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岩切秀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岩切 秀
生誕 1892年2月4日
日本の旗 日本 鹿児島県
死没 (1971-02-07) 1971年2月7日(79歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1914年 - 1945年
最終階級 陸軍中将
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岩切 秀(いわきり ひで、1892年明治25年)2月4日[1] - 1971年昭和46年)2月7日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功三級[2]。旧姓は前原[2]

経歴

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1892年(明治25年)に鹿児島県で生まれた[1]陸軍士官学校第26期卒業[1]1938年(昭和13年)に陸軍歩兵大佐に進級し[2]1939年(昭和14年)に歩兵第80連隊長に就任[2]1939年(昭和15年)に第7師団参謀長[2]1941年(昭和16年)陸軍歩兵学校教導連隊長を歴任し[2]1942年(昭和17年)に陸軍少将に進級し[2]仙台陸軍教導学校長に着任[1]

1943年(昭和18年)に歩兵第69旅団長に転じ、中国戦線に出動[1]揚州の警備に当たり[1]1944年(昭和19年)には支那派遣軍歩兵教育隊長に転じた[1]1945年(昭和20年)4月15日陸軍歩兵学校附を経て[3]4月30日に陸軍中将に進級し[2]第206師団長に親補される[1]鹿児島県日吉町吹上浜で連合国軍の上陸に備え、終戦を迎えた[1]

1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]

栄典

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勲章

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 福川 2001, 107頁.
  2. ^ a b c d e f g h 外山 1981, 356頁.
  3. ^ 第87号 昭和20年4月15日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120939700 
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十三年一月三十一日 仮指定者」210頁。
  5. ^ 『官報』第5634号「叙任及辞令」1945年10月22日。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026