明るい農村
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明るい農村 | |
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ジャンル | ドキュメンタリー番組・教養番組 |
出演者 | 大島さと子 |
製作 | |
制作 | 日本放送協会 |
放送 | |
音声形式 | モノラル放送 |
放送国・地域 | 日本 |
伸びゆく農村 → のびゆく農村 | |
放送期間 | 1957年1月17日 - 1960年3月24日 |
回数 | 128 |
村の記録 | |
放送期間 | 1960年4月8日 - 1964年4月5日 |
回数 | 204 |
明るい農村 / 明るい漁村 | |
放送期間 | 1963年4月1日 - 1985年3月31日 |
放送時間 | 当該節参照 |
回数 | 8030 |
『明るい農村』(あかるいのうそん)は、1963年4月1日から1985年3月31日までNHK総合テレビジョンで放送されたドキュメンタリー番組・教養番組である。全8030回。
概要
[編集]近代農業に必要なテーマ・試みをその時々の時代背景を勘案しつつ提案した番組で、日本各地の農村で取材を行った。
放送期間中、1968年4月7日から日曜日放送分を『明るい漁村』(あかるいぎょそん)と題して放送したことがある[1](1982年度以降は曜日を定めずに放送[2])。また、1968年度から夕方に再放送が行われた[3]。
NHK総合テレビでは最も遅くまで残った白黒番組の一つであり、火・木曜日以外のカラー化は1971年4月、すべてカラー化されたのは、NHK総合テレビが全番組カラー放送となった同年10月である[5] 。
NHKはこの番組以前にも、1948年から1952年に『インフォメーションアワー 新しい農村』[6]、1957年1月17日から1960年3月31日まで『のびゆく農村』、1960年から1963年まで『村の記録』という前身番組を放送した。このうち『村の記録』は、その後も『明るい農村』の1コーナーとして続けられた。
NHKには農業協同組合(JA)と漁業協同組合(JF)の職員に委嘱した「農林漁業通信員」という情報を提供する担当がいて、ラジオでその情報を伝えた。現在[いつ?]でも「農林水産通信員」→「ふるさと通信員」(2006年10月 - 、委嘱対象を拡大)と改称した上で、ラジオの『ひるのいこい』などにおいて情報提供が続けられる。
放送時間
[編集]- 月曜日 - 土曜日:6:20 - 6:40(1963年4月 - 1966年3月)
- 月曜日 - 土曜日:6:30 - 6:55(1966年4月 - 1982年3月)
- 月曜日 - 日曜日:6:30 - 6:55(1982年4月 - 1984年3月)
- 日曜日:19:20 - 19:59(1982年 - )
- 月曜日 - 土曜日:6:15 - 6:43、日曜日 6:15 - 6:55(1984年4月 - 1985年3月)
テーマ曲
[編集]脚注
[編集]- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'69』日本放送出版協会、1969年9月20日、155頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修部 編『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、169頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'69』日本放送出版協会、1969年9月20日、103頁。
- ^ a b NHKクロニクル 放送番組表検索
- ^ 「NHKクロニクル 放送番組表検索[4]」による。1971年4月版では、その他『婦人百科』の月・火曜日、『日本ところどころ』『中学生群像』が白黒。「NHKクロニクル 放送番組表検索[4]」によると1971年10月以降の本番組はすべてカラーだが、新聞縮刷版(全国紙の東京本社版)のテレビ欄では、毎日・読売・日本経済の3紙で同年10月28日、11月4日放送分が白黒である。
- ^ インフォメーションアワー「産業の夕」 - NHK放送史
関連項目
[編集]- 大島さと子 - 大学生の頃にこの番組のリポーターを務めた。詳細は下記外部リンク「アカイさんノート」のコメント欄を参照。
- にっぽん列島朝いちばん - 後継番組。
- 産地発!たべもの一直線、たべもの新世紀、月刊やさい通信、うまいッ! - いずれもこの番組の流れを汲む。