宇都宮鼎
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宇都宮 鼎(うつのみや かなえ、1865年新暦10月31日〈慶應元年旧暦9月12日〉[1][2] - 1934年4月19日)は、日本の海軍軍人、財政学者。海軍経理学校長、呉鎮守府経理部長、早稲田大学教授。最終階級は海軍主計総監。ベルリン大学哲学博士。ドイツ帝国海軍にも所属した。
生涯
[編集]越後国(現・新潟県)出身。宇都宮綱紀の次男。ドイツに自費留学し、ゲッティンゲン大学を経て、ベルリン大学より哲学博士号取得。ドイツ帝国海軍(カイザーライヒ・マリーネ)に入営し、ドイツ海軍省やキール軍港にて勤務。帰朝後、海軍経理学校長、呉鎮守府経理部長などを経て、1913年、海軍主計総監。海軍主計官の傍ら、早稲田大学、慶應義塾大学、海軍大学校、海軍経理学校、東京高商(現・一橋大学)、学習院で講義を行う。
1915年、病気により予備役編入。以後、主に早大で教鞭を執る。早大では蹴球部長、早稲田高等学院第二院長を務めた。
主な著作
[編集]参考文献
[編集]外部リンク
[編集]- 人事興信録 宇都宮鼎
- 『宇都宮鼎』 - コトバンク