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性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
日本国政府国章(準)
日本の法令
通称・略称 性同一性障害特例法、性同一性障害者特例法
法令番号 平成15年法律第111号
種類 民法
効力 現行法
成立 2003年7月10日
公布 2003年7月16日
施行 2004年7月16日
主な内容 性同一性障害者の性別の取扱いの変更に関する手続
関連法令 民法戸籍法、特別家事審判規則
条文リンク 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 - e-Gov法令検索
ウィキソース原文
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性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(せいどういつせいしょうがいしゃのせいべつのとりあつかいのとくれいにかんするほうりつ、平成15年7月16日法律第111号)とは、2003年(平成15年)7月10日に成立した日本法律

性同一性障害者のうち特定の要件を満たす者につき、家庭裁判所審判により、法令上の性別の取扱いと、戸籍上の性別記載を変更できる(家事事件手続法第232条・別表第一)。施行は2004年(平成16年)7月16日

通称として「性同一性障害特例法」や「性同一性障害者特例法」がある。

概要

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性同一性障害を抱える者における社会生活上のさまざまな問題を解消するため、法令上の性別の取扱いの特例を定めたもの。

法的な性別は、現行では基本的には生物学的性別で決められるが、例外として、本法律の定める「性同一性障害者」で要件の満たす者について、他の性別に変わったものとみなすこととする[1]

第二条の定める定義による「性同一性障害者」が、第三条の定める要件を満たすとき、家庭裁判所に対して性別の取扱いの変更の審判を請求することができ、その許可により、除籍され戸籍上の性別の変更が認められる[2]

趣旨

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本法律の提案の趣旨は以下のとおり。

 性同一性障害は、生物学的な性と性の自己意識が一致しない疾患であり、性同一性障害を有する者は、諸外国の統計等から推測し、おおよそ男性三万人に一人、女性十万人に一人の割合で存在するとも言われております。

 性同一性障害については、我が国では、日本精神神経学会がまとめたガイドラインに基づき診断と治療が行われており、性別適合手術も医学的かつ法的に適正な治療として実施されるようになっているほか、性同一性障害を理由とする名の変更もその多くが家庭裁判所により許可されているのに対して、戸籍の訂正手続による戸籍の続柄の記載の変更はほとんどが不許可となっております。そのようなことなどから、性同一性障害者は社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、その治療の効果を高め、社会的に不利益を解消するためにも、立法による対応を求める議論が高まっているところであります。

 本法律案は、以上のような性同一性障害者が置かれている状況にかんがみ、性同一性障害者について法令上の性別の取扱いの特例を定めようとするものであります。

— 平成一五年七月二日、参議院本会議

解釈

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第一条 趣旨

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本法律が定めることを明らかにするもの[3]

第二条 定義

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厳格に定義をし、性別の取扱いの変更という重大な効果を認める対象を明確にするもの[4]。何らかの理由で性別の変更を望んでも、生物学的な性別と心理的な性別の不一致のない者は、性同一性障害者に該当しない[5]

「生物学的には性別が明らかである」は、性染色体や内性器、外性器の形状などにより、生物学的に男性または女性であることが明らかであることをいう[6]

「心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信」は、生物学的には女性である者が男性としての意識が、または生物学的には男性である者が女性としての意識が、単に一時的なものでなく、持続的にある状態のことを指す[7]

「確信」や「意思」を有することを要求する。統合失調症が原因で他の性別に属していると考える者などは、戸籍上の性別変更はできない[8]。そのため、精神科医が、他の精神疾患により戸籍上の性別変更を求めていないかの鑑別および除外診断を戸籍上の性別変更を求める患者に対して行っている。

「その診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致している」は、適切かつ確実な診断がおこなわれることを確保するもの[9]

「一般に認められている医学的知見」は、世界保健機関が定めた国際疾患分類 ICD-10米国精神医学会が定めた診断基準 DSM-IV-TR日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」がこれに当たると考えられる[10]

「医師」は、日本の医師法に基づき医師免許を持つ者を指す[11]

