工藤哲史
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工藤 哲史 | |
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名前 | |
カタカナ | クドウ テツノリ |
ラテン文字 | tetunori kudou |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
種目 | エアリアル |
所属 | フリースタイルハウス |
生年月日 | 1958年3月14日(66歳) |
生誕地 | 北海道上川郡朝日町 |
居住地 | 北海道 |
引退年 | 1988年 |
来歴
[編集]ジャンプ
[編集]3才からスキーを始め、小学4年生で士別市民スキー大会優勝。小学5年生よりジュニア競技を始める。当時は高価なジュニアスキーは与えてもらえず苦労した。中学校にあった古いジャンプスキー1台を仲間3人で交代で使用しながら大会にも出場していた。
中学3年生で頭角を現し、スキーの名門校である、小樽市の北照高等学校に進む。未経験の複合競技で高校3年の大山国体(富山県)で優勝。明治大学に進学し4年間ジャンプ選手として活躍。
フリースタイルスキー
[編集]卒業後はジャンプを引退し、河合楽器に入社、ひょんな事からフリースタイルスキーと出会い、第1回北海道フリースタイルスキー選手権に出場をきっかけに、第2のスキー人生を歩む。
1983年第3回全日本スキー選手権エアリアルに優勝、翌年よりワールドカップ参戦。
1984年日本人初の後方3回宙返りをワールドカップ、ブレッケンリッジ大会(USA)で成功。
1985年ワールドカップ、レークプラシッド大会(USA)では、後方3回宙返り1回ひねりに成功、9位に入賞する。第1回世界フリースタイル選手権(FRA)出場
1988年カルガリーオリンピックエアリアル種目12位を最後に現役を引退。
1989年より、さっぽろ雪まつり大通り会場のフリースタイルスキーショーを展開、雪まつりの定番のスキーショーとして、フリースタイルスキーの普及にも貢献、2014年より同会場にてパークエアモーグルスキーショーもプロデュースしている。
1984年からウォータージャンプ施設を展開、1994年からはサッポロテイネスキー場内にテイネウォータージャンプを運営、日本のフリースタイルスキーの開拓者でありパイオニアである。
2016年全日本スキー連盟90周年記念式典にて功労者表彰を受賞。
主な成績
[編集]ジャンプ
[編集]- 1973年松浦周太郎杯天塩川シャンツェジャンプ大会 中学の部 優勝
- 1974年和寒町長杯少年ジャンプ大会 中学の部 優勝
- 1975年国民体育大会冬季大会 富良野大会 純ジャンプ少年組 2位
- 1975年第13回羊蹄シャンツェ全道ジャンプ大会 少年組 優勝
- 1976年全国高校総体 スキー競技 岐阜大会 純ジャンプ 3位
- 1976年国民体育大会冬季大会 富山県 大山大会 少年組 複合 優勝
- 1976年第12回倶知安町長杯争奪全道ジャンプ大会 少年組 優勝
- 1980年第21回雪印杯全日本ジャンプ大会 成年組 8位
- 1980年国民体育大会冬季大会 小樽大会 純ジャンプ 成年組 7位
エアリアル
[編集]- 1983年第2回北海道フリースタイルスキー選手権大会 エアリアル 優勝
- 1983年第3回全日本フリースタイルスキー選手権大会 エアリアル 優勝
- 1984年第3回北海道フリースタイルスキー選手権大会 エアリアル 優勝
- 1985年FISワールドカップ レークプラシッド大会 エアリアル 9位
- 1986年第1回世界フリースタイルスキー選手権大会 (FRA) AE 33位
- 1996年第6回全日本フリースタイルスキー選手権大会 エアリアル 優勝
- 1987年FISワールドカップ フランス大会 エアリアル 9位
- 1988年第15回冬季オリンピック カルガリー大会 エアリアル 12位
ゴルフ
[編集]- 札幌テイネゴルフクラブ クラブ選手権 3度優勝
- 2008道央アマゴルフ研修会 札幌ベイ大会 73s 優勝
- 2014 北海道ミッドアマ道央2区予選 クラークcc 74s メダリスト
- 2017日本社会人ゴルフ選手権 全国大会 相模原cc シニア10位
- 2021 オール北海道シニアゴルフ選手権 70s 2位T
- チサンcc銭函コース クラブ選手権 3度優勝
出筆
[編集]- パラダイススキー倶楽部 - もっともっと楽しいスキーをフリースタイラーのみなさんがお教えします(スキージャーナル)1990年12月 ISBN 4789911020 角皆優人、吉田光江と共著