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帝俊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
帝夋から転送)

帝夋(ていしゅん)は、上古の中国神話に登場する東方天帝帝俊とも書く。羲和(太陽の女神)と常羲(月の女神)は帝夋の妻である。 帝俊帝舜帝嚳は同一人物と思われる[1][2][3][4][5]。帝俊のモデルも昊天上帝である可能性があり、帝俊と帝嚳の神話を伝えている国も周人の末裔である。

山海経』(せんがいきょう)の「大荒西経」より「帝嚳」の異名を持つ。炎帝に属し東夷百越の先祖にあたる。黄帝顓頊と共に伝説の五帝を始祖とする。鳥や蛇や太陽を崇めて断髪文身[6]お歯黒の習慣がある越人の始祖である[7][8][9]

宗室

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后妃

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子孫

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脚注

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  1. ^ 『山海經海經新釋卷九 山海經第十四 大荒東經1』郭璞云:「言此國中惟有黍穀也。蔿音口偽反。」案:蔿國或當作嬀國。嬀、水名、之居地也。史記陳世家:「舜為庶人、妻之二女、居於嬀汭、後因為氏。」嬀國當即是舜之裔也。山海經帝俊即舜(説詳下「帝俊生中容」節注)、則此蔿國(嬀國)實當是帝俊之裔也。又山海經記帝俊之裔俱有「使四鳥」或「使四鳥:豹、虎(或虎、豹)、熊、羆」語、此蔿國(嬀國)亦「使四鳥」、則其為帝俊之裔更無疑問矣。
  2. ^ 藝文類聚 卷四十三 樂部三』山海經曰:帝俊八子、是始為歌、⟨帝俊、帝舜也。⟩
  3. ^ 御定淵鑑類函 卷一百八十三 禮儀部三十』原山海經曰帝俊八子是始為歌【帝俊帝舜也】
  4. ^ 聞一多『天問疏證』「帝即帝俊、一曰帝嚳、又曰帝舜、即東夷人之天帝也。」
  5. ^ 郭沫若『虞舜大典(近現代文獻卷)』帝俊、帝舜、帝嚳、高祖夔、實是一人
  6. ^ https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%96%AD%E9%AB%AA%E6%96%87%E8%BA%AB/
  7. ^ 杉本憲司呉越文化の鳥」(PDF)『鷹陵史学』第19号、鷹陵史学会、1994年3月14日、1-17頁、ISSN 0386331X 
  8. ^ https://blog.goo.ne.jp/mash1125/e/0ffa77a78ebec5ed201bf6ffd9d2341a
  9. ^ http://www.nihonkaigaku.org/library/lecture/i9906-ts.html [リンク切れ]
  10. ^ 『山海經海經新釋卷十 山海經第十五 大荒南經』郝懿行云:「文十八年左傳云:高辛氏才子八人、有季貍;貍、釐聲同、疑是也。是此帝俊又為帝嚳矣。」案:帝俊本即帝嚳。初學記卷九引帝王世紀云:「帝嚳自言其名曰夋。」即為最直接而有力之證據。大荒西經云:「帝俊生后稷。」大戴禮帝繫篇則云:「帝嚳上妃姜嫄氏産后稷。」大荒西經有「帝俊妻常羲」、世本王侯大夫譜亦有「帝嚳次妃、娵訾氏之女曰常儀」、常儀即常羲也。此經帝俊生季釐同於帝嚳才子八人之季貍、特相同點之一也。
  11. ^ a b 『山海經海經新釋卷九 山海經第十四 大荒東經1』大荒南經「帝俊妻娥皇」同於舜妻娥皇、其據一也。海内經「帝俊生三身、三身生義均」、義均即舜子商均(路史後紀十一:「女罃(女英)生義均、義均封於商、是為商均。」
  12. ^ a b c d 山海經 卷十四 大荒東經』帝俊生晏龍、晏龍生司幽、司幽生思土、不妻;思女、不夫。食黍、食獸、是使四鳥。...帝俊生中容、中容人食獸、木實、使四鳥:豹、虎、熊、羆。...帝俊生黑齒、姜姓、黍食、使四鳥。...帝俊生帝鴻、帝鴻生白民、白民銷姓、黍食、使四鳥。...
  13. ^ 山海經 卷十六 大荒西經』帝俊生后稷、稷降以百穀。稷之弟曰台璽、生叔均。
  14. ^ 山海經 卷十八 海内經』帝俊生禺號、禺號生淫梁、淫梁生番禺、是始為舟。番禺生奚仲、奚仲生吉光、吉光是始以木為車。

参考文献

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関連項目

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