要東亜興行、2013年8月1日閲覧。
  9. ^ a b 名簿[1988], p.71-72.
  10. ^ a b c ガーデン東十条、ガーデングループ、2013年8月1日閲覧。
  11. ^ キネ旬[2010], p.52, 56-59.
  12. ^ 総覧[1930], p.555.
  13. ^ a b 年鑑[1942], p.10-33.
  14. ^ 年鑑[1943], p.453.
  15. ^ 昭和7年の映画館 東京府下 146館 Archived 2013年12月15日, at the Wayback Machine.、中原行夫の部屋(原典『キネマ旬報』)、2013年8月1日閲覧。
  16. ^ 東京航空写真地図 第2集国立国会図書館、2013年8月1日閲覧。
  17. ^ 東十条、昭和毎日、毎日新聞、2013年8月1日閲覧。
  18. ^ 鈴木[1982], p.127-133.
  19. ^ 昭和32年の映画館 東京都 573館 Archived 2013年7月4日, at the Wayback Machine.、中原行夫の部屋(原典『キネマ旬報』)、2013年8月1日閲覧。
  20. ^ 便覧[1958], p.21.
  21. ^ 便覧[1962], p.21.
  22. ^ 便覧[1964], p.20.

参考文献

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  • 『日本映画事業総覧 昭和五年版』、国際映画通信社、1930年発行
  • 『映画年鑑 昭和十七年版』、日本映画協会、1942年発行
  • 『映画年鑑 昭和十八年版』、日本映画協会、1943年発行
  • 『映画便覧 1958』、時事映画通信社、1958年
  • 『映画便覧 1962』、時事映画通信社、1962年
  • 『映画便覧 1964』、時事映画通信社、1964年
  • 『映画便覧 1974』、時事映画通信社、1974年
  • 『映画年鑑 1975 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1975年
  • 『映画年鑑 1979 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1979年
  • 『映画年鑑 1981 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1981年
  • 『おじいさん・おばあさん』、鈴木志郎康筑摩書房、1982年1月 ISBN 4480811397
  • 『映画年鑑 1984 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1984年
  • 『映画年鑑 1986 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1986年
  • 『映画年鑑 1987 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1987年
  • 『映画年鑑 1988 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1988年
  • 『映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東篇』、キネマ旬報社、2010年3月26日 ISBN 4873763258

関連項目

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外部リンク

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画像外部リンク
「オデヲン座」看板撤去寸前の東十条東亜会館
2011年の撮影