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安井 喜内(やすい きない)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。実名は不明。若江八人衆の一人。
はじめ三好康長に仕え、豊臣秀次が康長の養子になるとその家臣となった。文禄4年(1595年)に秀次が死去すると前田玄以に仕えた。慶長7年(1602年)、玄以が没すると、浅野幸長・長晟に仕えた。
慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では浅野方として参加し、和泉国での樫井の戦いにて武功を挙げた。その後の消息は不明。