コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

島戸繁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
島戸 繁
生誕 1902年
日本の旗 日本岐阜県山県郡伊自良村(現・山県市
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 油絵
受賞 京都市展市長賞
1943年
滋賀県展文部大臣賞
1947年
彦根市功労賞
1977年
勲三等旭日中綬章
1980年
滋賀県文化賞
1981年
静岡県立大学 名誉教授
1981年
伊自良村名誉村民
1991年
従四位 – 勅命
1998年
選出 日展・光風会

島戸 繁(しまと しげる、1902年明治35年〉 - 1998年平成10年〉[1])は、日本洋画家岐阜県出身。

滋賀県彦根城城下町にアトリエを構え、城や琵琶湖の風景、人々の生活などを描いた。また、フランスパリに滞在し描くなど、当時かなり珍しかった海外での先進的な芸術活動も行った。西洋美術の模倣ではない独自の洋画を追求し、関西洋画壇で活躍した[2]。 作品に対しては複数の受賞歴があり、当人も勲三等旭日中綬章を受章した[3]。 彦根を代表する和菓子の老舗、いと重[4]の代表銘菓「埋れ木」[5]のパッケージに描かれている彦根城の絵や、多賀大社御田植祭[6]のうちわ絵など、墨絵や水彩画も多く描いている。

来歴

[編集]

1902年、岐阜県山県郡伊自良村(現・山県市)に生まれる。

1930年、第11回帝展に初入選する(三井コレクション蔵)。

この間、滋賀県立彦根高等女学校(現・滋賀県立彦根西高等学校)の教員を務めた。戦後、彦根工業専門学校を母体として滋賀県立短期大学滋賀県立大学の前身)が開学すると、その教授となる。1961年からは、静岡女子大学(現・静岡県立大学)で教壇に立ち、7年間静岡県に居住した[1]

1977年、彦根市功労賞を受ける。この年、郷里の伊自良村庁舎に壁画を制作した。

1978年には、フランス ル・サロンに入選し、翌年にはオンフルール・フランス美術賞展に出品した。1980年に再度フランスル・サロンに入選する。

1998年、滋賀県彦根市にて死去(享年96)。没後、従四位を追贈される。

[7]

主な入選・受賞歴

[編集]
  • 1943年 - 京都市展市長賞。
  • 1947年 - 第1回滋賀県展文部大臣賞
  • 1949年 - 現代日本美術展特選。
  • 1957年 - 第13回日展入選 以後35回入選
  • 1958年 - 改組第1回日展 特選
  • 1978年 - フランス ル・サロン入選
  • 1979年 - フランス オンフルール フランス美術賞展出品
  • 1980年 - フランス ル・サロン入選
  • 1981年 - 滋賀県文化賞

[8]

顕彰(作品以外)

[編集]
  • 彦根市功労賞 - 1977年
  • 勲三等旭日中綬章 - 1980年
  • 静岡県立大学 名誉教授 - 1981年
  • 伊自良村名誉村民 - 1991年
  • 従四位 - 1998年

[9]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 島戸 繁 - 静岡県立美術館
  2. ^ 滋賀県立美術館 展示より
  3. ^ 『美術名典』〈芸術新聞社〉1989年330頁
  4. ^ [1]いと重菓舗
  5. ^ [2]埋れ木
  6. ^ [3]多賀大社御田植祭
  7. ^ 『日本美術家事典』〈オーアンドエムリミテッド〉1995年327頁
  8. ^ 『美術名典』〈芸術新聞社〉1989年330頁
  9. ^ 『美術家名鑑』〈美術倶楽部〉1996年194頁