第三条 性別の取扱いの変更の審判

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一  十八歳以上であること。
民法では、満18歳が成年年齢とされている。また、法的性別の変更という重大な決定において、本人による慎重な判断を要すること等が考慮されたもの[12]。未成年の場合にも、法定代理人の同意による補完は、個人の人格の基礎である性別における法的な変更には馴染まず、あくまで本人自身の判断が必要であることが考えられたもの[13]
二  現に婚姻をしていないこと。
婚姻をしている性同一性障害者が性別を変更した場合、同性婚となり、現行法の秩序においては問題が生じてしまうためのもの[14]。いわゆる事実婚、内縁はこの「婚姻」に当たらない[14]。「現に」は、性別の取扱いの変更の審判の際、婚姻をしていないことをいう[14]。 過去に婚姻をしていても、離婚等で解消されていれば、審判を請求することができる[14]
三  現に未成年の子がいないこと。
性別の取扱いの変更の審判の際、未成年の子がいないことをいう。
審判を受けた者が後に養子縁組により子を持つことは可能[15]
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
性別の取扱いの変更を認める以上、性ホルモンの作用による影響や、生物学的性別での生殖機能が残存し子が生まれた場合にさまざまな混乱や問題が生じるための要件[16]
「生殖腺がないこと」とは、生殖腺の除去、または何らかの原因で生殖腺がないことをいう[17]。「生殖腺の機能」とは、生殖機能以外にも、ホルモン分泌機能を含めた生殖腺の働き全般をいう[17]
2023年(令和5年)10月25日に最高裁判所大法廷は、本件規定は憲法13条に違反すると判断した(詳細は後述)[18]
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
公衆の場とくに公衆浴場などで社会的な混乱を生じないために考慮されたもの[17]
2項 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない[19][20][21]

第四条 性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い

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民法その他の法令の適用について、他の性別に変わったものとみなされる。変更後の性別として、婚姻養子縁組などをすることも可能となる[22]

強姦罪の適用については、性別の取扱いの変更をし、女子と見なされた者は、強姦罪の客体たり得る[23]。また、男子と見なされた者は強姦罪の主体たり得る[23]。なお、2017年7月13日施行の改正刑法により強姦罪は強制性交等罪へと改正され、男女問わず本罪の主体・客体となりえるようになったため、性別変更に伴う主体・客体の変更はなくなった。

第2項は、性別の取扱いの変更の審判の効果は、不遡及であることを規定している。例えば過去に妻であった、夫であったなど、審判を受ける前に生じていた身分には影響を及ぼさない[24]

「法律に別段の定めがある場合」は、性別が変わったとみなすことが難しい可能性を否定できない、または審判の効果を遡及させるべき可能性を否定できないことから規定している[25]

性別の取扱いの変更

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本法で定義する性同一性障害者で、以下すべての要件のいずれにも該当する者は、自身が申立人となり、住所地の家庭裁判所で性別の取扱いの変更の審判を受けることができる[26][27][28](第3条)。

  1. 2人以上の医師により,性同一性障害であることが診断されていること。
  2. 18歳以上であること。
  3. 現に婚姻をしていないこと。
  4. 現に未成年の子がいないこと。
  5. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。(最高裁判所が違憲無効との判断を示している。)
  6. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。

必要なものは、申立書[26]、標準的な申立添付書類(出生時から現在までのすべての戸籍謄本(全部事項証明書)、所定の事項の記載のある2人以上の医師による診断書[28])、収入印紙800円分、連絡用の郵便切手。

歴史

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成立

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医療技術の進歩により、性同一性障害に対して、ホルモン投与性別適合手術を用いて当事者の精神的苦痛を軽減し、ジェンダー・アイデンティティに合わせて社会適応させることが可能となってきた。しかしながら、戸籍上の性別が出生時の身体的性別のままでは、公的な証明書を必要とする社会的局面において不都合を生じる。例えば、外見と性別記載が食い違っているために本人確認に問題を生じ選挙権を行使できなかったり、また差別を受けることもあった。

国内で公式な性別適合手術を終えた性同一性障害の当事者を含む6人が2001年5月、戸籍中の続柄の記載に錯誤があり戸籍法113条の要件を満たすものとして、家庭裁判所に戸籍の訂正を申し立てる。しかし、裁判所は戸籍の記載に錯誤があるとは言えない点や、現行制度がかかる理由(事後的に生じた錯誤)による戸籍訂正を認めておらずこれを認めると各種の不都合が生じるといった点を指摘した上で、「立法により解決されるべきである」とし、申立てを却下してきた。

