李春基
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李 春基(イ・チュンギ、朝鮮語: 이춘기、1905年12月20日 - 1989年8月5日)は、大韓民国の政治家。第2・5代韓国国会議員[1]。
経歴
[編集]咸鏡南道咸興府(現・朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道咸興市)出身。咸興公立商業学校、京城高等商業学校卒。1923年から16年間朝鮮殖産銀行元山支店、裡里支店などに勤務した後、1940年に京城工学社を起業し、1941年に朝鮮公営常務理事、1944年から1950年まで裡里華星農場支配人、1945年に財団法人華星学院設立者・理事、1954年に華星学院理事長を務めた。1950年の第2代総選挙では無所属で当選したが、1954年の第3代総選挙と1958年の第4代総選挙で落選した後、1960年の第5代総選挙では民主党の候補として再び当選した。そのほか、韓国民主党益山郡党副委員長、私学財団連合会理事、大韓農総裡里連盟委員長、裡里府政顧問、裡里繁栄会会長、財団法人南星中学校設立者・理事長、民主国民党裡里市支部長・全羅北道党最高委員・全羅北道党常務委員、民主党裡里市支部長・中央常務委員・政策委員・中央常議議長、国会財政経済委員会常任委員・予算決算委員を務めた。1980年代には統一主体国民会議運営委員会委員長、国政諮問委員会委員、民主正義党総裁顧問、社団法人韓国私学財団連合会会長などを務めた後、1989年8月5日に死去した[3][1][4][2][5]。
エピソード
[編集]1958年の第4代総選挙での裡里開票中止事件の被害者であった[2]。
脚注
[編集]- ^ a b “대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2024年10月7日閲覧。
- ^ a b c “근현대인물자료 < 한국 근대 사료 DB”. db.history.go.kr. 2024年10月7日閲覧。
- ^ a b 김영선, “이춘기 (李春基)” (朝鮮語), 韓国民族文化大百科事典 (韓国学中央研究院) 2024年10月7日閲覧。
- ^ “이춘기 - 디지털익산문화대전”. iksan.grandculture.net. 2024年10月7日閲覧。
- ^ “남성고등학교” (朝鮮語). school.jbedu.kr. 2024年10月7日閲覧。