平等村
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ひらしなむら 平等村 | |
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廃止日 | 1942年7月1日 |
廃止理由 |
新設合併 平等村、上万力村 → 山梨村 |
現在の自治体 | 山梨市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方(甲信越地方) |
都道府県 | 山梨県 |
郡 | 東山梨郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
3,010人 (国勢調査、1940年) |
隣接自治体 | 甲府市、東山梨郡加納岩町、上万力村、春日居村、八幡村 |
平等村役場 | |
所在地 | 山梨県東山梨郡平等村 |
座標 | 北緯35度41分03秒 東経138度39分55秒 / 北緯35.68422度 東経138.66531度座標: 北緯35度41分03秒 東経138度39分55秒 / 北緯35.68422度 東経138.66531度 |
ウィキプロジェクト |
平等村(ひらしなむら)は山梨県東山梨郡にあった村。現在の山梨市中心部の西方、笛吹川右岸にあたる。
地理
[編集]- 河川:笛吹川
歴史
[編集]- 1875年(明治8年)1月 - 山梨郡正徳寺村・落合村・上岩下村・山根村・矢坪村が合併して平等村となる。
- 1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法の施行により、平等村が東山梨郡の所属となる。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制の施行により、平等村が単独で自治体を形成。
- 1942年(昭和17年)7月1日 - 上万力村と合併して山梨村が発足。同日平等村廃止。
経済
[編集]産業
[編集]- 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば、平等村の篤農家は萩原、廣瀬、根津、小川などがいた[1]。
交通
[編集]鉄道路線
[編集]名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]出身・ゆかりのある人物
[編集]- 初代根津嘉一郎[2](衆議院議員、東武鉄道社長)
- 武藤欣之助(広正社創業者) - 上岩下出身[3]。
- 森国造(衆議院議員、山梨県会議員、平等村長、山梨県農工銀行取締役)
- 森武臣(富国生命保険社長、森国造の養子)
- 小林やす(泉重千代に更新されるまで日本の最高齢記録保持者とされていた人物)
- 堀内英一(教育者、平等小学校[現・山梨小学校]訓導、日川高校生徒指導、叙勲者) - 平等村山根地区・矢坪地区などの山間部に出向き指導。
脚注
[編集]- ^ 『大日本篤農家名鑑』261頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月1日閲覧。
- ^ 『衆議院要覧 明治41年12月訂正』353頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年7月19日閲覧。
- ^ 『サイン・ディスプレイ広告大系 第1(積算編)』207頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年6月22日閲覧。
参考文献
[編集]- 『衆議院要覧 明治41年12月訂正』衆議院事務局、1897 - 1909年。
- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 『サイン・ディスプレイ広告大系 第1(積算編)』マスコミ文化協会、1968年。
- 『角川日本地名大辞典 19 山梨県』。