自由民主党は2000年(平成12年)9月に性同一性障害に関する勉強会を発足し、本法案を含む性同一性障害の法律的扱いについて検討してきたが、議員の中には、「おかまだか何だかわからないものを・・・」といった趣旨のことを言い立て、聞く耳をもたない人も少なからずいたという。結局、ほとんどの自由民主党の議員は、党内に議員立法の動きがあることを知らないばかりか、そもそも「性同一性障害」とは何かさえも理解していない、法的な性別変更など聞いたことも想像したこともない、という状態だった[29]南野知惠子参議院議員が中心となって本法案をまとめ、2003年7月1日、参議院法務委員会に法案を提出、以降両院本会議でいずれも全会一致で可決、7月10日に成立する。

初の適用事例は、2004年7月28日に那覇家裁がした沖縄県在住の20代の戸籍上男性を女性に変更する審判で、女性から男性への初の認容事例は、同年8月27日に東京家裁がした東京都在住の30代の戸籍上女性を男性に変更する審判とみられる。

議論

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「性別の変更を認めると、社会的に混乱するのではないか」という意見には、法的性別を変更する当事者は、すでに社会生活上も外見もその性別として移行しているので、戸籍上の性別がそのままでは、かえって社会的な不都合が生じる[30] とする反論がある。

また、犯罪者が捜査の手を逃れるために使用する可能性については、性同一性障害の診察と診断、性別適合手術を受ける等、法的性別の変更が認められるまでには相当の長期間にわたって医療機関や裁判所と関わることが必要であり、身を隠す手段としては適当ではなく、当事者における法的な性別の変更は、外見や生活実態に適合させることになるので、むしろ追跡を容易にする[30] として否定する意見がある。

訴訟

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戸籍上の性別変更を行うには「生殖不能要件」と「外観要件」(あわせて「手術要件」と呼ばれる)を満たす必要があるが、こうした法律上の手術要件が憲法に違反するかどうかが議論されてきた[31]。国際連合およびトランスジェンダーの専門家はこの要件は差別的であるとして削除するように求めている[32]

一方で、後述の最高裁の違憲決定に伴い、立憲民主党では、生殖不能要件、子なし要件、外観要件の削除を目的とした本法の改正案の提出を検討している[33]

各訴訟の結果
裁判期日 場所[注 1] 審級 裁判所(裁判長) 裁判 憲法判断 個別意見 備考
2019(平成31)年1月23日 津山 特別抗告審決定 最高裁判所第二小法廷(三浦守 申立て棄却 生殖不能要件(4号要件) 条件付き合憲 鬼丸かおる三浦守:生殖不能要件は違憲の疑いを否定できない
2020(令和2)年3月11日 京都 特別抗告審決定 最高裁判所第二小法廷(岡村和美 申立て棄却 非婚要件(2号要件) 合憲 (なし)
2021(令和3)年11月30日 尼崎 特別抗告審決定 最高裁判所第三小法廷(林道晴 申立て棄却 子なし要件(3号要件) 合憲 宇賀克也:子なし要件は違憲
2023(令和5)年10月11日 浜松 第一審決定 静岡家庭裁判所浜松支部 申立て認容 生殖不能要件(4号要件) 違憲
2020(令和)年月日 岡山 抗告審決定 広島高等裁判所岡山支部 申立て棄却 生殖不能要件(4号要件) 合憲
申立て棄却 外観要件(5号要件) 合憲
2024(令和5)年10月25日 特別抗告審決定 最高裁判所大法廷(戸倉三郎 破棄差戻し 生殖不能要件(4号要件) 違憲 平成31年決定につき判例変更
外観要件(5号要件) 判断せず 三浦守草野耕一宇賀克也:差し戻さずに外観要件を違憲とすべき
2024(令和6)年7月10日 差戻抗告審決定 広島高等裁判所 申立て認容 外観要件(5号要件) 違憲

非婚要件(2号要件)

