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宮本三喜彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宮本 三喜彦(みやもと みきひこ、1935年3月5日 - 2019年10月25日)は、日本の実業家。明治生命保険と安田生命保険の合併を実現させ、初代明治安田生命保険代表取締役会長を務めた。

生涯

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熊本県出身。熊本県立八代高等学校を経て、1959年一橋大学社会学部卒業。安田生命保険入社。大学では一橋大学硬式野球部所属。

安田生命保険では営業畑を歩み、1971年新橋支店長、1983年取締役、1993年副社長。

1999年安田生命保険代表取締役社長[1]。拡大路線を進めた。

2000年富国生命保険と業務提携開始[2]。富国生命との統合も考えたものの、頓挫[3]

2001年東京建物大成建設朝日生命保険とともに、J-REITを組成。

2004年明治生命(金子亮太郎社長)との合併を実現[4]

2004年明治安田生命代表取締役会長に就任[5]

2005年不適切な保険販売で会長を辞任。

2019年10月25日、病気のため死去[6]。84歳没。

人物

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妻との間に三男。趣味は読書とスポーツ[7]

脚注

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  1. ^ 1999/03/01, 日経産業新聞
  2. ^ 1999/12/14, 日本経済新聞
  3. ^ 2002/01/25, 日本経済新聞 
  4. ^ 2002/01/25, 日本経済新聞
  5. ^ 2003/10/28, 日経金融新聞
  6. ^ 宮本三喜彦氏が死去 元明治安田生命保険会長”. 日本経済新聞 (2019年10月30日). 2019年10月30日閲覧。
  7. ^ 1999/03/12, 日本経済新聞
先代
大島雄次
安田生命保険社長
1999年 - 2004年
次代
明治生命保険と合併)
先代
波多健治郎
明治安田生命保険(旧明治生命)会長
2003年 - 2004年
次代
関口憲一