月シリーズ
月シリーズ(つきしりーず)は、エドガー・ライス・バローズによるアメリカのSF小説のシリーズ名。全3部。ムーン・シリーズとも表記する。
シリーズ構成
[編集]以下、原題と連載期間、刊行年、2種類の邦題を示す[1][2][3]。時代設定、主人公、作品スタイルも付記した。なお、すべて未来史に該当するが、第2部はその傾向が顕著なため、他の部からは省いた。
また、本作の第1部、第2部には、発端となる部分(ジュリアン3世から、「わたし」が話を聞く部分)がある。
- 第1部は、1967年6月10日(<火星の日>と説明されている)で、場所は大洋横断定期飛行船ハーディング号の「青の間」から、「わたし」の客室まで(航路はシカゴからパリまで)。
- 第2部は、1969年3月で、国際治安航空隊の巡航艇の一室(ハーシェル島付近の公海を飛び立って以降)。
加えて、第2部の冒頭では、2050年の地球侵攻の顛末(ジュリアン5世とオーティスの決戦)も語られている。
No. | 原題 | 連載 | 刊行 | 邦題 (早川版/創元版) |
日本での刊行 (早川版/創元版) |
時代設定 /主人公 /作品スタイル |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | The Moon Maid | アーゴシー・オール ・ストーリー ・ウィークリー 1923年5月5日号 ~6月2日号[4] |
1926年 マクルーグ (全3部) |
月の地底王国 月のプリンセス |
1970年8月31日 関口幸男 1978年8月11日 厚木淳 |
2025年12月24日 ~2036年 ジュリアン5世 スペースオペラ |
2 | The Moon Men | アーゴシー・オール ・ストーリー ・ウィークリー 1925年[5]2月21日号 ~3月14日号 |
- | 月人の地球征服 月からの侵略 |
1970年10月31日 関口幸男 1978年10月27日 厚木淳 |
2120年1月1日以降[6][7] ~2122年[8] ジュリアン9世 ハードSF(未来史) |
3 | The Red Hawk | アーゴシー・オール ・ストーリー ・ウィークリー 1925年 9月5日号~19日号 |
- | レッド・ホーク レッド・ホーク |
『月人の地球征服』 に併録 『月からの侵略』 に併録 |
2430年[9] ~その2年後まで ジュリアン20世 西部劇 |
創元推理文庫(月シリーズ)全2巻の表紙・口絵・挿絵は武部本一郎。ハヤカワ文庫SF(ムーン・シリーズ)全2巻は金森達。なお、『月からの侵略』の裏表紙は、1941年12月7日の真珠湾攻撃を双眼鏡で眺めているバローズらの後姿が採用されている。
備考
[編集]本作の単行本には、2種類の異版が存在している。1926年のマクルーグ版では、第2部と第3部の約1/5が削除されており、カナベラル・プレスが復刊したハードカバーも、この版である。エース・ブックスのペーパーバック版は、連載版を収録した完全版であり、創元版『月からの侵略』は、これを底本としている。なお、厚木淳は、ハードカバー版の編集を「全1巻にするため」と推測している[10]。また、「特に重要な場面に大幅なカットがされている」とも述べている(ユダヤ人問題のシーンなど[10])。ただし、ハヤカワ版も、ほぼ同じ内容である。
概要
[編集]本作の特徴は、次の4点である。
- 舞台が未来であること。
- 主人公が輪廻転生すること。
- 共産主義を批判していること。
- 各部の作風が著しく異なること。
主人公は転生を繰り返し、ライバルのオーティス及び子孫のオル・ティス一族、月人(カルカール人)と対決する。
特徴
[編集]- 舞台が未来
- バローズは、「本質的にはSF作家ではない」、と評されている[11][12]。多くの作品において、舞台は違えども、時代設定は現代(執筆当時)となっている(火星、ターザン、ペルシダーの3大シリーズの発端は、20年前から10年前になるが、いずれも現代の「わたし」(あるいはバローズ)が物語を読むか聞かされているか、あるいは調査している)。本作では舞台が未来に設定されており、この点でバローズの作品としては珍しい(ただし、『失われた大陸』"The Lost Continent"と未訳の"The Scientists Revolt"は未来が舞台であり、例がない訳ではない。また、『火星のプリンセス』と『類猿人ターザン』の間に書かれた、未訳の『トーンの無法者』 (The Outlaw of Torn) は、13世紀のイギリスが舞台になっている)。
