望月たけし
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望月 たけし(もちづき たけし、1939年1月5日-)は俳人。山梨県甲府市生まれ。本名は望月 毅。新俳句人連盟副会長。現代俳句協会会員。元「道標」同人会長。第5回新俳句人連盟賞、報徳文化賞、道標賞受賞[1]。
略歴
[編集]山梨県・甲府市に生まれる。中学卒業後、神奈川県足柄下郡真鶴町の採石場で見習い工として働く中で偶然、中山平次郎の実弟でロシア文学者の秋葉俊彦が駅のホームで転倒している所を助けたことで知遇を得、6年間師事し学問を学ぶ。秋葉からは俳句の実作も学び、やがて自身も句作を始め、後の大和出版創業者、大和岩雄らが編集していた当時の人気雑誌『人生手帳』に投句、その際に同誌選者で加藤楸邨門下、赤城さかえの目に止まり、以後11年に渡り師事。さかえの推薦で新俳句人連盟に入会。また、さかえの死後は俳誌『道標』の主宰で同じく楸邨門下の古沢太穂に30年の長きに渡り師事した。
俳壇仲間を介して出会った寺山修司の勧めで、石切り場におけるリアリズム俳句を作り始め、句集『石切り夫のうた』を上梓。しかし当時の採石場での劣悪な労働環境に肺を病み、29歳で珪肺病を発症。埼玉県越谷市に移住する。
1977年、「二月の星座」で第5回新俳句人連盟賞を受賞。
越谷に移住して以降は新俳句人連盟の役員および、同連盟が発行する俳句雑誌『俳句人』編集者としても従事、師であるさかえの全集『赤城さかえ全集』編集責任者などを経て、連盟副会長に就任。
2008年、俳句人叢書『望月たけし 氷平線』が刊行された。
句集・著作
[編集]- 『石切り夫のうた』(小田原緑の会・1963年)
- 『愛とハンマーの歌 人生記録』(文理書院・1965年)
- 『青騒 望月たけし句集』(青磁社・1983年10月)
- 『生涯ただひとたびの日に』(青磁社・1983年10月)
- 『赤城さかえ全集』(共編・青磁社・1986年)
- 『望月たけし 氷平線』(俳句人叢書26・新俳句人連盟・2008年10月)
脚注
[編集]- ^ 『新俳句人連盟70年 -歴史と作品-』新俳句人連盟、2016年10月、267頁。
参考文献
[編集]- 『俳句人』2014年10月号「望月たけし掌論 蒼い風紋」田中千恵子
- 『俳句人』2014年10月号「孤高の人 望月たけしの進化」飯田史郎
- 『青騒 望月たけし句集』(青磁社)
- 『俳句人叢書26 望月たけし 氷平線』(新俳句人連盟)
- 『新俳句人連盟70年 -歴史と作品-』新俳句人連盟、2016年