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広島瓦斯電軌300形電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
広島電鉄300形電車から転送)
広島瓦斯電軌300形電車
300形302号(1940年頃)
基本情報
製造所 天野工場
主要諸元
軌間 1,435 mm
車両定員 62(着席 不明)人
車両重量 12.70t
全長 10,640 mm
全幅 2,300 mm
全高 3,385 mm
車体 木造
台車 ブリルJE
主電動機出力 26kW
搭載数 2基 / 両
駆動方式 吊り掛け式
備考 両数:5両
スペックデータ・各車状況は『私鉄の車両3 広島電鉄』および『広島の路面電車65年』P.180,181に基づく
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広島瓦斯電軌300形電車(ひろしまがすでんき300がたでんしゃ)は、広島瓦斯電軌(後の広島電鉄)が1938年に大阪市電気局(大阪市電、後の大阪市交通局)より中古車両を購入して導入した電車路面電車車両)である。広島市への原子爆弾投下で被災したことより被爆電車でもある。

概要

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1938年に大阪市電気局501形を5両譲り受け、導入した。1912年製の木製ボギー車で、広島電鉄初のボギー車でもある。入線当初は300 - 304と車番が付与され、後に300が305に改番され301 - 305となった。

マキシマム・トラクション台車(親子台車)と呼ばれる、前後側が787mm・中央側が533mmと2軸の車輪径の異なる特殊な台車が使われていたことで脱線が頻発し、あまり多く運用されなかった。

広島市への原子爆弾投下時には、全車桜土手引込線(「広陵中学前電停」付近、現在の県病院前電停)に停泊していた。5両のうち3両が中破、2両は無被災だったものの、先述の特殊な機構のために復旧されずに全車廃車になった。

原子爆弾による被害

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車番 被災場所・状況 状態 復旧 備考
301 桜土手引込線に停泊していた 中破 廃車処分
302 桜土手引込線に停泊していた 中破 廃車処分
303 桜土手引込線に停泊していた 中破 廃車処分
304 桜土手引込線に停泊していた 無被災 廃車処分
305 桜土手引込線に停泊していた 無被災 廃車処分

各車状況

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車番 大阪時代
車番
大阪での竣工 広電譲渡 所属車庫 備考
301 1912年4月 1938年 1951年1月27日廃車 原爆被爆から復旧されなかった
302 1912年4月 1938年 1951年1月27日廃車 原爆被爆から復旧されなかった
303 1912年4月 1938年 1951年1月27日廃車 原爆被爆から復旧されなかった
304 1912年4月 1938年 1951年1月27日廃車 原爆被爆から復旧されなかった
305 1912年4月 1938年 1951年1月27日廃車 入線当初は300号だった
原爆被爆から復旧されなかった

参考文献

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  • 『広電が走る街今昔』(JTBパブリッシング・長船友則) ISBN 4533059864
  • 『ヒロシマと路面電車』(広島市子供文化科学館) 配付資料
  • 『私鉄の車両3 広島電鉄』(保育社・飯島巌) ISBN 4586532033
  • 『広島の路面電車65年』(毎日新聞ニュースサービス社・広島電鉄)

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