- 輪廻転生
- 「3部作の主人公が交代」と言う点では『時間に忘れられた国』も同様であるし、3大シリーズでも行われている。しかし、本作の場合は、3人の主人公(ジュリアン5世、9世、20世)と、語り手のジュリアン3世を含めた4人は、一人が転生したものである。しかも、語り手は未来の記憶も有している(3人の主人公は、他の時代の記憶は持っていない)。
- 共産主義を批判
- 本作の中核を成すのが、この設定である。第2部において、地球は月人によって征服されており、灰色の時代を迎えている。これは、月人を共産主義者に見立てた手法である。本来のタイトルは『赤旗の下で』[13]。
- 1919年、バローズは共産主義を嫌い(ロシア革命は1917年)、その批判として第2部を書いた(厚木淳は「かなり露骨な反共未来小説」と評している[14]。また、厚木は「兄弟」は「同志」、「24人衆」は「ボルシェビキ」の比喩と見ている[15])。本作は、元々第2部のみの独立した構成であったが、11の出版社から掲載を断られた(『トーンの無法者』でさえ5社であり、バローズの作品としては珍しい)。そのため、バローズはアクション性の強い第1部と第3部を付け加え3部作とし、1925年に、ようやく第2部を掲載にこぎつけた。
- バローズは、後年、金星シリーズ第1巻『金星の海賊』(連載は1932年)でも、共産主義者(作中ではソーリスト)を批判している。
- バローズの研究家であるリチャード・A・ルポフは、第2部を絶賛している[16]。
- 各部の作風
- 前述の通り、採用を断られたための措置。
第2部の惨状
[編集]第2部は、ディストピアと化した2120年のアメリカ(主にシカゴ周辺)が描かれる。第2章からが本編であり、ジュリアン9世の語りが始まるのだが、自己紹介を交えながら、1頁の間に1~6の点が述べられる(『月からの侵略』 25頁、『月人の地球征服』 27頁)。また、続く5頁で、7~14の事が語られる(『月からの侵略』 26頁-30頁、『月人の地球征服』 28頁-32頁)。以後、折に触れて15以下の事実が提示される。
- 結婚制度が非合法となって久しい。
- 読み書きのできる知識階級は、急速に減っている。
- アメリカ人の印刷技術は失われた。
- 公共図書館は、100年ほど前(2020年頃まで)に破壊され尽くした。
- 書籍の私有は知識人の証であり、カルカール人から侮蔑・迫害の対象とされる。
- シカゴは50回ほど戦乱の場になり、廃墟と化した地域がある。
- <24人衆>は読み書きを教えることを禁じている。しかし、命令の発布には文書を使う。
- カルカール人は印刷局を一つ残しており、そこで紙幣を発行している。しかし、貨幣経済は崩壊しており、火をつける以外に用途がない。
- 税は金銀か農作物でしか受け取らない。
- 金銀は、親の代までに姿を消している。
- 物々交換は、カルカール人が内容を把握するために市場で行うのが原則となっている(腐りやすい物などは例外)。ただし、相場は一定しておらず、課税の際には最も高かった相場が適用される。
- 鉄道を維持する技術者がいないので、廃止は時間の問題。2120年現在、ワシントンからゲーリー(ハヤカワ版ではゲイリー)までを一週間で走破するのは無理。
- また、過去75年間(つまり2045年以降)、新しい機関車が造られていない。
- 飛行船、自動車、蒸気船、電話は、親の代までに使えなくなった。
- 人名を呼ぶ際、「兄弟」をつけることを強要される。例:「兄弟ヨハンセン」[17][18]。
- スパイと密告者が民間に潜んでいる[19][20]。
- 星条旗の所持は死刑[21][22]。
- 闇取引(私的交換)は10年の炭鉱送りか、死刑[23][24]。
- カルカール人は、1~2年で女(妻)を代える。地球人の追従者も同様[25][26]。
- 刃渡り15センチ(ハヤカワ版は6インチ)以上の刃物の所持の禁止[27][28]。
- 女性の価値は、雌牛、雌山羊、雌豚並みか、それ以下[29][30]。
- 宗教の弾圧[31][32]。
- 女児殺し(間引き)の一般化と、女性自身が顔を傷つけることの一般化(カルカール人の手中に落ちないための自衛措置)[33][34]。
- カルカール人は創意工夫、労働とは無縁の寄食階級[35][36]。
- 男女の双子が生まれ、女児が死産と聞かされた。「女児の死産」は一般的(実は子殺し)[37][38]。
