島嶼防衛用高速滑空弾
島嶼防衛用高速滑空弾(とうしょぼうえいようこうそくかっくうだん、英: Hyper Velocity Gliding Projectile/HVGP)は、陸上自衛隊向けに開発されている地対地ミサイル[1]。
事実上の弾道ミサイル[2][3]、極超音速滑空体(HGV)であり、島嶼防衛用との名が付くが敵基地攻撃能力にもなり得ると考えられている[4]。
令和8年(2025年)度頃から射程数百キロのブロック1の配備を開始予定とし、2030年代からは射程3,000キロで極超音速飛行が可能なブロック2Bの配備を開始する予定である[5][6]。また対艦用途を視野に入れた性能向上や[7]、潜水艦発射型の開発も検討されている[8]。
概要
[編集]本ミサイルは、離島などへの侵攻に対して敵兵器の脅威圏外から攻撃ができるスタンドオフ能力の獲得を目的としたとされている[1]。まずは既存技術をベースとした早期装備型としてのブロック1を開発したのち、性能向上型のブロック2を開発することとなっている[1]。
ロケットによって打ち上げたのちに滑空体が切り離され、弾道飛行を経て滑空飛行に移り、終末航程では急降下(ダイブ)によって目標に突入する[9]。滑空体のみで飛翔させることでレーダー反射断面積(RCS)を極小化させられるほか、特に滑空飛行の段階では、GPSなど衛星測位システム(GNSS)の誘導を受けて複雑な軌道で飛行することも可能であり、高速度と相まって、従来のミサイルよりも迎撃が困難とされる[9]。これはアメリカ合衆国や中華人民共和国などで開発が進められている極超音速滑空体と同様の手法である[10]。ブロック2では、超音速飛翔に伴う衝撃波によって圧縮された空気により揚力を得るというウェイブライダー (Waverider) 技術を導入して、更に性能を向上させることとなっており[1][9]、ブロック2Bでは第1段目の大型ロケットモータを極超音速誘導弾と共通化して、高高度での極超音速飛行を実現する[6]。
ブロック1は射程300-500キロ程度の短距離弾道ミサイルになると推測されており[1][2](900kmという報道もある[11][12])、ブロック2は射程2,000キロ-3,000キロの中距離弾道ミサイルとなる予定である[2][5]。また対艦用途を視野に入れた性能向上や[7]、潜水艦発射型の開発も検討されている[8]。
ブロック1の開発は平成30年(2018年)度から着手されており[9]、本来は令和7年(2025年)度から配備される予定だったが[13]、2022年12月に発表された令和5年(2023年)度防衛予算の政府案において同年度から量産を開始することが示され[14]、2023年4月6日に三菱重工業と契約した[15]。令和8年(2026年)度から配備が開始される予定である[5]。またブロック2も、当初は令和10年(2028年)度以降の装備化が予定されていたが[1]、2022年12月に公表された事前の事業評価において、比較的早期に装備化可能なブロック2Aをスピンオフさせて令和9年(2027年)度までに開発を完了させたのち、令和12年(2030年)度までにブロック2Bの開発を完了させることが示され[6]、2030年代に装備化を目指すことになっている[5]。陸上自衛隊では、MLRSの後継として、高速滑空弾大隊2個の編成が決定しており[1]、九州と北海道の駐屯地への配備を検討している[16]。一方で、富士学校特科部長の中村雄久陸将補によれば、ウクライナにおけるロシアの侵攻にて、双方の多連装ロケット砲が活躍していることから、本邦におけるMLRSの廃止および島嶼防衛用高速滑空弾の具体的な配備計画に関して、結論が得られていないという[17]。
2024年7月4日、防衛省は島嶼防衛用高速滑空弾(早期装備型)について、2024年3月23日に第1回、4月7日に第2回の事前発射試験をアメリカ合衆国カリフォルニア州で実施したことを発表した[18]。この事前発射試験は、じ後の発射試験に向けた計測系の確認等を目的とするものである[18]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g 布施 2020, pp. 216–217.
- ^ a b c 内閣府『シンクタンク機能の試行事業の成果物 資料6 広範囲調査分析』2023年3月17日 。p. 240
- ^ Hypersonic Cruise Missile (HCM) Hyper Velocity Gliding Projectile (HVGP), GlobalSecurity.org
- ^ 高橋浩祐「日本の極超音速巡航ミサイルの模型が公開(動画付き)」『Yahoo!ニュース』2023年3月17日 。
- ^ a b c d 松山 2022.
- ^ a b c 防衛省『令和4年度 政策評価書(事前の事業評価) - 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)』2022年 。
- ^ a b 「離島防衛用「高速滑空弾」 対空母も検討 防衛省、速度や射程向上へ」『毎日新聞』2020年2月24日。
- ^ a b 「「反撃能力」保有へ、長射程ミサイル同時開発を検討…極超音速など10種類以上」『読売新聞』2022年12月1日。
- ^ a b c d 福田 2019.
- ^ 布施 2020, pp. 194–196.
- ^ “日本射程900公里極音速飛彈試射畫面曝光 最快後年服役”. 自由日報
- ^ 発射試験を公開! 自衛隊初の長射程弾道ミサイル「島嶼防衛用高速滑空弾」とは何か?
- ^ JSF「島嶼防衛用高速滑空弾ブロック1が量産開始予定」『Yahoo!ニュース』2022年9月1日。
- ^ 我が国の防衛と予算(案) 令和5年度予算の概要 防衛省
- ^ スタンド・オフ防衛能力に関する事業の進捗状況について2023年4月11日、防衛省。2023年10月24日閲覧。
- ^ 「防衛省「高速滑空弾」部隊新設へ 九州と北海道に配備を検討」『NHKニュース』2022年12月10日。
- ^ 竹田純一『軍事研究 2024年7月号』700号、ジャパン・ミリタリー・レビュー、2024年7月1日、34頁。
- ^ a b “「スタンド・オフ防衛能力に関する事業の進捗状況について」”. 防衛省. 2024年7月5日閲覧。
参考文献
[編集]- 福田浩一「島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望」『防衛装備庁技術シンポジウム2019』防衛装備庁、2019年11月12日 。
- 布施哲『先端技術と米中戦略戦争-宇宙、AI、極超音速兵器が変える戦い方』秀和システム、2020年。ISBN 978-4798062242。
- 松山尚幹「敵基地攻撃の長射程ミサイル、「5年後」「10年後」と段階的に配備」『朝日新聞』2022年12月27日。オリジナルの2022年12月27日時点におけるアーカイブ 。2022年12月27日閲覧。