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2020年(令和2年)最高裁第二小法廷決定(合憲)

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2020年(令和2年)3月11日、現に婚姻していないことを必要とする要件(本法3条1項第2号)の違憲性が問われた家事審判で、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は、「異性間においてのみ婚姻が認められている現在の婚姻秩序に混乱を生じさせかねない等の配慮に基づくものとして、合理性を欠くものとはいえないから、国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできない」として、合憲とする初判断を示した[34]。裁判官全員一致の意見である。

その後の動き

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2024年(令和6年)9月4日、東日本に所在する家庭裁判所は、トランスジェンダーの夫婦が戸籍上の性別の変更を求めていた家事審判において、ともに申立てを認容した。この夫婦は、2024年5月の同じ日に申立てを行ったところ、家庭裁判所は併合審理を行った。家庭裁判所は、審判において、同夫婦は非婚要件(2号要件)に欠けるとした上で、2020年(令和2年)最高裁第二小法廷決定で示された「現在の婚姻秩序に混乱を生じさせかねない等の配慮」という同要件の趣旨からすれば、夫婦が同時に性別変更を行えば同性婚の状態が生じないため、性別変更を認めるのが相当である、とした[35]

子なし要件(3号要件)

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2021年(令和3年)11月30日、現に未成年の子がいないことを必要とする要件(本法3条1項第3号)の違憲性が問われた家事審判で、最高裁第三小法廷(林道晴裁判長)は、合憲とする初判断を示した[36]。一方、宇賀克也裁判官は、同規定は憲法に違反するとする反対意見を述べた。

生殖不能要件(4号要件)

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最高裁判所判例
事件名 性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
事件番号  令和2(ク)993
 2023年(令和5年)10月25日
判例集 民集第77巻7号1792頁
裁判要旨
  1. 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号は、憲法13条に違反する。
  2. 同項第5号の要件に関する申立人の主張については、審理を原審に差し戻す。
大法廷
裁判長 戸倉三郎
陪席裁判官 山口厚深山卓也三浦守草野耕一宇賀克也林道晴岡村和美長嶺安政安浪亮介渡邉惠理子岡正晶堺徹今崎幸彦尾島明
意見
多数意見 1. について、全員一致
2. について、戸倉三郎山口厚深山卓也林道晴岡村和美長嶺安政安浪亮介渡邉惠理子岡正晶堺徹今崎幸彦尾島明
意見 なし
反対意見 1. について、なし
2. について、三浦守草野耕一宇賀克也
参照法条
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第3条第1項第4号、第5号、日本国憲法第13条
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2019年(平成31年)最高裁第二小法廷決定(条件付き合憲)

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2019年(平成31年)1月23日、生殖機能を失わせる手術を必要とする要件(本法3条1項第4号)の違憲性が問われた家事審判で、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、「現時点では合憲」とする初判断を示した。ただし、社会状況の変化に応じて判断は変わりうるとし、「不断の検討」を求めた。また、2人の裁判官(鬼丸かおる三浦守)は「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」という補足意見を述べた。「生殖腺や生殖機能がないこと」の要件で、卵巣や精巣を摘出する性別適合手術が必要となるため、審判では憲法13条(個人の尊重幸福追求権)や14条(法の下の平等)との整合性が争点となり、「現時点では」という条件付きで合憲と結論づけた。4人の裁判官全員一致の意見である[37]

その一方で、2023年(令和5年)10月11日付で、静岡家庭裁判所浜松支部が、生殖機能を失わせる手術を必要とする要件は違憲であると判断した[38]

2023年(令和5年)最高裁大法廷決定(違憲)

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そして、2023年(令和5年)10月25日付で、最高裁判所大法廷戸倉三郎裁判長)は、同要件は憲法13条に反し違憲・無効であると判示し、前期2019年(平成31年)最高裁第二小法廷決定につき判例変更を行った[39][40]。15人の裁判官全員一致の意見である。