- カルカール人は商業と工業を破壊した[39][40]。
- 女性は政治信念を持たない[41][42]。
- カルカール人はアメリカ人をヤンキーと呼んで蔑んでいるが、アメリカ人にとっては尊称[43][44]。
- 宗教が弾圧されているため、残った門徒は宗派を問わず結束している。ジュリアン9世の会合には、メソジスト、プレスビテリアン(長老教会派)、バプティスト、ローマ・カトリック、ユダヤ教の信者が集まっている[45][46]。
- 女性は男性の共有物[47][48]。
- 医学は学べなくなったため、医者はおらず、民間療法に頼るしかない。やけどの際には小麦粉を塗る[49][50]、寒い時は石炭で部屋ごと暖める[51][52]。
- 5000名のアメリカ人捕虜の看守が、たった50名[53][54]。
以上のうち、4と14は年表と矛盾する(オーティスとカルカール人の侵攻は2050年)。これの解釈は3通りある。
- バローズのミス。
- カルカール人に寄らない原因。
- 「口伝のため、正確性に欠ける」という状況の演出。
なお、ヒロインのファンナがオル・ティス将軍に貞操を奪われそうになった時、創元版では「犯されたか」[55]と、ストレートな表現になっている(ハヤカワ版では「まちがいをしでかしたか」[56])。他のバローズの日本語訳作品の場合、遠まわしな表現(「死ぬよりひどい目」など)になっている場合がほとんどで、『月からの侵略』のシビアさが際立っている。
年表
[編集]以下、本作で語られる部分と、関係する史実を示す(太字で書かれている内容が史実。年月日が太字なのは仕様)。
- 1866年3月4日
- ジョン・カーター、火星へ転送される。
- 本作では、21世紀前半の時点において、この事は常識とされている。
- 1896年
- ジュリアン1世、生まれる。
- 1914年
- 第一次世界大戦勃発。
- 以後、本作の中では、地球のどこかで戦争が行われており、1967年まで続く。
- 1916年
- ジュリアン1世、陸軍士官学校を卒業。結婚(20歳)。
- 1917年
- ジュリアン2世、生まれる。ジュリアン1世は出兵中。
- ロシア革命。
- 1918年
- 休戦記念日(11月11日)、ジュリアン1世、フランスで戦死。22歳、少佐。
- 第一次世界大戦終結。
- 1919年
- 第2部を執筆。
- 1937年
- ジュリアン3世、生まれる。
- 1938年
- ジュリアン2世、トルコの戦闘で死亡。
- 1940年頃
- 数年前から受信していた信号が、火星からのものである、と確認される。
- 1945年頃
- 地球から火星に発信できる通信機が完成。
- 1953年?
- ジュリアン3世、16歳で出兵。
- 1959年
- 各地の戦乱が最高潮に達し、全世界を巻き込む戦争が勃発。
- 1967年
- 4月、戦争が終結。アングロサクソンの勝利。
- ジュリアン3世、空軍大将に任官。
- 戦後、国際治安航空隊が結成される(軍隊は廃止される)。ジュリアン3世、司令官に就任。
- 6月10日、火星のヘリウムからの最初のメッセージが世界に公開され、<火星の日>と呼ばれる。
- 同日、「わたし」が、飛行船ハーディング号(第29代アメリカ大統領ウォレン・ハーディングに由来)でジュリアン3世から未来(ジュリアン5世)の物語を聞かされる。
- 1969年3月
- 「わたし」がジュリアン3世と再会。9世の物語を聞く。
- 1970年
- ジュリアン4世、生まれる。
- 1992年
- ジュリアン3世、勤務中に死亡。
- 同年?
- ジュリアン4世、父の後任に任命。
- 2000年
- ジュリアン5世、イリノイに生まれる。
- ?年
- ジュリアン4世、殉職。
- 2015年
- 火星から地球へ有人宇宙船が発進。翌年、コースを大幅にずれ、到着(生還)は絶望視される。
- 地球の宇宙船がほぼ完成するが、火星の宇宙船の状況を鑑み、完成は延期される。
- 2016年
- ジュリアン5世、航空学校を卒業。国際治安航空隊に配属される。階級は少尉。
- 兵器の生産・保有が厳しく制限されている。
- 2024年
- オーティス少佐、太陽の第8光線を発見し、分離に成功。
- 2ヵ月後、月、水星、金星、木星の第8光線についても分離を成功。
- ジュリアン(5世)大佐、オーティス少佐との協力を命令され、無線操縦の小型無人宇宙船の建造に着手する。
- 同年後半、無人宇宙船が出発。
- 2025年
- 2015年に建造中だった宇宙船の改良と完成に着手。
