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川目太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
川目 太郎
生誕 1895年10月15日
日本の旗 日本 埼玉県
死没 (1950-05-12) 1950年5月12日(54歳没)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 ハバロフスク地方
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1918年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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川目 太郎(かわめ たろう、1895年明治28年)10月15日[1] - 1950年昭和25年)5月12日[1][注釈 1])は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

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1895年(明治28年)に埼玉県で生まれた[1]陸軍士官学校第30期、陸軍大学校第41期卒業[1]1938年(昭和13年)12月に第3軍参謀(情報主任)に就任し[3]1939年(昭和14年)8月に陸軍砲兵大佐に進級した[3]1941年(昭和16年)11月に第8師団参謀長(関東軍第20軍)に転じ[1][3]鶏寧に位置した[1]

1943年(昭和18年)8月に陸軍少将に進級し[3]1944年(昭和19年)2月に第20軍参謀長(関東軍・第1方面軍)に着任[1]1945年(昭和20年)6月15日第34軍参謀長(関東軍)に転じ[1]、終戦時は咸興に位置した[1]。終戦後にはソ連に抑留された[2]1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]ハバロフスク地方で死去した[2]

脚注

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注釈

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  1. ^ 厚生労働省の旧ソ連邦抑留中死亡者名簿50音別索引では3月12日に死亡となっている[2]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i 福川 2001, 244頁.
  2. ^ a b c 旧ソ連邦抑留中死亡者名簿50音別索引 か 厚生労働省
  3. ^ a b c d 外山 1981, 420頁.
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十三年一月三十一日 仮指定者」211頁。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026