最高裁判所が日本の法令を違憲としたのはこれが12件目となる[39]また、憲法13条違反を理由とする最高裁判所大法廷による法令違憲の判断は初めての事例である。

本決定では、憲法13条が「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を保障していることは明らかであるとした上で、生殖不能要件の目的である、トランス男性の出産といった現行法令が想定していない事態を防ぐということについて、「生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなこと」であり、また、「法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能なもの」と判断した。加えて、性同一性障害者に対する生殖腺の摘出の治療は必ずしも行われなくなっており、「医学的にみて合理的関連性を欠く制約」であるとし、そのため同規定は「必要かつ合理的なものということはできない」と判断している[41]

本決定を受けて、厚生労働省法務省は、性同一性障害の診断書に生殖能力の有無を記載する必要はないとする通達を出したほか[42]、生殖機能を残したまま家庭裁判所が性別変更を認める事例も生まれている[43][44]

外観要件(5号)

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前掲の2023年(令和5年)の家事審判では、特にトランス女性にとっては陰茎切除術等が必須となるものである、変更先の性別の性器に類似した外観を持つことを必要とする要件(本法3条1項第5号)について、申立人はすでにこの要件に該当するものであって、仮に該当しないものであるとすれば本要件は違憲・無効であるとの主張がなされたが。だが、前掲の大法廷決定では、申立人の外観要件該当性及び違憲性は高裁の決定にて検討されていないとして、判断をせずに審理を高裁に差し戻した[39]。一方で、3人の裁判官(三浦守草野耕一宇賀克也)は外観要件についても憲法に違反し、差し戻さずに性別変更を認めるべきであるとする反対意見を述べた[39][45]。なお、そのうち、三浦守裁判官と草野耕一裁判官の反対意見では、公衆浴場やトイレ等の性別の利用に関する問題が指摘されている(後述)。

2024年7月10日広島高等裁判所は前掲した事件の差戻審において、生殖不能要件(4号要件)の違憲無効を前提として、外観要件(5号要件)についても、「手術が常に必要ならば違憲の疑いがある」とした上で、「他者の目に触れたときに特段の疑問を感じないような状態」であれば手術がなくとも性別変更が認められうるとし、申立人がホルモン治療によってすでに女性的な体になっていることなどから、申立人の性別変更を認める決定をした[46][注 2]

課題

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性別変更を巡る法律上の問題

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性別変更に伴い発生する法律問題が残されているという指摘[誰?]がある(判タ1204号 47頁等)。

  • 婚姻した一方または双方が当事者の夫婦が第三者の子である未成年者を養子に取れるのか。(家庭裁判所の許可が必要なため)
  • 養子縁組をしたパートナーの一方または双方が性別変更をし、離縁した後に婚姻できるか。(現行民法では禁止)
  • 所得税法の寡婦控除、生活保護制度における特別加算金などのように、単に女性であるという理由のみをもって有利な取り扱いを認めている諸法令については、調整が必要であるにもかかわらず、そのための法改正が提案すらされていない。(特に所得税の条文は、納税者本人自身の性別を問うことなく「婚姻当時に夫がいた者」を優遇する文言である)

公衆浴場やトイレの利用を巡る問題

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前掲の2023年最高裁大法廷決定の反対意見においては、特に外観要件(5号要件)を満たさない、つまり、変更前の外性器の形状の変更を経ていない者(以下「5号要件非該当者」とする。)が公衆浴場やトイレを利用するにあたって生じ得るとされる問題について、以下のように検討がなされた[18]