- 12月24日、バルスーム号と命名された宇宙船が、地球を出発。第1部開始。
- 2026年
- 1月6日、酔った勢いでオーティス少佐が鬱憤を爆発させ、バルスーム号のエンジンを破壊。機は月へ引き寄せられる。
- 1月8日、月の内部にバルスーム号が着陸。
- 2036年
- バルスーム号が地球へ帰還。第1部終了。
- ジュリアン5世とナー・イー・ラーが地球で結婚。ジュリアン6世、生まれる。
- 2050年
- オーティス、10万のカルカール人と1000のヴァ・ガを従え、1000隻の宇宙船で地球侵攻を開始。
- 年末に決戦、ジュリアン5世とオーティスは戦死。
- 以後、毎年700万人のカルカール人が地球へ送り込まれた、と推測される。
- ?年
- ジュリアン7世、シカゴの市場に自分の場所を得る(9世まで世襲される)。
- 2100年1月1日
- ジュリアン9世、シカゴで生まれる。
- 2120年
- 第2部開始。
- 2122年
- ジュリアン9世がカルカール人に反乱を起こす。アメリカでの初めての反乱。ジュリアン9世は処刑される。第2部終了。
- 2408年
- ジュリアン18世がアメリカ西海岸に単騎で辿り着く。帰路でカルカール人と戦闘となり負傷、その傷が元で死亡。
- 2429年8月12日
- ジュリアン20世、20歳となる。
- <大衝突>と呼ばれる戦闘で、ジュリアン19世がオル・ティス一族の一人に負傷させられ、死亡。20世が酋長となる。
- 2430年1月
- 第3部開始。
- 2432年
- カルカール人をアメリカから追放する。残党は西海岸から丸木舟(ハヤカワ版ではカヌー)で海上へ逃走。
- ジュリアン21世が既に誕生している。
ストーリー
[編集]- 第1部
- 火星(バルスーム)との通信が行われ、両星の修交が期待されて久しい時代、2025年。12月24日、宇宙船バルスーム号は地球から火星に向けて出発する。ジュリアン5世が船長を務めるが、乗組員のオーティスが長年のライバル心を鬱屈させ、エンジンを損傷させたため、月への不時着を余儀なくされる。
- 月のクレーターは、内部への通路となっており、バルスーム号は中へ進入。そこに空気と水を確認し、一行は修理と近辺の捜索に取り掛かる。
- ジュリアン5世とオーティスは、半人半獣のヴァ・ガに捕獲され、捕虜となる。オーティスは酋長のガ・ヴァ・ゴに取り入るが、ジュリアンは協力を断った。ヴァ・ガは常に飢えており、豊富な食料を求めて地球侵攻を目論んだのだ。
- ガ・ヴァ・ゴの部族は、偶然からウ・ガ(月人)の王女ナー・イーラーを捕虜にする。彼女の住んでいたレイス市は、父のサグロス皇帝が支配しており、ガ・ヴァ・ゴは彼女とレイスの女性100人を交換しようと計画する。ジュリアン5世は嵐に紛れて彼女と脱走し、レイス市を目指す。
- 途中、カルカール人の都市に紛れ込み、ナー・イー・ラーを逃しおおせたものの、ジュリアンは捕虜となってしまう。同じ捕虜のレイス市民と協力し、ここからも脱出する。
- レイス市に辿り着いたものの、そこではコ・ター大公が権力の座につこうと暗躍し、カルカール人までも引き込んでいた。情勢を打開しようとしたジュリアンだったが、カルカール人がオーティスに率いられて侵攻、彼の与えた大砲や手榴弾といった近代兵器に圧倒され、レイス市は陥落する。
- ジュリアンはナー・イー・ラーと脱出、修復したバルスーム号と合流し、地球に帰還する。その時、既に2036年であった。
- 第2部
- 2050年、オーティスはカルカール人とヴァ・ガを率い、地球侵攻に乗り出す。地球は軍縮で軍隊が減少していた上、オーティスの秘密兵器である、アルミニウムを即座に分解する「電子銃」の前に艦艇は無力だった。ジュリアン5世は兵力をまとめ、最後の決戦に挑む。電子銃は金属のみならず、無機物はおろか有機物も分解できるのだが、ジュリアン5世はこれを無効化した。しかし、彼とオーティスは戦死する。ナー・イー・ラーとジュリアン6世、そしてオーティスがカルカール人に生ませた子供は生きのびていた。
- 時は流れ、2120年。2100年1月1日シカゴ生まれのジュリアン9世は20歳になっていた。地球はカルカール人に占領されていたが、指導者(オーティス)を失い、技術は廃れていた。文明は退化し、西部開拓時代以前か中世のような段階にまで戻っていた。
- アメリカには、オーティスの子孫であるオル・ティス皇帝が君臨し、<24人衆>と呼ばれる機関が統治していた。人々は、互いを「兄弟」と呼ぶよう強制され、宗教は弾圧されていた。
