思粛王后
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思粛王后 | |
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高麗王后 | |
在位 | 1083年 - 1094年 |
別称 | 匡粛貞和思粛(諡号) |
出生 |
不詳 羅州 |
死去 |
不詳 |
配偶者 | 宣宗 |
子女 | 献宗 |
氏族 | 仁川李氏 |
父親 | 李碩 |
母親 | 開城王氏 |
思粛王后 李氏(ししゅくおうこう りし、朝鮮語: 사숙왕후 이씨)は、高麗13代の王である宣宗の第1王妃で、第14代献宗の生母。諡号は匡粛貞和思粛太后。本貫は仁川李氏。
人物
[編集]宣宗が王子として國原公であった頃に王太子妃となり、1083年に宣宗が即位すると、第1王妃となった。1094年に献宗が即位すると王太后となり、幼帝に代わって摂政を務めたが、これにより王権が弱体化し、従兄弟にあたる李資義の反乱が勃発、1095年、献宗の叔父である鷄林公が肅宗として即位し、王太后の座を追われた。
家族
[編集]- 祖父:李子淵
- 伯父:李頲(李子淵の長男)
- 従兄弟:李資義
- 叔父:李顥(李子淵の六男)
- 従兄弟:李資謙
- 父:李碩(李子淵の三男。生没年不明)
- 母:開城王氏(生没年不明)
- 兄:李資智(生没年不明)
- 夫:宣宗(1049年 - 1094年)
- 長男:献宗(1084年 - 1097年)
- 長女:遂安宅主(1088年 - 1128年)
参考文献
[編集]- 高麗使節要 第7巻
- 「アジア人物史 4」 集英社 2023年