  • 公衆浴場等の利用
    • 三浦守裁判官は、以下のように述べる。
      • 性同一性障害者が、「他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。これらのことからすると、5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことである。」
      • 公衆浴場等では条例の基準や厚生省生活衛生局長の通知に基づき、各事業者の措置で性別の区分がなされており、それがが身体的な外観に基づき行われるのは「社会生活上の規範」といえる。
      • この「社会生活上の規範」は、各事業者に措置により生ずるもので、5号要件によるものではない。
      • 「事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し厚生労働大臣の技術的助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる」ため、「現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる。」
      • 「男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用の公衆浴場等に入ってくるという指摘がある。しかし、5号規定は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり、5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。」
    • 草野耕一裁判官は、以下のように述べる。
      • 5号要件の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下「意思に反して異性の性器を見せられない利益」とする。)にあり、これは尊重に値する利益である。
      • その一方で、そもそも性同一性障害者は極めて少なく、「『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎない」ために、そもそも「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれる事態が発生する可能性はそもそも極めて低い。
      • 公衆浴場等は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあり、そこでは、専ら身体的な特徴によって「男女」の区分を設けたり、無償又は有償で貸与する水着を着用することを条件とするなどの措置がとられることが期待できる。
      • 5号要件が合憲とされる社会は、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が5号要件非該当者によって損なわれることがおよそ起こり得ないという点において、たしかに静謐な社会であるといえる」が、「その静謐さは5号要件非該当者の自由ないし利益の恒常的な抑圧によって購われたものにほかならない」。
      • 5号規定が違憲とされる社会は、「5号要件非該当者による許容区域の利用規則の有り様についての諸見解が、様々な公共空間において議論の対象となることが予想され」「5号規定が合憲とされる社会と比べるといささか喧しい社会であるといえるかもしれない。しかしながら、この喧しさは、5号要件非該当者とそれ以外の国民双方の自由と利益を十分尊重した上で、国民が享受し得る福利を最大化しようとする努力とその成果と捉え得るものである。」
  • トイレ等の利用について、三浦守裁判官は、以下のように論じる。
    • トイレ等は「通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではない」
    • 「利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情に応じ適切な対応が求められる。」

この点につき、厚生労働省は、各都道府県等向けの技術的助言として、公衆浴場等における男女の区別は「身体的な特徴をもって判断するもの」とする通知を、2023年6月23日付で発している[47]。また、自由民主党の「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」は、この通知の内容を法制化することで実効性を高めるとして、秋の臨時国会での法案提出を目指すとしている[48]

各国において

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先進国の多くは、性同一性障害者の法的性別を訂正・変更する法律または判例がある。

ヨーロッパ
イギリスでは2004年に法律 “Gender Recognition Act 2004” を制定[49]、スペインでは2007年に法律 “Ley de identidad de género” を制定[50]、ドイツでは1980年に法律 “Gesetz über die Änderung der Vornamen und die Feststellung der Geschlechtszugehörigkeit in besonderen Fällen” (Transsexuellengesetz - TSG) を制定[51]、イタリアでは1982年に法律 “Legge 14 aprile 1982, n. 164 – Norme in materia di rettificazione di attribuzione di sesso” を制定[51]>、スウェーデンでは1972年に法律 “Lag (1972:119) om fastställande av könstillhörighet i vissa fall” を制定[51]、オランダでは1985年に民法典に規定[51]、トルコでは1988年に民法典に規定[51]
北米
アメリカでは多くの州で[52]、カナダではほとんどの州で[51]、州法によって法的性別の訂正を認めている。
オセアニア
南オーストラリア州では1988年に法律を制定[53]、ニュージーランドでは1995年に登録法を改正[53]

与党 性同一性障害に関するプロジェクトチーム

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与党 性同一性障害に関するプロジェクトチームメンバー、2003年(平成15年)当時

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ 第一審の受訴裁判所である家庭裁判所の所在地
  2. ^ なお、性別の取扱いの変更の審判は対審構造をとらない(申立人の相手方当事者がいない)ため、申立人が差戻抗告審決定に対して再び抗告しない限りは決定が確定するところ、本事案では申立人の希望通りの決定がなされており、抗告の利益がないため、高裁の決定と同時に確定した。

出典

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  1. ^ 南野知惠子 2004, p. 122.
  2. ^ 性別の取扱いの変更 裁判所
  3. ^ 南野知惠子 2004, p. 81.
  4. ^ 南野知惠子 2004, p. 82.
  5. ^ 南野知惠子 2004, p. 84.
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参考文献

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  • 日本精神神経学会 性同一性障害に関する委員会 「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第三版)」 2011年(2011年5月改訂)。
  • 南野知惠子『解説 性同一性障害者性別取扱特例法』日本加除出版、2004年。ISBN 9784817812902 
  • 野宮亜紀針間克己大島俊之原科孝雄虎井まさ衛内島豊『性同一性障害って何?—一人一人の性のありようを大切にするために』(増補改訂版)緑風出版、2011年。ISBN 9784846111014 
  • 平成15年7月16日、官報 号外第162号

外部リンク

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