- カルカール人による圧政の下、ジュリアン9世や父のジュリアン8世は、不当な迫害を受けていた。立ち上がる気力を持っていなかったジュリアン9世だが、ファンナという女性と出会い、自らの力を行使するきっかけを得る。そして、父はオールド・グローリー(星条旗)を隠し持っていた。これは反逆罪に当たるが、ジュリアン家では代々伝えてきたのだ。
- ジュリアン9世は戦う決意を固めるが、密告者によって父が逮捕され、10年の炭鉱送りを宣告される。それは、死刑と同じ意味だった。ジュリアン9世は反乱を決意、市民の同調を得るが、長年培われてきたカルカール人への恐怖は抜きがたく、彼は孤立してしまう。
- 逃亡した彼は、収容所へ向かい、父を訪れる。収容所から反乱を開始し、彼らは今後こそカルカール人に反旗を翻した。だが、父は戦死したと思われ、ジュリアン9世にも処刑の刃が迫っていた。
- 第3部
- 2430年、ジュリアン20世の時代。
- 2122年にジュリアン9世が上げた反乱ののろしは、ついにカルカール人を西海岸に追い詰めていた。しかし、アメリカ人はネイティブ・アメリカンの生活レベルになっていた。レッドホークことジュリアン20世は、由来も定かでなく、「アルゴンの旗」と呼ばれる<旗>(星条旗)を掲げ、不退転の決意で部族ごと前進し、カルカール人に奇襲をかける。
- カルカール人は無数にいたが、中には純血のアメリカ人の子孫も1000人ほどいた。その筆頭であり、アメリカへの帰参を望むオル・ティスの当主と出会い、レッドホークは共闘してカルカール人を追い詰める。
キャラクター
[編集]- 発端部分
-
- 「わたし」
- ハヤカワ版では「ぼく」。物語の聞き手。氏名不明。アメリカ大統領から、商務長官の後任を指名されるほどの人物。
- ジュリアン3世
- 物語の語り手。先祖や子孫の記憶を持っている。国際治安航空隊の司令官(空軍大将)。
- 第1部
-
- ジュリアン5世
- 主人公。階級は大佐。バルスーム号の指揮官。
- オーティス
- ハヤカワ版ではオルチス。主人公のライバル。
- ジュリアン5世とは航空学校の同期。才能はあるが、成績はジュリアンの方が上だった。性格にも問題がある。
- バルスーム号発進以前に離婚を経験している。
- ヴァ・ガやカルカール人に取り入り、レイス市を侵略した。後に地球にも侵攻している。
- ナー・イー・ラー
- ハヤカワ版ではナー・エエ・ラー。第1部のヒロイン。
- 月人(ウ・ガ)の王女。レイス市に住んでいる。ヴァ・ガに囚われたのがきっかけで、ジュリアンと結ばれる。
- ガ・ヴァ・ゴ
- ヴァ・ガのノヴァン族の族長。荒々しい性格だが、計算高い面もある。
- 食糧問題の解決のため、オーティスに地球侵攻の手引きを持ちかけた。
- コ・ター
- ウ・ガの大公(ジャヴァダール。ハヤカワ版では「太公(ジャヴァダル)」)。レイス市の実権を握ろうと、サグロス皇帝を倒す計画を立て、市民を扇動し、カルカール人とも手を結ぶ。
- 第2部
-
- ジュリアン9世
- 主人公。恵まれた体格と怪力を持つが、20歳になるまで自覚がなく、また発揮する機会もなかった。
- ファンナ・セント・ジョン
- ハヤカワ版ではフアナ・セント・ジョン。第2部のヒロイン。敬虔深く、美しい女性。
- ジュリアン8世
- 主人公の父。オールドグローリーと呼ばれる<旗>(星条旗)を隠し持っている。
- エリザベス・ジェイムズ
- 主人公の母。美しく、気丈な性格。
- レッドライトニング
- 主人公の愛馬。気が荒く屠殺される運命にあったが、ジュリアン9世に買われ、調教を受け、名馬となる。
- ジムとモリー
- ハヤカワ版ではジムとモーリー。ジュリアン家の隣人夫婦。秘密の集会(宗教的なもの)にも参加しており、心を許せる、数少ない存在。
- モーゼズ・サミュエルズ
- ハヤカワ版ではモーゼ・サミュエルズ。ユダヤ人の老人。先祖から十字架を受け継ぎ、隠し持っていた。
- ピーター・ヨハンセン
- うわべは取り繕っているが、利己的で密告も辞さない卑劣漢。ジュリアンの母を狙い、ジュリアン8世を陥れた。
- スール
- カルカール人。新任の収税吏で、貪欲に税を取り立て、主人公らの反感を買う。
- オル・ティス将軍
- ハヤカワ版ではオル・チス。カルカール人で、新任の司令官。オーティスの子孫で、オル・ティス皇帝の一族。貪欲、冷酷な性格だが、実は臆病な性格。
- 第3部
-
- ジュリアン20世(レッドホーク)
- 主人公。赤尾鷹(レッドホーク)と呼ばれる戦士。ジュリアン一族の酋長で、100の部族を従える大酋長。<アルゴンの旗>(星条旗)を受け継いでいる。
