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岡野成路

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

岡野 成路(おかの なりみち、? - 寛政4年7月20日1792年9月6日))は、江戸時代中期の旗本岡野成方の長男。別名、平七、平兵衛。致仕の後は閑翁と号する。旗本岡野氏直系の子孫。妻は、中山直看の娘[1]

経歴

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はじめ岡野成方伊丹勝友の娘として生まれる[1]

享保18年(1733年)に17歳で家督相続し、小普請となる。同12月12日、徳川吉宗に初の御目見得を果たす[1]

延享元年(1744年)7月3日、西ノ丸の小姓組に列する[1]

宝暦11年(1761年)8月3日、に本丸に移る。翌12年(1762年)12月15日、西ノ丸に戻る[1]

明和8年(1771年)5月3日、55歳で小姓組番を辞する。安永2年(1773年)11月29日に致仕する[1]

寛政4年(1792年)7月20日、没する。享年76[1]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g 『寛政重修諸家譜』第三輯 国民図書、706頁。

出典

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