- 家族は、母と2人の妹(ナラーとニータ。ハヤカワ版ではナ・ラーとネエタ)の他、2人の弟がいる。
- ヴァルチャー
- 意味はハゲタカ。レッドホークの弟で18歳。勇敢な性格。
- レイン・クラウド
- 意味は雨雲。レッドホークの弟で16歳。気立てが優しく、知的好奇心・探究心が旺盛。
- レッドライトニング
- 主人公の愛馬。特に説明がないので、世襲の名前なのか、それとも優秀な馬に命名するのか不明。
- サク
- ニッポン人。身長1メートルほど。ニッポン人は、成人男性でもそれぐらいの身長しかない。
- カルカール人と敵対している。山岳民族であるニッポン人は、小柄で身を隠しやすいため、カルカール人に発見されることなく一方的に攻撃できるため、カルカール人も避けている。
- アメリカ西海岸に部族ごと住んでいるが、「元は西の海上の島に住んでいた」、と言い伝えられている。ミク・ドと呼ばれる人物を祖先(もしくは霊的な存在)としている。
- ラバンが唯一の天敵。
- ラバン
- カルカール人。3メートル近い[57] 巨人(ハヤカワ版では2メートル70センチ以上[58]) 。サクは「ニッポン人の3倍」、レッドホーク(身長180センチ)は「自分の1.5倍」と見積もっている。
- カルカール人に対して山賊行為を行っている。ハッタリ屋の悪人だが、剣の腕は確か。
- 巨体を支えるに相応しい巨馬を有している。また、部下もいる。
- オル・ティス
- ハヤカワ版ではオル・チス。正統のオル・ティス家当主。純粋のアメリカ人の子孫。現在のオル・ティス皇帝は混血であり、帝位を簒奪している。
- 先帝である亡父の夢(アメリカ人との共闘)を継ぎ、レッドホークに協力を申し出る。
- ベセルダ
- オル・ティスの妹。ニッポン人と仲が良い。
月の環境・生物
[編集]月およびその生物は、ほとんどが第1部にのみ登場する(カルカール人及びその子孫は、シリーズを通した敵として登場する)。
- 月の環境
- 月は内部が空洞になっており、月人や他の生物は、その空洞部分(ヴァ・ガ(半人半獣の種族)の言語では「ヴァ・ナー」)に生存している。内部の面積は1400平方km近い[59]。
- 地球内部のペルシダーと違い、太陽に相当するものはない(代わりに、岩石に含まれるラジウムから光が放射されている)。また、各クレーター(ヴァ・ガ語で「フー」)から太陽光線が注ぐタイミングがあり、これが熱源(と、もうひとつの光源)となっている。これを観測することで、ウ・ガ(月人)は時間を計測している。
- クレーターから出入りが可能であり、地上との通路は複数存在している(ペルシダーの場合は、北極のみ確認されている。南極にも存在する可能性が示唆されている)。
- 重力が低いため、地球人は驚異的なジャンプ力を発揮する。大気と水は地球人に適したものである。
- 生物は、昆虫、爬虫類などの他、知的生物もいる。植物があり、森が存在している。
- 月の生物
- 動物は毒性の肉を持っており、食用に適しているものは3種類(いずれも知的生命)しかない。
- 月の知的生命
- 3種類存在する。そのうち、地球人と同じタイプは2種類で、残り1種類は半人半獣である。
- ヴァ・ガ
- 人面獣身で、移動では4本足の状態だが、戦闘時は後ろ足で立ち、槍を使う。ひづめは3本。
- 体重は120kg~150kgほど(ただし、槍や装飾を装備した状態)、と主人公は見ている。
- 雑食だが、植物より肉を好む。負傷したものは、「足手まとい」として即座に殺され、食料となる。また、ウ・ガ(月人)、カルカール人を食料としている。
- 食用に適した生物の一つ。ウ・ガとカルカール人は彼らを飼育し、食料にしている。元はウ・ガに飼われていたが、カルカール人の造反の際、野生化した。
- 女性の乳房には、乳首が4つから6つある。
- 嵐をゾー・アル(ハヤカワ版ではズォ・アル)と呼び、恐れている。
- 主人公とオーティスを捕虜にした部族はノ・ヴァンで、族長はガ・ヴァ・ゴ。他にル・サンという部族が登場。
- 第2部の冒頭(2050年)では、オーティスとカルカール人に率いられ、地球侵攻の尖兵となった。以後は登場しない。
- ウ・ガ
- 「月のプリンセス」こと、ナー・イー・ラーの種族。地球人と大差ない外見を持つ(交配も可能)。
- ヴァ・ガと同じ言語を使用できる。
- 取り外し可能な翼を開発しており、翼とバックパック(に詰めた、空気よりも軽い気体)を使用することで飛行が可能。
- 都市のひとつにレイス市があるが、文明が残っているのはレイスのみ、とナー・イー・ラーは見ている。
- レイスには、皇帝(ジェマダール。ハヤカワ版ではジェマダル)が君臨している(ナー・イー・ラーの父、サグロス)。
- 元は月の表面に居住していた、という伝説がある。
- かつては月の内部を10の地域に分割し、それぞれに皇帝を置いていた。陸に電車、海には船、空には飛行船が航行し、電信も発達していたが、カルカール人により破壊された。レイスには、その残滓が残されているだけで、再建する余力はない。
- 帝位を狙うコ・ター大公(ジャヴァダール)の裏切りにより、レイス市と共にウ・ガは滅びる(ナー・イー・ラーが、確認できる唯一の生存者)。
- ロマノフ王朝を象徴する存在と思われる[60]。
- カルカール人
- ハヤカワ版ではカルカル人。もう1種類の月人。詳細は次節を参照。
カルカール人
[編集]ハヤカワ版ではカルカル人。元はウ・ガと同じ種族だった。彼らとその子孫は、3作を通して敵として登場する。
- 第1部
- 何千年も前に勃興し、貴族や皇帝から権力を奪い、文明を破壊した(民衆に不満を吹き込み、そそのかして反乱を起こさせた)。
- 「カルカール」の語源は「考える人々」。元は秘密結社の名称だった。
- 考えるよりも喋っていることが多く、文明や旧体制を維持することができなかった。
- 体格は恵まれているが、猫背である。また、目はどんよりとしている。
- 数が多く、レイス市民との人口比は1対1000(レイスの貴族、モー・ゴーの推測による)。
- 臆病であり、カルカール人10人とレイスの貴族1人とで互角、といわれる(ナー・イー・ラーによる)。
- <24人衆>という委員会がカルカールの都市を支配している。
- オーティスが支配者となり、大砲や手榴弾を造る技術を与えたため、レイス市に大挙して攻め込んだ。
- 第2部
- 冒頭(2050年)では、オーティスに率いられ、地球侵攻作戦に従事した。以後、地球占領のために続々と送り込まれてきたが、宇宙船が老朽化し、就航が不可能になったため、月と地球の関係は途絶えた。
- 地球人と混血することで数を増やし、支配体制を維持している。その数は著しく多く、蟻や蝿に例えられる。
- 第3部
- アメリカの西海岸に追い込まれているが、それでも数は多い。
- 一部は東海岸に追い込まれている。
- 体格の改良がなされ、2メートル以上の大男が揃っている(下限は1メートル80センチ程で、上限は2メートル40センチ程。多くはその中間)。
- 女性を粗略に扱っている。出産は「国家への奉仕」と見られており、カルカール人の女は、15歳までに結婚する規則であり、20歳で子供がいないと笑いものにされ、30歳までに子供を産まない女は殺される。しかし、いずれにせよ、50歳で女は処刑される。
火星(バルスーム)との関係
[編集]本シリーズの第1部では、火星(バルスーム)との関係が大きな意味を持っている。宇宙船バルスーム号は、火星との友好を結ぶべく、地球を出発し、名前も火星から取られている(もっとも、火星に対する言及は、第1部の冒頭と、第2部の冒頭だけに留まっている)。
なお、ヘリウム[61][62]、ジョン・カーター、第8光線、バルスーム光線[63][64]と、固有名詞(人物名)が明記されている。ただし、ハヤカワ版では、「バルスーム光線」は「火星光線」と翻訳されている(宇宙船は、「バルスーム号」と訳されている)。
第1部と『火星のプリンセス』
[編集]第1部のプロットは、火星シリーズの第1作『火星のプリンセス』との共通点がある。
- 重力の低い異星で冒険
- 主人公が最初に会う知的生物が、亜人種
- 亜人の元で、人類種の女性(王女)と出会う
- 王女(ヒロイン)の国が交戦中であるか、宿敵に狙われている
一方で、相違点も存在する。
- 亜人と友情を育んだか否か
- ヒロインの国が救われたか否か
- 主人公が異星に定住したか否か
オーティスは亜人およびカルカール人と通じ、レイス(敵対国家)を滅ぼし、皇帝の座に就いている。この点において、彼は悪のジョン・カーターであり、ガ・ヴァ・ゴは悪のタルス・タルカスであると言える。また、カルカール人に武器を渡し、上の階級を滅ぼした、という点では、デヴィッド・イネスかアブナー・ペリー(ペルシダー・シリーズの主人公と、そのパートナー)にも該当する。すなわち、オーティスはバローズの主人公らの合わせ鏡(負の存在)となっている。
また、第2部冒頭の2050年の戦いでオーティスが使用する電子銃は、後に『火星の秘密兵器』(1930年)に応用された。
脚注
[編集]創元版は「エドガー・ライス・バローズ」、ハヤカワ版は「エドガー・ライス・バロウズ」と表記ゆれが存在する。
- ^ エドガー・ライス・バローズ 「E・R・バローズの「シリーズ」もの一覧表」『火星の交換頭脳』 厚木淳訳、東京創元社〈創元推理文庫〉、野田宏一郎、1979年、262頁。
- ^ リチャード・A・ルポフ 『バルスーム』 厚木淳訳、東京創元社、1982年、262頁。
- ^ エドガー・ライス・バロウズ 「E・R・バロウズ作品総目録(H・H・ヘインズの資料による)」『恐怖のペルシダー』 関口幸男訳、早川書房〈ハヤカワ文庫SF〉、野田昌宏、1971年、292-293頁。
- ^ 「E・R・バローズの「シリーズ」もの一覧表」『火星の交換頭脳』には、「1923年5月5日号~6月2日号が「前半部分」であり、後半が「モダン・メカニクス・インベンション」1928年11月号~29年2月号」、となっているが、同文庫の『月のプリンセス』の「訳者あとがき」や他の資料と食い違うので、一覧から外した。
- ^ エドガー・ライス・バローズ 『月のプリンセス』 厚木淳訳、東京創元社〈創元推理文庫〉、1978年、245頁に従い、1925年とした。
- ^ エドガー・ライス・バローズ 『月からの侵略』 厚木淳訳、東京創元社〈創元推理文庫〉、1978年、25頁より推測。
- ^ エドガー・ライス・バロウズ 『月人の地球征服』 関口幸男訳、早川書房〈ハヤカワ文庫SF〉、1970年、27頁より推測。
- ^ 『月からの侵略』 187頁。
- ^ 『月からの侵略』 194頁。
- ^ a b 「訳者あとがき」『月からの侵略』 334頁。
- ^ エドガー・ライス・バロウズ 「バロウズの最高作」『月の地底王国』 関口幸男訳、早川書房〈ハヤカワ文庫SF〉、森優、1970年、285-287頁。
- ^ リチャード・A・ルポフ 『バルスーム』 厚木淳訳、東京創元社、1982年、22-25頁。
- ^ 『バルスーム』 138頁。
- ^ 「訳者あとがき」『月のプリンセス』 331頁。
- ^ 「訳者あとがき」『月のプリンセス』 332頁。
- ^ 「訳者あとがき」『月のプリンセス』 248頁。
- ^ 『月からの侵略』 34頁-35頁。
- ^ 『月人の地球征服』 36頁-37頁。
- ^ 『月からの侵略』 37頁。
- ^ 『月人の地球征服』 39頁。
- ^ 『月からの侵略』 42頁。
- ^ 『月人の地球征服』 45頁。
- ^ 『月からの侵略』 44頁。
- ^ 『月人の地球征服』 47頁。
- ^ 『月からの侵略』 45頁。
- ^ 『月人の地球征服』 48頁。
- ^ 『月からの侵略』 48頁。
- ^ 『月人の地球征服』 51頁。
- ^ 『月からの侵略』 49頁-50頁。
- ^ 『月人の地球征服』 52頁。
- ^ 『月からの侵略』 54頁-55頁。
- ^ 『月人の地球征服』 56頁-57頁。
- ^ 『月からの侵略』 56頁。
- ^ 『月人の地球征服』 58頁。
- ^ 『月からの侵略』 64頁。
- ^ 『月人の地球征服』 67頁。
- ^ 『月からの侵略』 66頁。
- ^ 『月人の地球征服』 69頁。
- ^ 『月からの侵略』 67頁。
- ^ 『月人の地球征服』 70頁。
- ^ 『月からの侵略』 71頁-72頁。
- ^ 『月人の地球征服』 74頁-75頁。
- ^ 『月からの侵略』 79頁。
- ^ 『月人の地球征服』 84頁。
- ^ 『月からの侵略』 110頁。
- ^ 『月人の地球征服』 117頁。
- ^ 『月からの侵略』 111頁。
- ^ 『月人の地球征服』 118頁。
- ^ 『月からの侵略』 135頁。
- ^ 『月人の地球征服』 141頁。
- ^ 『月からの侵略』 28頁-31頁。
- ^ 『月人の地球征服』 30頁-33頁。
- ^ 『月からの侵略』 166頁-167頁。
- ^ 『月人の地球征服』 173頁。
- ^ 『月からの侵略』 180頁。
- ^ 『月人の地球征服』 188頁。
- ^ 『月からの侵略』 311頁、320頁。
- ^ 『月人の地球征服』 330頁、339頁。
- ^ 『月のプリンセス』 64頁。
- ^ 「訳者あとがき」『月からの侵略』 332頁
- ^ 『月の地底王国』 13頁、他。
- ^ 『月のプリンセス』 11頁、他。
- ^ 『月の地底王国』 22頁、他。
- ^ 『月のプリンセス』 20頁、他。